9 嫉妬しました
よろしくお願いします。
はあはあと息を切らせ馬車乗り場まで走り抜けた。途中でメイドや侍従に声を掛けられたが、ローズマリーにはこの場所から立ち去りたい一心だったので聞こえていなかった。脚がもつれそうだった。
ミモレは急ぎ足でローズマリーの後を追った。さっきまで主に会うのを楽しみにされていたお嬢様に何が?と思ったがただ事ではない気がした。
ロロに残って主に報告するよう告げた。
ローズマリーは大急ぎで馬車に乗ると耳を塞いで座った。隣にミモレが座ったのにも気が付いていなかった。手で塞いでもさっきの言葉が木霊する。
「ウイルフリードって案外純情だったのね。これくらいで赤くなるなんて」
これくらいで……?これくらいって何?……ウイルフリード様を呼び捨てにしたその人は誰?…二人で何をしていたの?どす黒い感情が身体の中でぐるぐると渦を巻いて暴れ回っていた。
やっぱり私は幸せが似合わない。婚約なんて調子に乗っていたからこうなるの。感情を捨てたまま生きていれば良かったのに、分不相応な夢を見たから。
真っ逆さまに落ちていくような感覚に目の前が暗転したのは二度目のことだった。
気が付いたのは伯爵家の自室だった。あれっ私離宮を走って…馬車に乗っていたはず…。いつの間にベッドに…。ああああぁぁ目が覚めなければ良かったのに。
また涙が零れてきた。胸が痛くて苦しい。消えてなくなりたい。重い瞼は開けることを拒否した。
誰かが入って来たようだ。額に手が触れた。ほうっと安心した様な息が零れた。心配してくれる人がいる。それだけで息が楽になった。
「おやすみ、ローズマリー」
薄れゆく意識の中でよく知っている声が聞こえたような気がした。
意識がはっきりしたのは陽が高く昇った頃だった。
ベッドの側にいたミモレが気が付いて声をかけてきた。
「お嬢様気が付かれたのですね。良かったです。お水をお飲みください」
と言ってコップに手を添えて飲ませてくれた。
「主と奥様にお知らせしてきますね」とにっこり笑うと急いで出て行った。
昨夜見にきてくれたのは彼女なのね。後でお礼を言わないと。主って言ったように聞こえたけど聞き間違いよね。
私ったら恩返しがしたいなんて言ったくせに、消えていなくなりたいなんて思うなんていけない子だわ。
他に好きな方がいるのなら身を引いた方が良いのよ。どうして優しくしてくださったのかしら?結ばれない方がいるから形だけの妻がいるのかな。
誰かを想っている彼を近くで見るのは辛いわ。
最初から言ってくだされば好きにならなかったのに、酷い人。
心を掻き回されるのは嫌。そう思うのは贅沢かしら。
遠方がいい。修道院に行かせてくださいというのは駄目なのだろうか。
でももう少しだけ時間が欲しい。彼を諦める時間が。
そうしたら前みたいに心を殺すから。
弱い自分が情けなくなりまた涙が零れた。
ローズマリーが真っ青になって走り去ったと報告を受けたウイルフリードはすぐに馬車で後を追った。彼女が帰らないとごねたがどうでも良かった。
ローズマリーは真っ白な顔で眠っていた。
デビュタントで倒れた時のようだった。あの時の姿が思い出されて悲しくなった。
「何故こんなに傷ついている。私の何が足りなかった?」と呟いたその時
「ここまで追い詰められた様子を見たのは初めてよ。ウイルフリード心当たりがあるのではないの?」
いつの間にか後ろに立っていた叔母上に声を掛けられた。
「ローズマリーを悲しませることなどした覚えがありません。聞きたいのは私です」
「意識を取り戻したら聞いてみるけど、素直に言わないかもしれないわね。
極秘事項扱いだけどもう昔のことだから貴方には話しても良いかしら。
今では笑い話だと言ってくださると思うけど、貴方のお母様は公爵様が庭園で女装王子と語らっている様子を見て壊れかけたことがあると夫から聞いているわ。それに近いことがなかったかしら?」
「あ、祝いの品を持ってきた第二王女がいつものように私を揶揄いに執務室に来ていました。言い返すのも面倒なので喋らせていましたがそれが原因でしょうか…」
「その時に言葉の欠片でも聞いてしまったのかも知れないわね。あなた方仲が良いと聞いていたけれど違ったのね。でも扉の前には護衛がいたはずよね」
「仲は良くありません。昔から何かと絡んできてうんざりしている相手です。あからさまに嫌な顔をするわけにもいかず適当にやり過ごそうとしていたのですが。
中には侍従がいましたが、扉の外の護衛は王女の馬車の移動で持ち場を離れていたのです。まさかあの時扉の外が騒がしかったのが…」
「貴方が騒ぎに注意を払わないとは驚きね」
「祝いの品が曰くがありそうな物だったので注意が散漫になりました。配下の者の報告を受けて急いで追ってきたのですがこれまでとは思いませんでした」
「そう。その品については聞かないけれど王女殿下の御者は馬の制御もできないのかしら?」
「馬の鼻先に急にハチが飛んできて暴れたらしく駆り出されたと報告を受けました」
「春でもないのにハチねえ。知ってるでしょう。あの子は直ぐに幸せから遠ざかろうとするのよ。自分を卑下するの。
貴方は守ると言ったのでしょう。約束は果たしてちょうだいね。守れないなら渡さないわよ」
その目は鋭く冴え冴えと冷たかった。
ウイルフリードは変な汗をかきながら「愛するのはローズマリーだけです」と言ったのだった。
読んでいただきありがとうございます。楽しんでいただけると嬉しいです。
主人公は育ってきた環境のせいで自己肯定感がもの凄く低いです。




