もう一度
全て思い出した。文化祭のあの時、四十人と一緒に見たあの景色。嫌でも忘れられなかった。眩しくて、眩しくて、暗闇に堕ちそうになっても、希望になったりして、でもそれが呪縛にもなったりして。
コーヒーに入れた角砂糖はすっかりと解けている。すっかり長居してベラベラと話してしまった。
「私はあの子たちに偉そうにして、先生ぶってきました。でも、それは......あの子たちだったから先生でいられたわけで。あの子たちが卒業してからは、私の傲慢さが仇となりました」
私は視線を落とそうとする。しかし、鈴木先生はそれを許さなかった。
「香坂さん、ちゃんと覚えてるじゃん」
鈴木先生の寄り添う声に、私は気づかされた。希望とか、呪いとか、あの景色や日々、記憶を全部都合よく色づけようとしていた。でも、その時間は光でも闇でもない。それは後付けの脚色で、その記憶に生きた九組の生徒たち、そして私は、何物でもない。藤代君の自認も、篠原さんの優しさも、沢村君の痛みも、茜の背中も、高瀬さんの心も、嵯峨君の叫びも、そのままの色なんだ。それをきちんと、私は覚えていた。コーヒーの湯気が消えるくらいの長い時間、溢れるように話せるほどに。
「もう一度先生になろうよ、あの子たちの前で」
私が先生になる意味、今更あるのだろうか。私は見るほどに痛い日記を再び見返しながら、自分はずっと言葉を紡いで、記憶を固形化していたのだなと思った。そして、あるページで手が止まる。
――10年後、あの子たちと会う。どんな私であっても。
日付を見てもうひとつ、思い出した記憶があった。あれは、灰色の日々を越えて、春の芽吹きとともに色が灯り始めた最後の日。黒板には私なりに精一杯描いた黒板アートと、その周りには四十人それぞれの字が躍る。
「樹里ちゃーん、寂しいよ。絶対また遊びに来るから、陽高いてよ!」
「わかったわかった」
気を抜いたら私もつられて泣きそうになる。ちなみに式の途中、一筋流した涙は誰にも見えないように隠した。
「あ! 先生のアルバムにも書こうぜ!」
男子たちが奥でアルバムに寄せ書きをしているなと思っていたら、その矢がこちらにも飛んできた。
「えー、いいよ私は……」
「そんなこと言わずにさー、ん-、どうしよっかなぁ」
とはいえ今日くらいは、気張らずに風の吹くままに身を任せた。すると、最初に書き始めたのは藤代君だった。藤代君は少し考えて、それからすらすらと書き連ねていった。私は書き終えた藤代君の言葉をその場で読んで、驚いた。
「おお! なんか映画みたいじゃん! 隼人ナイス!」
「集まりましょうね、先生!」
――10年後、水平線の見える丘で! また会いましょう!
その文字から、彼らの元気な声が聞こえてくるようだった。それから私は、この約束がお守りになった。復帰した鈴木先生に不思議がられながらも、彼らとの思い出をタイムカプセルに閉じ込めて、約束の場所に、そのレンギョウの木のもとに埋めた。それから、日記に書いた。この約束は、この先のどんな私にとっても道標になるように。
「......私、もう一度......」
もし許されるのならば、もう一度、彼らに会いたい。十年の時を超え、彼らはどんな大人になっているのだろう。それを自分の目で見て、約束を果たしたい。
――もう一度、香坂先生に。
ふと鈴木先生の目が、外の葉露のようにきらめいた気がした。そして鈴木先生は微笑んで、私の決意に数回頷いた。




