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春のざわめき

 ついこの間、卒業生を送り出したかと思えば、あっという間に次の新入生がやってくる。鈴木は、一年弱の休養を取って、この春からもう一度職場に復帰した。


 新年度で学年団も新しくなるので、デスクの配置も移動になる。教師たちはそれぞれのデスクを整理することに勤しんでいた。


「香坂先生、それなんですか?」


 隣のデスクで何か作業をしていた香坂に、鈴木は声をかけてみた。香坂はそれを契機に我に返ったのか、はっとした顔で鈴木を見て、すぐに頬を赤らめた。


「あ、これはその......タイムカプセルです」


「タイムカプセル?」


「そう。偶然、一年目から卒業生を送り出すことになって、本当にいい経験になって」


 香坂の言っていることはきっと本当だ。香坂は配属されてからずっと純粋で真っ直ぐに仕事に向き合っている。


「それで、タイムカプセルってことか」


「そうです。それに、あの子たちと約束したんです。10年後に再会する約束を」


「10年後?」


「はい。藤代君が言いだしたんですけどね。それまでに胸張って立派な教師になって、再会できるようにって願いと、再会の動機を込めて、埋めてこようと思います!」


 香坂は元気そうに言って、箱を持って外に出ていった。快活な彼女はまるで太陽のよう。でも、それと同時に、危うさも感じた。太陽は雲に負ける。雨に負ける。そして、最後には燃え尽きて爆発する。それも含めて、香坂は太陽だった。


 数十分して、香坂が帰ってくると、打ち合わせが開かれ、新年度の担当学級について発表された。鈴木は、昨年の件もあったので、今年は二年生の副担任に配属。一方の香坂は、一年間の活躍が評価され、一年五組の担任に選出された。


「香坂さん、もう一人前だね」


 新たに学年団となった二年生の先生の間でも、香坂の出世は話題になっていた。


「途中からとはいえ、一年目で三年生を送り出せたんですから、もう立派なもんですよ。私は本当に頭が上がらないです」


 鈴木はコーヒーをすすりながら微笑んだ。すると、向かいのデスクの教師が奇妙なことを言い出した。


「でも、次の一年生、大変らしいですよ。中学からの調査書で、生徒ってよりも保護者の方が......」


「保護者かぁ......それは厄介だなぁ」


「高校だし、受験して入ってきてるんだから、生徒の方もある程度の学力があるわけだし。その方が逆に厄介だったりしますよね。ずる賢いというか」


 次に鈴木がコーヒーをすすった時の表情はあまり浮かないものだった。空が少しずつ暗くなっていく。今夜は春の嵐らしい。







  間もなくして、入学式が執り行われた。まだ型の崩れていない制服に袖を通し、期待と不安を一身に背負った者たちがやって来た。


「どれなんですかね。今年の問題児」


「ちょ、筧先生。やめなさいよ」


 そう言いつつも、鈴木も揃って前を向く彼らの顔を眺めながら同じようなことを考えていた。中学までと違って、教科担当や部活の顧問にならない限り、違う学年の生徒とはあまり交流がない。教員紹介で一度壇上に上がるだけなので、一年生以外の教員は入学式が正直、退屈だった。


「でも、さっき指導主任の熊坂先生が化粧とか髪いじってる奴が今年もいたって嘆いてましたよ」


「あー確かに、あの子とか絶対染めてますよね」


「どれどれ」


「ほら、真ん中らへんの......」


 ちょうどその時、開会の言葉が始まり、教員たちも口を閉じて、厳かな空気に馴染むように努力した。鈴木は黙りながらも、さっき筧先生が見つけた子を探す。そして恐らく該当の子にたどり着いた時、心の中で不安が的中した。その子は五組だったから。


「次に、学年団の先生方の紹介に移ります。......五組、担任は香坂樹里先生です」


「よろしくお願いします」


 香坂はいつもの調子でふるまった。鈴木は、この太陽のような光が、どうか陰らないで欲しいと、胸の中の心配が当たらないことを願った。

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