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好きになってしまったから

 少しだけ日が傾くのが遅くなったように感じながら、斜陽を背にして零士は会場へ向かった。


「あ、教授。お疲れ様です」


「お、良い感じに決めてきたじゃないか。まあ、今日は嵯峨君に喋ってもらうからな」


「はい。もう緊張でボタン弾けそうです」


「それは、ビールの飲みすぎじゃないのか?」


 教授は冗談交じりに言って、おなかをさすった。そして教授に続いて、ホテルのロビーへと入って行った。


 先日学会で発表した自分たちの学説が、高評価を受け、年に一回の考古学のノーベル賞のような国内賞に選出された。今日はその受賞セレモニーがここ都内のホテルである。零士はそんな大一番で、教授とともにスピーチをすることになっている。入り口で冗談交じりに言った「緊張」は会場へ一歩一歩足を踏み入れる度に高まっていった。


 零士たちが会場に入って数十分後。セレモニーは開会した。零士たちの順番は五番目。四番目の人のスピーチの時に、一緒に会場入りしていた同僚に、一つお願いごとをした。


「お願いな」


 小声で零士は言って、同僚は頷く。それから間もなくして、零士たちの名が呼ばれ、壇上に上がった。


「本日はお集まりいただきありがとうございます」


 教授はそれから、簡単に感謝の言葉と、研究の小話をした。


「そして今日は、研究のチームメンバーの一人、嵯峨君からも一言添えてもらいたいと思います。嵯峨君よろしく」


 零士は教授からマイクを受け取り、前を向いた。眩しいほどに光を浴び、たくさんの眼差しを向けられる。緊張も喉から出るほどに高まっていた。零士は一瞬、目を閉じて思い出す。あの日、九組の前で話したように、自分の気持ちをぶつける。あの時は、皆の顔が光のように温かかった。


 目を開くと、眩しいほどの光が、あの時の皆の温もりのように感じられた。それから、零士は口を開く。


「本日はお集まりいただき、そして身に余るほどの光栄な賞をいただき、大変感謝しております。研究については、教授の方からお伝えした通りでございまして、私からはひとつ、添えたいことがあります」


 ちらりと同僚の方を見る。同僚はグーサインを送ってきた。


「これは私一人の結果でも、ここにいるメンバーの結果だけでもない。この研究に携わった人」


 スポットライトが当たったところだけが世界じゃない。陰から声にならない叫びをあげている人もいる。でもその人も心には同じ炎を灯している。嘘ではない、本当の気持ち。


「......いや、この研究を好きになってしまった人、全員の、夢の結晶です」


 





 画面を静かに見ていた霧島は、ベッドの上から静かに涙を流した。


「......先輩」


 この研究に携われてよかった。一緒に光を浴びられなくとも、遠い場所からでも、夢の結晶の一部になってしまった。だって......。


 霧島は胸に手を当て、深呼吸をして上を向いた。


――好きになってしまったから。







 授賞式が終わり、零士は教授と別れた。本当はこの後の祝賀会に出席すべきであったが、今日はどうしても外せない用事がある。今からだと、だいぶ遅くなってしまうが、行ってみよう。あの約束の丘に。


 零士が最寄りの駅に着いた頃には、もう日が沈みかけ、空は紫紺に染まっていた。改札を抜けて、早足で丘に向かおうとした時、知っている人影が見えた。


「す、鈴木先生......?」


 零士が声をかけると、その主は振り返った。顔を見て、零士の疑心は確信に変わった。


「......嵯峨か。久しぶりだな」


「え、鈴木先生じゃないですか! えー、久しぶりです。え、先生ここで何してるんですか?」


 鈴木先生は、担任を降りてから学校に戻ってくることはなかった。しかし、卒業式の日にだけ、自分らに顔を出しに来た。それから十年。九組の皆と同じ時を経て、再会した。とはいえ、当時かなりベテランだった鈴木先生、十年後の今は定年退職しているはずで、この地にいるはずがなかった。


「あれ、先生って高校の近くに住んでたんすか?」


 すると先生は首を振って、言いづらそうな顔をした。


「ほら、九組が今日なんか約束してるんだろ」


「え、なんで先生知ってんすか」


「香坂先生から連絡が来たからな」


 久しぶりに香坂の名を聞いた。そして心が躍る自分もいた。九組の皆に会える、それと同じで香坂も、その九組のひとりであった。


「え、先生今日いるってことですか。楽しみだなー」


 すると鈴木は言いづらそうにしていた顔をもっと渋め、重そうに口を開いた。


「......香坂さんは、今日は来ない」


 零士は少し嫌な予感がした。


「えー、あー、でもあれですよね。都合が悪くてとか」


「いや......来れないんだ」


「えっ......」


 まだ春とは程遠い風が先生と零士の間を抜けていった。








 ここを抜けると......遠くに地平線が見えてきた。太陽が今にも沈もうとしている。


「遅くなった!! ごめん」


 零士は恐らく最後にやって来たメンバーだった。丘には数人が集まっている。


「零士! うわ、よかった!」


「あれ、虎治郎は?」


「あいつは、今日仕事の都合で来れないらしくてさ。よろしく言っておいてって」


「そっか、残念だな」


 すると、皆も零士のほかにもう一人後ろからやって来た人がいることに気づいた。


「え......もしかして......鈴木先生?」


「ああ、みんな久しぶり」


 皆は驚きを隠せないでいる。もちろん、香坂が来ると思っていたのに、まさか元担任が来るとは思っていなかったから。しかしそれと同時に、うっすらと嫌な予感が、零士だけではなく皆に広まっていた。


「......それで、樹里ちゃんは結局来なかったかぁ」


 零士は鈴木先生に視線を送る。鈴木先生も、それにすぐ訂正を入れた。


「いや、違うんだ」


 暗くなって、星が見え始めた。今日は満月なので、夜でも比較的明るい。そうはいっても、寒気はあった。皆、次の鈴木先生の言葉に、身構えた。


「......香坂先生は、来れなかったんだ」


 波の音が、静かに響く。しばらく誰も、口を開かずにいた。

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