◍ しゃべる夫婦蚕
さて、芋虫の蚕にも年齢はある。ゆえに寿命も当然ながらある。たったの二ヶ月。
通常、蚕は五回目の脱皮を終えると、一頭で繭を作る営繭の工程に入る。この時、蔟という升目状の専用箱に収容してやるのだが、高温多湿であったり、頭数が多すぎると雌雄一対で糸を吐き、普通より大きな繭を作り上げる。
この玉繭からなる玉糸は、弾力、伸張性に優れ丈夫である反面、くず繭に含まれる。糸が複雑に絡み合っているため、繰り出すのに高度な技術が必要なのだ。
ゆえに、普通の養蚕農家があえて玉繭をこしらえさせる真似をするわけがなく、玉糸で作られた織物は希少価値が高い。
蚕姫は二頭で一つの繭の中、糸取りのため、湯で上げられて死ぬその有様を思い出していた。
虫とはいえ、馬や牛などの家畜同等にありがたい存在だから〝頭〟で数える。蚕はこの東扶桑の歴史上、芦八迦楼羅よりも身近な、奉るに値する存在。
奉里にはしかし、いつか玉糸以上の代物を扱える織女になってもらいたい。
〝藕糸〟だ――。
これを紡ぎ、織り上げることができるのは、手間暇を惜しまず、祈りに等しい清らかな真心を込められる者だけ――……。
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「蚕姫さま、包包さまと紋紋さまを連れてきました」
崖の先端にいた蚕姫が振り返ると、かわいらしい名前を見事に裏切る化け物が顕現していた。二頭の巨大蚕に挟まれている奉里は、またしても米粒大にしか見えなくなっていた。
《 紈女、呼んだか 》
目が青い包包が硬派な青年の声でしゃべった。
目が赤い紋紋が続けて問うてくる。
《 それで、誰のために糸を吐けと――? 》
紋紋の女の声は澄んでいて、少し気位が高そう。
この二頭の寿命に限っては二ヶ月ではない。一つの繭に入り、釜茹でされてご臨終する日もおそらく来ないが、運命を共にすると誓った紛れもない夫婦蚕だ。
《 我らの糸が何たるか、理解の乏しい者のためには吐かんぞ。めちゃくちゃ疲れるのだぞ 》
《 そうよ、そうよ? そうなのよ? で、依頼主はどこ? 》
「……。」
蚕姫の視線が示した。
《 ちょっと考えさせてもらおう 》
「なんでっッ!?」
振り仰いできた奉里の方を振り向き、包包がわきわき動く芋虫の口から唾を降らせる。
《 うるさいッ。せめて顔洗って肌磨いて色気づいてから申せ。お前のような芋小娘がッ、夫婦蚕の利益にあやかろうなど千年早いわペチャパイめッ 》
「ペチャパイ関係ないでしょうがっッ。私の胸は薄くないです小さいだけですぅッ」
《 相変わらず生意気にッ。どっちも大して変わらんわ鼻ペチャっッ。身の程を知れ尻ペチャっ 》
「ペチャクチャうッさいなこのデカ芋虫っッ。断食させるぞコラあッっ」
《 痛っッ!? 》
あえてもう一度言う。奉里にはいつか、玉糸以上の代物をありがたく扱える織女になってもらいたい。神をも恐れぬ性格を直して。
いや。
蚕姫はこっそりとため息をつく。物にブチ切れ当たる癖は良くないが、こういうふうだから花人の大國とやらにも気に入られているのだろう。
正直、奉里を常葉臣に勧誘する行為はけしからん。なんだかんだ気の利く彼女にいなくなられると、自分も蚕たちも困るのだ。
とはいえ、縁の無いところにも、それを作るのが我らの宿命――。
《 いいじゃない包包。裏渡しに頼って北へ越境しようとするだなんて、皐月絡みに違いないんだから 》
紋紋は呆れたように言いながら、奉里にずいっと頭を近づけた。凄むように。
《 奉里? ついに彼が動き出す時が来たなら、あなたは手段を選んでいてはダメ。皐月は縁を切りたがる鬼よ――? 》
「縁を、切りたがる……?」
《 私たちには分かるの。すべてが本意ではないと思うけど、向き合う必要があるなら、理由がどうであれ、迷っている程度の気持ちでは負ける。彼の方が頑ななはずだから 》
「そ……、そうですよね! 追いかけて行く理由なんて、今日のおじいちゃんの晩ご飯と同じくらいどうでもいいですよね! 後で考えればッ!」
いや、そこまでどうでも良くはないと思う。というか、今のを聞いたら、じいさんはたぶん泣く。
包包のもの言いたげな眼差しに気づかぬふりで、明らかに面白がっている紋々は、奉里を無責任にもほどがあるくらい鼓舞し、勇気づけていく……。




