表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/53

◍ しゃべる夫婦蚕


 さて、芋虫の蚕にも年齢はある。ゆえに寿命も当然ながらある。たったの二ヶ月。


 通常、蚕は五回目の脱皮を終えると、一頭で繭を作る営繭えいらんの工程に入る。この時、まぶしという升目状の専用箱に収容してやるのだが、高温多湿であったり、頭数が多すぎると雌雄一対で糸を吐き、普通より大きな繭を作り上げる。

 この玉繭からなる玉糸は、弾力、伸張性に優れ丈夫である反面、くず繭に含まれる。糸が複雑に絡み合っているため、繰り出すのに高度な技術が必要なのだ。

 ゆえに、普通の養蚕農家があえて玉繭をこしらえさせる真似をするわけがなく、玉糸で作られた織物は希少価値が高い。

 蚕姫は二頭で一つの繭の中、糸取りのため、湯で上げられて死ぬその有様を思い出していた。

 虫とはいえ、馬や牛などの家畜同等にありがたい存在だから〝頭〟で数える。蚕はこの東扶桑の歴史上、芦八迦楼羅あしやカルラよりも身近な、たてまつるに値する存在。

 奉里にはしかし、いつか玉糸以上の代物を扱える織女になってもらいたい。


 〝藕糸ぐうし〟だ――。


 これを紡ぎ、織り上げることができるのは、手間暇を惜しまず、祈りに等しい清らかな真心を込められる者だけ――……。



     |

     |

     


「蚕姫さま、包包ホウホウさまと紋紋モンモンさまを連れてきました」


 崖の先端にいた蚕姫が振り返ると、かわいらしい名前を見事に裏切る化け物が顕現けんげんしていた。二頭の巨大蚕に挟まれている奉里は、またしても米粒大にしか見えなくなっていた。


《 紈女ワンニュ、呼んだか 》


 目が青い包包が硬派な青年の声でしゃべった。

 目が赤い紋紋が続けて問うてくる。


《 それで、誰のために糸を吐けと――? 》


 紋紋の女の声は澄んでいて、少し気位が高そう。

 この二頭の寿命に限っては二ヶ月ではない。一つの繭に入り、釜茹でされてご臨終する日もおそらく来ないが、運命を共にすると誓った紛れもない夫婦蚕だ。


《 我らの糸が何たるか、理解の乏しい者のためには吐かんぞ。めちゃくちゃ疲れるのだぞ 》


《 そうよ、そうよ? そうなのよ? で、依頼主はどこ? 》 


「……。」


 蚕姫の視線が示した。


《 ちょっと考えさせてもらおう 》


「なんでっッ!?」


 振り仰いできた奉里の方を振り向き、包包がわきわき動く芋虫の口から唾を降らせる。


《 うるさいッ。せめて顔洗って肌磨いて色気づいてから申せ。お前のような芋小娘がッ、夫婦蚕の利益にあやかろうなど千年早いわペチャパイめッ 》


「ペチャパイ関係ないでしょうがっッ。私の胸は薄くないです小さいだけですぅッ」


《 相変わらず生意気にッ。どっちも大して変わらんわ鼻ペチャっッ。身の程を知れ尻ペチャっ 》


「ペチャクチャうッさいなこのデカ芋虫っッ。断食させるぞコラあッっ」


《 痛っッ!? 》


 あえてもう一度言う。奉里にはいつか、玉糸以上の代物をありがたく扱える織女になってもらいたい。神をも恐れぬ性格を直して。


 いや。

 蚕姫はこっそりとため息をつく。物にブチ切れ当たる癖は良くないが、こういうふうだから花人の大國とやらにも気に入られているのだろう。

 正直、奉里を常葉臣ときわおみに勧誘する行為はけしからん。なんだかんだ気の利く彼女にいなくなられると、自分も蚕たちも困るのだ。

 とはいえ、縁の無いところにも、それを作るのが我らの宿命――。


《 いいじゃない包包。裏渡しに頼って北へ越境しようとするだなんて、皐月絡みに違いないんだから 》


 紋紋は呆れたように言いながら、奉里にずいっと頭を近づけた。凄むように。


《 奉里? ついに彼が動き出す時が来たなら、あなたは手段を選んでいてはダメ。皐月は縁を切りたがる鬼よ――? 》


「縁を、切りたがる……?」 


《 私たちには分かるの。すべてが本意ではないと思うけど、向き合う必要があるなら、理由がどうであれ、迷っている程度の気持ちでは負ける。彼の方が頑ななはずだから 》


「そ……、そうですよね! 追いかけて行く理由なんて、今日のおじいちゃんの晩ご飯と同じくらいどうでもいいですよね! 後で考えればッ!」


 いや、そこまでどうでも良くはないと思う。というか、今のを聞いたら、じいさんはたぶん泣く。

 包包のもの言いたげな眼差しに気づかぬふりで、明らかに面白がっている紋々は、奉里を無責任にもほどがあるくらい鼓舞し、勇気づけていく……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ