第63.5話 Sight Night-1
お久しぶりでございます。
50話で出てきた実里ちゃんが主人公の番外を作りました。本編と完全に無関係ではないですが、すこしホラー要素も入るシリーズなので読み飛ばしても大丈夫です。
それと……本当に申し訳ないです、また一年くらい休載します。
待っていただけたら、とても嬉しいです。
夢の中。
実里は、両足の裏をくっつけた状態で、誰かに押されながら、上半身を前に倒していた。ストレッチの最中だ。……どうして?私の背中を押しているのは、だれ?
実里が疑問を持つのとほとんど同時に、頭上から声がした。
「よし、終了!次、やってもらって、いい?」
「あ、うん……!」
立ち上がって振り返ると、小学校以来の友人である青葉がいた。
―――青葉ちゃんだったのか。
青葉はさっきの実里と同じように、胡坐を組むようにして両足の裏を合わせた。実里は、青葉の背中に手を置き、ゆっくりと体重をかけて上半身を倒していく。
そこで実里は、あることに気が付いた。
「青葉ちゃん……髪、どうかした?」
「え?いつも通りだと思うんだけどなー……。」
まさか。これがいつも通りだとでもいうのか。
黒っぽく、真っすぐだったはずの青葉の髪の毛は、ゆるゆると栗色のカーブを描き、背中に広がっている。
「そっか……。じゃあね。」
ストレッチはまだ途中だったが、実里は立ち上がった。これ以上、青葉と向き合っていたくなかった。
ドジでとろくさくて、いつも周りの目におびえている。そんな実里を、ずっと見捨てずにいてくれたのが青葉だった。青葉は、特別何かのクラブにも入っていないのに昔から足が速くて、誰に教わったわけでもないのに気配りが上手だった。誰かと集団で騒ぐことはしないが、誰とも険悪にならずにうまくやっていた。何でこんな自分と一緒にいるのか、不思議なくらいだ。
何度も二人で遊びに行った。お互いの家に泊まったこともある。修学旅行や林間学校でのホテルの部屋も一緒だった。誰にも言えないことも青葉なら打ち明けられた。青葉だって、「ないしょだよ。」と唇に人差し指をあてながら、どれだけの秘密を話してくれただろう。
そんな青葉が、誰の目にも明らかなこの変化のわけを、自分に教えてくれない。
見捨てられちゃったかな。こんな人間に話したって、意味がないと思われちゃったかな……。
気弱な実里の胸には、あっという間に暗雲が立ち込めていく。
青葉は追いかけてこなかった。呼び止めもしなかった。
きっと、そういうことなんだ……。
実里はうつむいたまま、歩き出した。
電話をかけたくなった相手に電話をした。2.5コールで相手が出た。気持ちいいタイミングだ。
「やっほ!元気っ?」
「うわぁ!声大きいよ!」
「あ、そうだった?ごめん。」
知らず知らずのうちに、大きな声を出してしまっていたらしい。それか、スマホに近すぎたんだろうか。反対に、相手の声は少し遠い所から聞こえてくるようで、不明瞭だ。
「何かあったの?」
「特に何にも。ただ、ちょっと出かけてくるよ。」
「どこに?」
「いいとこ!」
「ふーん。」
興味のなさそうな声だ。
「譲だって、行ってみたら、絶対いいとこだって、思うよ!」
「そうなんだ。」
「まだ疑ってるね?じゃ、電話つないだままで、こっちの雰囲気伝えるからさ。切らないで聞いててよ!」
「わかった、わかった。」
中学からの知り合い、譲。実里はあまり個人的に話したことは無いが、青葉とは仲がいいので、そのつながりで知っている。特別な印象は持っていなかったし、相手だって「いつも青葉にくっついてる子」以上の印象は持っていないだろう。それでも、なぜか今は無性に話したくてたまらなかった。自分がこれから行く先と、そこで会う人たちを、スマホ越しでもいい、少しでも感じ取って、うらやんでほしかった。
青葉がいなくたって。
私には、別の友達がいる。
右手に握られた、青い「チケット」を見た。案外、青葉を非難できない、と口元だけで苦笑いする。
私だって、誰にも内緒のつながりがあって、青葉にすら隠しているものを持っている。
バス停に着いた。赤と白の大型バスが停まっている。実里は迷わずそれに乗り込み、最後列の席へと歩みを進めた。
「ごめん!遅くなって。」
いつもより強気で話せている自分に喜びを感じる。
「ギリギリセーフだったねっ!」
「もうバスが出るよ。」
両脇から、ツインテールの幼い少女とイケメンの青年が話しかけてくる。
少女の言葉通り、バスのドアはすでに閉まり、バスはゆっくりと頭を回し、スピードを上げていった。
そばにはボサボサ頭の女性やかなり大柄な男性、頭の薄い中年男性やローティーンくらいの男の子の姿があった。前の方にもたくさんの人が乗っていて、大型バスはほぼ満員状態だ。共通点はこれと言ってないような乗客たちだが、共通項が一つあると実里は確信していた。再び、青色の「チケット」があるかどうか確認する。
「そんなに見なくたって、逃げるもんじゃないぞ。」
青年が横から口を出す。
「そんなこと言ったって……不安は不安よ。それに、あんただって、さっきからこそっと確認してるの、バレてるわよ。」
「うっ。」
青年は、えんじ色の「チケット」が入っている胸ポケットを右手で抑えた。
「わたしも、こわいからずっともってるよ!」
少女も、無邪気に紫色の「チケット」を見せてくれた。
バスは、広くきれいな道路をずっと通り、やがてロータリーを旋回し、和風の旅館のようなところの前で停車した。
旅館の正面には、ドアの代わりに水の膜のようなものが張ってある。
そこを通るときは少しだけ緊張したが、濡れることなく通り抜けることができた。許可されたらしい。
条件は、色は違えど「チケット」を持っていること。ここにいる人はみんな、「チケット」を持っているはずだった。
そこでは皆、温かく迎えてくれた。その待遇に、実里は満足していた。ここが、私のいるべき場所。私は、あんな小さな教室のすみっこで、縮こまっているべき存在ではないんだ、きっと……。
荷物をロッカーに預け、しばらくくつろぐ。いい気分、いい気分。ずっとここにいていいんだ。だって、ここが私の正しい居場所なんだから。
トイレに行った。個室の中から、声が聞こえる。
「今回はいっぱい来たナア……。」
「フ、こんな事のために、ご苦労なこっテ……。」
「何人かハ、おいしく食べられそうだネ……たっぷり太らせてから……あア、楽しみダ……。」
「でモ、中にはちょっと食わせただけデ、死んじゃいそうな奴もいるヨ……どうすル?」
実里は、なるべく気配を消してトイレから出た。何かがおかしい。
見れば、旅館の誰もかれもがこちらを笑いながら見ている。しかし、その口の端は、よだれがにじんではいないか?その目は、欲望にぎらついてはいないか?
首の後ろがじりじりとしびれてきた。
自分が何をやっているかもわからないまま、ロッカーを開けた。
荷物の山の一番上に、スマホが載っている。
「どうしたの?何かあった?」
譲の気づかわしげな声がする。
「大丈夫。ちょっと、切るね。」
実里は、そういって通話を切った。
またお会いできると思います。ではしばらく。




