第42話 動き出す現実
「ただいまー。」
「帰ったぞー!」
「晴斗兄ちゃん、お帰り!」
「おうおう、蓮斗も元気だったかー?」
「うん!」
「おい蓮斗、俺もいるぞ!」
「あ、ほんとだ!行斗兄ちゃんもお帰り!」
ゴールデンウィークの後半、就職や進学で独立して家を離れた蓮斗の二人の兄、晴斗と行斗が帰ってくる。
「ご飯までまだあるから、ゆっくりしていなね。」
「わかったー!」
そのあとで、三兄弟、ひとしきり会話に花が咲く。蓮斗は、晴斗と行斗に、ゲームのイベントのことを話していた。もちろんアオバのことはうまいことぼかして。
「……でさー、ジョーったら、もうその人と会えないだろうって言うんだよ!ひどくなーい!?」
「ちょっと待て蓮斗、ジョーさんは理由もなくそんなことを言ったのかい?」
「ううん、俺たちがダンジョンを進んでるときにジョーが『ビーチ』のメンバーを倒しちゃって、それがまずいんだってー。」
「……。」
晴斗は、そこまで聞いて無言で考え込んだ。
「蓮斗、言える範囲でいいから、今回一緒にイベントに参加した人たちの名前を、教えてくれるか?」
「うん。コユキさんとサクラはいいよね?」
「そうだね、そもそも僕が蓮斗をその二人に紹介したんだし。」
「それから同じパーティーのジョーと、匿名希望がひとり。」
「そうか……。」
晴斗は顎に手を当ててちょっと考えると、あぐらを解いて立ち上がった。
「少しゲーム機借りるぞ。何をしているかは絶対に除くなよ。」
「え?え!?晴斗兄ちゃん、それ、どういう意味で言ってるの!?」
蓮斗の声にも振り返らず、急ぎ足で階段を上っていく。
「……兄ちゃん、ひどい……絶対のぞき見してやるー……。」
「それは、やめておいたほうがいいぞ?」
それまでずっと黙っていた行斗が話しかけた。
「何で?」
「お前は、さっきの兄ちゃんとのやり取りで、何かわかることがあったか?」
「ううん、全然。同じパーティーの仲間ぶっ殺しちゃったのはヤバいってわかるけど、何でコユキさんとかの名前言わされたのかはさっぱり……。」
「ふーん。」
行斗はニヤリと笑った。
「何さ、さっきから二人してー。」
「いや、な。考えてもみろよ。兄ちゃんが、意味もなくお前に命令したり怒鳴ったりしたことがあったか?」
「ないねー。」
怒鳴られたことはいまだにないし、命令というか指示も、数えるほどしかされたことがない。
何年も前、蓮斗が晴斗と並んで歩いているとき、晴斗が突然、厳しい声で「目をつぶれ」と言ったことがある。正直混乱したが、目の前の兄が、ただならぬ表情で自分も固く目を閉じたため、思わず目をつぶった。その直後に、突然強い風が吹いた。数秒後に「もういい」という晴斗の声に目を開けると、ミニスカートをはいた女性がスカートのすそを直してまた歩き始めるところだった。自分も目を閉じるあたりは実直な晴斗らしいが、晴斗は意味のない指示はしないと深く印象付けられたできごとだった。
「だろ?今回だってそうだ。お前に何も言わずにゲームしに行ったってことは、それなりの理由があるんだよ。今は兄ちゃんを信じようぜ?」
「……そうだね!」
蓮斗は笑顔になると、また行斗としゃべり始めた。
晴斗はログインし、フィールドに行く前にある人物へとメッセージを送った。
「緊急事態だ。なるべく早く、ノーマルフィールドで会えるか?」
返信はすぐに来た。
「イベントじゃなくって?オッケー、じゃあパーティーの小屋で待ってるね!」
さすがというべき頼もしい内容を確認し、晴斗はフィールドへと降り立った。
「おう、来たぞ。」
くだんの人物に声をかける。
「やあ!いきなりどうしたの?」
「ああ、ちょっとそれが極秘事項でな……。」
晴斗あらためバルトは、気まずそうに言葉を濁す。
「ふーん……ま、バルトの頼みだから変なものじゃないだろうし、ボクも一肌脱ぐとしようか!」
目の前の人物は笑顔を返した。
「そうしてもらえると、本当に助かるよ。」
「それで、何をすればいいんだい?」
「ああ、『マリオネットのダンジョン』へ行きたいんだ。」
「マジ?正気?」
目の前の人物の笑顔が、少しこわばった気がした。
「ひゅー、前来たときは鬼ムズく感じたけど、こうしてみるとそうでも、って感じだね!いやー、ボクらも強くなったもんだ!」
「確かに、かなりの間敬遠していたからね。」
攻略は、思いのほか順調に進んでいた。しかし、ボスのフロアでは苦戦を強いられる。自分の意思を強く持たないと、ボスに操られ、自分で自らや仲間を攻撃してしまうのだ。
「バルト、よくもボクをこんなダンジョンにさそったね……!」
「承諾したのは君だろう……!」
七転八倒しつつもバルトが仲間ににじり寄り、その両腕と両足の少し上あたりを小刀で薙ぎ払う。操られていた四肢は糸が切れたようにパタッとおり、自由を取り戻した。
「サンキュー、バルト!」
「こっちもやってもらえるか?」
「もちの、ろん!」
言いつつサッサッと鉄扇をふるい、瞬きする程度の時間でバルトの操り糸も切断される。
「よーし、反撃開始だ!」
一気呵成でボスを撃破した、彼らの目の前にあったのは……。
「あああ、もー、何なのよあの二人は!」
やや時間は前後するが、アオバとジョーがおびただしい数の看守たちを倒し、サクラとレンがオーブをとってムショダンジョンを脱出したのと同じころ。
一人の女性が、パソコンの前で頭を抱えていた。アオバたちの遊ぶゲームの創作者、自分をタヌキと呼んでいた女性だ。
画面でリプレイされているのは、「ドッティング」を習得したアオバが、看守の投擲するボールから逃れるときのシーン。
「飛べ!」
の掛け声でアオバとジョーが同時に跳んだとき。本来なら決して切れないはずの、それぞれの手首をつないでいた手錠の鎖は、手首の輪ごと砕け、外れていた。
「これ壊すのに、どれだけの負荷が必要だと思ってんのよ!本当、訳わかんない!」
タヌキは頭を抱えて取り乱していたが、やがてふっと息を吐きだし、その唇がゆるむ。
「……ま、こんなに思い通りにいかないことなんて久しぶりね。しばらくは、何の処置もせずに様子を見てみましょう。」
アオバがつゆほども知らないところで、ことは着実に進行している。




