第179話『戦後処理②』
エルデロー大陸某所。浮遊都市より北に三千キロ離れた山脈。
高度六千メートルから七千メートルと連なる山脈に生物の気配がない。
フィリアでは経度が高くなると自然環境が苛烈に悪くなる。直径十四万キロに達してなお自転が二十四時間となると、自転速度が速く遠心力によって流体は赤道へと集まる。
よって特定の経度を超えたところから動植物は姿を消し、石しかない世界へと変貌するのだ。
北極や南極は死地の極意で微生物すら存在せず、到達する乗り物もなければ人も居ない。
エルデロー大陸最北地は極地ではないにしても、生物にとって死地と何ら変わらない。
しかし、その生物が生息できない地域に人工物があった。
岩だらけの山肌から突き出る形で円盤状の建物が複数ある。気圧と空気が薄いため建物にある扉は全て円柱で突き出たエアロックだ。直接建物と繋がっている扉は一つもなく、中に入るには気圧差を調整する必要がある。窓も三重に張られ、所々では暴風で飛ばされた岩に当たったのか一層目にヒビが入っているのもあった。
この建物はその地域を領土とする国も、国際機関も把握していない非合法で建造されている。
当然その建造した者たちも非合法の存在だ。
山脈と経度が高いこともあって複雑な気流が乱れる。その建築物の一角で爆発が起こり、甘い上がった煙が気流にかき乱され複雑な移動を見せた。
風の音ばかりの中で銃声音と悲鳴が建物の中から響くも、風によってすぐさまかき消されてしまう。
もとよりここから人の居住地まで三千キロ。何が起きようと知られることはない。
「早くレディアを止めろ!」
「だめだ。アクセスが拒否されてる」
「なんでだ。あれを突破できるなんて不可能だぞ」
小銃を構え、通路奥に乱射しながら黒髪の男が叫ぶ。即席バリケードの陰に隠れるもう一人の黒髪リーアンはノートパソコンを開き、銃撃をしている本来なら味方の兵器である鳥型ロボット『レディア』を従えさせようとキーを手早く打つ。
しかし、本来ならアクセスできるはずがレディアのローカルネットワークに入れずにいた。よってつい二十分ほど前に起きたパーシェの殺戮を止めることが出来ない。
「他の奴らはどうなってる!」
今パーシェたちが乱射しているのは一般的な威力の小銃だ。自衛程度の武装なためレディアの装甲を貫けない。なんとかカメラを貫ければ索敵はレーダーだけになる。狭い通路ならレーダーだけで細かい補足は困難だ。
だがカメラの直径は二センチ程度。狙っても当たる大きさではない。
デッジロットなら貫けるがそれでは外壁に穴が開いてしまうし、射線上の施設や仲間を貫いてしまうから使うに使えないのだ。
だから指定生存者として生き残っていたパーシェたちは小銃で対応するしかなく、レディアは主たちに向けて牙をむく。
「やっぱり音信不通だ。他の基地でもやられてる……」
パーシェはしっかりと保険をかけていた。
本陣であるチャリオスが負けた場合に備え、ひっそりと力を蓄えて再び決起するため、世界各地に次世代のパーシェを隠すシェルターを用意していた。
異星国家と言うイレギュラーのせいで五十年計画は失敗し、かつ自分たちの表ざたに出られなくなった。代わりに保険をかけていたことで物資も資源も豊富に残し、本陣よりもさらにレベルを上げて今度は完全奇襲で一気に世界を取ることを目指す。
先人の思いを受け継ぐために潜むことにしたのだが、世界各地のシェルターとの通信が次々に途絶え始め、最後のシェルターがこことなった。
シェルター間のネットワークは生きているが応答がない。それは即ち施設は無事だが生存者がいないということだ。
小銃の弾がレディアの急所に命中して床に落ちた。
「もう弾がない」
そもそもパーシェは非戦闘員だ。弾数の管理はプロと比べればお粗末で、マガジンの弾を使い切ってなお引き金を引き続け、弾がなくなってようやくリロードを意識する。
「もう一度アクセスする」
パソコンを持つもう一人のパーシェはなんとかして支配権を取り戻そうと、破壊したレディアに近づいて有線で接続する。
「誰かがレディアを操ってるのか?」
「まさか。外部からアクセスするとなるとエミエストロンしかないぞ」
「じゃあ内部で誰かが裏切ったってのかっ。エミエストロンはないんだぞ」
「いや、それはない……と思いたい」
シェルターにいるパーシェは最年長が三十歳で年少は五歳の男女五十名。生活は施設がシステムとして担っていて、パーシェは研究開発に専念できる。人数が多ければ異なる考えもも多いが、パーシェとして目的は一致していると信じていた。
二人がいるのは食堂前の出入り口。虐殺を始めたときに食堂には十人の仲間がおり、ここを突破されると文字通り全滅だ。
とはいえ自衛する武器が底をついた以上、あとはデジタルで守るしかない。
「くそっ、ダメだ。アクセスできない!」
パーシェはあらゆる方法を考える。
脱出手段はあるがそこまでに到達できない。レディアの配備数は三百体で、把握している限りで破壊したのは三体だ。
身を潜めるにしても防衛手段がないとよくて脱水死か餓死だ。痛みはないが死がゆっくりと迫る恐怖は耐え難い。
やはり生存確率が高いのがレディアの奪還だ。
最期の保険があるとはいえ、何も達成できずに死ぬのはいやだ。
超人として生まれ、支配者となるべく人種であるにもかかわらず、このような死に一体何の意味がある。
死すべきは下等人種であって自分たちではない。自分たちは選ばれた人間なのだ。
死んでいいはずがない。
そう自問自答している中、あらたなレディアが通路奥から現れた。
「くそっ、もう駄目だ。中に入るぞ」
「待ってくれ、あと少し……」
「ばっ、もう来てるんだぞ!」
「ぎゃああああ!」
銃撃によるけん制も破壊も出来ないとレディアの突進力は速い。パーシェを視認すると猛スピードで迫り、通路の床で破壊したレディアに接続していたパーシェを頭から噛みついて噛み砕いてしまった。
果実がはじけ飛ぶように頭が口の中で弾け、夥しい血がレディアの口から流れ出る。頭部を失ったパーシェは脱力して破壊したレディアの上へと落ちてしまった。
「くそっ!」
もう打つ手がなく、小銃を持っていたパーシェは食堂へと逃げ込んだ。
捕食が目的ではないレディアはすぐさま小銃のパーシェに狙いを定めてくちばしを伸ばす。
伸ばしてきたくちばしが小銃の銃口を抓んだ。巨大動物には劣るが五メートル級なら最強の咬合力の前に銃口はなすすべなくつぶれ、パーシェは小銃を放棄して食堂へと入ってカギをかけた。
「扉をふさいでくれ!」
叫ぶと食堂にいた十人の指定生存者として本陣とは共に行動していなかった次世代のパーシェたちが、浮遊する家具を扉の前に運んで座標固定をする。
「セオトは?」
「レディアに殺された。多分、生き残りはここだけだ」
扉から激しい衝突音が響いた。それに合わせて生き残った次世代パーシェたちがみるみる絶望顔になっていく。
「どうして、ここは安全だったはずだ」
「そうよ。私たちはお父さんたちに負けないくらい力をつけて反撃しなきゃいけないんだから、生きる義務があるのよ」
パーシェとして誇りを持ち、下等なリーアンを支配するよう教え込まれてきた。
万が一親たちが負けたときは自分たちと決意をもってシェルターにいるのに、何もできずに殺されることに皆納得が出来ないでいた。
「また異星人がなにかしたのか!?」
「ユーストルからここまで何万キロあると思ってるんだ。いくらなんでも不可能だ」
「じゃあ誰が……あああ!」
いくつもの家具を不動にして扉が開かないようにしていたが、レディアが高出力レーザーをドア越しに撃ったのか光線が壁越しに放たれて女性パーシェの胸を貫いた。
「メロ!」
さらにもう一本、もう一本と壁越しに光線が放たれてピンポイントで仲間たちが撃ち抜かれていく。
年齢など関係ない。全員にだ。
「ぎっ!」
これはまずいと体を動かした瞬間、右腕に激烈な痛みが襲い、指の感覚がなくなった。
レーザーが腕を撃ち抜いたのだ。
その痛みによって空に立つことも叶わず、床へと落ちた。
床にな先に撃ち落された仲間たちが倒れていて、その上に墜ちる。
「があああ!」
人生二十年で一度も経験していない痛みに、触ってはいけないのに触れて抑えようとする。あるはずの腕がない。これから下等人種を支配するためにあらゆるものを作り出す利き腕がなくなった。
「ふっ……ふっ……ふっ……」
痛みに耐えながら周囲を見渡す。つい数秒前まで空に立っていた仲間たちはもういない。食堂の裏口から逃げてくれればいいが」
物が破砕される音が食堂中に響く。
レーザーによって穴だらけになった入り口付近をレディアがこじ開ける音だ。
床にガラガラと破砕した瓦礫が落ちて五体のレディアが食堂へと入り込む。
ここまでくればもう死を受け入れるしかない。痛みで身動きが取れず、身を守る武器もない。対抗策はなくはなかったが突然の奇襲でどうしようもできなかった。
しかし、この世代も潰えてもまだ次がある。大幅な下降修正は余儀なくされるがパーシェの遺伝子は残り続ける。そして、必ず下等人種を支配してくれるはずだ。
「……お前が最後の生き残りか」
最後に生き残ったパーシェは腕の痛みに耐えつつ目を見開いた。
食堂に入り込んだ五体の後に、全身をコートで包んだ誰かが入ってきたのだ。顔はフードを被っていて見えない。
声からして指定生存者でもないだろう。
間違いなくこの殺戮を企てた者だ。
五体のレディアは床に近づくと、最後の生き残りのパーシェは無視してレーザーで打ち抜かれた仲間たちの顔を咥えては噛み砕いていく。
「や、やめろ……」
死してなお尊厳を奪おう非人道的な行為に、パーシェは手を伸ばす。
「残念だが、お前たちは絶滅してもらう」
「誰だ……お前は」
「歴史の修正者と名乗ろうかな。間違った歴史にならないように、お前たちは今日絶滅してもらう」
「どうしてここが……」
「話すと思うか?」
歴史の修正者はパーシェに向けて拳銃を向けた。
「……俺たちは終わらない。まだ……」
「このシェルターの地下深くに『ガルヴァイト』があることは知っている。それを破壊すればお前らパーシェはもう生まれない」
「なんでそれを知ってやがる。あれは完全独立のシステムでエミエストロンですら手出しができないんだぞ」
「これから死ぬお前が知る意味はない」
拳銃の撃鉄を引く。
「待て、やめろ!」
パーシェの声に動じず、歴史の修正者は額に向けて引き金を引いた。
と同時に最後のパーシェの視界は真っ暗になった。
*
歴史の修正者は確認している中で最後のバーニアンの死亡を確認し、小型端末を取り出して操作をする。
その操作に呼応して支配権を得ているレディアは、殺したバーニアンを完全に死なせるため後頭部の破壊と胴体の分断を命令する。
頭を撃ち抜けば生物である以上死ぬが、頭を失い、胴体を分断すればもうどうにもできない。
これを世界各地全十四ヶ所で同時期にレディアにさせる。
これによってフィリア上でのバーニアンはほぼ全滅させられた。あとは最後の保険を潰すだけだ。
歴史の修正者は端末の表示するルートに従い、三体のレディアを引き連れて殺戮の道を進む。
このシェルターで生きているのは一人だけだから空調音しかしない。レディアたちも指示に従って適切な場所へと向かい、歴史の修正者は無言で進み続ける。
このシェルターには隠し通路が一つある。バスタトリア砲でさえ破壊をするには何発も必要な超高硬度な隔壁によって隔絶され、侵入するには様々な認証をパスしなければならない。
しかし歴史の修正者はそれを端末を使ってあっさりとすり抜け、地表から地下五百メートルの深さまで潜った。
地下五百メートルにあるのは、バーニアンにとって真の最終的な保険だ。例え今世代で絶滅してしまっても、その血筋を絶やさず残すことを目的として作られたシステム。
「これがガルヴァイトか」
歴史の修正者はシステムの全容をみて呟いた。
目の前にあるのは透明の円柱が十本が等間隔で並び、壁には縦横無尽にホースやパイプが張り巡らされている。いわばバイオ研究所の表装をしている部屋だ。
地熱によって電力は賄われ、地下深くの地下水を利用するから水不足にもならない。
人間を一切介さず、完全に機械のみで稼働し続ける独立型システム。
その仕様はいたってシンプルで、事前に冷凍保存していたバーニアンの精子と卵子、その他遺伝子情報を使ってオートメーションでバーニアンを創るシステムだ。同時並行して知識もインストール出来るから、最初からリーアンに仇成すバーニアンとして生まれるのだ。
ここを破壊しなければ数十年後か数百年後に、再びパワーアップしたバーニアンがフィリア社会を襲うだろう。
「壊せ」
歴史の修正者は命令する。
レディアはその命令を実行に移し、レーザーや噛みつき、足の爪を使って破壊を始めた。
その光景を歴史の修正者は撮影をする。
レーザーは円柱の培養器や壁のホースや配管を破壊し、噛みつきや足の牙で操作端末などを粉々にする。
ショートをしていたるところから煙が吹き、ついには出火した。
自動消火システムは切ってあるから、火は自然鎮火するまで燃え続ける。
歴史の修正者は修復不可能まで破壊したのを見届けてから、ガルヴァイトに背を向けて地表へと向かった。
*
歴史の修正者はこのシェルターに特別製の浮遊機で来ていた。シェルターの索敵はすでに対策済みだからステルス仕様にする必要はなく、するべきは機密性と居住性、航続距離で五十メートルクラスの中型の浮遊機を改造したものである。
民間仕様のを歴史の修正者は一人で改造し、今日到着するよう移動して世界同時多発でバーニアンシェルターを襲撃した。
歴史の修正者は運転席からうっすらと噴煙が上がるシェルターを見る。
手には端末が握られ、その画面には赤いボタンの絵柄が表示されていた。
「……これで、終いだ」
赤いボタンに指をタッチした。
数秒遅れ、うっすらだった煙は再び濃くなり、一ヶ所だけでなくあらゆるところから爆発が起こり、山崩れを起こしながらシェルターは崩れ落ちていく。
轟音が窓ガラスを震わせた。
「これで私の役目は終わりだ」
そう歴史の修正者は呟き、端末を操作してギガ級のデータの送信ボタンを押した。
歴史の修正者はフードを取る。その頭に髪の毛は一本もなく、見事なまでの禿頭だった。
*
「総理、イルリハラン王国のエルマ王から会談の要望が来ました」
「エルマ王から?」
日本の首相官邸、総理執務室にて若井は総理大臣臨時代理として最後の会見をするため、原稿を読んでいるときに総理補佐官から連絡が来た。
「緊急の非公開で一対一会談を求めてきています」
「非公開……では受けましょう。非公開なら通話記録も残さずにしてください」
「分かりました」
羽熊や非公ルートでの会談ではなく、公式ルートを使っての緊急の非公開会談。また火急の問題が起きたのだろう。バーニアンのデータ絡みか、コクーンのことでアルタランが騒いでいるのか。なんであれ向こうからの要望なら受けないわけにはいかない。
若井はエルマと会話をする。
「エルマ王、また会話が出来てうれしいよ」
『若井総理、こちらこそ最後に話が出来てよかった。これは非公式の会見なので普段通りでお願いできますか?』
「分かりました。予定にない会談と言うことはまた問題が起きましたか? さすがに総理としての手助けは難しいですが……」
『いえ、これは若井さんに知ってもらいたいことなので連絡をしました。実は十五分ほど前に私のパソコンに差出人不明でギガクラスの大容量データが送られてきました』
「エルマさん自身のパソコンに?」
普通政府上層部のコンピュータのセキュリティは厳重だ。差出人不明で送信するなんてことは普通は出来ない。普通、ならだ。
『データはあとで送りますが、端的に言えば最悪の憶測が現実だったみたいで、バーニアンの生き残りがいたみたいです』
「なんだって!?」
若井は立ち上がりながら叫んだ。
あれだけの被害と激戦を経て勝利したというのに、まだバーニアンには生き残りがいた。可能性はあったが、できればそこは楽観したかったばかりに衝撃が大きかった。
しかし、すぐに違和感に気付いた。
「ん? 生き残りが、いた? いるではなくて?」
『はい。送られてきたデータは、バーニアンの生き残りを殲滅した証拠ばかりなんです。世界各地の人の居住地から遠く離れた十ヶ所にバーニアンの秘密基地があり、そこに総勢五百人の若いバーニアンが避難していたみたいです。それが全滅して誰も生き残っていません』
「もう世界各国の捜査が及んだとか?」
『まだアルタランすら再建できてないのでそれはないでしょう。それに仮に殲滅が出来たら私にデータを送る前に大体的に喧伝するはずです』
世界各国の捜査機関ではない。もちろん仲間割れでもない。その上でバーニアンの秘密基地を知った上で殲滅させる存在。
『もう一つ興味深い情報で、もし秘密基地にいるバーニアンが全滅しても自動的にクローン的な仲間を増やす装置もあったみたいで、それも破壊したみたいです』
「クローン製造機……奴らならあってもおかしくはないですね」
『そしてデータの中に一言だけメッセージがありました。読み上げます。「負の遺産は潰した。私は消えるからあとは好きにしろ」と』
「私は消えるから……と言うことは残党を潰したのは個人ですか? 誰が潰したのかは分かりませんか?」
『ひょっとしたらあるかもしれませんが、確認しているデータの中で今のところはありませんね。あるのは秘密基地の地図と虐殺した動画と写真。破壊した秘密基地の動画と写真ばかりです』
「しかし、バーニアンの残党をこのタイミングで殲滅するなんて……」
『実は一人だけ心当たりがあります』
「本当ですか!?」
『それで一つ確認したいのですが、式典会場爆破で被害にあった方々の遺伝子情報はどれほどあつまりました?』
「え……報告では九割方のDNAは照合できましたが、残り一割は完全に消失して出来ませんでした」
『その中に〝彼〟はいましたか?』
「彼?」
『ええ、〝彼〟です』
名を敢えて伏せるということは察しろと言うことだ。
残党の殲滅とテロ被害の未確認で何が繋がるのか、記憶にある名簿を思い出しながら考える。
と、あらゆる意味で該当する人物が若井の脳裏に浮かびあがった。
「もしかして……」
『名は言わないでおきましょう。多分ですけど若井さんが思いついた人と、私が思う人は同じだと思います』
「しかし〝彼〟は……確かに遺体やその一部は発見されていないので推定死亡扱いですね」
『〝彼〟でしたら自前のコクーンを作ってもおかしくありませんし、死んだと思わせたからこそ裏で動けたとも思えます。それに考えてみてください。AEを作れる人が自衛に手を回さないとは思えません』
「確かに別邸の話を聞いたときは違和感を覚えましたが……〝彼〟はバーニアンが接触してきたときからここまでの筋書きを描いていたと?」
『もちろんテロの犠牲になった方々を考えると、〝彼〟だけが生き延びたことには思うことがあります。ですがチャリオスやバーニアンの存在を、バーニアンたちに知られないように世界各国に通達することは難しいです』
AEがあるとはいえ、先にAEを数多の電子機器にインストールしてバーニアンの情報を伝えると行動が矛盾する。その上知る人が増えれば不確定要素が増大してどこかでエミエストロンが察知していただろう。
〝彼〟としてもテロは防ぎたくとも、容認するしかない判断をしたのかもしれない。
あくまで〝彼〟だったらの話だ。エルマの話を聞く限りではこれ以上の判断は出来ない。
『出来れば羽熊さんの意見も聞きたいところなんですけどね』
「それはやめておきましょう。これ以上命を狙われる秘密を知らせる必要はありません。ようやくこの手の問題から解放されたのですから、〝彼〟の生存説を知るのは私たちだけで十分です。ちなみに他に知ってる人はいませんよね?」
『正真正銘知っているのは私と若井さんの二人だけです』
「ならこの話は墓まで持っていきましょう」
『それが一番ですね。それでこのデータは見ますか?』
「いえ、余計な問題を作りそうなので遠慮します。ただ今の話は全面的に信じます」
ここでデータを貰うと後々面倒ごとになりかねない。なら最初からもらわないほうが安全だ。
『分かりました。このデータは責任をもって管理します』
「お願いします。ただ、問題はバーニアンを殲滅したことを公表するかどうかですね。総理としては伏せとくべきと考えますが」
『同意見です。情報源を秘匿しても証拠は求められますし、秘密基地のある国は技術を手に入れようと躍起になるでしょう。なんであれ禍根を残すので、あれば残党がいるかもしれないとさせるほうが操作しやすいです』
民間人からすれば世界最悪のテロを引き起こしたバーニアンが残党を含めて殲滅したかは知りたいが、国家レベルとなると別の問題が起きる。であれば敢えて秘密にして無駄に予算を費やしても残党がいるかもしれない体でいるほうがいいのだ。
人類は、皮肉にも平和に向けるより敵に向けて行動するほうが団結しやすい。平和は国別に考えがバラバラだが、統一の敵なら考える方向が特定だから操作がしやすい。
「ではこの話自体がなかった、と言うことで」
『それで行きましょうか』
「……最後に総理として話が出来てよかった」
『私も王として話せてよかったです。お互い望んでいない地位ではありましたが』
「地位は人を作る。我が国のことわざです。私も自分自身総理として器があるとは思えませんが、その大役は果たせたと思っています。エルマ王もそうでしょう?」
『はい』
「私は一足先にこの地位から離れますが、エルマ王のご活躍を友人として応援します」
『ありがとうございます』
「今後は友人としてお話をしましょう」
『ぜひとも。転移してきたのが日本でよかったです』
「それでは時間が来てしまいましたのでこれで失礼します」
『忙しい中ありがとうございました。失礼します』
若井にとって最後の総理大臣としての他国元首との電話会談が終了した。
突然のことではあったが、最大の懸念だった残党が〝彼〟によって殲滅したことは紛れもない朗報だ。公式にはいるかもしれないとして警戒は継続しないとならないが、二度とあのような凄惨なことが起きないとなると嬉しく思う。
多大な犠牲は払ったが、これで総理代理としてやるべきことは終わった。
「よし、あとは自分へのけじめだ」
若井は総理執務室を後にした。
*
若井修哉が総理をしているのは、官房長官だったが総理と副総理が同時に亡くなったため、法に乗っ取り総理大臣臨時代理となった。
本来ならば政府の空白を埋めるための制度で、速やかに正当な総理を指名して健全化を図るのだが、テロの脅威が去るまではと初の総理大臣臨時代理にして最長の任期となった。
それも今日で終わる。
国内外の復興に目途がつき、予算も確保できたことで代理として居座り続ける必要がなくなり、若井は退任することとなった。
首相官邸内の記者会見室には、日本全国から大手から中小までの記者が来ていた。
日本の戦後初の総理大臣臨時代理にして防衛出動まで発令した、憲政史上最年少総理。
数多の政治的荒波に揉まれながらもその大役を務め、そして最後の会見に何を話すのか興味がないほうがおかしい。
なにせ世界ブラックアウトのきっかけとなった会見でも一言目で犯人を名指ししたほどだ。
テレビ局もネットも、会見が始まる一分前から生中継で若井総理臨時代理が入るのを待ち続けた。
司会進行をする職員が「総理入られます」と告げると、若井総理が記者会見室に入ってきた。
壇上に掲げられた日章旗に会釈し、演台の前に立った。
「国民の皆様。
私、若井修也は、本日をもって内閣総理大臣臨時代理の職を退任いたします。
テロ事件の全容はすでに解明され、それに起因したユーストル防衛戦も終結しました。
接続地域である須田町においても、グイボラおよびグイボットの出没が確認されなくなったことから、我が国の安全は確立されたと判断しております。
この時点をもって、国際民間軍事企業「チャリオス」および異星間ハーフ「バーニアン」による一連の事案は、完全に終結したと宣言いたします。
また、転移後初の発令となった防衛出動についても、脅威が去ったと判断し、本日付でその解除を宣言いたします。
あの日、チャリオスによる突然の襲撃と、バーニアン勢力によるテロが発生し、我が国は未曾有の危機に直面しました。
前総理は、初動の混乱の中で命を落とされました。私はその意思を継ぎ、国家の継続と国民の安全を守るため、臨時代理としてこの重責を担ってまいりました。
ここに改めて、テロの犠牲となられたすべての方々に、心より哀悼の意を表します。
国家としての意思が問われたあの瞬間から、私たちは一貫して国民の命を守ることを最優先に、あらゆる手段を講じてきました。
かつてはフィクションにすぎなかった技術の再現と実戦投入。
異次元の戦力にも対抗し得る準備と展開。
そして敵性勢力への防衛出動――そのすべてが、この国の生存のために必要でした。
何よりも、ラッサロン基地との連携があってこそ、我が国は再び立ち上がることができました。
この戦争は、単なる武力衝突ではありませんでした。
人間の尊厳と自由を守るための戦いであり、私たち自身の「国家のかたち」が問われる闘争でもありました。
敵は、我々の暮らし、制度、そして価値観そのものを破壊しようとしました。
しかし、日本は屈しなかった。
皆さん一人ひとりの冷静さと強さ、そして助け合いの精神が、我々を支えてくれました。
そして、国防軍が存分に戦えるよう、国民全員がそれぞれの生活を切り崩してでも、後方支援に手を貸してくださいました。
この献身に、私は心の底から感謝申し上げます。
皆さまの協力があってこそ、今の私たちがあります。
私は、国土転移からこの度の戦いを経て、日本の、そして日本人の底力は決して衰えていないと実感しました。
どのような状況であっても自らを見失わず、他者を思いやり、身を粉にして――
なおもこの国を支えようとする皆さんの姿が、幾度も私の胸を打ちました。
この国には、まだ立ち上がる力がある。
この国民には、まだ前を向く気概がある。
私は、それを誇りに思います。そして、未来を託すに足ると確信しています。
今、都市には人の営みが戻りつつあります。
避難要請は解除され、コクーン設置地域では復興が始まっています。
街には、久方ぶりに平時の喧騒が響いています。
戦争は終わりました。――だが、戦後はこれからです。
復旧はいまだ道半ばであり、生活の不便も各地に残されています。
私は、この危機の中で、多くの決断を下しました。
いくつかは賞賛されるかもしれません。多くは、批判にさらされることでしょう。
それでも私は、迷いませんでした。常に目の前にある命を最優先とし、この国の明日を信じて歩んできたからです。
この戦争において、我が国は苦渋の決断として、二発の核爆弾を使用しました。
目的はただ一つ――敵勢力の指揮通信網を一時的に無力化するための、電磁パルスの発生にありました。
世界で唯一、戦時中に核攻撃を受けた我が国が、再び核兵器を用いた。
この決断の重みを、私は誰よりも深く理解しております。
しかし、それでも私は決断しました。
なぜなら、その一撃によって、敵の中枢「エミエストロン」を破壊し、世界にシステムの回復をもたらすことができたからです。
私たちは決して、核兵器の使用を常態化する国家ではありません。
だが、国家の存亡がかかった時――私はその判断を下しました。
その責任は、すべて私にあります。
この責任は、単なる辞任という形では到底償えるものではありません。
しかし、私はあくまでも「臨時」の代理人に過ぎません。
主権は国民にあり、国家の未来は民意によって選ばれた政権が担うべきです。
危機の最中だからこそ、私は自らの立場の限界を自覚してきました。
そして今、非常の時を乗り越え、国家が再び平時の歩みを始めようとするこの瞬間に――私は、退くべきだと判断しました。
次期政権の発足後には、新設される「戦後復興大臣」として、戦後処理に尽力する所存です。
これが、私なりの責任の取り方とさせていただきます。
国民の皆様。
これまで共に戦ってくださったすべての方々に、心より感謝申し上げます。
外交官も、国防軍も、医療従事者も。避難所で声を上げ続けた方々も。
全員が、この国を支えてくれました。あなた方こそが、この国家そのものです。
どうか、これからも誇りと絆を胸に、歩みを進めてください。
私は一人の市民として、その背中を見守ってまいります。
本当に、ありがとうございました」
若井は言葉を結び会釈をした。
司会の職員は続けて応答質疑に入りますとアナウンスするも、挙手するのにしばし時間が掛かった。
国民全員が今回の戦争では当事者となった。これは記者たちも同じで、みな若井の演説に心を打たれて気持ちの切り替えに時間が掛かったのだ。
最初に挙手したのは大手新聞社で、若井総理は公には出来ないことには政治的言葉で濁しつつ、しかし忌み嫌われる「差し控える」文言は言わないようにして質疑に応えていったのだった。
こうして若井の短く濃い、そして二度とこないだろう総理大臣臨時代理は終わったのだった。
*
イルリハラン王国、ヨート州、コルストロ浮遊都市。
ユーストルのあるミュリーア州の隣州で、ユーストルからは北東に二万キロ離れている地域に滞空する中型浮遊都市だ。
ユーストルから向かうとすれば五日近くは掛かるいわゆる田舎地方で、ほとんど自給自足での生活をしている。
その浮遊都市に一便のジェット旅客機が着陸し、一人の女性が降機した。
最後にこの浮遊都市にいたのは十年以上前で大学に進学する前だ。だから十年の月日で、記憶とすり合わせても随分と景色が変わっていた。
台座はさすがに変わらないが、上部建造物は建て替えたようで高さや外見が変わっている。
目的地の住所も建て替えによる住所変更していて、前もって教えてもらった住所の棟へと向かう。
町並みはブラックアウトを受けたとはいえ、人口が少なく自給自足の生活をしているからどうにか日常は保たれているようだ。復興も必要だったかと思うほど見た目に異常は見られず、人の動きも慌ただしさはない。
こういう場合は大型よりは小中のほうが団結して乗り越えられるのだろう。
携帯電話に表示するルートを進み、目的地の棟へと着いた。
日本のように棟の中央を貫くようなエレベーターやエレベーターホール、通路はない。それらすべての空間を居住として広げ、入り口は棟の外側にある。
そして教えてもらった号室の前に立ち、緊張から指を震わせながらもインターホンを押そうと指を伸ばす。
指がボタンに触れる寸前で扉が開いた。
「……ルィル……」
「母さん」
ルィルの母であるミーラは、ドアの前でずっと待っていたのだろう。ボタンを押す前にドアを開けてルィルを出迎えた。
家を出た時と比べてやつれているように見えた。
無理もない。父カリムが転職してチャリオスに単身赴任し、ブラックアウトを経て死んだと聞かされれば痩せもする。
「元気そうでよかった」
明らかに自分はそうでないのに、ミーラはルィルの心配をする。
「うん。私は元気よ。見ての通り傷一つないわ」
とルィルはその場で一回転して元気であることを見せる。
「母さん、ご飯は食べれてる?」
痛々しい姿を見てルィルは胸から様々な感情が沸き上がってきたのを実感した。
悲しみなのか、父と帰れなかった怒りなのかは分からない。
「なんとかね」
「……ごめんなさい」
ついその言葉が出た。家を出たこと、父のことを話せないこと、無茶をしたこと、色々とひっくるめての言葉だ。
「いいの、気にしないで。あなたが自分で選んだ道だもの。あなただけの道にとやかく言わないわ。ただ、無事でよかった」
そっとミーラはルィルの手を包み込むようにして握った。
「うん」
「さ、中に入って。しばらくはいられるんでしょ?」
「一ヶ月はいるつもり。それと毎年一度は帰ってくるよ」
「ありがと」
少しだけミーラは笑ってくれた。いまはこれが限度だけれど、少しずつ直していこう。色々と壊れてしまったものを。
「……ただいま」
「おかえり」
ルィルは実家の中に入ったのだった。
*
静寂だった町に活気が戻っていく。
日本、茨城県神栖市須田町。
元々は浜辺であったが異地と陸続きになったことで地盤改良をし、再開発もして人口が万単位の大きな町となった。
チャリオスがユーストルに進行することが判明して以降、安全面から全面的避難指示が発令され、須田町を中心とした五十キロ圏内は全市民が避難対象となった。
それから二ヶ月が過ぎ、年の瀬が近づいてくる頃にようやく避難解除となった。
ユーストル防衛戦に勝利してからもすぐに避難解除されなかったのは、グイボラとグイボットがいるかもしれないからで、国防軍がそれはもう入念に入念を重ねて調査した結果、二種の害獣はいないと判断されて若井総理の退任記者会見後に避難指示は解除となった。
いくら危険かもしれないところであっても、再開発した土地であってもやはり避難先よりは自宅がいい。そう思う避難した人々は多く、解除されるや順次帰宅の路に付く人々で道路はあふれた。
規制線のバリケードも道脇に退かされ、家族と多くの荷物を乗せた車列が通り過ぎていく。
街頭は点いても家々は暗いが、家主たちが戻ることで一軒、また一軒と光を灯していった。ある意味死んでいた町が息を吹き返しつつあるのだ。
その町の一角にある一軒家の駐車スペースに、一台のミニバンがバックで入れて停車した。
エンジンが切られ、ヘッドライトが消えて車内の明かりが灯る。
そして運転席と後部座席が開き、一組の夫婦が外へと出た。
「んー、ようやく帰ってこれた」
羽熊美子はチャイルドシートから亜紀を外して抱っこする。
「やっぱり被っちゃったな。もう少し早く帰れると思ったんだけど」
羽熊洋一も軽く腰を叩きながら時間設定を読み間違えたことを悔やむ。
皆帰りたい気持ちが同じであれば、同時期に帰ろうとするのは当然だ。予定ならもう二時間は速く帰れるところ、渋滞に引っかかって遅くなってしまった。
「しかたないよ。みんなやっぱり自分の家がいいもの」
「亜紀にしたらおじいちゃん家のほうが長いんだよな」
亜紀が生まれてすぐに避難となったから、亜紀目線で見ると実家よりは祖父母の家のほうがいた時間が長かった。
「そうだね。でもこれからはこっちのほうが長くなるよ。ねぇ、亜紀ちゃん」
亜紀はスヤスヤと眠っている。
「洋一さん、明日は掃除祭りだよ。一ヶ月以上も空けたんだから中はきっとすごいよ」
「あいよ、頑張りますか」
面倒であっても生活に必要なことだ。元の生活をするためにも頑張らねばならない。
羽熊はそう思いながら、久しぶりに自分の家の鍵を取り出して鍵を開けた。
「ただいま」
「ただいまー」
車の荷物はあとにして、羽熊と美子と亜紀は家の中に入ったのだった。
そして、家に明かりが灯った。
次回、最終回です。




