第168話『望まぬ結末』
一見するだけではハオラは無防備だ。この場に相応しくない背広を着て武器らしい武器は何も持っておらず、持っているとすれば左手に持つタブレットくらいだ。だが対人コクーンくらいは持っているだろう。
ハオラの表情に焦燥感は一切ない。仮面をかぶって隠しているのか、本当に負けない自信があるのか読めなかった。
「テジ、ハオラを拘束しろ。ハオラ、妙な動きをすれば射殺する」
対話をする時間もなければするつもりもない。
確実になにかを企んでいるだろうが、律義に付き合う義理はないのだ。間髪入れずに主導権を取るために動く。
テジは銃をしまい、結束バンドを取り出してハオラへと近づきだす。
「待ちなさい」
時間稼ぎの発言をハオラがした瞬間、リィアはハオラの足元に向けて一発小銃を撃った。
「お前らの企みに付き合う気はねぇ。黙ってろ」
「いいや待ちなさい」
リィアは脅しではないと、今度は一本脚に向けて発砲した。
が、やはり対人コクーンを持っていたのか見えない渦に弾が絡めとられて床に向かって放出された。
「マルバンド」
「へい」
コクーンが相手ならそれ用の装備で答える。マルバンドは背に抱えていた四メートルを超す対物ライフルをハオラへと向けて構えた。
「我々の武器を盗んで粋がるなよ」
「お前らこそ、数百年かけて築いた文明を一瞬で壊しただろ。お前らこそ粋がるな」
「ではどうする。ベーレットがある限り私を拘束することは出来ないし、デッジロットを使えば殺してしまうぞ?」
「なら殺すまでだ」
バーニアンに対しての優先順位は拘束であるが、殺害も選択肢として組み込まれており、その裁量権はリィアとエルマに与えられていた。
拘束できず殺害でしか無力化出来ないなら後者を選択する。
「マルバンド、撃て」
「撃つ前にこれを見なさい」
ハオラは背広の内ポケットに手を入れると十センチほどのグリップ的なものを取り出した。
「脚を撃て」
マルバンドはデッジロットの銃口をハオラの脚に向けて引き金を引いた。
超高速で射出された弾丸はハオラのコクーンに触れると一瞬抵抗するも、ぶち抜いてハオラの脚二十センチを撃ち抜いた。
躊躇なく撃つとは思っていたかったのだろう。ハオラはようやく苦痛の顔を浮かばせた。
断裂した脚はコクーンに巻き込まれてハオラの左腕の外側から排出され、血も同じ方向に飛び散っていく。そのことから右手にコクーンがあることが分かる。
苦痛の表情をしても声は遮断されて、絶叫しているだろうが何も聞こえない。
だが今さっきは聞こえたことから常時オンではなく、攻撃に感応して展開しているのか。
「言ったろ。付き合う気はないってな」
「うわぁ、容赦ない」
「時間稼ぎにしろ策にしろ、激痛を与えたら判断しづらくなる。ベーレットがあるならこれしかないわ」
これは映画ではないのだ。ちんたらと敵と話をしている猶予などないのだからさっさと進めるに限る。
「……手に持ってるアレ、落とさないですね」
脚が断裂したとなれば痛みは想像を絶する。想像上でもあまりの痛さに浮遊も難しく手に持ってる物も落としそうだが、ハオラは苦痛を浮かべても手に持つグリップを落とさない。
それどころか動脈が千切れたことで出血多量により死ぬはずが、断裂から二十秒ほどで出血が収まりつつある。
「注意しろ。マルバンド、合図をしたら次は胸を撃て」
「了解」
リィア達は軍人だ。人がどのように傷を負い、血をどれだけ流せば死ぬかは十分なくらい熟知している。だからこそ不自然な止血に注意を促す。
最早この程度のことは驚くにも価せず、やはりと言う考えが先に出た。
ここまでくれば心臓を撃ち抜かれても死なない可能性が過る。
「痛いじゃないか。人道的配慮はどこに行った」
「その割には平気そうじゃないか。次は胸を撃つ。大人しく降伏しろ。そして他の仲間がどこにいるのか吐け」
「……これを見てもまだ強気でいられるかな?」
もはや脚の傷などないかのようにハオラは語り、左手に持つタブレットをグリップを握る右手の人差し指を伸ばして操作した。
ハオラの背後に並ぶモニターが切り替わった。
「っ!?」
画面に映ったソレに、一同一瞬強張った。
「父さん」
ルィルが呟いた。
画面にはルィルの父親のカリムを含め、昨日逃がしたはずの未解雇者六人が映っていたのだ。両手は背後に回され、首にはそれを隠すことの太い首輪が架せられていた。中にはルィルが最初に出会ったミュイもいた。
あからさまな殺害道具だ。刃物が内側に飛び出るか、または爆弾か。何であれ拘束するための物ではない。
「この期に及んで人質か。だとしても……な」
人質は時に行動阻害と判断能力を奪うのに有効だ。時には、だが。
「君たちが逃がそうとした者たちだよ。逃げきれずに戻ったところを裏切り者として捕まえたのさ。ルィル君、君の父親もね」
リィア達からすれば人質はチャリオスの従業員。裏切り者ではない民間人だから助けるべき人たちではある。だが、リィア達に未解雇者を助ける義務はない。
拉致されたイルリハラン人なら助ける義務を負っても、契約に則ってチャリオスの従業員として業務に就き、人質となったから助けるとなると人道的には正しくとも軍事的には正しくない。
民間人に被害を出していないのは必須でも彼らはテロ組織の関係者だ。
ならば人道と任務。選ぶとなれば任務以外にない。
問題はルィルだ。彼女も軍人であるが実の父親が捉えられ、尚且つ表向きではチャリオスの裏切り者としている。任務第一と言えないから内外的に揺さぶりを掛けるには都合がいい。
もしカリムを雇い入れたのはこのためであれば、どこまで読んで事を進めているのか分からなくなる。
終わりを定められないのは厄介だ。
「……ルィル、ティア、もしここで銃口を俺たちに向けるなら排除する」
ティアはともかくルィルは味方だ。前提なしでの裏切りはないが、親が人質となっては揺らぎかねない。そのため先に釘を打ってバカな動きをさせないようにする。
「悪いが、俺たちはお前と交渉するつもりはない。人質の人らは気の毒だが、人質の命よりお前の方が重いんでな。俺たちはお前を逃がさない」
通常は逆でも、逃がせば人類を脅かす存在だから人質六人よりハオラの方が重い。
「ルィル君もかな? 実の父親を見捨てるのかい?」
「……」
即答しないあたり、スパイと公認していない故の葛藤を見せているのか、それとも素で葛藤しているのか。どの道リィア達の選択は人質を無視することだ。
「暴れて二人とも死んであなたが笑うなら、まだ一人生きてあなたを悩ませるほうがマシよ」
「君を世話してくれたミュイ君にも同じことが言えるのかな?」
「ええ。どうせ私は裏切り者。いまさら恨まれても池にバケツの水を流す込むようなものよ」
「ハオラの胸を撃て」
長話をする暇はない。コクーンによって近寄れないならデッジロットで絶命させるまでだ。
「私が何の意味もなくコレを持っていると思うのか?」
ハオラはさっきから持ち続けている右手のグリップのような物を上げて見せつけて来た。
「これはデッドマンスイッチだ。手を離したら起動する」
「マルバンド待て」
保身と自爆系スイッチにデッドマンスイッチは使われる。脚を撃ち抜かれても手を離さないのを見るとその可能性は高く、何のスイッチか分からずに手放しをさせるのは危険だ。
「一応聞くが、それを手放したら何が起こる」
「そこの人質と、君らの大切な者たちの命さ」
「その命を守るためにお前を見逃せと? 残念だがお前ら一人を逃すだけで人類滅亡に繋がるんだ。誰だろうとお前らは逃がすわけにはいかないな」
「ルィル君とティア君でもかな?」
「ブラフにしてはお粗末だな。どうやって殺す」
人質は首輪をしてるから分かるが、ルィルとティアは何も身に着けていない。せいぜいルィルの来ている装備一式だが、逆の人質は身に着けていないのだ。
それで殺すと言われてもどうやって信じる。
「彼女らに限らず、ここの食事には特別な物を仕込んでいてね。それは体内に残り続けて排出されないんだ」
「……変な味はしなかったけど」
「毒……じゃないですよね」
ルィルとティアは自身の記憶から食べたものに異変があったかどうかを探る。
リィアもハオラの言葉で、司令部で死んでいたオペレーターたちの事を思い出していた。彼らにも外傷らしい外傷がなく、突然死したかのような様相だった。
もしハオラの言っていることがブラフでないのなら、食事に混ぜ込んだ何かを後発的に起動して命を絶たせたことになる。
ハオラが手を離せば人質だけでなくルィルとティアも死ぬ。それがブラフか真実か。
「……どうする? 私を殺せば仲間が死ぬぞ?」
「仲間ではなく利害の一致での共同だ。元仲間であってお前を放り出して助けるまでじゃない」
言っていて胸が締め付けられる。本音ならば助ける一択だが、リィアは建前を尊重して指揮官としての判断をする。
「酷いじゃないか。大事な仲間をあっさり捨てるのか」
「仲間を簡単に殺すお前にだけは言われたくないし、お前らを捕まえるなら恨まれてやるよ」
ここまで来て仲間二人のために首謀者を逃がすわけにはいかない。
「リィア隊長、私とルィルさんを見捨てるんですか!?」
ティアが叫ぶ。命を握られてると知らされたのだ。彼女の性格からすれば叫ぶだろう。
「悪いが、例え俺やエルマが同じ状況でも見捨てることを決めてる。お前たち二人のために人類を危険にさらすわけにはいかないんだ」
仲間の命は是が非でも守りたい。しかし、それ以上に人類の安寧を守らなければならないのだ。
「時間、残り十七分」
リィアのすぐ背後にいるシィンが耳打ちで報告する。
スイッチを握られている以上、スイッチを離さずに奪い取ることは不可能だ。見事に時間稼ぎの術中に嵌っており、打開するには冷酷な判断を下さなければならない。
おそらくハオラもリィア達と同じコクーンを持っている。ならば使用制限は短く、連続で撃ち続けてバッテリー切れを狙うことも出来るが、十五分を切ってしまってはその余裕はない。
「……っ。マルバンド、撃」
リィアは責を受け止める覚悟でハオラの射殺命令を出そうとした瞬間、デッジロットではない砲撃音がペオ管制室に響いた。
「ぐぁ!」
マルバンドの声だ。
さらにもう一発響き、リィアはそこで小銃の銃口をハオラから音の方へと向けた。
「ルィル、お前……正気か?」
撃ったのはルィルだ。敵兵から奪った装備の一つの予備拳銃を持ってマルバンドとシィンを撃ち、レヴィロン機関によって床に落ちず滞空するデッジロットを片手で掴んだ。
ティアは何が起きたのか分かっていない様子で渡した拳銃をハオラに向けたまま動かず、もう一人共に入ったテジはルィルに銃を向ける。が、射撃命令がないから撃たない。
マルバンドとシィンは、空に立てないのか高度を下げて床へとへたり込んだ。
「それがお前の答えか」
「人質だけじゃなくて自分たちの命も握られちゃあね。ハオラを捕まえる順位なんて……七番目くらいまで下がるわ」
「っ! そうか。ならお前は本当に人類の裏切り者に成り下がるんだな」
「撃てばデッジロットを失うわよ。これがないとベーレットを突破できないんでしょ?」
ルィルはデッジロットを盾代わりにする。身長の倍はする四メートルを胴体に当てれば十分盾になるし、ルィルは敵兵から奪った防具も身に着けているから撃って絶命は出来ない。
「ティア、私の後ろに」
「え……え?」
ルィルはデッジロットと自身を盾にティアの前に付き、大回りするようにしてハオラの方へと動く。
「君は結局私に付くでいいのかな?」
「命を握られたらそうする他ないじゃない」
「他人より自分の命優先か。実に裏切り者らしい考え方だ」
ルィルはハオラの背後へと移動し、デッジロットをリィアに向けた。
「でもいいの? 私のこと信用して」
「信用なんてもう君には不要の単語だろう? 私を殺せば君らが死ぬだけだ。自身の命で秤にかけて動くんだな」
ハオラはルィルを打算で駒にしようと誘導する。ハオラの中ではルィルはスパイと言う前提がないから、任務のために命を投げ打つ考えはせず保身のために動いたと思っているのだ。
根拠は無くても可能性はあるから、普通の人なら従わざるを得ないだろう。
そしてハオラの言い方では、さらに裏切ったとしてもまだ手がありそうだ。
『リィア隊長。何がありましたか?』
無線からエルマの問いかけが来た。
「ルィルが命欲しさに裏切った。ハオラを捕まえるのは七番目まで格下げだそうだ」
『……加勢しますか?』
「いや、俺たちが全滅したら突入しろ」
『了解』
「おや? 仲間を呼ばなくていいのかな?」
「ああ」
「少佐で隊長ともなるとプライドが厚くて頼れないか」
「お前らよりは薄いと思ってるよ」
「余裕ぶりおって。どうやって私のベーレットを破ると言うんだい?」
「さっさとお前の胸を撃っておくべきだったよ」
リィアは小銃の引き金を引く。放たれた弾丸はハオラの手前で留まり、左肩付近に運ばれて排出される。
「ベーレットが銃ごときで突破できないのは知っているだろうに」
「……じゃあこれなら貫通できるわよね」
その一言をルィルが発すると、リィアに向けていたデッジロットの銃口をハオラに向けた。
バドゥンと砲撃音が響き、ハオラの右手首が吹き飛んだ。
「がっ!」
予想してたのか不意打ちだったか、再度ハオラは苦痛の表情を見せた。
ルィルは即座にデッジロットを手放すと吹き飛んだハオラの右手を両手で掴み、死ぬか手放すことでスイッチが入るデッドマンスイッチを押し続ける。
「こ、今度は何ですか!」
事情が呑み込めないティアはオドオドする。
「テジ、二人の様子を見ろ。多分痛いだけで問題ないはずだ」
「了解」
「ティア、ハオラを狙って」
「は、はい」
「ぐうぅぅ! ベーレットをピンポイントで狙うとは……」
脚を撃ち抜かれ、今度は右手首を撃ち抜かれ、ハオラは吹き飛んだ右手首の断面を腹部に押さえつけて止血しながら呟く。
「ベーレットもコクーンも原理は同じ。どこにあるかは波紋の動きを見れば分かるわ」
「撃つなら背後から頭と思っていたが……」
「ちょ、ちょっと待って……全然整理が追い付いてないんですけど、ルィルさん、結局裏切ってないってことですか!?」
たった数分で状況が二転三転する事態に、ティアの頭では処理出来ないのか叫ぶようにルィルに尋ねた。
「当たり前でしょ。ここまでやって我が身可愛さに裏切ったって、今度はコイツに殺されて終わりよ」
「でもでも、リィア隊長たちに殺されたかもしれないし、マルバンドとシィンを撃ったじゃないですか」
「二人は低威力の銃で防弾チョッキを狙ったのよ。息は詰まるでしょうけど傷は痣くらいね。リィア隊長には暗号で奇襲をかけるって伝えたから撃たれる心配はそもそもなかった」
「暗号って……じゃあやっぱり」
「ええ。前に言い当てたように、私はスパイとして潜入調査してたのよ」
もう誤魔化しは出来ないとしてルィルは自分の素性を暴露した。露骨に分かりやすく七番と言えば暗号の七番とすぐに気づく。暗号の七番は『奇襲をかける』だ。
「君は……実に名女優だ。分かっていながら尻尾を掴めなかったのだからな」
「でしょうね。だから私も徹底的に裏切り者を演じたわ。あんたたちなら私の囁き声さえ盗み聞きしてると思ったからね」
スパイと言う前提が無ければ、確かにルィルの言動は裏切り者のままだ。暗号を伝えるのでさえノックだけと慎重にし、リィア達と合流してもバラさなかったから短時間でも更なる裏切りが出来た。
敢えて味方に戻らなかったのがここで活きたのだ。
「ハオラ、お前を拘束する」
もう時間がない。リィアは小銃から拳銃へと武器を持ち替え、右手に銃、左手に拘束バンドを持ってハオラに近づいた。
ハオラに身を守る術はもうない。あるとすればタブレットだが、右手が使えなければ操作も無理だろう。それでも油断はしない。
「……モロ! バスタトリア砲を撃て!」
「っ!」
突然の叫びにリィアは引き金を撃つかを躊躇った。
「ふ、音声入力だよ。こうなれば死なばもろとも、暴発で全て吹き飛んでしまえ」
やけっぱちか自爆をハオラは選んだ。ペオが取りついているバスタトリア砲には鉄甲がコクーンを展開しているだろう。その中でバスタトリア砲を撃てば、砲弾は弾道が狂い本島に直撃して大爆発してしまう。
『了解。バスタトリア砲発射』
タブレットから機械音声が響く。モロと言う人工知能かプログラムが音声入力に反応したのだ。
そして遠くから発射したと思われる轟音と振動がした。が、爆発するようなことはなかった。
「……どうして暴発しない」
「ペオが取りついてた砲塔内の鉄甲のコクーンは日本が切ったからですよ」
後方で待機していたエルマ班が、武器を携えながら管制室に入って種明かしをした。
「あなたの事だ。あらゆる手段を使うと思ってましたからね。自爆もすると思って警戒をしてました」
「エルマ……貴様……」
「次はどうします?」
「エルマ煽るな。テジ、タブレットを取れ」
バスタトリア砲を撃ってもハオラに変化はないからペオは使っていないと思われる。また音声入力されては困ると、リィアは指示をしてテジはハオラからタブレットを奪った。
「ハオラ、他の同族はどこにいる。。ペオを使って逃がしたか? カウントダウンがあと十四分だ。さっさと答えろ」
「さてね」
「……あの人質はどこにいる」
「……」
負けとなったからかハオラは何も語らない。通常ならこれで終わりとしたいが、リィア一同全員がすんなり終わるとは思っていなかった。
ルィルの引き込みも失敗し、人質も実質効果がない。自前のコクーンも突破され、バスタトリア砲の暴発による自滅も不発に終わった。
ここまで来てまだ何かあるとは思えないが、それでもあるとリィア達は確信していた。
「ルィル、悪いがお前の父親を助けるのは無理だ」
「……残念だけど仕方ないわ」
本心としては助けたいだろうが、現実的に考えて困難と見てルィルは苦虫をかみつぶしたかのような険しい表情で肯定した。
「ハオラを連れて脱出する。仲間はコイツの口を割らせて調べるしかないな」
「いえ、そうとも限らないかも」
「テジ、どういうことだ?」
「このタブレット、ペオの操作端末で転移物の指定や転移先の座標とか全部出来るんですけど、転送先の履歴もあるんです」
「なに?」
リィアはハオラを見る。
ハオラはリィアの視線から逃げるように反対側を向く。
「履歴は……今日だけ。式典はないですね」
「このペオは二号機で初号機は吹き飛んだからだろ。最新の使用履歴はいつでどこだ?」
「三十五分前。転移先は……日本上空とシィルヴァス大陸沖。それと……イルフォルン」
「おい、最後……イルフォルンと言ったか?」
「履歴を改ざんしてないなら……質量は、日本上空が三トン。シィルヴァス沖で三百トン。イルフォルンに二百トンです」
「ハオラ、シィルヴァス沖……はチャリオス本島があった場所だな。そことイルフォルンに何を送った」
「…………」
「答えろ!」
日本はコクーンを乗せた軍艦にだろう。であれば送ったのは爆弾だ。ある意味スカスカの軍艦であれば軽量でも十分破壊できるし、式典会場を破壊した新型なら猶更だ。
ならばシィルヴァスとイルフォルンには何を送った。
「こいつ口をもごもごさせてる!」
待機班だったマンローが叫んだ。
「顔を抑えて口を開けさせろ!」
右手を失い、左手は拘束。脚も失った。
唯一動くとなれば顎と首だけだ。そしてここまで来たら本当に最終手段だろう。
リィアの命令で周囲のメンバーはハオラの口を開かせようと動いた。
「もう遅い」
手がハオラに触れるより前に、ハオラは大きく口を開けた。
「撃て!」
指示とパチンと何かが弾ける音がしたのは同時だった。
数発の発砲音と共にハオラの体に銃創が出来る。
脚を撃たれ、右手を吹き飛んでも浮遊していたが、ついに浮遊が出来なくなったのかすでに落ちていた血だまりの上へと落下した。
「全員注意しろ。自爆するかもしれない」
「ルィルさんとティアさんは誰かの背後に。コクーンを展開」
リィア達はハオラから離れてコクーンを展開。ルィルとティアはその背後へと隠れた。
「ハオラ、お前何をした」
声を飛ばすため、リィアはコクーンを展開せずに問う。
「がふっ……」
「何をした!」
「体内の……毒を起動した。ごほっ……」
「毒、食べ物に仕込んだアレか!」
画面を見ると、ずっと映し出されていた六人の人質が苦しみ出した。首輪はフェイクなのか動きは見せない。
苦しいのか首輪を外そうと掴み、泡を吹き、白目をむいてほぼ同時に床へと倒れる。
最後に女とルィルの父カリムが倒れ、モニターが切れた。
「隊長、ティアが!」
振り返るとガンビの背後にいたルィルとティアの内、ティアが首に両手を当てて苦しそうにしていた。
「ヒュー、ヒュー」
元とはいえ仲間が目の前で苦しんでいるが、毒の種類が分からないから何もできない。
「ティア」
しかしルィルは苦しそうにせずにティアを支えようとしていた。
「なんで……こんな……」
生きようともがくも、儚くもティアはルィルの腕の中で脱力した。
「ティア!」
脚、両手、首、どれもがだらんと重力に従って垂れ下がり、客観的に見て死去したのが分かる。
ガンビがティアの首元に指を当てた。
「……脈なし。ティアの死亡を確認」
「ルィルさん、貴女は無事なのですか?」
「え、ええ、チクチク体の中でところどころ痛みはするけど……」
「ごふっ、なぜ、生きてる。お前にもナノマシンは与えたはずだ」
「ナノマシン……細胞レベルのロボットか。お前らはそんなものまで……」
「私だけ違う……もしかして昨日受けたスタンガンで、体内のナノマシンの大半が故障したんじゃない?」
確かにルィルは失神させるためにスタンガン的な物を当てられて、体内に埋め込んだ発信機が壊れた。スタンガンは電圧は高いが電流は低い。だが体内に埋め込んだ機械類は壊れるため、超々小型のナノマシンも影響を受けて大半が壊れたのだろう。
思い返すとルィルはスタンガンを受けてから食事をとっていない。追加でナノマシンを摂取していないから無事だったのだ。
「…………それは、誤算……だった…………」
それを最後にハオラは動かなくなった。




