第164話『潜入任務再開』
一人の天自自衛官は反射的に動いた。
日本列島を守っていたコクーンを搭載していた護衛艦が墜ち、コクーンが解除されたと報告を受けるや即座にコントローラーのスティックを動かしていた。
武装非武装に問わず鉄甲の操縦はコンシューマゲーム機のコントローラーと同じだ。
日本全国から操縦してくれている民間人はともかく、自衛官は全員各基地から操縦をしている。
その中の一人、天上自衛隊三等天佐の美藤令仁はチャリオス本島に向けて武装型鉄甲を向かわせた。
何か指示を受けたわけでも何か考えがあったわけでもない。
VRゴーグルをつけることで上下左右三六〇度全てを見渡せ、視界の正面にはチャリオス本島が映し出されていた。その距離一キロ弱。
直径五キロ、全高一キロともあると一キロ離れていてもその全てを視界に捉えることは出来ない大きさだ。台座の外壁には等間隔にバスタトリア砲があり、それらが自身越しの本州を睨んでいる。
美藤は速度を操作するボタンを押し続け、最大速度に加速しながら進む。
純粋物理では核兵器に匹敵または上回る威力の大砲だ。一発放たれるだけで何十万も何百万もの死者を出す。
たかがミサイルを数発護衛艦や戦闘機から守る盾役だ。自衛官が操作するのは攻撃手段が出来てコクーン搭載しているとしても、非武装の発展型程度。バスタトリア砲の前には羽虫にもならない矮小な存在と言える。
それでも日本を守ると誓った自衛官として、今まさに大勢の人の命が潰えそうとしている今、現実的ではないや力不足だからと何もしない選択肢は持ってなかった。
移動しながら周囲を見ると、同じようにチャリオス本島に向かう鉄甲が数機とある。考えることは皆同じのようだ。
移動しながら美藤はようやく考え始める。
接敵してどうする。コクーンの防護力は折り紙付きでも出力によって変わり、コクーンのバッテリーでは対艦ミサイルを一発防げるかだ。その千万倍にもなるバスタトリア砲を前にしては無意味に等しい。
バスタトリア砲のエネルギーに対抗するには原発クラスの出力が必要なため、リチウムイオンバッテリーでは足りないのだ。
それでも諦めずに足掻くため有志たちはチャリオスへ直行する。
どの機がどこ基地所属なのかは分からず、無線でやり取りも出来ない。ただ日本を守りたい共通意識で向かう。
日本のコクーンが破壊されて三分。すぐに撃たないと言うことは交渉でもしているのだろうか。エミエストロンが破壊されたことで制御下から離れた鳥形ドローンは落下し、グイボットは生物御あふれる不ぞろいの行動を始めている。
混沌とはこのことだろう。指揮系統が乱れて各々が動いて戦況としての収拾が一切ない。
数百メートル離れた鉄甲が機銃を発射した。安い集音マイクだからノイズが広いが聞こえ、それがチャリオスコクーンに命中して波紋が広がる。
コクーンが健在だと何もできないが、同時にチャリオスも攻撃できない。フィクションではご都合性として一方通行でシールドを展開しながら攻撃をしても現実はそうはいかない。
コクーンから本島まで二百メートルほど。わずかなタイムラグはあるとしても解除と同時に攻撃をするだろう。コクーンは物体が接触しない限り視認することが出来ない。だから機銃を敢えて打ってその有無を調べる必要があった。
武装型鉄甲はコクーンから十数メートルのところで留まり、重複しつつも機銃を撃って確認し続ける。
と、機銃によって発生する波紋が消えた。
戦闘機パイロットにとって反射的反応は必須技能だ。刹那の遅れが命に直結するため反射的に反応できるよう訓練を受けている。
美藤はコクーンが消えると人生で最速とも言える反射速度で鉄甲を急加速させた。
機体が出せる最高加速度だと人間は一瞬で失神するが鉄甲は無人機だ。無人機の特性を活かしてチャリオス本島に特攻を仕掛ける。
バスタトリア砲の発射まで数秒とないだろう。
美藤は鉄甲のコクーンを展開させた。他の武装型鉄甲もきっと展開しているはずだ。
これが良策かは分かっていない。ほんのわずかでも射角を変えられれば程度の悪あがきで、今出来る最善の行動でもあった。
日本本州を狙うバスタトリア砲の砲門が視野全体に広がる。
少しでも軌道を上向きになることを願い、美藤三佐の操る鉄甲はバスタトリア砲の砲門下部に突っ込んだ。
次の瞬間、操縦する鉄甲からの信号が途切れた。
撃った。
認識が間違ってなければ美藤が突入したバスタトリア砲の射線先には伊豆半島があった。人口は四十万人以上。鉄甲コクーンによる効果が無ければその何割もの人が死んでしまう。
しかしこれ以上できることがない美藤は、VRゴーグルをしながら無念として瞼を閉じた。
「チャリオスが爆発したぞ!」
暗闇の中で同じパイロットの一人が叫んだ。美藤はゴーグルを外して声のする方向に顔を向ける。
場所は埼玉県入間市にある天上自衛隊入間基地。そこにある会議場だ。急拵えとはいえ鉄甲を操縦するにあたって会議室を改造して三十人近いパイロットが入室して鉄甲操縦をしていた。
ゴーグルを外しているのは美藤だけで、他のパイロットはまだ操縦を続けている。
「確認した。本州側の台座が大爆発した」
「衝撃波広がる」
「衝撃受けた。回転翼機なら墜落する威力だ。鉄甲は問題なし」
チャリオス本島から離れた位置にいた鉄甲のパイロットから次々に報告があがる。
「……っ! コクーンを展開して砲塔内に飛び込んだ。それが原因かは不明!」
この鉄甲操縦室の中で砲塔内に突っ込んだのは美藤三佐だけのようで、手早く情報共有するため自分が何をしたのかを叫んで伝える。
「情報をすぐに他の基地と司令部に連絡。残存する鉄甲は今すぐ他のバスタトリア砲に飛び込むんだ」
入間基地鉄甲部隊を指揮する隊長が即座に全体に指示を出す。
「美藤、お前は何をしたのかを詳細に報告してくれ」
「はい」
「すぐにチャリオスに近寄れない機体は情報収集に当たれ。何が起こったにせよ、バスタトリア砲が封じたのは大きいぞ」
どんな作用があってチャリオス本島が爆発したのかは分からない。
バスタトリア砲内にコクーンを展開した鉄甲を突入させたからなのか、それとも別の内部的事情だったのかは不明だ。原因は全てが終わったあとでしか判明しないだろうが、今は理由より結果が優先される。
バスタトリア砲は日本を襲わない。それは日本にとってあまりにも大きい朗報だ。
美藤は自身が何をしたのか。これは同じようにチャリオスに特攻を仕掛けた他の基地のパイロットも報告をする。事実のすり合わせのためにも席を立って報告に向かった。
*
結論から言えば、日本の鉄甲による特攻によってチャリオス本島に大ダメージを与える大爆発となった。
バスタトリア砲は砲塔内で気体フォロンを流動させて内部の物体を超々加速させて射出させる使用だ。原理的にはバスタトリア砲とコクーンまたはベーレットであるシールドは全く同じで、用途に違いと言って差し支えない。
であればその二つが触れるほど近づいた時にどうなるのか。バスタトリア砲の歴史は長くともシールドは歴史が短い。それ故に双方の影響までは検証していなかったのと、敵が同じ原理のシールドを使うことも想定していなかった。
バーニアンは日本が要求を突っぱねたことで、一気に戦況を変えるべく関東に向けて三門発射をしようとした。
シールドを展開した状態ではバスタトリア砲は撃てないので解除。日イ側バスタトリア砲がない今、多少の攻撃は問題ないとして完全解除して砲撃をしようとした直前に、日本の鉄甲が発射するバスタトリア砲の中にシールドを展開して突入した。
超々高速でドーナツ状に流動する力場と、発生源を中心にらせん状に流動する力場。
異なる流れが近寄れば乱れる。流れの速い川と川が合流すれば渦が出来る。それは流動する力場も同じだ。
不動性の高い発生源から生まれる高速で流動する異なる力場が近寄れば不規則な流れを産む。
シールドは規則不規則どちらの流れでも構わないが、超々音速で発射するバスタトリア砲塔内は綺麗な流れでなければならない。
通常であれば力場に干渉することはないのだが、力場同士なら可能なため流れが変わってしまったのだ。
バスタトリア砲にとってこれは致命的で、乱れは力場全体に浸透して発射された砲弾は砲塔上部に激突。その圧倒的物理力で台座を吹き飛ばしたのだった。
幸か不幸か激突地点は砲塔の射出口付近だったため、チャリオス本島に致命的なダメージにはならなかったものの、日本側に向くバスタトリア砲の四割が吹き飛んだ。
もし内部で吹き飛べばチャリオス本島全体が木っ端みじんとなっていただろう。
戦闘が一瞬で終わる仮定がよかったか、内部に味方がいる結果がよかったかは定かではない。
ただ言えることは、互いに盾と矛を失ったと言うことだ。
そして結果は分かっても原因を知るのはだいぶ先のことである。
*
「な、なに!?」
世界が終わるかのような轟音と人生で初めて経験する揺れに、ルィルは驚いて部屋の中央へと逃げた。
完全に浮遊している家具はともかく壁に備え付けているものは、あまりにも大きな揺れにネジ類が耐えられずに外れて落下し、浮遊している家具も揺れ幅が大きくて壁とぶつかる。
テレビが落ち、花瓶が割れ、壁には大きなひびが出来る。
停電が起きて数秒後に再度点灯した。そして揺れに合わせて証明が明滅する。
ハオラが出て行ってから十分も経っていない中での出来事と、情報不足からルィルは身の安全を第一とする。
「攻撃? だとしてもこんな威力のある攻撃なんてどうやって……」
地面が揺れる地震の知識はあってもここは浮遊都市だ。地震なんてないし、レヴィロン機関で移動していればこんな揺れは起きるはずがない。
消去法で考えて攻撃による振動だが、ベーレットで守られているしここは台座内部だ。バスタトリア砲クラスでなければここまで届く衝撃は作れず、今日本側が持っているのは核兵器を除いて対艦ミサイルや誘導爆弾くらいしかない。
破壊力は知ってるからここまで酷いことはないはずだ。
しかし、どうであれ日本側がさらなる一撃を与えたに違いない。
行動するなら今だ。
ルィルは突然の衝撃に動揺しつつも、今まで我慢し続けていたあらゆる不満と使命を原動力として動き出すことにした。
突然起きた衝撃は凄まじいものだ。壁に大きなひびを入れるほどの衝撃でドアが歪み、ドア枠も歪んで人ひとり分抜けられる穴が出来ていた。
一応ドアに近づいて開くか触れても、歪んでしまって動かないがドア枠も歪んだため抜け出すことが出来る。
ルィルは一人分の隙間から外をのぞき見すると、一人武器を構えた警備が周囲を警戒していた。装備一式はありそうだ。
この混乱は利用できる。ルィルは素早く次の手を考えて床へと近づいて蹲った。
「ぐううぅぅぅ!」
腹部を抑えて大きめのうめき声を出す。
「だ、誰か!」
「おい、どうした」
振動は収まっていて音は通る。ルィルの叫びに外にいる警備が気づいた。
「助けて……」
演技に妥協はしない。精神的に触れたくないが床に体重を乗せ、少し身じろぎして床に積もった埃をずらす。その上でドアに向かって背を向ける形で助けを乞う。
古典的であるが状況的に不自然ではない。
出来れば流血も見せたかったがそこは妥協だ。この状況で蹲るだけでも緊急性を誘発できる。
「くそっ、ドアが歪んで開かねぇ」
警備は中に入ろうとするが、ドアの歪みは強くて人力では開かないようだ。
見るわけにいかないから音だけで警備の動きを察しつつ、腹部を抑えながら苦痛の声を上げ続ける。
「ちっ、仕方ねぇ」
装備品を外す音が聞こえた。出来た隙間は人ひとり分だ。防弾チョッキなど装備品を身に着けての侵入は出来ず、応援も求められないからか単独で入ろうとしている。
狙い通りの動きに顔がにやけてしまう。背を向けているから大丈夫としてもついしてしまう。
「うううう……」
「おい、大丈夫か、どこか打ったのか?」
チャンスは一度で一瞬。容赦は無しだ。
ルィルは一度静かに深呼吸をし、警備が肩を掴んだ瞬間に動いた。
体をわずかに浮かし、その場で反転。遠心力と腕力を使って警備の目に中指と人差し指の第二関節が当たるように拳を振るった。
これを予見されたら失敗して死ぬだろうが、これしか選択肢はないしこちらも殺す気なのだ。命の代価は同じだから恨みっこなしである。
ルィルの振るった拳は気を張りつつも、助けに来てくれた警備の両目に中指と人差し指の伸ばした関節があたった。
初めて経験する目に文字通り触れる感触と、破裂する嫌な感触。しかし殺す気である以上下手に手を抜くことも出来ない。
全力で拳を振りぬいた。
「がっ!」
善意を仇で返されての失明で警備はのけ反る。予想通り装備一式脱ぎ捨てて、持っているのは腰のホルスターに差してある拳銃のみだ。警備は反射的に銃に手を取ろうとする。
ルィルは取らせまいと警備にタックルをして壁に激突させた。その反動で引き抜きかけた拳銃を床に落とす。
かちゃんと銃が落ちる音がすると共に、ルィルは追撃として喉に向けて目つぶしと同じ要領で殴りつけた。
「かはっ……」
目と声を潰す。これでもう警備員は何もできず、呼吸ももうままならない。
時間にして三秒ほどだろう。集中しすぎて十秒ほど引き伸ばされた感覚がするが、喉を抑えて悶える警備員を見ながら荒い息を整え、床に落とした拳銃を拾った。
「か……か……」
喘鳴音すら出ないと言うことは呼吸が出来てない証拠だ。あと数分で息絶えるだろう。
「……ごめんなさいね」
間違えれば自分が死んでいたのだ。同情はせず、罪悪感も抱かない。
それが自分が奪った命への敬意だ。
警備員は息絶えたようで身動きを取らなくなり、その警備員の頭に一発拳銃を撃った。
手ごたえから窒息しておかしくないが、失敗が許されないのだから確実に脅威を排除する。ここで怖いのが出ようとしたときに背後から襲撃を受けることだ。
その心配を排除してルィルは部屋から脱出した。
「……クリア」
通路に出てすぐ左右を警戒する。混乱か別の理由か、警備員は一人だけで人の気配はない。
それでも周囲を警戒しつつ、警備員が着ていた装備一式を身に着ける。
警備員としても装備品は警察の特殊部隊一式だ。対人ではなく団体戦を想定した装備品で、小銃を始め多数のマガジンや手りゅう弾系の副武器もある。
「一人の女相手に重武装ね。って違うか」
エルマ達が救出に来た際の装備品だろう。
それがルィルに力を与える。
「……エルマ、リィア、聞こえる?」
ここまでくればスパイも何もない。ルィルは埋め込んだ発信機に向けて声を掛けた。
「もう偽装の意味はないから私も動くことにする。合流するかは状況次第ね」
一方通信だからエルマ達の動向を知る術はない。それに下手に行動を誘導するのも危険だから集合指定も避けた。
と、ポケットに入れていて没収をされなかった携帯電話が震えた。
「……もしもし」
着信画面を見る余裕はない。周囲を見ながら携帯電話を開いて通話ボタンを押した。
『チャーリー、聞こえるか?』
その声とコールサインで相手が誰かが分かった。懐かしく、ある意味一番聞きたい声だ。
「聞こえるわベータ。電話したってことは声は通ってたようね」
『発信機は君が気絶されたときに壊れた。今聞いてるのはNichiと携帯をハッキングしてだ』
声の主のリィアは端的に説明する。
「なら私の言動は全部把握しているのね?」
『もちろんだ』
「チャーリー側の被害状況は?」
『幸い被害はない。グイボットのせいでずっと隠れていたからな。だがエミエストロンが破壊されたことでグイボットが野生化したようだ。おそらく無差別に襲うと思われる』
「そうそれ。どうやってエミエストロンを破壊したの? イルリハランの特務艦が撃っていたのは知ってるけど」
『それは終わってから説明する。盗聴されてるかもしれないからな』
「ならさっきの爆発は?」
『それはこちらも不明だ。だが日本かラッサロンがなにかしたのは間違いない』
「了解。チャーリー側の今後のプランは?」
『この戦争を終わらせる』
「……了解。こちらはこちらで動く」
『それは危険だ。今まではグレーだとしても今はもう黒なんだぞ』
「合流して気が緩んだところを狙われる可能性だってあるわ。あいつらのことだから同じように探知できない発信機を埋め込んでるかもしれない。もしかしたらこの携帯電話に仕掛けてることもありえるわ」
『……分かった。ベータの意思を尊重する。餞別を使いこなせよ』
「了解」
『バッテリー節約のため今後は直接携帯でのやりとりだ。ハンズフリー化できるか?』
「いえ」
さすがにマイク付きイヤホンは持っていなかった。
『分かった。着信はバイブにしておけ。必要であれば電話のタイミングは任せる』
「了解」
『そうだ、一つ伝えておく。バーニアンがベーレットと呼んでるシールド技術はこっちではコクーンと呼んでる』
「コクーン……ありがとう」
味方と敵、同じ技術で名称が違うなら味方側の名称を使いたい。リィアの配慮に感謝する。
『健闘を祈る。おわり』
「そちらも」
出来ればもっと繋がっていたい気持ちがあるほど、敵しかいないこの中で聞く仲間の声はありがたかった。
向こうも向こうで言動だけでなく意思が聞けてホッとしているだろう。声だけで向こうの感情が分かる。
名残惜しいが今は感情より使命だ。
離し難い携帯電話を耳から外し、通話を切ってポケットへとしまった。
「よし、行くか」
目指すはハオラ含む幹部だ。
指導者を潰せばネムラは止まり、戦争も終わる。
小銃の槓桿を引き、いつでも銃を撃てるようにして出発した。
*
リィア達と違ってルィルは一ヶ月近く過ごした都市内の地図が頭に入っている。
伊達に探索と言う名の調査をしておらず、個室はともかく通路に関しては広範囲を記憶していた。
ルィルが軟禁されていた部屋は司令部から数ブロック下だ。
破壊範囲が台座の縁であれば、ダメージこそあっても特別避難することはないだろう。
エミエストロン、バスタトリア砲、コクーン、ペオの四つに絶対の自信があったから戦争を仕掛けた。
その内最低でも二つを潰し、もしかしたら爆発でバスタトリア砲も封じたかもしれない。だが場所が場所だけに、下手に逃げるよりは防護力の高い指揮所に留まる方がいいと思うはずだ。
ルィルがハオラだとして、身を置くとしたらどこかと考えれば施設も人も厚い指揮所を選ぶ。
ふと本能的に恐怖感を抱き、壁から尽きてている最寄りの消火設備の隣に隠れた。
進路上の脇道からグイボットが現れた。さすがグイボラを天敵としているだけあって本能で危険察知をしてくれる。
以前ならばルィルは捕食対象外であったが、兵士化させていたエミエストロンがないとバーニアンでさえ襲うだろう。
弾薬の数が限られているから攻撃はしたくない。身の保全は出来ても弾の無駄遣いは出来ず、やり過ごすのが賢明だ。
グイボットは二頭とルィルのいる通路に現れた。その二頭は以前と比べて野性味が強く、縄張りか威嚇か、二頭はいがみ合うように口を開けてじゃれ合う。
前はあんな動きはなかった。
二頭のグイボットはルィルの方へと向きを変え、呼吸を止めてジッとする。
突出した消火設備が影となり、グイボットは気づかずに通り過ぎて行った。
が、その進路上に一人装備を整えた兵士が現れた。
「あ、くそっ!」
「グオオオオオ」
兵士はすぐに来た道に戻るも、二頭のグイボットも補足したのか素早く追いかけていった。
すると銃声が鳴り響きだした。
「来るな、来るなああああ!」
銃声と兵士の声が消えた。小さく何か固形物が落ちる音が聞こえ、それが銃や装備品と察する。
「グイボットは人類の天敵に舞い戻ったってことね」
エミエストロンが本当の意味で要石だったのだ。それを壊したことで一気に盤面が狂った。
バーニアンはだからこそ破壊されて敗北しても、人類に対して脅威を残せるようにグイボットを作ったのだろう。
通路の前後から脅威は消え、ルィルは再び移動を始めた。
謎の大爆発は相当なもののようで、天井が崩れて通路の半分が埋まっている個所が時折見られる。停電している区画もあって、狙ってか偶然かは分からないがこちら側にとっては千載一遇のチャンスだ。
ネムラがグイボットに襲われてから二分ほど過ぎた。普段なら三倍は進めるも、ネムラとグイボットとの遭遇を避けるためどうしても移動はゆっくりになる。
角は常に注意し、一瞬だけ見ているかいないかを確認しないといけない。
バディがいれば後方を見てもらえるが、単独ではどうしても全周位を一人で警戒しないといけない。
もちろんその訓練もしているから、警戒自体は慣れたものである。
そうしながら移動をしていると、ガンガンと何かが当たっている音が聞こえた。
この先にあるのは吹き抜けに続く一本道だ。崩れた瓦礫が壁に当たっているだけならいいが、グイボットがいると駆除しなければ吹き抜けには行けない。
迂回するとだいぶ時間ロスだ。
そしてその先にグイボットがいないとも限らない。
ルィルは音のする通路の角に背を当て、横目で見るようにしてその先を見た。
「……ちっ」
悪い予感が当たり、吹き抜けに続く通路にグイボットが一体いて、ある部屋に向かって体当たりをしていた。
野生化しても兵士化していても、何かターゲットが部屋の中にいるのは間違いない。
一応駆除する算段は二通りだけ考えてある。通じるかは実戦しかなく、この先対峙することを考えれば試しておくべきと判断する。
まさか絶滅した天敵に単身で会敵するとは、テロ以前では夢にも思わなかった。当時の自分に言っても鼻で笑うだろう。
人生いつ何が起きるのか分からないものだ。
ルィルは数度深呼吸をし、息を止めて通路に飛び出た。
まずは小銃でグイボットの顔面側面に銃弾をフルオートで撃つ。
二十数発を数秒で撃ち、数発残っているところでやめて手早くマガジンをリロードする。
そのリロードしている最中で、致命傷にはならずも銃弾を受けたグイボットは悲痛な叫びをしながらルィルの方に顔を向けた。
形容し難い恐怖が全身を洪水のように襲いくる。手が震えるのを実感しながらも、防弾チョッキにあるポケットから手りゅう弾を手に取ってピンを抜いた。
ピンを抜いても、握っているバーを離さない限り爆発することはない。そして手を放しても数秒は爆発しない。
グイボットはルィルを補足すると、大口を上げて向かってきた。
その口に目掛け、下投げで手りゅう弾を投げた。
上手投げと下手投げではコントロールのしやすさが違う。下手投げのほうがコントロールはしやすく、手りゅう弾は大口を上げるグイボットの体内へと入った。
同時に元の隠れた角に隠れて秒数を数える。
二……三……四。
バン、と鈍い音が弾けた。
同時にグイボットが通路の角から飛び出るも、顔が吹き飛んだ状態で現れて床へと激突した。
すぐさまグイボットに銃を構え、いつでも撃てるようにする。
グイボットはピクリとも動かない。
念のため小銃を単発モードにして脳天に向けて撃つも、グイボットが動くことはなかった。
「……ふぅ、よかった」
さすがのグイボットも、死傷範囲が二十メートルとある手りゅう弾を口に含んでは耐えられないようだ。
天敵に一人で戦い勝ったと言う、何とも言えない高揚感や愉悦感が脳内ではじけ飛ぶ。
しかしそれは今後何度も経験するものだ。今は先に進むべきと高揚感すら我慢して吹き抜けへと進む。
ガチャ。
グイボットが体当たりしていた部屋の前を通ろうとしたら外開きのドアが開いた。
瞬時に小銃を構え、引き金に指を掛ける。
ここにいるのはエルマ達を除いて全員敵だ。もうルィルは言い訳が出来ない格好をしているから、味方のふりをせず先手必勝で処理していくしかない。
が、ドアの影から顔を覗かせた人物を見て、ルィルは指を引き金から話した。
「ティア……」
部屋から出て来たのは、昨日の夕方にチャリオスから避難させたティアであった。




