第162話『発射』
核弾頭を受領した特務艦は発射予定の宙域へと移動をする。
移動と言っても極力チャリオス本島のバスタトリア砲の射線に入らないように、ラッサロンのコクーンの陰に入るギリギリの位置取りだ。発射の直前にコクーンの陰から出て所定の位置に付く。
ラッサロンの出力ならバスタトリア砲の直撃を受けても耐えられるが、駆逐艦の出力では突破されてしまうからだ。
そしてその陰から出る前の最終準備として核弾頭にレヴィニウム製の被甲を取り付け作業を行う。
特務艦には事前に核弾頭を取り扱う日本国防軍兵士が乗艦しており、艦尾にある装填室では両国の兵士によって最終作業を行った。
装填室はその名の通り砲弾をバスタトリア砲砲内に装填する部屋である。基本的に装填は自動で行われ、初速度に関係なく艦尾に砲弾を装填するので弾薬庫も艦尾にある。
砲身は強度を持つため砲身の上下左右に床と壁が接着するようになっており、断で見ると十字の斜め方向に砲塔の一部として丸みを持って露出している。装填はその丸み部分を開けて行われ、今回はマニュアルによる装填なので自動装填装置は取り外されていた。
日本軍兵士が弾頭の最終確認を行う。爆発は時限式で行われるので、タイマーがしっかりと働くのかを確認して問題ないと診断した。
レヴィニウム製の被甲は美しいと表現できる三角錐で、厚さは五センチとあって中は空洞だ。いかに熱を電気に超高効率で変換するとはいえ、弾頭に熱を届かないようにするには五センチと厚さを持つ必要があった。
イルリハラン兵が三人がかりで被甲を持ち上げ、床に置いてある核弾頭へ慎重に下して重ねる。ただそれだけでは被せただけで固着が出来ないので、弾頭の裏にもレヴィニウム製の被甲を取り付けて捻り、上下の被甲を嵌めて外から見るとレヴィニウムで出来た砲弾のようになった。
完成した砲弾をバスタトリア砲に装填。発射準備はこれで完了した。
出来ればすぐさま発射したいところだが、この作戦の鍵はタイミングだ。
起爆タイマーの開始と発射のタイミング。二つの時間を合わせなければ狙いたい場所に電磁パルスを放つことが出来ない。
それでも敵軍が向かっていることから悠長にはしていられない。
「装填室より指揮所へ。核弾頭装填よし、送れ」
装填に合わせてイルリハラン兵が無線で戦闘指揮所に報告する。
『了解。発射は五分後。敵の猛攻が見込まれる。安全を確保せよ。終わり』
運命の時間まであと五分。形勢優勢になるか無意味に終わるかが分かる。
装填室にいるイ日兵士は自ずと時計に目を向けて五分を計ることにした。
*
特務艦の外では多勢対多勢による空中戦が繰り広げられていた。
特務艦自身はコクーンによって身を守られているものの、攻撃の瞬間には解除しなければならない。その時に群がる敵が特務艦を襲えば全てが台無しになってしまう。
五万キロの距離だ。俯仰角が一度狂えば大気圏を越えて戻ってこれなくなるため、完璧な角度で発射をしなければならない。だから徹底的な排除が求められる。
ラッサロンはチャリオスのバスタトリア砲から特務艦を守るためコクーンは一秒と解除することが出来ない。駆除に回せる戦力は日本だけで、鉄甲と戦車、護衛艦に戦闘機がその駆除に当たる。
はたから見ると多勢対多勢による立体空中戦だ。
非武装型鉄甲は武器を持たない代わりに、捨てるのは機体のみなので体当たり特攻をしてダメージ又は移動を阻害。
武装型は残弾がある限りはグイボットと鳥形ドローン双方に攻撃及び体当たり特攻。
戦車はその防御力と攻撃力、最新式故の命中精度を使っての各個撃破。
護衛艦はミサイルを主にしての遠隔攻撃。
戦闘機のF-35は対空ミサイルとコクーン展開による体当たりで巻き込み排出する。
数のみに於いては万を超す日本に軍配が上がれど、攻撃手段に限りがあることから戦況で言えば拮抗と言える。
逆に敵軍は最大火力と中距離射程を持つ護衛艦や戦車などには目もくれず、完全無視して特務艦へと向かい続ける。鳥形ドローンは機械ゆえに分かるが、生物であるグイボットも自己防衛をせずに向かう当たり人為的な制御下にあるのが伺えた。
敵軍の先陣はラッサロンのコクーンに触れないように大きく迂回し、発射時刻を待つ特務艦を視野に捕らえる。
*
核弾頭の起爆タイマーは日本からの遠隔操作のみで起動する。
発射または起動命令は国会承認を経た総理の判断のみで行われ、判断されれば止める人材はない。
この発射命令に関して最上級の国家機密で守られ、決断する総理とそれを確認する防衛大臣以下で、幾度と間違いないか確認を経て起動スイッチが押されるのだが、防衛大臣以下から起動スイッチが押されるまでどのように経由されるかは防衛省の中でもごくわずかの人数しか知らない。その機密性に関してはメディアには一切知られないし、国会の予算審議で話題としても何も語らない。野党から野次を飛ばされてもだ。
若井総理はラッサロンから特務艦が離陸した報告を受けた直後、全閣僚の前で核の起爆タイマーを起動せよと命令を発した。
直後、若井総理は背広の内ポケットからクレジットカードと同じ大きさのプラスチックケースを取り出した。核使用の法制化をしたのに作られ、以後総理のみが所持することが義務化された核の発射コードが記されたケースだ。
合わせて統合幕僚長が持つことを許された特別製の赤いガラパゴス携帯を取り出して若井の所へと向かった。この携帯電話が出来ることは一つだけで、核の使用判断と発射コードを伝達するのみしか出来ない。そのためキーパットは異例の「発信」しかなかった。
いわゆる赤電話の携帯電話版だ。
通信先は日本のどこかにある核運用司令所で、発信から一コールで出ることが規則で決まっている。
天自幕僚長は若井からコードを受け取ると、赤携帯の発信を押した。
規則の通り発信から二秒後には核運用司令所の自衛官が出た。
幕僚長は核使用の下命が賜ったことを伝え、続いて核の発射コードと起爆タイマーの時間を口頭で伝えた。
すると核運用司令所から復唱と共に確認を取ってくる。この下命が誤りでないことを二度確認し、二度確認されるとあとは核運用司令所に命令が移譲する。
核運用司令所はシンプルな構造だ。三畳ほどしかないコンクリート壁の部屋に、壁一面に設置されたコンソールが設置されている。
そこにはコンソールを操作する自衛官が二人がいて、下命が下ると規定に則り核に関する最終作業を行う。
核に関する操作は多くない。基本的には配備された弾道ミサイルの発射だが、それとは別に遠隔で起爆することも出来る。その他発射や起爆に関する操作が行われ、絶対として二名までしか入ることが許されない。
起爆タイマー起動の下命を受けた自衛官の内一人が、下命を賜るのとは別にある内線に手を掛けた。日本とラッサロンが協力して発射する都合上、スイッチを入れる瞬間を伝える必要があるからだ。
とはいえ初の核使用だ。万が一にも間違ってはならないと、まずは特務艦とのラインを繋いでからコンソールに手を伸ばす。
二人の自衛官は起爆タイマーの操作をトリプルチェックで確認し、事前に定められた通りの起爆時間を設定する。
ここで間違ってならないのが起爆する弾頭の番号だ。
核弾頭にはそれぞれ識別番号が振り分けられ、全て個別で発射や起爆することが可能となっている。
自衛官は現在装填されている初弾と、二発目を決して間違えないように確認をして設定を行い、あと二手で起動するところで内線を持つ自衛官が声を発した。
「起爆タイマー準備完了。五秒以内にスタート可能です」
『……了解。発射は三分後のヒトフタサンゴジャスト。タイミングを合わせてスタートを願う』
「了解。規定通りヒトフタサンゴの五秒前にスイッチを押す」
『あと三分、ラインは繋いだままで待機を願う』
「了解、待機する」
二人の自衛官はコンソールにある鍵穴に、肌身離さず持っているカギを挿したまま待機する。二つの鍵を同時に回すことでスイッチを固定するカバーが外れ、ようやく最後のスイッチを押すことが出来る。
こればかりは先にカギを回しておくことは出来ないから、カギを挿したまま回さずに壁に設置された軍用時計を見た。
*
チャリオスが動き出したことで日本が再算出した発射時刻は午後十二時三十五分。
元々は十三時丁度だったがチャリオスの動きによって変更を余儀なくされ、二十五分短縮しての発射となった。
現在の時刻は十二時三十二分。残り三分を切った。
全ての準備は変更を余儀なくされても整い、あとはバスタトリア砲搭載特務艦次第となった。
立ち位置としてチャリオスとラッサロンと特務艦は直線状にあり、それによって特務艦はチャリオスのバスタトリア砲から守られていた。攻撃をするにはラッサロンが邪魔で、位置的にチャリオス方向に撃たなければならないから、撃つときは必ずチャリオスの射線上に入ってしまう。
そのため移動して標準を定めて撃つのに三十秒が必要と言う判断が、特務艦の艦長らはじめ、乗員たちの持つ経験上の判断だが、その三十秒があまりにも長い。
特務艦の周囲では日本とチャリオスのドローン軍がひしめき合い、遠目から見ると蜂たちが群がっているように見える。
特務艦の真下には日本が撃ち落としたグイボットや鳥形ドローン、鉄甲の残骸が積もっていく。中には特務艦のコクーンの渦に巻き込まれて真下に排出されるのもあった。
時間は刻々と発射予定時刻に迫るが、確実に撃てる状況には至れていない。
脅威なのが鳥形ドローンが自爆することだ。発射する瞬間はコクーンを解かなければならず、その瞬間に密着しなくても至近距離で自爆してわずかに揺らすだけでも失敗しかねない。
だからギリギリまでは耐え、残り四十秒ほどで動いて標準を定めることを艦長は判断して日本に通達した。
すると日本の動きに変化が現れた。武装を施された四種の兵器は生物としての攻撃力しか持たないグイボットは無視し、未知の戦力を持つかもしれない鳥形ドローンを積極的に狙いだした。
ここで優先すべきは核弾頭を無事に発射することで、万が一コクーンを突破する装備を持っていたら脅威でしかない。その懸念点から生物より兵器優先と日本は判断したのだ。
そして非武装型鉄甲は、特務艦が移動する先からチャリオスを結ぶ直線状の空域で、壁になるように自身を垂直にした。
それも三次元的にバラバラでの垂直である。コンピュータによって制御されたなら鉄甲同士を一か所に集めて壁と出来ても、それらを操作しているのは日本全国に住まう民間人だ。
とても規律的な行動を取らせることは出来ないため、防衛省は非武装型鉄甲のオペレーター全員に、現時点で移動を止めて垂直になるように一斉通達したのだ。
さすがに全員とは行かずとも、意図を察したオペレーターは次々と鉄甲を腹をチャリオスに見せるようにして垂直にし、チャリオスから見たらモザイクが掛かったかのような壁を作り上げた。
まだ鳥形ドローンが見た映像をチャリオスが把握している可能性はあれど、直視は出来ないようにしてバスタトリア砲の攻撃から数パーセントは軽減できただろう。
『艦橋より戦闘指揮所。艦尾左舷付近コクーンに一体の鳥形ドローンが留まっているのを発見』
やはり何か仕掛けて来たか、とバスタトリア砲発射のため戦闘指揮所にいた艦長は判断する。
「戦闘指揮所より艦橋。その場で回頭、コクーンにそいつを当てろ!」
『了解。その場主舵回頭四十五度』
「艦尾をモニターに」
「映します」
多数あるモニターの一つに艦尾左舷のカメラ映像が映し出された。対象のドローンを探すのに画面が少し左右に振れられ、一体のドローンが停止しているのを発見するとズームをする。
報告の通り、鳥形ドローンが一体羽ばたくこともなく首を曲げることもなく、まっすぐ艦尾左舷を見ていた。
これは攻撃をする気だと艦長は察し、同時に艦体はその場左回頭を始めた。
コクーンは物理現象を持った力場の渦だ。水の竜巻と表現するほうが分かりやすく、絡めとられると抗えずに渦に巻き込まれて体はバラバラになってしまう。
不可視のコクーンが鳥形ドローンに触れて巻き込まれた。
一瞬鳥形ドローンのくちばしが光り、壊れてバラバラになる。合わせて左舷艦底に煙が発生した。
『艦尾弾薬庫より戦闘指揮所! 弾薬庫壁に被弾。何かが貫通して機関室方向の床に穴が開いた。貫通したところから出火』
『機関室より戦闘指揮所! 天井より何らかの貫通する攻撃を受けた。主機には当たらず発電に支障なし』
「ダメージコントロール。弾薬に誘爆させるな」
『了解』
艦長の目にははっきりとドローンの口が光っていたのが映っていた。その後の煙に壁の貫通。
報告書では昨日のリィア達の奇襲作戦で、鳥形ドローンは日本の地中潜航艦を凝視していたと言う。
もし昨日のあれも今のと同じ動作であったなら、コクーンを突破して攻撃できる何か。おそらく高エネルギーのレーザーを放ったのだ。
コクーンは物体に関しては強固な膜を作っても電磁波は通す。レーザーであれば突破できる理屈だ。
「今すぐこの攻撃を司令部に伝えろ」
「了解」
「定刻まであと十秒」
ついに移動を開始する時間が来た。
「砲身内力場対流開始。合わせて移動開始」
コクーンを展開した状態で特務艦は決まった座標に向けて移動を開始する。
瞬間、壁として垂直していた非武装型鉄甲群が円形状に吹き飛んだ。
円形の中心部にいた鉄甲は融解し、外側にいた鉄甲は座標固定しても衝撃波が強すぎてはじけ飛んでしまった。
チャリオスが鉄甲の立体壁に向けてバスタトリア砲を撃ったのだ。その放たれた砲弾は特務艦のすぐそばを通り、ユーストルの果てへと消えていく。
まだ特務艦はコクーンを展開し続け、壁が目隠しとなったことで直撃は免れて被害は出ていない。
次弾発射までの時間は重要として艦長は猶予はないと察し、繋ぎっぱなしの日本の核運用司令所に通達する。
「発射は予定通り行う」
『了解』
時刻は十二時三十四分四十五秒。
「あと十秒でタイマーが起動するぞ。照準は!?」
「五秒です」
「……タイミングを合わせる。五……」
『五』
無線の中で同時にカウントダウンを行う。無線の奥でキーを回す音がかすかに聞こえた。
「『三……二……一……今!』」
『タイマー始動!』
「了解。コクーン解除。照準は!」
「力場対流良し! 照準良し!」
「……ってぇぇ!」
時計の秒針が頂点に達すると同時に艦長が発令し、バスタトリア砲の引き金を引くことが出来る射撃管制員が引き金を引いた。
全長二百メートルある特務艦の中心を貫く砲身。方針の内部では力場フォロンが猛スピードで対流し、その対流にレヴィニウム製の被甲で包まれた核弾頭が動かされ、二百メートル未満ながらその短距離で超加速されて砲身から射出される。
イルリハラン王国にとって史上初の実戦におけるバスタトリア砲の初射撃だ。
艦体が壊れてしまうと思われかねない轟音ときしむ音が艦内に響き渡る。訓練で経験しているとはいえ、この音を聞くと不安に駆られるが逆転への希望の音だ。
「第二射準備!」
発射の余韻に浸る余裕はない。艦長はすぐさま次弾装填を指示した。
「冷却開始。次弾発射まで三分」
「すぐにやれ。壊れても構わん」
規定通り冷却をしようとする砲雷員の発言を艦長は撤回して作業を命令した。
バスタトリア砲は初速度に応じて冷却時間が必要だ。秒速三百キロなら連射が可能でも、それ以上は時間を要さなければ砲身がダメになって最悪艦体が破損してしまう。
しかし艦長はすぐさま次弾発射を指示した。
例え次でバスタトリア砲が壊れても、敵コクーンがある限りチャリオス本島には当たらないし味方を巻き込みかねない。それに鉄甲の壁が消えてしまっては身を守ることも危うく、再度ラッサロンの陰に隠れたら次に撃てる保証もない。
次弾の発射時刻は冷却後だが、三分で気象に大きな違いが出ることはないだろう。
軍人として上が定めた指示に背くことは重大な軍規違反でも、数十年軍艦に身を置いていた経験と勘から、今しかチャンスはないと決断した。
その根拠として、モニターに最大望遠でチャリオス本島が映し出されているのだが、その台座側面にある砲門の一つが、特務艦に向いているからだ。距離からわずかなズレで外れるが、これは当たると直感が訴えている。
撃たれる前に撃つしかない。
例え身を滅ぼそうと、好転へのチャンスは今しかないのだ。
この国に一隻しかない特務艦と、乗組員を自分の采配で失うのは悔やまれるが。全員それを覚悟でここでいる。最大限の結果を出すには強行するしかない。
「こちら艦長。規定の三分後まで無事である保証はない。すぐに次弾を発射したい」
『こちら日本核運用指令所。タイマーはいつでも入れられる。合図を待たれる』
「了解した。合図をしたらすぐにタイマーを入れてほしい」
『了解』
艦長の独断専行だが、次弾を撃つには時間がないことを肌で実感している。
何としてでもすぐに撃たなければならない。
「照準は!」
「第二照準よし。砲身内力場対流規定値に達した」
「装填室、次弾装填は!」
『装填完了』
「核運用指令所!」
『タイマー始動!』
ここからあと五秒。これだけは短縮できない。
人生で最も長い五秒だ。
撃つな。まだ撃つな。
『艦橋より戦闘指揮所! 鳥形ロボット艦尾に取りついた』
『艦尾機関室より戦闘指揮所。貫通攻撃で主機被弾! 発電できません』
「ってぇぇぇ!」
発電が出来ずともほんのわずかでも通電はする。まだ撃てる。
艦長の命令と共に射撃管制員は引き金を引いた。
バスタトリア砲搭載特務艦は爆散した。




