第161話『6時間』
現在、日本国内には八十個の核弾頭がある。
元々は共に転移したコロンビア級原子力潜水艦〝ジョプリン〟に搭載していた大陸間弾道ミサイルにあったもので、ミサイル一発に付き五個の核爆弾が収納されていた。
これはマーヴと呼ばれる複数搭載方式で、一発で同時に複数の場所を狙えるために一つのミサイルに複数の弾頭が装填されているのである。
その八十個の核弾頭がどのように配備してどう運用しているのかは最重要国家機密とし、全容を知る人間は片手で数えられる程度だ。
その八十個の内、二個の核弾頭を使うことを決定。ラッサロンもその決定に同意をした。
本来ならラッサロンは指揮系統に則りイルリハラン王国の防務省及び政府の判断を仰ぐところ、連絡の手段がないため指揮系統を無視してラッサロンが独自の判断で核発射に協力をする。
紛うことなき史上最大の異星間軍事作戦である。
内容としてはシンプルだ。日本国内から二発の核をラッサロンにあるバスタトリア砲搭載特務艦に搬送。沈黙を守って来た飛行艦を稼働させてバスタトリア砲で核弾頭を目標空域に発射する。
ただそれだけのことだが、その過程には多大な危険と責任が伴う。
双方ともに世界最強の武器なのだ。何をするにしても厳格な手順が定められており、チャリオスがバンバンと撃つため麻痺してしまっているが、従来なら一発と撃つだけでも世界的ニュースになるほどだ。
核爆弾は言うに及ばずである。
それだけでなく、今回の作戦では適切な高度で起爆しなければ想定の範囲に電磁パルスを放射することが出来ず、一秒ズレるだけで効果範囲から離脱しかねない。
端的に言えば、コンマ九桁の単位の時差もなく起爆する必要があった。
バスタトリア砲の初速度、角度、空気抵抗など様々な数字を文字通り『完璧』に割り出し、それに沿った起爆時間の設定。
発射タイミングと起爆時間の『完璧』な同期をして撃ちだし、断熱圧縮による空気加熱による数千度の熱に耐え、秒速千キロを軽く超える加速度によって内部機構を破損することなく起爆する。
一万人中一万人が『完璧』と評価することをしてようやく最低限成しえるのだ。
日本国国防軍。イルリハラン王国軍。共に前代未聞の作戦がスタートした。
*
戦争五日目の午前七時。
作戦の下命が下されたことで日本とラッサロンは共に動きだした。
まず日本は国内本土に安置されている核弾頭の輸送だ。すでに防衛省が作成した手順に従い、練馬駐屯地から自衛官が保管施設へと派遣された。
なにも日本は核弾頭全てを実戦用として配備してはおらず、配備は十六発だけである。
この本数はそのままコロンビア級原潜〝ジョプリン〟に装填されていた弾道ミサイルで、その内部にあった各五本の内四本は取り外されていた。
これは日本が核兵器保有及び情報秘匿する条件で、現数を上限に量産しないとしている。そのために弾頭数の節約として数を減らしたのだ。さらに弾道ミサイルを日本は保有していないから、元々の弾道ミサイルを流用することしかできなかった。
では核に対して強いアレルギーを持つ核弾頭をどこに保管しているのか。これは国内でも話題となったが政府と関連省庁は一貫してだんまりを決め込み、メディアも政府の意向ともあって報道は控えめで尻ずぼみとなった。
実際に取り外された六十四個の核弾頭は、灯台下暗しとして日本全国の原子力発電所の核燃料保蔵施設に安置されている。
元々核弾頭は安定化していて、使うにあたって定期検査は必須だが保管に関して技術的なにかを要求することはない。だからこそ用途は違えど同類の核燃料のある施設に保管するのは適当だった。
出来れば保管場所を出発点としてリレー形式で運搬したほうが早いのだが、最重要防衛装備品ともあって携われる人間は限定されている。よって往復運搬する方式を取るしかなかった。
ヘリで取りに行くのは物がモノだけに国内での輸送は最初から除外である。
取りに向かうのは福島第二原子力発電所。
先の東日本大震災の際、レヴィアン問題に対応するため超巨大津波対策を施したことが幸いして原発事故を免れた。耐用年数から廃炉は決定しても核燃料貯蔵設備は生きており、そこに五発保管されている。
練馬駐屯地から出発した国防軍は警備も込みで二組の車列を組み、警察の先導でほぼノンストップで常磐自動車道を通って福島県へと向かった。
現在は日本全国で事前に定めた事業者以外の民間車両は走っていない。
食料や消耗品と言った物資輸送は行っても、引っ越し業者など集団向けではなく個人向け事業の車両は全面的に止めていた。
そのため高速道路にトラックが走っていても平時よりはるかに少なく、国防軍の車列は止まることなく走り続けられた。下道もパトカーの先導で信号を無視しし、法定速度も無視しての走行によって普段なら三時間はかかるところ二時間ほどで到着した。
敷地内には各都道府警察から排出される原発特別警備部隊が完全武装で待ち構えていた。
その容貌は群青色の特有の機動隊服に防弾チョッキを着用し、防弾使用のヘルメットをかぶってその両手には短機関銃を携えているテロ対策の装備だ。
地球時代ならいざ知らず、転後の日本でテロ計画をする人はまずいないが、場所と物がために楽観視は出来ない。
その原発特別警備部隊が到着した自衛隊の車列を出迎える。
当然核弾頭輸送の任務は聞かされているので受け渡しはスムーズだ。護衛艦が落とされたことも速報で全国に知れ渡っていることもあって時間が惜しい。迅速な受け渡しで、五発の三角錐の形をする核弾頭はトラックへと運ばれてベルトでがっちりと固定された。
施設に入ってから出るまで僅か十分しか掛からなかった。
自衛隊の車列は施設を後にして接続地域へと向かう。到着推定時間は二時間半後。
*
午前十時。
ラッサロン浮遊基地では長い沈黙を経て窯に火を入れていた。
全世界ブラックアウト後、エルマ達が持ち込んだアンチエミエストロンによってラッサロンはエミエストロンの影響下を脱して電子機器はほぼ完全に復旧を果たしていた。
ほぼ、の部分はエミエストロンにラッサロンは影響下にあることを偽装するため、インターネットの送受信機には敢えて施していない。
エミエストロンは影響下にある電子機器をネット経由でモニターしている。そこを逆手に取り、送受信からその先を物理的に切断することで影響下にあるけれど苦肉の策で妨害しようとしていると偽装しているのだ。
一度影響下に陥ると大元を切断しても影響し続け、逆に解除しようとしても出来ない。敵がアンチエミエストロンを知らなければ原理的にはラッサロンが復旧していることは知られないはずなのだ。
それでもこの戦争で日本と共同で初日から出撃しなかったのは、予備戦力として温存すると同時にギリギリまでアンチエミエストロンの存在を示唆させないためである。
アンチエミエストロンが露見して対策を練られて突破されると、ただでさえ突破力では向こうにアドバンテージがあるのに上乗せされてしまうからだ。
そのためラッサロンは表向きはお荷物として、原子力空母ロナルドレーガンが生み出すコクーンで守ってもらっている体をしていた。
それを、今、壊す。
ブラックアウトでもレヴィロン機関は発電施設は完全アナログなので浮遊だけは維持できている。だから赤外線で見ると普段であれば浮遊都市全体が大なり小なり熱を発しているが、ブラックアウトでは熱を検知できない。そしてバーニアンはラッサロンの動向を衛星で監視しているだろうから、熱を出さないように外壁側の電源は落としていた。
その電源を入れて、ラッサロンは三週間以上の沈黙を破ってフル稼働状態へと移行する。
ラッサロン浮遊基地の内部格納庫には各種駆逐艦が停まっていた。
戦艦級が五隻。駆逐艦級が十三隻。戦闘機が四十五機。これがラッサロンの最大戦力で、戦艦は変わっていないが駆逐艦と戦闘機がこの六年で少し増えた。
特に顕著なのが、六年前のレーゲン率いる国際部隊との戦闘で移動して来たバスタトリア砲搭載特務艦だ。
元々は別基地所属であったが、異星国家の国土転移に伴って必要性を感じて正式にラッサロン転属が命じられた。とはいえ転属は極秘裏で、世間ではどこに配置されているかは公表されていない。
そのバスタトリア砲搭載特務艦の主機に火が入った。
欺瞞を継続するため特務艦他戦闘艦のメインデータ送受信機は物理的に遮断している。それ以外は完全に復旧しており、ほぼ通常の手順で特務艦は起動して艦体に熱が広がる。
バスタトリア砲が開発されて数十年。国家として軍として初の実戦に、特務艦の乗組員は緊張を纏わせていた。
特務艦に配属である以上、その任務に就かなければならない時が来る。退官した先任は経験することなく去っていき、様々な諸事情を持って入隊した現隊員が初運用に向かおうとしている。
これを悪運を引いたと思うのか来る時が来たと思うかはその隊員次第で変わるだろう。
少なくとも特務艦配属の隊員の目に怯えの感情はない。
どんな事情で入隊したであれ、徴兵ではなく志願した兵士たちだ。母国とニッチを守るため覚悟は全員持っていた。
特務艦の主機に火が入り、システムチェックが急ピッチで行われる。
同時にラッサロン基地の中にある武器製造・整備区では、日本から送られてきたあるデータを元に、一時間前から三時間後の完成を目指して必ず作らなければならない物の制作に取り掛かっていた。
日本があと二時間半から三時間後にラッサロンへ移送される、核弾頭を覆うレヴィニウムで作られた被甲を作る必要があるのだ。
いかに核弾頭が大気圏突入時の断熱圧縮による空力加熱に耐えても、バスタトリア砲の速度はその数十倍の熱を生んでしまう。
その熱から弾頭を守るため、レヴィニウムによる被甲を施す必要があるのだ。
核弾頭に悪影響を与える超高温は、レヴィニウムによって電気に変換されて無力化させられる。そのための寸法のデータを日本から受け取り、コンマミリ単位で合うように基地内にいる技術者によってレヴィニウム塊に加工される。
そしてこのバスタトリア砲による核兵器発射作戦で最も重要なのが、この被甲の製造だ。
発射から起爆まで一分未満で行われるこの作戦は、いかに弾頭を所定の位置に運ぶかが肝要である。しかし超高温から弾頭を守り、最低でもマッハ九百倍以上からなる空気抵抗を限りなく抑制して誤差を防がなければならない。
被甲が無ければ達成できない作戦だ。
そもそもこの作戦自体出来たのが半日前だ。日本もバスタトリア砲で核弾頭を発射することは想定していないから、日本側もレヴィニウム被甲は用意していなかった。
元々バスタトリア砲の砲弾にはレヴィニウム製の被甲が装着するから、ラッサロンにそのノウハウがないわけではない。素材的にも十分運ぶまでの諸々の障害を防ぐことも出来る。
重要なのは精度だ。空気抵抗に対して最適に等しい形状の被甲を作らなければ、発射した瞬間かその途中で核弾頭が破壊されて核物質がただ捲き散らかされるだけとなる。または所定の場所以外で起爆する。
完全な中心軸を貫き、空気抵抗がない表面に仕上げ、被甲と核弾頭が外れないようにする。
もはやそれはレヴィニウムの加工技術では世界最高と名乗ってそん色ない。それを数時間で、しかも二個作る必要がある。
特務艦が転属したに合わせて共に転属となったレヴィニウム加工技術者は、正真正銘最大にして最難関の任務となろう。人生最高傑作と言っても過言ではない。
日本から受け取った核弾頭の寸法は、それを見越してか単純なものだけでなく個体差に関係なく生じるありとあらゆる溝等の詳細な数字も記載されていた。
技術者たちはそのデータを元に正方形のレヴィニウム塊を加工し、これが正解であると信じて空洞の三角錐を作っていく。
*
正午十二時。
福島第二原子力発電所から出発した国防軍の車列が接続地域となる須田町へと到着した。
須田町は日本で唯一本土から異地に陸続きで移動できる重要地域だ。この有事ともあって普段はいない国防軍の後方支援として武器弾薬に各戦闘車両が駐機していた。
元々いた居住者は全員避難していて、須田町にはもはや国防軍しかいない。
メディア関係者もここら近辺の立ち入りは禁止で、国防軍の行動を反対する一部反戦派の国民も規制線はもっと内陸だ。それも警察によって厳重に管理されており、車列は妨害を受けずまっすぐ日本と異地を繋ぐ境界線を越えてユーストルへと入る。
境界線を越えてすぐそばには軍用飛行車が二列五台ずつの十台が停まっていた。日本式で言えば装甲車型で、その車列の側には武装型鉄甲が三十機停まってもいる。
この車列のどれかに核弾頭を一発ずつ乗せ、一台につき三機の武装型鉄甲が護衛機として無音で三メートルほど宙に浮く。
核弾頭を乗せない八台はダミーだ。秘密作戦だから輸送中に狙われる心配はなくても、一発勝負に過信や慢心は絶対にやってはいけない。やるなら徹底的で過剰の対応だ。
ラッサロンから受け取りの許可が下りたことで、十台の飛行車と三十機の鉄甲はラッサロン方向へと移動を開始する。出発する車列を、地上にいつ自衛官たちはその場で敬礼をして見送った。
合わせて関東と関西を覆うコクーンを数秒間解除。それによって生まれたコクーンの空白を縫うようにして車列と、国内中の協力で生まれた鉄甲の新規ロットがユーストルへと抜けた。
*
発射予定時間まで一時間を切った。
核弾頭の運搬。バスタトリア砲搭載特務艦の始動準備。核弾頭を保護する被甲の作成。
ハード面での準備は滞りなく順調に進んでおり、難関である被甲もギリギリで研磨まで出来ると技術責任者からラッサロン経由で日本の防衛省へと通達がされる。
それと同時に、ソフト面でも準備が行われていた。
膨大な計算による完璧な諸元データの算出だ。
その諸元データとは、核弾頭にレヴィニウム製の被甲を被せた形状と重量。高度毎の大気圧から発生する空気抵抗。射線上の気象状況。バスタトリア砲の俯仰角と初速度。核弾頭のタイマーをスタートしてから発射までの時間。発射後から予定空域に達する時間。それら全ての数字を出して何度も再計算をしてだす数字は、この作戦に於いて絶対に必要な要素である。
ラッサロンは単独で任務に就く性質から島内には優れた演算機があってもそれは島単位のスケールだ。国家単位のスパコンを持つ日本の方が演算能力は優れていて、精度の高い数字は出せてもバスタトリア砲の運用ノウハウはイルリハランの方が上だ。
だから片方のみが数字を出すのではなく、互いの長所を生かすことで作戦に必要な完璧な数字を出していく。
ハードとソフト、共に準備は着々と進まれていった。
文字通り準備から実行まで、全てに対して完璧が求める作戦。
しかしそうは問屋が卸さないように異変が起こり始めた。
核弾頭が日本からラッサロンに移送を開始した直後から、チャリオス本島の動きに異変が起きた。
バスタトリア砲による牽制ばかり続けていたラッサロンから、無数と表現していい数の何かが放出されたのである。
その放出を日本国国防軍海上自衛隊の第六護衛隊群所属である〝てるづき〟がカメラに捉えていた。
放出された何かは、昨日の奇襲作戦時に敵コクーンを護衛していた鳥形ドローンと、通信による情報のみだった空飛ぶグイボラことグイボットだった。
チャリオス本島から放たれた二種の敵兵は、まっすぐラッサロン方面へと向かっていく。
日本の鉄甲や滞空戦車は完全に無視だ。鳥形ドローンは機械だから当然として、品種改良されたグイボットもエミエストロンの統制下にあると言う情報に信ぴょう性が出る。
それ故に、この作戦でエミエストロンを止めると外に出てきてしまったグイボットが野良化してしまう恐れがある。
なぜこのタイミングで放出をしたのか日本は知る由もない。ただ、確信を持って言えるのは日本側の策にバーニアンが気づいたと言うことだ。
国防軍はすぐに標的を鳥形ドローンとグイボットに変え、あらゆる戦力を投じて攻撃をし始めた。
護衛艦と戦車の主砲が火を噴き、ピンポイント精密射撃でグイボットと鳥形ドローンに正対するように命中させる。戦車にしろ護衛艦にしろ主砲は対戦車クラスであれば有効的だ。
鳥形ドローンは爆破して粉々になり、グイボットもくちばしに穴が開いて体を貫通して即死して落下していく。
それだけでなく護衛艦からは対空ミサイルが発射されてターゲットに命中。それによって生まれた破片の余波で周囲のグイボットと敵ドローンにも被害を与えてる。だが広域三次元の移動だ。一体一体の間隔が広くて余波程度では大したダメージは与えられない。
武装型鉄甲による機銃は威力が小銃程度で三十発しかないため、運が良くて致命傷を与えられるかどうかだ。鳥形ドローンは金属で出来ていて、装甲板も兼ねているのか小銃の火力では関節部分以外突破できない。グイボットのくちばしも金属並みだ。やはり小銃では突破できず、それ以外の部位を集中砲火で何とかと言ったところである。
つまり武装型鉄甲は墜とすより壁役による時間稼ぎが有力だった。非武装型はより顕著だ。
それでも時間稼ぎは重要なので、鉄甲シリーズはとにかく妨害に徹するよう防衛省から全オペレーターに通達がされた。
なぜこのタイミングで、と誰もが思う。
核弾頭発射までハード面だけでも最速で三十分以上は掛かる。しかも発射時刻は固定していたのを短縮するとなると、発射時刻での射線上の気象状況を再度演算し直して初速度と俯仰角を微調整する必要がある。
出来れば発射時刻は変えたくないが、こうなってしまっては緊急修正をするほかなく、日本はすぐさま諸元データの再演算を現場の文句を押し倒してするよう指示を出した。
チャリオスからグイボットらが放出されてから三分が過ぎた頃、ラッサロンから防衛省に向けて一つの報告が来た。
バーニアンが日本側の行動を察知した心当たりとして、ラッサロン内でバスタトリア砲搭載特務艦に従事していた隊員が無線機で通話をした直後にチャリオスに動きがあったらしいのだ。
ラッサロンの無線機に限らず、日本の無線機もネットはともかく電波の特性上からエミエストロンに傍受されるとしてAEを施している。だがその通話をした兵士が所持していた無線機には、AEを施したマークがついていなかったとのことだ。
その兵士が所持していた元々の無線機がバッテリー切れで、予備を取って使ったのだがそれがまだAE未実装だった。
何らかの不備で実装済みとされて保管し、それに気づかず予備品として使ってしまったようだ。
この作戦に於いて致命的なミスだ。これによってチャリオスはラッサロンが復旧していることを悟り、バスタトリア砲を使うことも知られてしまった。
不幸中の幸いで核弾頭は言っていないそうなので、まだチャリオスの中ではラッサロンが復旧していてバスタトリア砲を使おうとしているに留まっている。
チャリオスにとっては主砲レベルでもフィリア社会では決戦兵器だ。何をするのか分からずともそこを潰せば決定打を失うとして、即座に出撃を判断したのだろう。
兵士の失態を責めても時間は巻き戻らない。
常に今現在の最適解を即断で出して実行していくだけだ。
日本の行動はシンプルだ。核弾頭を速やかに届けてグイボットと鳥形ドローンが達しないように時間稼ぎをして必要なデータを算出する。
ラッサロンは受け取った核弾頭を、バスタトリア砲の砲弾仕様にして発射準備を整える。
規定であればラッサロンで核弾頭を受け取る予定だったが、急を要する事態となったことで特務艦は緊急発艦し、空中で核弾頭を受け取ることにした。
それで数分は時短となる。
天自の護衛艦レーダーが捉える敵影は性能限界の数を越えても尚増えていく。
一体どこにそれだけの数を貯蔵していたのか疑うほどだ。しかし現に放出されているからその事実を受け止めるほかない。
逆に考えるとチャリオス本島に潜入中のエルマ達への脅威が減るから、未来への脅威度は跳ね上がっても潜入班にとっては僥倖と言える。
二種の敵兵の先陣は護衛艦や戦車の脇をすり抜け、ついに防衛網を突破した。
敵先陣を食い止めるのは鉄甲しかなく、体当たりで防ごうとするも生物型特有の身のこなしで往なされてしまう。非武装鉄甲のオペレーターは民間人だ。直線的な動きのミサイルにはシステム補助で当てられても、生物として避けられるとわずかに間に合わない。
日本を出発した国防軍の軍用飛行車がラッサロンに到着した。ラッサロンは下部にある原子力空母のコクーンによって守られているから、飛行車の車列はそのコクーンの外側に沿ってチャリオス本島から見てラッサロンの反対側へと回る。
特務艦にコクーンは施されていても出力からしてラッサロンが盾になるほうがいい。
核弾頭を乗せた車列が裏へと回ると、ちょうど外壁沿いの内部ドックから一隻の飛行艦が発艦していた。
外見上は地球の舵のない潜水艦に似たフォルムで、イージス艦のような固定式レーダーを艦体表面に備え付けている。
一見すると通常の浮遊駆逐艦だが、それは偽装していてそう見えるだけだ。実際はバスタトリア砲の砲撃に耐えられるように従来よりはるかに頑丈に作られている。
対艦ミサイルを無防備で一発は受けても平気とされるほどだ。
その特務艦が、あるであろうコクーンを通過してラッサロンから離れていく。タイミングを合わせて〝ロナルド・レーガン〟がコクーンを解除して再展開。隙間を縫って特務艦がラッサロンの庇護下から離れる。
核弾頭とバスタトリア砲がもっとも危険な状態だ。
受け渡しを迅速に行わなければならない。核弾頭を積んだ車両は特務艦の武器搬入口へと停まり、それ以外のダミーの車両は盾となるべく搭載車両の周囲に停まった。
武器搬入口ではイルリハラン兵が五人と待ち構えており、車両のドアを開けると絶対に落とさぬよう慎重に両手で抱えて持ち上げて艦内へと運び込んでいった。
運び出された車両は離れ、別の弾頭を乗せた車両が武器搬入口に近づいて二発目を艦内へと反応する。
これで核弾頭の受け渡しは終了だ。
核弾頭を受け取ったイルリハラン兵は地球式の敬礼を車列に対して見せ、自衛官もフィリア式の敬礼をして返した。
任務を終えた武装のない飛行車は戦場では足手まといだ。邪魔にならないよう速やかに特務艦から離れて接続地域へと帰還する。
二種の敵兵の先陣はラッサロンまで五十キロの位置に達した。
*
チャリオスから鳥形ドローンとグイボットの放出が止まった。
その数は双方合わせて千三百体に達し、国防軍は総力で黒い軍団を撃墜する。
撃墜された鳥形ドローンとグイボットは雨のように地面へと落ち、緑の床に黒い斑点を残していった。
兵士を吐き出して静寂となったチャリオス本島。
ラッサロンから見てチャリオス本島の裏側では新たな動きが始まっていた。
戦闘には半ば参加していないから忘れ去られていた付随小島の内、技術開発島が変形を始めた。それこそ乗り物が人型ロボットに変形するようなイメージで外壁が上下に動き、土台が分割したりと質量ゆえにゆっくりであるが動き続け、五分ほどして真上から見るとL字のような形となった。L字の横の線の部分が太く、縦線はその半分ほど。横から見るとL字の縦線部分は巨大な筒状となって島を貫通してさながらトンネルだ。
そのL字となった技術開発島はチャリオス本島へと近づき、技術開発島のトンネルと本島のバスタトリア砲が合うように接続した。
*
ユーストルの真東の円形山脈を一羽の巨鳥が越えた。
巨鳥ことムルートは低く、重い鳴き声を誰に聞かせるでもなく鳴いた。
「クォォオオオ」
まるでそこから縄張りだと訴えかけるかのように。




