第159話『〝ここにはなく置いて来た〟を解読せよ』
エルマから情報を得た羽熊はすぐに動いた。
時刻は午後八時。平時なら日中の業務を終わらせて各々プライベートタイムを満喫する時間帯だが、有事では時間の概念は変わる。
局所戦なら当該地域のみの緊張感で済むも、今回は日本全国だ。首相官邸に限らず、北海道から九州まで昼夜問わず緊張の糸は千切れない。
危機管理センターも職員が不眠不休で、交代交代で簡易な休息を取りながら激務に励んでいる。
羽熊も例に漏れず、開戦から義実家には帰れずに首相官邸に缶詰めとなっていた。
ただ、開戦から四日目の夜に至るまで羽熊が出来ることはなかった。
国土転移直後はマルターニ語が出来る人が少なかったばかりに羽熊が突出して有能視されたが、マルターニ語が英語に変わる言語として認定されると、扱える人が転後六年には万単位で増えた。
そうなると統計的に羽熊より有能な人材が出てくるので、羽熊が思いつくことは他の人も思いつくので出る幕がなくなるのだ。
過去の実績から司令部にいる現況に良い気持ちはしないが、それでもいる以上は役目を果たすべく自分の席にかじりついていた。
そしてエルマからの電話を受けたことで羽熊は動く。
まずは隣に座る自衛官に電話の内容を話した。
羽熊の隣にいる自衛官は、危機管理センターと防衛省を繋ぐ仲介だ。多方面から入る情報を一元的に集めて精査して双方に伝達をする。そうすることで情報の錯そうを抑える役目を持つ。
リエゾンと言う役目で、そうした人員は自衛官に限らず総括的な取り組みになると省庁では必ず排出される。
ただし、伝える情報にルィルの安否は触れず、エミエストロンの所在のヒントとしての「アレをここにはなく置いて来た」と巨鳥ムルートが近づいてきているかもしれないと言う情報に留める。
ルィルの件に触れないのは、まだ向こうがルィルがスパイと決めかねるのに、こちらから不用意に情報共有して広めさせて伝わっては困るからだ。
日本はあくまでルィルは死んだとして動き、安否不明は若井を始め閣僚程度に抑えておくほうがいい。
どの道ルィルが生きていても日本に出来ることはないのだ。
それ以上に迅速に対処するべきは、エミエストロンの場所のヒントの解明とムルートへの対応だ。
ラッサロンからの情報共有でエミエストロンがあるであろう場所になく、グイボラを品種改良した空飛ぶグイボラことグイボットがいて、本島に広がってしまっていることは分かっている。
グイボットへの対応は防衛省とラッサロンで行っているようだから、いまするべきはエミエストロンの正しい所在とムルートをどうするかだ。
羽熊の話を聞いた自衛官はすぐに情報を防衛省へと送る。
羽熊は羽熊で情報を携えて席を外した。
いかに若井と懇意にしていても立場上安易に声を掛けるわけにはいかない。若井から直々に要請が来れば識者として出向くも、それがない限りは正規ルートで情報を伝えなければならないのだ。
その正規ルートの一部に食い込むべく羽熊は動く。
危機管理センターにはいくつものセクターに分かれている。
総理を中心とした司令部。全国から情報を集めて精査取捨選択する情報部。
その集めた情報を元に対策を練る対策部。
流れとしては情報部が集めた情報を一元的に集めて司令部と関連省庁に送り、返してきた返事を対策部が案としてまとめ上げて司令部へと上告する。
そうすることで円滑に情報整理と指揮が取れるようになる。
もっとも煮詰まるのは大筋の指示で細かい指示は各指令所の一任だ。
そうでなければ多方面で行われている作戦の進行が阻害されてしまうためである。
現場からすればある程度の方向性さえわかればそれに沿って臨機応変に動けるが、細かく指定されると逆に動けなくなってしまう。
羽熊は情報部と対策部をまたぐ形で在任し、情報を得たことで対策部へと移動した。
対策部のメンバーは、若井総理が一連のテロ事件を暴露する前に霞が関中から集めた各省庁の職員たちた。彼らはバーニアンの存在をいち早く知らされて、その対応として国家総動員の草案を作ってそれが行えるように段取りを組んだ。
いわばスマート行政機関と言うべきか。
羽熊はそのチームのいるセクターへと出向いた。
情報部とは別室にある対策部には長机で組まれた正方形の机が配置され、その机に紙やタブレット、ノートパソコンが置かれて数十人の中央省庁それぞれから集められた職員たちが取り囲むようにして仕事をしている。
壁にはいくつものホワイトボードがあり、日本列島を分割した地図が張られて各地域の状況がマジックで書かれていた。
地図の上にはバスタトリア砲着弾状況と鉄甲の進捗状況とも書かれ、全国から集まる情報を視覚的に分かるように、情報が入るたびに修正されていく。
情報部では常に電話やネットから情報が入って慌ただしいが、対策部はそれを経ての行動なので少し静かである。
羽熊は対策部のリーダーである内閣情報調査室の内閣情報官、西林清三の所へと向かった。
内閣情報官は平たく言えば国が携わる『情報』を扱うに於いてトップの役職だ。
国内外の情報を集めて官房長官を含む内閣の重要案件に関わる仕事をしている。
それ故に権限も大きく、手早く情報を集めて対策を練り、関係各所に流布するセクターとしてはこれ以上ない人材だ。
「西林室長」
齢六十を超える西林内閣情報官は、部屋の中央に設置してる巨大テーブルの上座にてパソコンを操作し、その隣に広げたノートに何やら文字を綴っている。
「ん……羽熊博士、どうかしましたか?」
老眼鏡を掛けながら作業をする西林は、羽熊に気づくとメガネを外して羽熊を見上げながら問う。
「チャリオス本島に侵入したエルマさん達からエミエストロンに関わる情報を得ました」
「それは本当ですか? 全員、作業を止めて集まってください!」
終始敬語を話す柔和な人からはまず出なさそうな声量で、部屋中にとどろくように叫んだ。
その声に反応して各々作業をしていた以前から顔見知りの対策部のメンバーが集まってくる。
「皆さん、作業中すみません。チャリオス本島からエミエストロンに関する情報を得たそうです。博士、説明をお願いします」
「はい。今から三分ほど前に、チャリオス本島にいるエルマさんから直通電話がありました。切迫していたのか要点のみでしたが、バーニアンはエミエストロンをここにはなく置いて来たと言ったそうです。経緯は不明ですが、はっきりとそう言いました」
まだ羽熊の中でもエルマが話したことは脳内で整理の途中だ。どうやってそのセリフを聞いたのか分かっていない。対峙してかルィル経由か全くの不明である。
それでも電話をしてきたのはエルマで間違いないから、敵が虚像を作って欺瞞を流した戦は最初から考慮しない。
テロ勃発当時にやり取りをした内容を知るのは世界でエルマのみだからだ。
「そしてもう一つに、ムルートが戻ってきているとも言っていました。エルマさんから聞いた情報は以上です」
時間が何より重要な局面に、羽熊は皆の反応を待たずに得た情報をルィルの部分だけ省略して話した。
話し終えるとメンバーは個々の反応を示しだす。
「羽熊博士、その二点の情報はそれだけですか? 簡略してるとか」
「いえ、そのままです。エミエストロンをここにはなく置いて来たとムルートが戻ってきている。解釈も歪曲もなくそのままを話しました」
「その情報……いえ、電話の相手がエルマさんである確証はあるのですか?」
「あります」
有事に於いて情報戦は終始行われる。情報一つ、噂一つで作戦が失敗するから西林は情報源を警戒するが、羽熊は即答で断言する。
「エルマさんは私とエルマさんしか知らない合言葉……と言うか以前行ったやり取りを最初にしてきました。そこで私もエルマさんしか知らない言葉を返して納得してくれたので、電話の相手はエルマさんで間違いありません。これは断言できます」
「……そこまで断言できるならそこは信用しましょう。しかしそもそもどうしてエルマさんは羽熊博士に直通を? 軍事任務についているのならラッサロン経由での情報共有のはずですが」
「そこは私も思いました。おそらくですがラッサロン経由をしている最中で改ざんを警戒してるかもしれません」
「エミエストロンによる介入ですか。流石にリアルタイムとなると過大評価では? なによりAEを日本とラッサロン、ほぼすべての通信機器には搭載してますが」
「そのAEの有用性がまだ実証されていないので、エルマさんは保険を掛けて直通を掛けたんだと思います」
日本とラッサロンは現時点でAEは有効との判断だが、本当に有効かどうかの確証は得ていない。この有事が終わるまでそれは分からないままだろう。
これは一方的な判断にならざるを得ず、エルマ達がチャリオス中枢に入り込んで有効だったかを調べない限り分からないのだ。
だから実はAEは無意味だったと分かるまでは有効的と信じて進むしかなく、極めて重要な情報だからこそ可否を考えてエルマは直通を掛けたのだと羽熊は考えた。
「……この二つの情報が漏れたことをバーニアンたちが知ったらマズい状況になるから、ラッサロンではなく直接私たちに伝えた、と言うことですか」
「詳細までは分かってませんし、AEが無駄ならこの直通も無駄ですがね。けど問題無いなら情報が共有され過ぎるとどこから漏れるか分からない、って考えもあったかと」
「分かりました。とにかく二つの情報は正しい前提で行きましょう。エミエストロン班とムルート班に分かれて対策を考えてください。羽熊博士はエミエストロン班でお願いしてよろしいですか?」
「はい」
二つとも戦場に於いては厄介でも、重大度ではエミエストロンに軍配が上がる。それもあって班員はエミエストロンの方が多く割り振られた。
「――エミエストロンをここにはなく置いて来た。文字通り受け取るなら本島にはないことになりますね」
西林は当たり前だが前提を統一する意味も込めて改めて口にする。
「ここにはないの『ここ』をどこまで拡大解釈するかですね。エミエストロンがあるとされていた浄水フィルター室のところを指すのか、それとも本島そのものを指すのか」
「であれば『あそこ』と表現します。『ここ』は話し手を中心に指すことなので、本島全域と見ていいですね」
「そうなると随伴している小島に可能性もありますか?」
「……なくはないですけど、『置いて来た』が邪魔をしますね。随伴するインフラ用小島に設置してあるなら『置いて来た』の『来た』が不要です」
「確かに。小島に置くなら『ここではなくあそこにある』みたいな表現になりますね」
「ええ。ただそう表現されると候補が本島以外フィリア全域になってしまいますが」
「けど『置いて来た』と言ってました。一語一句そのままなので伝言ミスはありません」
「多分バーニアンはマルターニ語かその他の言葉で話して、エルマさんが日本語への翻訳しましたよね。だとしたら祖語があるか……」
「エルマさんは日本語は堪能なので誤訳はないと思います」
「それは願望を含んでませんか?」
中立の立場なだけあって西林内閣情報官は羽熊の考えに賛同せず、客観的な意見を絡ませて来る。
素直に進まないのは癪だが、独りよがりの考えにならないから必要な邪魔だ。
「ないとは言いません。ですが敵の本拠地に侵入した仲間からのメッセージなんですよ。信じない道理はないかと」
「失礼な言い方をしました、すみません」
「いえ、妄信が危険なのは理解してます」
「博士の言う通り歪曲や誤訳無しで読み取ると、かつてバーニアンが関わっていたかいた場所にエミエストロンを置いて来たとなりますね」
西林の推測にエミエストロン班は同意をするかのように縦に首を振る。
班員の内数名が動いた。今回の有事では使い道は少ないと資料の山に埋もれていたフィリアの世界地図と、各大陸ごとの拡大地図を持ってきてそれぞれを広げる。
「チャリオスに関連するところに印をつけろ。急げ」
班員は今手に入る資料を元に、各大陸に点在するチャリオス支社がある場所に印をつけていく。注目すべきは支社のある場所に付ける印が〇ではなく×であることだ。
チャリオス支社はあの暴露会見後、全世界ブラックアウトになるに合わせて爆破されている。チャリオス本島には仲間として忠誠を誓ったネムラを集め、それ以外は純粋な民間軍事企業の社員だったがため、情報を与えないために爆破処分したのだ。
×はその爆破した支社で見る限り〇はない。
世界中がブラックアウトしてネットがダウンしたと言うのになぜそれを知っているのかは、三週間かけて日本の情報収集衛星がフィリアをくまなく調べたからだ。
爆発後誰も消火作業をしないから浮遊都市は燃え続け、夜間は炎と昼間は煙で場所を確認出来た。
×の数は八十あり、一つの国に二つあることはない。
つまりチャリオス支社は八十ヶ国に跨って支社を設置していたのだ。
さすが世界有数の企業と言うべきか。日本の世界的車メーカーでもそこまでではないだろう。
「チャリオスの支社はこれだけですか? 武器生産工場や関連施設とか子会社とか別のところにあったりしますか?」
「それは全て支社浮遊島に小島として付随していました。確認出来てませんが共に爆破されたと見ています」
「衛星からでは瓦礫を調べても複数あったかまでは確証は得られませんね」
一台のノートパソコンに、日本がこの三週間で収拾したチャリオスに関連する施設があった場所の衛星写真が映し出される。
エミエストロンによる世界ブラックアウトが起きても、日本の衛星は通常に稼働していて撮影をし続けていた。その写真には浮遊島が木っ端みじんに爆破されたと思われる瓦礫の山が移り、それはテロで爆破された式典会場を彷彿かまたは上回る量だった。
「ラッサロンのシステムが復旧したことで向こうが保管してる情報も閲覧出来るようになりました。大抵企業が大きければ大きいほど法の抜け道や脱税目的のペーパーカンパニーを作るのですが、それすらないかエミエストロンで情報操作して隠してるのか存在してません」
「……つまり表面上ではチャリオスの関連施設はユーストルのを除いてすべて爆破されてると」
「そうなります」
単純にその判断を信用できないのは場所選定に大きな障害となる。
が、存在するのかどうかも分からない施設に頭を悩ませるのははっきり言って時間の無駄だ。ここは一つずつ壁を崩して進むほかない。
「まずは分かってる所から考えていくべきと思います。エミエストロンで情報操作の可能性はあっても、現状こちらから調べる方法が無いなら分かってる所から行くべきです」
「同意見です博士。問題も答えも分からない疑惑に使う時間も人もありません。何が無駄なのかも分からないのですから、とにかく一つずつ潰していきましょう」
西林の決定で班員たちは動き出した。
あるかも分からない見えない施設は無視し、確定している情報からエミエストロンがあるかもしれない場所を推定する作業に映す。
過去の情報からエミエストロンがあって不思議ではない支社を割り出すのだ。
羽熊は腕を組みながら考える。
エミエストロンはチャリオスの中でも最上級の極秘システムだ。チャリオス内で浸透しているはずはなく、知っているのはバーニアンを始め開発製造した当人らか忠誠を誓ったリーアン達だろう。
であれば全く存在を知らない一般社員のみの支社に隠しておくのは、隠蔽とセキュリティ面から安心と信用は出来ない。
羽熊自身、美子にも言えず墓まで持っていく物的秘密があったとして、管理と目が行き届かない場所に隠すだろうか。答えは否だ。
しかも悟られない都合上警備も防護兵器も置けないなら尚の事近くに置いておきたい。
そうなると考えられるのは二パターン。
本島にも支社にも置かず、尚且つ人気もない完全隔離された場所にひっそりと隠していること。
または目の届くところに置いておくこと。
後者はすでに否定されてるから、可能性はつい一分前に自ら否定した完全秘密裏に隠された場所となる。
だがそれでは完全に詰みだ。木星並みに巨大な星から家一軒分の機械をノーヒントで見つけるのは不可能で、この星を破壊するようなことをしてようやく達成できる。
やはりエルマからのヒントを最大限解読するのが攻略の鍵となろう。
〝ここにはなく置いて来た〟
「…………」
もしかしたら、至極単純ではないだろうか。
バーニアンが呟いたヒントだからこそ難解、と過大評価していると羽熊はふと思った。
言葉をそのまま解釈するなら、エミエストロンはチャリオス本島に関連するところに置いて来たとなる。
ではその関連とはどこか。即ち本島が現在から過去に遡って実在した進路だ。
「西林さん、一つ候補が出たんですが……」
「本当ですか?」
「単純に考えて、エミエストロンを移動途中で置いて来たんじゃありませんかね。それならここにはなく置いて来たがストレートで成立出来る」
「っ! 確かに……」
「ヒントだからこそ複雑に考え過ぎてた……」
「けどストレート過ぎないか? それこそ欺くためのブラフとか」
「ならそもそもヒントすら出す意味はないし、ヒントって私たちがそう決めつけてるだけで、バーニアンがそう呟いたのをエルマさん達が聞いただけでしょ? どうやって聞いたのかは分からないけど、盗聴で聞いたのなら……聞かれてると思わないで言ったのならそのままじゃないか?」
「嘘か本当か分からないんだ。嘘だとしても嘘と分かるためには調べないと次に行けないだろ」
「チャリオスってどこか寄り道してここに来たっけ?」
「終始監視しているわけではありませんが、チャリオス本島はほぼ一直線でユーストルに来ています」
羽熊も確認済みだが、チャリオスは五万キロ離れたシィルヴァス沖からここまで一直線で来ていた。元々空飛ぶ拠点だから川や山など地形は無視して進める。
衛星の周回に合わせての確認だからどこかに寄り道は出来なくはないが、移動距離から見てそれはないのが防衛省の判断だ。
「そうなると産み落としみたいにどこかでエミエストロンを置いて来たか……」
「直線距離で五万キロ。地球の直径を上回る距離を探索……西林さん、出来ますかそれ」
エミエストロンを本島の真下に落としたと仮定しても、探索する面積は単純計算で二十五万キロ平方キロメートル。
「日本の本州に近い面積から、家二件分の物を探すようなものですね」
「……それ、現実的ですか?」
西林は苦笑する。
地理的に見れば日本は小さくも、人間の尺度から見ると十分に大きい。衛星も宇宙から広範囲を見れても、ただ見ているだけで見つけられなければ意味がない。
おそらく衛星を使えばチャリオスの進路を確認することは出来るけれど、その中にある小さな点を見つけるのはまた別の話だ。
「もっと候補を絞らないと……」
チャリオスの進路上にある線は有力でも、いかんせんそれでも広範囲だった。
衛星が一度に見れる範囲は国家機密で知らないが、それでも厳しいのは素人でも分かる。
しかしエルマからの情報ではこれが限度だ。『置いて来た』では進路上の全てで当てはまってしまう。
「博士、もしあなたならどの時点でエミエストロンを置きますか?」
責任重大にして無茶ぶりにもほどがある問いかけをされた。
「わ、私がですか?」
「あなたがバーニアンのトップとして、どこにエミエストロンを置くか」
「私ならどこに置くか……」
これが参考になることはないが、何かしらの指標がほしいのだ。
月並みの表現として砂丘から米粒を一つ探すようなものだ。闇雲に探して見つかるわけではないから、何かに縋ってても候補が欲しい。
人はそうやって当たり外れを引いていく。
だが今回は一発で正解を当てなければエルマ達の命が危険だ。関東沖と九州沖で繰り広げられている戦況も不利になりかねない。
ここでエミエストロンを封じて行動を阻害出来れば、グイボットの脅威はあっても弱体化にはつながる。
「……私なら……」
羽熊の脳裏に、いつ知ったのかも忘れたことわざが過る。
バーニアンは中国人とレーゲン人のハーフとされる。そしてリーアンの遺伝子と地球人の遺伝子はほぼ同じで異星人混血が可能。技術発展は超物質が割り込んでいてもその水準は似ている。
つまり三つの人種の根底にある『発想力』の祖は同じなのだ。
「木を隠すなら森の中……いや、灯台下暗しか……」
班一同の視線が熱を帯びて羽熊に向けられる。
「最重要機器を置くとなると護衛艦による警護を付けます。間違いなくコクーンもセットしてでしょうが、保障のないところに置くのは気が気じゃないと思うんです。少しでも安心する要素を残すと思うんですよね」
「ですが、進路上にチャリオス関連の支社はありませんよ?」
「一つあるじゃないですか。場所が知っていても手が出せないし、最初に除外する候補が」
そう羽熊は言って地図の一点を指さす。
そこはシィルヴァス大陸から少し離れた公海。そこから点線が始まり、まっすぐユーストルへと続いている。
この有事の出発点。チャリオス本島が元々滞空していた場所だ。
「チャリオスがいた場所…………あ」
西林は気づいたようだ。
「居住島の残骸……」
「浮遊島は基本的に木材なので大部分は浮いてると思います。潮で流されているでしょうが、そこを隠れ蓑にしていたら気づかれないんじゃありません? それに破壊されたことで考えから外れますし。あ、でも海中に沈めることは出来ないから海面すれすれを瓦礫と一緒に移動してるかもしれませんね」
「今すぐにその周辺の海流を出してください。それと三週間で移動する距離の割り出しも」
「誰か海自か海保の人を呼んで!」
「海洋学者を呼ぶのは?」
「今は午後八時過ぎだ。今から呼んでもすぐにはこれないだろ」
羽熊の出した答えを聞くと班員たちはまた手早く指示を出し合いだした。
「あ、いやあくまで私ならってことで、確信はさすがに……」
「今はそう思えるところを攻めましょう。内閣情報室に連絡。衛星の軌道を修正してその海域をスキャンします」
「するなら二ヶ所です。元々いたチャリオスの位置と、海流で移動した先です」
「もちろんですが、一基では時間が掛かります」
「情報収集衛星は何基あるんですか?」
「今現在で四基が打ち上がっていまず。〝ぎょうもう〟と〝こうけい〟の各二基ずつ」
「それらを使って二ヶ所を見れますか?」
「いえ、四基はそれぞれ違う軌道を取るようにしてあるので、一基なら可能ですが他三基は推進剤が足りませんね」
光明が見えても現実的な問題が邪魔をする。
「簡単にはいきませんか」
「軌道修正には大量の燃料を使います。残念ながら情報収集衛星はチャリオスの進路とは違う軌道を取っていて、なんとか一基が元々あった場所を調べられるかですかね」
はるか彼方の宇宙から地表を見るとはいえ距離次第では見えなくなる。自分が真下を見て小さなアリを確認できても、二十メートル離れた地面のアリが見えないか見えずらいのと同じだ。
海流の速度は分からなくても、三週間以上経っていたらその距離はかなりだろう。
「他に地表を見れる衛星はないんですか?」
「……〝りくち〟ならどうです? あれも地表を調べるにはうってつけですが」
「陸地?」
聞きなれない名前に首をかしげると近くの職員が耳打ちする。
「JAXAが運用している観測衛星です。〝ぎょうもう〟と設計は違いますが地表を調べることは可能ですね。確か新型と旧型で二基打ち上げてます」
「そのうちの一基でも近くにあれば見れますかね」
「ただ〝ぎょうもう〟は内閣情報室。〝りくち〟はJAXAと管轄が違います」
「……管轄ですか」
確かJAXAは文部科学省の外局だ。そして内閣情報局はそのまま内閣。大枠では行政であっても、それぞれ別組織である。
この有事であっても指揮系統遵守しなければならないから、ここの独断で動かすわけにはいかない。
「確かに〝りくち〟の軌道上か修正して確認できるならする価値はありますね。田沢さん、文科省からJAXAに通達して〝りくち〟の軌道確認と、可能なら軌道修正手続きをお願いします」
「分かりました」
文部科学省の官僚である田沢は頷くとその場を離れていった。
対策部は高官が集まった班で、しかも真相を知ってからずっと仕事をしてきた仲間だ。即席であったなら起こりうる管轄問題はなく、ある程度は柔軟に動くことが出来る。
「……これ、もし間違ってたらお金が凄く動くのでは?」
決して甘くない考えであるものの、答えたことで一気に班が動き出したことで羽熊は不安になってしまった。
なのでついそんな質問を西林にする。
「まあ、安くない金額は行きますね」
その内訳は分からずとも、衛星を任意に動かすとなれば空安くはない。
地球よりフィリアの方が打ち上げ費用は安いとはいえ、それでも千万は軽く飛ぶだろう。
「ですが、負けたら終わりです。どっちの後悔を取るかとなれば金銭を取りましょう」
金銭は挽回出来ても国家支配は挽回できない。なら挽回できる後悔を取るだけだ。
「西林さん、もしその付近を調べるとしたらいつ頃ですか?」
「軌道の確認が取れるまではなんとも。仮に出来るとしても夜明けになります」
「夜明けか……」
いまは午後八時過ぎ。夜明けまで十時間程度を考えると、軌道の確認と修正はちょうどいいか足りないか。専門外の羽熊はそれ以上の追及はやめた。
「けど、仮にその二か所のどちらかにエミエストロンがあったとして、どうやって黙らせます? 間違いなく発電システムとコクーンを積んでますし、護衛艦だっていると思いますよ?」
羽熊は素朴な疑問を呟いた。
都合よく発見できたとしても、その場所は五万キロも離れた場所だ。地球の直径を上回る場所を瞬時に戦闘機や護衛艦を行くことは出来ないし、ミサイルもないはずだ。
一応日本には共に転移した、原子力潜水艦の弾道ミサイルを使えるようにしている。しかしその射程は数千キロだとニュースで何度も放映していて記憶にあった。
日本単体では打ち上げロケットはあってもそれを軍事転用したミサイルは持っていない。開発中とはあっても今現在ではないはずだ。
そして敵の護衛艦やコクーンを突破してエミエストロンを破壊するとなれば、現実的に考えて不可能と言える。
場所が分かっても手段がない状態なのだ。
エミエストロンの所在を探るのは最優先事項であっても、同時に解決案を出さなければ意味がない。
「博士、そのことについては一つ考えがあります。方法に関しては悪い言い方ですが博士が関われることではないのでこちらに任せてください」
そう答えるのは防衛省派遣の背広組の官僚だった。
「……分かりました」
官僚の言う通り、羽熊が出来ることは考察だ。それ以上のことは専門職に任せるしかない。
羽熊はそれ以上言うことを止めて開いているパイプ椅子へと腰を下ろした。
「博士は少し休んでください。ここからは私たちの仕事です」
「いえ、私はまだ他の候補を考えてみます。一見有力そうに見えても、客観的に見れば楽観的な推測に過ぎないので」
思い返せばそうした案しか出していない。幸いかその全てが当たってはいるが、確認するまでは不安で心が握りつぶされそうになる。
「分かりました。何か飲み物持って来ますか? コーヒーとか」
「自分で持ってきます。ありがとうございます」
西林は会釈すると自分の席へと向かって行った。
道筋は出せたが、自分で言ったようにそうであってほしい希望的意見に状況をこじつけたに過ぎない。
説得力はあってもそれだけで、無かったら全部ゼロ再スタートだ。
それではルィルとエルマ達の命、戦場で戦う国防軍への危険が高まる。
次にチャリオスが手を出す前にエミエストロンを見つけて封じなければならず、羽熊は再び地図とのにらめっこを始めた。
だがやはりあの言葉だけではあれ以上の答えを出すことは叶わなかった。
悩んでいる間に対策部は衛星の軌道確認と修正を行い、元々チャリオスが滞空していた場所の上空を何とか一基通過できることとなった。
海流の方も軌道変更はするものの、三週間の海流移動と言う不確定要素が絡み合い、海流に乗っていた場合発見の確率はかなり低いとのことだ。
何にせよ観測をするのは翌日の夜明け後となり、羽熊の四日目が終わった。
*
戦争が始まって五日目の朝。
「もう間もなく衛星が上空に来ます」
壁に掛けられた複数ある時計の内、東京と名札のある時計の針は午前六時十五分を指そうとしている。
エルマ含めラッサロンからチャリオス本島内部及び、各戦場での被害は特になく日の出を迎えた。敵戦闘機による日本コクーンへの攻撃はあったが、優秀なイージスシステムを持つ元米駆逐艦によって防衛し、九州沖でにらみ合いと牽制を続けている天自艦隊とチャリオス艦隊も双方に被害がなく膠着状態が続いていた。
向こうにも向こうの都合があって活発に動いていないのだろうが、であればどっちが先に王手を掛けるかだ。
情報部の大型モニターには、一般には非公開である政府所有の情報収集衛星〝ぎょうこう一号機〟の光学を含め各種カメラの映像が表示されている。
素人の羽熊から見ると多くの情報はちぷんかんぷんで、唯一分かるのは光学カメラの映像だけだ。その光学カメラには青と波に合わせて揺れる朝日の橙色が混ざる海が映し出されている。
薄い雲が見えても海面が見えるほど薄く、高速で移動しているのと撮影範囲が狭いこともあってすぐに画面外へと外れていった。
日本が保有する地表を調べる衛星は六基。なんとか一晩のうちに軌道変更してチャリオスが元々いた場所を調べられるのは一基。急がれる今、チャンスはそう多くない。
ここで外せばエミエストロン発見は著しく難しくなる。
せっかくルィルやエルマ達が命懸けで手に入れた情報を元に割り出しても、正確に出せなければ無駄打ちだ。
しかし、何が正解なのかも分からない以上、無理やりでも候補地を出して調べなければならない。
やらない後悔よりやる後悔。職員たちは固唾を飲んでその答えを見守る。
「今入りました」
チャリオス本島と付随小島は支社こそ各国に置いても本社は中立から公海上に留まり、アルタランに認められて以後数十年と動いていない。
置いて来たを素直に解釈するなら元々いた場所にあることになる。
けれど居住島爆破をカモフラージュにエミエストロンを投棄したのなら、瓦礫と共に移動しているかもしれない。
どっちでもある可能性があるから質が悪く、違えば探索はより困難になる。
頼む。あってくれ。
「……人工物らしきものを確認しました!」
画面の端から点が二つ現れた。
「マジかよ……」
羽熊はつい普段口にしない言葉をぼやいた。
確かにあの言葉通りにするならあって然るべきだが、一発で見つかったことに驚愕する。
楽観的に考えればラッキーで済んでも、ここまでの事態となっての初回発見となると裏があるのではと逆に不安になってしまう。
「拡大します」
そう職員が告げると画面の端から現れた二つの点が四角い点線で覆われ、その部分が拡大表示される。
映し出されたのは黒く丸い球体と、船尾部分だけ海面から露出している駆逐艦であった。
「……これ、どっちも海面に浸かってる?」
駆逐艦の方は船尾が一部浮いていて、船首は全て座礁船のように沈んでいる。球体の方も輪郭部分に白波が出来ていることから宙にではなく、スーパーボールのように半分だけ沈んでいるように見えた。
さすがに真上からしか見えないから分からないが、それらしいものがあるのは確認できた。
「羽熊博士、愚直な意見としてアレはなんですかね」
そう西林は問う。
なぜそう問うかと言うと、エミエストロンがありそうで分からないからだろう。
ウィスラーが残してくれた資料では、エミエストロンは家二件分の大きさだ。それも機械そのものでその囲いまでは残してくれてはいなかったし、その場所も記されてはいなかった。
最重要故にシステムは教えても場所は教えなかったためで、逆に考えるとよくそれだけの情報でAEを開発したと感心するほどだ。
さすがバーニアンと言うべきだが、出来れば場所も教えてほしかったのが日本政府の考えである。
一見すると爆破された居住島の瓦礫に見える。が、海流と言う自然現象を考えると不自然にしか見えない。
「アレがエミエストロンかどうかは分かりません。でも意図的に固定している人工物なのは間違いないですね」
動力を持たない木製の残骸なら海流によって流されているからだ。それを証明するように、爆破された居住島の瓦礫がどこにも見当たらない。
「だとすれば半ば沈没してるあの駆逐艦はわざと沈んでいるってことですか」
「……おそらく空気の取入れではないですか? 地球の通常動力の潜水艦のようにエンジンを回しているときのように」
「赤外線はどうだ?」
「ですね。あの船は生きてます。排熱を確認」
画面が反転したモニターには、一つ熱を示す白い光があってゆらゆらと揺れている。逆に球体のほうには何も映し出されていなかった。
「球体の方はスターリングエンジンか大出量バッテリー、この場合両方か」
「あとは太陽光発電もですね。バッテリーの熱で再発電しても夜間は余裕で持ちます」
「瓦礫に模した駆逐艦で陰ながら守り、放熱せずに沈黙してバーニアンの支援をしてるか」
「けど確証はありませんよ? 海流に流された瓦礫の方にもあるかもしれないし」
「確証はなくてもあそこに何かはあるんです。であればあれをエミエストロンと判断します」
決断できない羽熊に代わり西林は判断した。
「……それで西林さん、あれがエミエストロンだとしてどうやって無力化するんです? 国防軍に五万キロも射程のある武器なんて……」
「理論上は可能です。総理と国会の認可、ラッサロンの協力が必要ですが」
「総理と国会……ラッサロン……まさか……っ」
二つの組織から結び付けられる方法は限られる。
法整備されてからは毎日朝昼晩と報道番組で原理と効果、威力と悲惨さを放送し、過去の大戦も相まって表面的であれば国民全員がどんなことか出来るかを語ることは出来よう。
そしてラッサロンにはそれを遠くまで運べる物がある。
「日本の核弾頭をラッサロンのバスタトリア砲搭載特務艦であの海域まで撃ち、核爆発から生まれる電磁パルスでエミエストロンを破壊します」
簡潔にして明瞭。そして史上最大に難解な策を西林は語った。




