第155話『決死の入退』
落下してくる物体がなんなのか、リィア達が知る由もない。
唯一分かるのは、真上にあるチャリオス本島の底に大きな破壊痕があることだ。
〝でいりゅう〟から放たれたハープーン対艦ミサイルがチャリオス本島の底に命中したのだ。
計算が正しければ命中したところはチャリオスのコクーン発生装置で、現在チャリオスはコクーンを展開していない。
間違いなく予備のコクーンがあるだろうが、奇襲で破壊されて予備への切り替えには幾分かの猶予がある。二重でコクーン展開は出来ないから行けるはずだ。
日本が開発したコクーンとバーニアンが開発したコクーン。世代的な差がどれだけあるか分からないものの、今あるカードはこれだけだ。
人生で何度あるかも分からない決死の賭け。
リィア達は何も考えず、ただこれが正解と信じて真上に最速で移動する。
妨害するチャリオスの兵器は見当たらない。周囲には日本軍の戦車が見え、予定通り牽制と妨害の排除をしてくれたのだろう。であれば落ちてきた残骸はチャリオスの障害物だったものか。
チャリオスが間近になる。
ここまで来て障害がないのなら敵はコクーンを展開していない。
第一関門クリア。
突入経路はたった今〝でいりゅう〟が破壊した敵コクーン発生装置パネルだ。
正規の出入り口は間違いなく迎撃武器が常時警戒し、開ければ攻撃と侵入が察知されてしまう。
だが今破壊した部分は様々なシステムがエラーを起こしているはずだ。
確実性はないが一番有力な侵入経路である。
破壊された敵コクーンからは破壊された破片が雨のように落ち、個人コクーンに当たって弾かれていく。
地面では仕事を終えた〝でいりゅう〟が地面に潜ろうと船体の角度を下げている。ハープーンとリィア達の輸送のみの任務だ。長居は無用と泥の龍は自分の世界へと帰っていった。
そしてついにリィア達はチャリオス本島に最接近する。
十三人は破壊したコクーン発生装置周囲に展開し、破壊部分から侵入できるかを確認する。
もし人が入れる通路等が無ければリスクは跳ね上がるが、対艦ミサイルの破壊力は基盤底の装甲盤をも越えて通路までむき出しとなっていた。
軍艦を一発で破壊する威力だ。コクーン発生装置の防御力は高くはないから、対艦ミサイル一発で基盤の内部まで破壊をもたらす。
それによって通路まで穴を穿ち、エルマ達はその通路に向かった。
対艦ミサイルの破壊力は絶大だ。対象物が保持する弾薬の誘爆もあれど、一撃で轟沈させる威力を対艦ミサイルの未使用燃料も加算して破壊力を増大させる。それによって直径十メートル近い穴を開け、その奥行きは数フロアをぶち抜いていた。
爆発によって炎が燃え広がり、加圧されている島内から島外に向け風が流れて煙が排出されている。
通路に入るやリィア達は武器を構えて警戒を厳とする。
煙は破壊痕から排出されているからそう煙たくはない。
通路は対艦ミサイルによって配電設備が破壊されたのか非常灯のみが点灯しているだけだ。
人の気配はなく、攻撃の様子もない。
「クリア」
「クリア」
左右の安全を確認して隊全員に伝達する。
「05(テジ)、妨害装置起動」
「妨害装置起動する」
リィアの指示でメンバーの中で特殊装備を持つコールサイン05ことテジがザックに手を入れてスイッチを入れる。
「これで奴らからは俺たちは見えてないはずだ」
敵本拠地であれば当然監視網は万全だ。隔壁閉鎖などで閉じ込められればそれで終わりなため、日本が三週間かけて対チャリオス兵器を準備してきたように、エルマ達も対チャリオス兵器をラッサロンの復旧に合わせて開発した。
仕様上ぶっつけテストが出来ず本番ではあるが、理論上は出来るはずなので出来ていると信じるしかない。
「03(マンロー)、現在位置は?」
「ちょいとお待ちを」
腕に括り付けた端末をコールサイン03ことマンローは操作して、チャリオスの地図を表示して現在位置を割り出す。
「最下層の通路。この道をまっすぐ進めば真偽の部屋で、逆なら廃棄物排出室に続いてます」
「上層階への吹き抜けは?」
「真偽の部屋の通路五十メートル進んで左に百メートル先」
「例の部屋は?」
「この階から五階上で、例の部屋までは色々と入り組んでる。距離だと五百メートル」
「よし。全周警戒で例の部屋の真下に向かう。02(エルマ)、『天女からの囁き』は聞き漏らすな」
「了解」
隊長であるリィアの指示により十三人は静かに移動を開始した。
通路に脇道が迫ればハンドサインで全員を止め、鏡で確認して安全が確保すれば警戒しつつ通り過ぎる。
指示は全てハンドサインで行われるため通路上で聞こえるのはバスタトリア砲の砲撃音とインフラ稼働音だ。
装備品の音すら出させず、音だけで頼るとなると違和感を覚えるか否かほどだ。
「……01(リィア)」
エルマが小さく呟いた。リィアは止まれのサインを送って全隊を止めて全周警戒をさせる。
「天女からの囁きです。真偽の部屋に行くと」
「逆か……」
「しかも元仲間も一緒に」
「……面倒になるな」
天女ことルィルの発信を聞くのは混乱を避けるためエルマだけに聞こえるようにしていた。
その声が届いての情報共有だが、事態はこちらの予測通りにはいかない。
エミエストロンがあるとされる例の部屋こと浄水フィルター室ではなく、未解雇者のいるサービスルームに向かうに加え、敵に取り込まれたのか判断できない元仲間ことティアの同伴。
隠密兼奇襲を考えると厄介な事態だ。
それも当然だ。バーニアンはルィルをスパイと確信がないだけで見ているのだから、行動を阻害してくるのは十分考えられる。
未解雇者のいる部屋に向かう経緯は分からないが、ルィルもまた行動制限があるのだろう。
「01、どうする?」
自然的なすれ違いは防げても、接触すれば敵にリィア達の場所が知られてしまう。
妨害装置によって監視カメラや各種センサーに欺瞞情報を流して防げているだろうとはいえ、それも確信があってのことではない。
ルィルの言葉と反する行動を取るか、敢えて合流するか。
「……02、天女から他に声は?」
「いえ、彼女が側にいるからか何もしゃべってません」
ティアの本心が見えないことはチーム全体で共有している。だからルィルが喋らず情報を与えないこともすぐに理解できた。
「なぜ彼女は天女と行動を?」
停滞は痛いが情報不足は致命的だ。端的にリィアはエルマに情報を訪ねる。
「コクーンが破壊されたことで移動をしたら彼女に声を掛けられ、どこに行くのと聞かれた後数秒経て真偽の部屋と……」
間を開けたと言うことは返答を考えたと言うことだ。本心としては合流するつもりでも、ティアを連れていけないからサービスルームと答えたのだろう。
「……天女は任せよう。俺たちは俺たちの任務をこなす」
これはルィルによる配慮だ。その配慮を無碍にするわけにはいかず、リィア達は予定通りの任務を決めた。
メンバーは誰も反対具申をしない。
これはルィルを見放すわけではない。隊に危険を及ぼさない決断を尊重してのことだ。
ここで最重要任務であるエミエストロンより前に仲間を目指しては無意味になりかねない。
そうリィアは判断し、隊は警戒をしつつ吹き抜けへと向かう。
ただ、問題として下降するルィルと上昇するリィアたちがかち合ってしまう可能性がある。
大型浮遊都市であれば吹き抜けは複数ある。リィア達が使うものとルィルたちが使うものが重なるかは運だ。
最悪を想定してルィルたちが同階に達したことを確認して行かなければならない。
リィア達は最短ルートで吹き抜けへと向かい、その手前で身を隠す。
「02、天女の声は?」
全員が全周警戒しつつ物陰に隠れ、リィアは側にいるエルマに問う。
「転進点に向けて移動中」
下手に具体的なことを言って万一筒抜けだったらことだ。そのことから抽象的な表現にとどめて報告して確証を得られないよう留意する。
エルマの言い方では吹き抜けを降りており、サービスルームのある同階へと向かっている最中だ。
さすがにどの吹き抜けまでは話さないから、同階に来るのを待つ。
「……侵入して五分。侵入されてるのに気づいてるのに警報すら鳴らさないのは変ですね」
「監視カメラは妨害して俺たちは映ってない……はずだ。侵入こそ察知しても俺たちがいる場所は知られてない」
「どうせ来る場所は分かってるから鳴らす意味はないとかないすかね」
「考えるだけ疲れるだけだ。その都度最適解を出して対処して行く他ない」
敵が何を考えているのか悩むだけ疲弊するだけだ。ならばいつ来てもいいように身構えて進むだけだ。
「01、天女が転進」
エルマの報告に全員が息を潜めた。
吹き抜けから十数メートルの距離。音は響く。
物陰から見る吹き抜けからの通路に、久々の仲間が見えた。
発信機で身の安全は知ってはいても姿を見るのは久しぶりだ。ルィルの無事な姿にリィアを始め、一目でも見れた仲間は安堵する。その背後には味方か裏切り者か判別のつかないティアの姿も見えた。
表面こそ敵味方どちらか見れてもその本心までは分からない。
出来れば騙されただけの味方であってほしいが、報酬で転職を考えた前例がある。
どれだけ唸っても味方としては見られない。
リィアたちは息一つ立てないようにあらゆるものを殺して潜め、二人が通り過ぎるのを待った。
二人は隊の存在に気付いてか気づかぬか通り過ぎていった。念のためプラス一分身を潜めて、リィアのハンドサインで二人が向かった先に注意をしつつ吹き抜けへと突入した。
突入と言ってもすぐに入りはせず、上階に向けて銃を向けてつつ引き金に指を掛ける。すぐに撃てるようにするためだ。
気づいているのか、気づいてスルーしているのか、それとも気づいていないのか吹き抜けに人の気配はない。
「クリア」
脅威がないことを確認して十三人は吹き抜けに縦で一列で入った。
もし奇襲を上層から受けても被弾面積は少なく、先頭だけコクーンを展開すれば他のコクーンは節約できる。
目的の階層は浄水フィルター室のある階層の一階下だ。
さすがに馬鹿正直に正面突破するようなことはせず、フィルター室へは階下からアプローチをする。
そしてその真下でもない。
子供ではないのだ。最重要拠点の正面入り口だけ警備を固めるような分かりやすいことはしない。敵も味方も最初にそこは除外するから、守るべき場所はそれ以外の場所だ。
次点で最たるは該当室の上下の部屋。そこなら爆薬で一気に入り口を作れるが、敵も同じように考える。
つまり守るべき部屋の前後左右上下の隣部屋は鉄則として罠だ。
だから目指すは少し違う部屋。
そこも無人であるはずはないが、位置的に無人迎撃か少数での警備の公算が高い。
少数で侵入する以上、考えうる最善の方法だ。
リィア達はそこを目指して上昇する。
*
ルィルは移動しながら考える。
さて、どうやって理由付けをするか。
偶然か監視か、日本の攻撃に合わせて侵入したであろうリィア達と合流しようと動いた矢先にティアと出会ってしまい、指令室とは逆方向なばかりにどこに行くのか問われ、正直に答えられるわけにもいかず止む無く父カリムらがいる未解雇者のいる部屋と答えた。
ティアが事前に未解雇者の存在を知っていればまだよかったものの、建前上でルィルはティアにそのことを話していなかったため、興味本位か元軍人としてか一緒に行くと言い出したのだ。
そうなるとルィルの選択肢の中でこの場を逃れた後に援軍と合流するが消滅する。
終始ティアを敵側として扱う以上、援軍と合流すれば非常に厄介な事態になるだろう。
フィクションでも元味方を信用して共に行動をして、ここぞと言うときに裏切られる事態は数多にある。
勧善懲悪が決まってるフィクションならよくてもこれは一発勝負の現実だ。ことが終わるまで心は許せない。
そのため未解雇者たちに対しての何らかの考えを出さなければならない。
ルィルの今の立場から、未解雇者のところに向かって何をするのか。バーニアン側から見て許容できる動きをしなければたちまち人質だ。
ここまで来てルィルに人質としての価値があるかは分からずも、援軍の挙動に干渉させられるのは間違いない。
建て前としてルィルや味方が人質になっても応えるなと言おうと、応えてしまうのが人間なのだ。訓練をした軍人であっても一瞬の躊躇まで防ぐことは難しい。
だから不信感を与えない合理的な理由を考えなければならないのだ。
ただの心配であれば少し弱い。父カリムに会うためは不穏を与えてしまう。
ならば出せる理由はアレだけだ。アレならばルィルの立場からしても、未解雇者のことを黙っていたとしてもまだ理由付けにはなろう。
それに未解雇者たちのためでもある。
彼らにとっては危険であるが、上手くいけば不確定因子を取り除けて援軍への援護にもなる。
援軍を援護するとは妙な言い回しだがルィルが出せる最適解だ。
未解雇者のいる最下層に着くと、以前は感じなかった風の流れに気づいた。
同時に小さくだが爆発音が聞こえ、焦げた臭いもする。
間違いなく攻撃を受けて外壁に穴が開いたのだ。
「これ、ベーレットが働いてないんですかね」
「みたいね。多分日本の攻撃が有効打だったんじゃないかしら」
「シールドを突破する攻撃ってこと?」
「どうかしら。私、ベーレットの事ほとんど知らないから」
日本もいつの間にかベーレットを開発して標準装備としていた。おそらく所持しているからこそ弱点を把握していて、そこを使って攻撃したのだろう。
「それじゃここは危ないじゃないですか」
「だから生き残った人たちを戦闘が激化する前に逃がすのよ」
これが合流を偽るために出した言い訳と言い訳に対する理由だ。
短期か長期か、援軍がどうプランを立てているかは分からないが拠点は必要だ。ルィルが遅れた情報では未解雇者のいたサービスルームが最適だから、はっきり言って邪魔者でしかない。
だが表向きはチャリオスに与しない民間人であるならば、避難させる絶好の理由付けになる。
未解雇者の中にスパイがいて背後から撃たれる心配をするならば、いっそ逃がしてしまった方が楽になる。
ルィルはバーニアンの仲間にはなってもその思想に浸かっているわけではない。利害の一致で仲間になっているだけなのだ。バーニアンの思想をそのままルィルも守る必要はない。
未解雇者がいても報告義務はないし、それを助けてもよかった。
ティアに関してはスパイと明言してしまったため報告したものの、未解雇者とはベクトルが違う。
よってルィルの自己判断だが避難行為に問題ないとした。
「身一つで戦場に放り出すんですか?」
「白旗を持たせていけば攻撃はされないわ」
フィリア社会で軍が降伏をする場合、ずたずたに切り裂いた自国の旗を掲げるのが国際常識だ。六年もいれば当然フィリア方式の降伏方法を日本は知っていて、そのどちらでも対応できることをルィルは把握していた。
確実性を取るなら日本方式がいいだろう。罠と疑おうと捕虜として確保する義務が軍側にはあるから引き取ってはくれる。
ルィルとティアは未解雇者のいるサービスルームへと入った。
瞬間、発砲音が響いた。
「隠れて!」
反射的にルィルはティアに指示し、通路の壁に背を当てる。
「ティア、ケガは?」
「ありません」
ルィルも被弾していない。音からして拳銃だろう。プロならともかく扱ったことのない素人ならまず当たらない。
「落ち着いて! 私はルィル、この前ここに連れてこられた者よ」
「私たちは皆さんに危害を加えるつもりはありませーん!」
「ティア、あなたが言うとややこしくなるから黙ってて」
ルィルはまだしもティアのことを未解雇者は知らない。ついてきたとはいえルィルの仲間として接せられるとややこしくなってしまう。
「父さん、いるなら銃を撃たないようにして。ルィルよ」
ルィルはサービスルームに向けて声を掛けた。
「ルィルなのか?」
サービスルームからある意味聞きたくない声がする。
「ええ、中に入りたいのだけど、銃を撃たないようにさせて」
「分かった。相手は娘だ、銃をしまってくれ」
「……これから中に入るけど武器は持ってないわ。両手を先に見せて入るから撃たないで」
「ルィル、入って良いぞ」
武器を持って警戒されている部屋に入るのは命懸けだ。入る場所が限られるから入った瞬間に撃たれることもあるし、どこに武器があるか分からないからすぐに攻撃とも行かない。
ルィルはゆっくりと両手が見えるように入り口の縁から出し、顔を出して全身が見えるように出る。
サービスルームの中央にはどこで調達したのか拳銃を下に向けつつも持つ男と、銃に手を添えて下に傾けさせている父カリムがいた。
壁沿いには未解雇者がおり、以前あったときよりも薄汚れている。正直部屋の中の臭いもひどく、床にはごみが散乱していた。
彼らが本当に民間人なのかは分からないが、不便な生活をしていることは分かる。
「ルィル、さっきの爆発はなんだ? 日本軍が攻撃したのか?」
「ええ、この浮遊都市は見えない壁で日本からの攻撃を防いでいたけど、先の攻撃で破られたのだとおもう。多分最下層のここは早いうちに破壊されるわ」
敢えて不安を煽る言い方でルィルは簡潔に状況を説明する。
説明を聞いて心身ともに疲弊している未解雇者たちは悲痛の声を上げる。
「だからこれからここにいる人全員を浮遊都市から脱出させます」
「ここから出してくれるのか?」
「出られるの?」
「けど外に通じる搬入口にはガンターレットがあって私たちを撃ち殺すわ」
「侵入者も脱出者も殺すのね。大丈夫。別の出口があるから」
「ルィル、それはどこだ」
「日本が攻撃して破壊した穴。多分近くにあるはずよ」
通路を流れる風がその穴の証明をしている。
これは確率論ではなく確信して断言できた。
援軍の暗号伝達。爆発。風。穴が開いてないほうがルィルには信じられない。
「ティア」
「あ、はい」
呼びかけるとティアがひょこっと通路から顔を覗かせる。
「風を頼りに穴が無いか調べてきて」
「分かりました」
一応ティアの方が立場としては先輩なのだが、軍に従事ていた習慣からかルィルの指示に従う。
風は密閉空間となる部屋の中では起きずとも、通路上では風は起きていてティアは自身の光る髪の動きを見ながら離れていった。
高度を取って滞空する浮遊都市特有の環境として、低酸素症を防ぐため一気圧にすることを義務付けられている。そのため中から外に向かって風が生まれ、それが分からない出口への道しるべとなる。
「急だけど、生きてここから出るのは今がチャンスよ。ベーレットが機能しないなら日本の攻撃がダイレクトに苦しチャリオスも攻撃をもっと強めるわ。今も危険だけど、生きて逃げるなら今しかない」
「ここにいるのは事務や整備員ばかりで戦闘職じゃないんだ。身一つで戦場に出ろと言うのか」
「自殺行為よ」
「白旗を掲げていけば日本は攻撃しないわ。時間が無い。チャリオスが次の手を打つ前に決めて」
「……ルィル、お前はどうして私たちに気を使うんだ?」
カリムが問う。
「私はパーシェ(バーニアン)の仲間にはなっても利害の一致でなってるだけで、その考え方まで共感はしてないわ。だからここのことは話すつもりないし、助けられるなら助けたいだけ」
「そうか……」
「時間が無いわ。残って死ぬか、危険でも生きるかを決めて」
今も日本の攻撃が続いているのか衝撃音が聞こえる。この状況下では脱出に後ろ向きになるのは分かるが、比較的安全な脱出口がある今が絶好の機会なのだ。
「私、出る」
手を挙げて答えたのはミュイだった。
「このまま残っても殺されるなら、少しでも生き残れるほうがいいです」
「俺も出る。真面目に働いたのにこんな理不尽な死に方は嫌だ」
「そうよ。チャリオスが何をしたのか世界に訴えないと。このまま終わるなんて嫌」
不安はあっても見えない先よりも見える先に、未解雇者たちは縋ろうとする。
「なら白旗を作って。シャツでも敷き物でも白地なら何でもいいわ」
そう指示を出すと未解雇者たちは白い物を探し始めた。着ている服を脱ぐ人。苦労して集めた物資の中から白い衣服か白い布を探す人。見る限り全員が脱出しようと動いている。
懸念点としてバーニアンの手ごまであるネムラが紛れ込み、自分は残るまたは脱出妨害するとると思っていたが、杞憂だったのだろうか。
それならそれでよく、この部屋を無人に出来れば即興だったとはいえ成果と言える。
「――ルィルさん、穴見つけました。でっかいのが出来てます!」
五分ほどでティアが戻って来た。
「攻撃はされた?」
「追撃はありませんでしたね。でも砲撃音は続いてはいました」
ベーレットを破壊したことで、そこへの攻撃は不要としたのだろうか。
しかし、チャリオスが防御の要ともなるベーレットを一基しか用意していないご都合はないだろう。
もしかしたらすでに展開している可能性も考えなければいけない。
動くなら今だ。
「みなさん、今すぐ脱出するわ。もしかしたらもう間に合わないかもしれないけど、とにかく動いて」
白旗は突貫だが五つほど出来ている。
未解雇者十七名に対して五つなら十分だ。
その未解雇者十七人はサービスルームの入り口付近に集まる。その表情を俯瞰する形で見ると、不安や焦燥に満ちていて自分は安全と思うような余裕ある者は一人も見当たらない。
これでスパイがいれば実に演技派と言える。
何であれ確認する術が無いのだ。やり抜くほかない。
「ティア、案内して」
ティアは頷くと移動を開始する。
「銃を渡してくれる?」
ルィルは銃を所持していた未解雇者に問いかける。
「素人が撃ってもまず当たらないし、最悪他の人に当たるわ。使うつもりはないけれど、もしネムラがあなた方を殺そうとしたら守ることが出来ない」
「……これであんたが俺たちを殺さない保証はないだろ」
銃を持つ未解雇者は銃を大事そうに抱えながら問い返してきた。入手法は不明でもその銃が唯一か少数の武器だ。この状況下では武器の存在が精神安定剤になる。
手放したくなくなるのは仕方ないと言えよう。
「殺す気ならここに連れてこられたときに報告してるし、助けにも来たりしないわ。虐殺を目的としたってこんな時に来たりしないわよ」
疑うのは当然でも時と場合が解消してくれる。
ルィルの性格が元々残虐非道であれば関係なくても、汚点で言えば情報流出と日本固執の二点だ。性格的にそんなことはしないことは過去の評価で分かるだろう。
「俺たちを撃つなよ」
「ええ」
未解雇者は砲身を握り、銃のグリップ部分をルィルに向けて差し出した。
ルィルはそれを受け取り、マガジンを抜いて弾数を確認する。
弾数は十二発。十分ではなくても少しだけならば未解雇者たちを守ることは出来るだろう。
安全装置が掛かっていないことを確認し、両手で銃を握り、銃口を下に向けて列の最後尾へと回る。
ここまで来てチャリオスが未解雇者たちを殺しに来るとは思えず、単なるパフォーマンスとして後方を守る形を取った。
「……ルィル」
後方と前方左右を気にしながら進んでいると、列からカリムが離れて近づいて来た。
「なに?」
どんな事情であれ、人類の敵側に与した親に問いかけるべき言葉が見つからず、ルィルはそっけない事務的な対応を取る。
「私はこうなるとは思っていなかったんだ」
「ここにいる人たちが被害者なのか加害者になるのかはアルタランか国際裁判所が決めるでしょうけど、入社した責任は父さんにあるわ。その時は知っても知らなくてもね。入社した時に宣誓だってしたんでしょ?」
「……ああ。けどすべてはお前のために……」
「その考えが理解できないし、するつもりもないわ。結果的に父さんの要望通りになったとしても、父さんの考えは破たんしすぎてる」
「……」
カリムの言動は娘を思うあまりの衝動的なものだろう。親目線で見れないから分からないが、父からすればこれがルィルのためと信じて疑わなかった。
人は時として他者から理解できない言動を取る。子と思う親ならさらにだ。
「とにかく父さんは逃げ切って母さんのところに帰ってあげて」
ルィルは帰れるかは分からないが、今一番不憫なのは母だ。
一人娘と父が同時に死んでしまっては、一人残る母がかわいそうでならない。
ルィルは任務上帰れない可能性が高いから、せめて父だけでも帰ってほしい。親からすれば子が先に死ぬのは許せぬことでも、子は子で親を想うのだ。
父とは相容れなくても、死んでほしいとまでは思っていない。
「そうするよ」
「見えました」
通路を進むにつれて煤の臭いがしてきた。さらに攻撃によって停電したらしく、ある区画から明かりが消えてもいる。だが爆破から生まれた炎によって通路の様子はまだ見れた。
壁は衝撃によってひび割れたり剥がれたりと破損があり、壁内部の配管が飛び出たりもしている。消火装置としてスプリンクラーがあるはずが、配管の破損で床に水が捲かれていても効果的にまかれてはいないようだった。
対艦ミサイルの破壊痕を見たのはルィルは初めてで、予想の三倍の被害状況に内心戦慄する。もし近くにいたら致命的な被害を負っていただろう。
火は天井付近に達して燃え、時折火の玉として落ちているがルィル達に出来ることはない。
このまま火が拡大して行けば良いが、浮遊都市は基本的に不燃の木材であるラミストが使われ、その他科学的防火剤が建築材に使われるからある程度燃えて自然鎮火してしまうだろう。
いっそのこと全島で燃えてしまえばいいのに。
一同は日本によってつくられた巨大な穴の縁に達した。
眼下には未解雇者たちからすれば三週間以上ぶりの地上の青々とした緑が見える。
「外だ……外が見える」
「外の空気よ」
サービスルームは島内部で窓が無かった。気安く動けないからミュイ達未解雇者たちにとっては念願の外の空気だ。感激しないはずがない。
ここは地下でないにしても、実質地下と同じようなものだ。
空にいようと本能的苦痛は常時精神を苦しめ続ける。
ルィルは床に近づいて対艦ミサイルで破壊された通路の破片を掴んだ。
もし二基目のベーレットが稼働していたら逃がすことが出来ない。シールド自体は確認する術はないから、何か物を投げてその挙動を見るしかないのだ。
ルィルはそれを外に向けて投げた。
手のひらサイズの破片は重力に従って落ちていく。もしベーレットがあれば、力場の渦に巻き込まれて別方向へと移動していくが、破片はそのまま地上まで落ちていった。
「ベーレットは展開してないみたいね」
日本の砲撃も上部に向かってるのか、付近での音はしない。
やはり脱出するなら今。
「ティア、貴女が白旗を持って先導して。地面すれすれまで一気に降りて日本の方向に進めば日本軍が拾ってくれるはずよ」
「わ、私ですか!? 私はただついてきただけで逃げ出すつもりなんて……」
「貴女も脱出するの。このままここにいたって碌なことにならないわ。貴女はパーシェの理念ではなく報酬で転職したのならまだ父さんたちと同じで、責任はないか軽いはずよ」
「じゃあルィルさんも……」
ルィルは首を左右に振るう。
「私は不名誉除隊されてるから母国に帰る場所なんてない。日本だって、そもそも情報を売ろうとしたのは日本だもの。どうしても売国奴として見られて受け入れられないわ」
第三者で見るとルィルに社会的居場所はない。ティアと同じくチャリオス所属でも経歴も目的も違うのだ。
出口があってもルィルは出られない。そうでなければルィルも脱出しなければならないから、ティアたち邪魔者を排除してルィルだけが残るには不名誉除隊は都合がよかった。
「ほら行って」
「行けませんよ。ルィルさん一人残して」
「私がここにいるのは自業自得。ティアとは違うわ。貴女は生きるの。チャリオスが勝てば戻ってくればいいし、負けたらそのままイルリハランで暮らせばいい」
「お前を残して逃げれるか。俺も残る」
「父さん、話がこじれるから逃げて」
「バカヤロ、娘を一人置いて逃げれるか」
子を想う親の頑固さは面倒だ。
ルィルは目を閉じ、意を決して手に持つ銃口をカリムへと向けた。
「いいから逃げなさい。これは命令よ」
「お、親に銃を向けるな!」
「私はここに居場所があるけど父さんにはないわ。これから戦闘が激化する中で父さんや他の人に気を使ってはられないの。それに私だって死にたいわけじゃないし、私一人なら逃げることは出来るわ」
「だからって……」
「つべこべ言わずに早く行け!」
ルィルとカリムの二人だけなら口論を続けられても、十七人を抱えているのだ。口論している時間などない。
ルィルは感情的演技をして銃を斜めに向けて発砲した。
「ティア、行って!」
「……皆さん行きましょう」
発砲がきっかけか、ティアは白旗のついた棒を持って先導をしてくれた。
元々ルィルの行動に興味本位か監視で付いて来ただけだろうが、ティアの建前上ではチャリオスに固執する必要はない。
銃による脅しもあるが退避を選択し、ミュイを含め未解雇者たちは破壊痕から外へと出て行った。
「父さんも行って」
「ど、どうしてお前はそんなに頑固なんだ!」
「……融通が利かないのは父さん譲りだからじゃない?」
「死ぬなよ」
「死ぬために残ったりはしないわよ。チャリオスが勝ったら迎えに行くから」
「負けそうになったら逃げろよ」
「流れに乗るのは得意よ」
カリムは表現のしようのない悲痛な表情を見せ、飛び込むように外へと退避していった。
「お願いだから撃たないでよ」
白旗を掲げての退避だから無条件攻撃はしないはずだ。日本は敵対さえしなければ無抵抗の人を撃つようなことはしない。それはルィルが一番知っていることだ。
穴の下をのぞき込むと十七人プラス一人は地面に向けており続けている。チャリオスからの攻撃もなく、日本からの攻撃も見られない。
「退避完了、よし」
ルィルは自身と援軍に向けて言葉を発する。
突発ではあったが、厄介な懸念点を払しょくできたのは大きい。
あとはバーニアンと与するネムラを何とかするだけだ。
「……またね」
最後にルィルはそう虚空に声をかけ、銃の安全装置を掛けてその場から離れた。




