第151話『世界の対応』
ユーストルでフィリアのニッチを掛けての戦争が始まっている中、それを認識している国は存在していない。
ユーストルの領土国であるイルリハラン首都指定浮遊都市イルフォルンも、かもしれない程度の認識はしても実際に戦っていると言う情報は得ていなかった。
デジタル化が激しいこの時代、あらゆるデジタル機器を封じられてしまうと社会基盤は一気に脆弱化する。
三百年ほど前はまだレヴィロン機関そのものが無かった。浮遊都市もなく巨木森林による原始的な生活をしていたが、三百年前の生活をしろとして出来る人は少ない。
昔は便利な物がなかったがために作業量に限界があり、効率は悪かったがその分仕事量も少なかった。現代では人間がやりきれない部分を機械が補ってくれたから、高効率で仕事量も増やして加速度的に文明は豊かになって行ったのだ。
それを瞬時に逆行されては、そのギャップから順応するのに時間が掛かってしまう。
先進国に分類されるイルリハラン王国もその文明的ギャップのあおりを強く受け、活気にあふれた生活は一気に縮小化してしまった。
浮遊都市の種類によっては産業をすることが出来ても、首都指定浮遊都市イルフォルンは経済に特化している。土そのものがないため農業などをして自活することが出来ず、ブラックアウトから三週間も経つとゴーストタウンとまではいかないが人口の三分の一にまで減ってしまった。
イルフォルンは最初の内は非常食を配布するなどで住民を食い繋がせ、システム復旧に努めても一切の手ごたえが掴めなかった。
ネット経由としてアンテナ設備を物理的に遮断しても、一度入り込まれるとエミエストロン因子を除去しない限り復旧は出来ないようだ。
こうしたテロ行為に備えてレヴィロン機関と非常用発電設備は完全アナログと世界的に定められており、その規定がなければイルフォルンだけでなく世界中の浮遊都市が落下して何千万人と人が死んでいただろう。
もっともデジタルが死んだことで万に届く人が自殺した恐れもあるが。
それでも人と言うのは逞しく、順応とも言えるが全くの畑違いであっても生きようと農業や狩猟をして生きようと動き始める。
作物は時間が掛かっても、ウィルツのような巨大動物なら一頭狩るだけで万単位の人々の空腹を満たすことができた。
法的には巨大動物を狩るのは認可を受けた事業所のみでも、今はそんなことを言っていられない。
世界中で食い繋ぐための原始的な生活を余儀なくされ、ユーストルで起きていることなど考える暇もなく自給自足をしていた。
ただ、その中でそれが出来ないところがある。
王宮だ。
国家を指揮する拠点が狩猟や農業に従事するわけにはいかない。
国民の不満と不安を解消するべく働くのが責務だからだ。
即位した新王ソレイは、十三歳ながら亡き父と叔父のため、代わりがいないがために未熟と卑屈にならず周囲の人々に手を借りながらあらゆる方面に対して指示を出す。
しかしながら状況は芳しくない。
熟練した相談役である元大犯罪者のフィルミを、ラネス王太后の監視の下で添えて考えてはいても、やはりデジタル機器が軒並み使えないのは痛かった。
一応工場出荷時の状態に物理的に戻してソフトをオフラインでインストールすれば使えるようにはなっても、必要なデータは全てエミエストロンの影響下にあった。
バックアップ用外部メディアから移せればまだしも、それらは全てネット環境がある前提で成り立っていて、全て0からの手入力で戻していかないといけない。
それだけで年単位の時間と多くの人手が必要で、普及する前に別の問題が発生する。
そのためシステム復旧はインフラの最低限に止めている。
ただ、ソレイの人望や支持率が低く、年齢ともあって政府を信用出来ず、食料を求めて離れていく人が後を絶たない。公務員もだ。
ラネスはそれでも国民かと愛国心を示さないことに不満を募らせるも、ソレイ自身何もできない状況では自活するために離れるのは当然と思った。
それに古い燃料運搬艇はイルフォルンでは三艇しかなく、製油プラントや石油採掘所の往復などに使われている。
本来ならイルフォルン維持のために一艇を集中的に発電施設への給油に使いたいのだが、それが出来ず順番で使いまわしていた。普段なら八十パーセントを割ることがない発電用燃料は、ブラックアウトから三週間を迎えて五十パーセントを割っている。
このままではあと三週間でイルフォルンは、浮遊し始めて五十年と経って初めて地面に降りることになるだろう。
イルフォルンがそうであるなら、世界中の浮遊都市も同様の問題を抱えている。
王として国民の生活を守るようにしたいが、コンピュータが軒並み使えないとやはり何もできない。
チャリオス討伐のために軍を派遣したくても、乗り物が全滅だから動かすことも出来ず、暴動を防止するために警備に当てさせないとならない。警察すら満足に機能するかも分からないから、内政的にイルリハランはガタガタだ。
他国も同じだろうが、情報が短波電信でしか連絡手段が無くほとんど情報が手に入らない。
今この状況を考えると、エルマを告発したのは失敗だったと後悔する。
チャリオスの手のひらで踊らされ、普通に考えればエルマであるはずがないのにデジタル証拠から考えることを止めてしまった。
エルマを信じてもう少し話を聞けば、こうなる前に改善することがあったのではないかと自問自答の繰り返しだ。
ラネスは自分らの決断を認められないようで、エルマの事は口に出さずに国家の立て直しに躍起になり、悪態をついて職員から反感を受けてしまっている。
自分がそれを回避すべく頑張らなければならないのに、発言力の低さから大人たちに呑まれてしまう。
自分の無能さが憎く、王であってもお飾りもいいところだ。
きっとエルマはソレイ達の知らないところで今もチャリオスに対して活動しているだろう。
ひょっとしたらチャリオスと戦っているかもしれない。
くやしいが、ソレイ達がエルマ達に手を貸すことは出来ない。
エルマ達にしてしまった愚かな判断は覆らずとも、せめて名誉は挽回出来るように取り繕おう。
ソレイはエルマ達が帰る場所を残すべく、イルフォルンを始め国内の浮遊都市を落とさせまいとそこを第一に奮闘を続ける。
*
各国の状況は、各地の経済基盤に比例して被害の有無が異なっている。
イルリハランのような先進国に分類される国家は、デジタル機器が死んでも地力がある分耐え忍んでいるが、経済や内政が脆弱な後進国のほうが逆に被害が一番少ない。
一番被害が多いのは中間層に位置する途上国家だ。
なぜ後進国の被害が少ないかと言うと、そもそも浮遊都市自体の保有数が少ない。経済ランキングの後ろから数えたほうが早い国家なほど、大型浮遊都市すら持っていない。
浮遊都市は建造時から莫大な予算を食って維持費も掛かる。なにより浮かすためのフォロン結晶石を購入することすら出来ないのだ。
経済規模が小さい国家は自ずと不動産である巨木林を使って都市を作るため、浮動産である浮遊都市落下の心配をしなくていい。
先進国は自前の石油採掘を行っているため、ピストン作業で燃料補給を行って食い繋いで行けていた。
しかし途上国は原油採掘出来ないところが多く、多くもなく少なくもない中途半端な資本から浮遊都市を中心に燃料枯渇が相次いだ。
もちろん先進国も国営ではない個人所有の浮遊島は燃料の調達が出来ずに落下が相次いでいても、途上国は所持する最大級の浮遊都市も地面へと着地する事態となった。
基本的に浮遊都市はレヴィロン機関を中心に建造し、耐久年数を超えて解体するまで浮き続ける。
その浮遊都市が地面に付くことは屈辱以外なく、だがそうするしかなかった。
経済被害は日に日に増大し、ブラックアウトから三週間で世界の総資産の五分の三が消失した。
世界最大の国家であるシィルヴァスも多大な被害を受け、先の暴露会見でチャリオスがテロを主導したことが分かっても軍の派遣は出来なかった。他の国よりは動かせる旧型の駆逐艦があれど、国土防衛に宛がうためチャリオス討伐の余裕はなかった。
アルタランに至っては完全に沈黙してしまっている。
アルタランは常に移動し続ける運用上、その国から燃料や食料を手に入れていた。それがブラックアウトで移動もままならなくなり、さらに当該国も自分のことで手いっぱいと言うことと、ブラックアウト時の国が途上国だったこともあって支援はされなかったのだ。
そのためアルタラン本島は早期に放棄が決定され、大型浮遊島では最初の着陸島となった。
世界全体を見渡せばチャリオスに対して真剣に対応をしている国は日本のみで、組織で言えばラッサロンともう一組だ。
そのもう一組とは、フィリア社会で最大の宗教である、ミストロ教総本山のアヴラである。
アヴラも三週間前の日本の暴露会見を見ていた。
あの放送は日本発ラッサロン経由で世界中に配信されていたため、タイムラグはあってもほぼリアルタイムでアヴラはその会見を見て、テロの真相と最大の懸念点であったムルートのことを知った。
聖獣と崇めるムルートをテロの道具に使われたことを知ったアヴラは激怒し、教団総出で民間ながら武力攻撃も止む無しと行ったところでブラックアウトが襲った。
普通なら現状維持でも精いっぱいなところ、アヴラはその枠を超えて共有意識としてチャリオスに対して絶対的な敵視を持ち、攻撃を仕掛ける準備を始めた。
ミストロ教はグイボラを共通の敵とすることでその他への敵意を示さないようにし、他宗教や国家、民族とも上手く馴染んで活動をしていた。
唯一グイボラ以外に敵視するのが、世界を巻き込んで聖獣扱いしているムルートへの干渉で、民間で非武装であってもムルートに手を出そうとすると怒りは苛烈を極める。
チャリオスはその禁忌に触れたことで代表の聖卿はチャリオスをミストロ教の敵と認定した。
もちろんミストロ教は民間団体なので武力攻撃は認められないのだが、それを制する国家も国際組織もない。
聖獣に手を出した報いを与えるため、ミストロ教は単独でチャリオスに攻撃する決定をした。
ただし、それを知るのはエミエストロンで監視しているバーニアンのみである。
*
レーゲン共和国は、世界各国の中でトップ五に入るほど内政がガタガタとなっていた。
力が全てと信条を持つ国家ゆえに、官民ともに脳筋とも言える思考回路を持つ。
ユーストルを巡ってのイルリハランとの軋轢はさるもながら、異星国家の登場によって軍事的手出しが出来なくなったことで信条に反すると国民からの反発。ウィスラーの融和な政治転換での政府内での関係悪化。
それらが合わさり、ウィスラーの政治的責任を取っての任期満了からの政治からの引退。
次期大統領がさらなる脳筋ともあって、イルリハランや異星国家との外交は最悪であった。
軍備増強でいつでもユーストルを攻め入る姿勢をしている中でのテロ事件。
これを好機としてアルタランを扇動してユーストルに軍を送ろうとするも、首脳を失おうと二か国は入れさせまいとしぶとかった。
そのため事を起こさないことに国民の反感を買い、就任当時は高かった支持率の低迷の一途をたどった。
ユーストルから輸出されるフォロン結晶石の流通による経済の低下に加えてのブラックアウトだ。
不満と言う空気が詰まった風船はパンパンに膨らみ、それを回避するべくレーゲンは動かすことのできる旧軍艦を引っ張り出してユーストルに侵攻することにした。
ただ、イルリハランも旧型艦を引っ張り出してユーストルに当てるのと、チャリオスも侵攻してくるだろうと見て合流しようと洋上で待ち構えていた。
いかに二か国がユーストルを守ろうと、ブラックアウト状態ならレーゲンとチャリオスが合わされば勝てて、恩恵としてユーストルの一部を割譲してもらおうと考えたのだ。
しかし、その目論見は上手くいかなかった。
出撃出来たレーゲン艦隊はチャリオスとコンタクトを取る前に撃墜されてしまったのである。
全艦が一瞬で破壊され、通信も出来ずに無駄死にをしてしまった。
レーゲン軍は旧型の浮遊艇を使っての定期連絡方式を取っており、定時連絡がないことから撃墜されたと政府は判断した。
ただでさえブラックアウトにより疲弊している中で、多くの人と金を使っての出撃が失敗だ。国民に知られれば暴動が起きるとしてレーゲンの首都指定浮遊都市内では戒厳令を敷いた。
だがブラックアウト状態と脳筋ゆえにそれを律義に守る人は少ない。
他の浮遊都市はともかく首都内では瞬く間にその失敗の情報が洩れ、失敗続きに怒りに満ちた市民が暴動を起こしたのだ。
治安維持として警察や軍を派遣してもその炎は収まらず内乱状態となった。
首都だけでなく近隣の浮遊都市に避難してきた人たちからの話が、それこそウイルスのようにレーゲン各地の浮遊都市に伝わり、各浮遊都市の首長に対して暴動が乱立した。
治安が安定化していたイルリハランはこのブラックアウト状態でも秩序は守れても、国が違えばその逆が起こる。
仮にブラックアウトが解除されても、レーゲンや内政が厳しい国の復興は時間が掛かるだろう。




