第150話『次戦準備』
「……さすがに悠長にし過ぎではないかしら」
十一隻の浮遊駆逐艦と戦艦が黒煙と炎を発しながら地面に墜落する光景がモニターに映し出され、それを見ながらルィルは咎めるように呟いた。
「いくらなんでも昨日今日でやられ過ぎじゃないの? 世界をシャットダウンして意気揚々と攻めて優位性が取れないんじゃ、奇襲の意味が無くなってしまうわ」
そう責め立てるように話す相手は、チャリオス本島司令部の一角にあるテーブルに腰かけるバーニアンメンバーだ。
チャリオスの中では最高幹部。スパイと言うある意味最下層の立場のルィルが最上層へ意見だけでなく不満を述べるとは、組織が大きければ大きいほど身の程知らずと言える。
幹部ないし役員がクビと言えばそれで終わりだ。
それでもルィルは押し付けられた身分を盾に強気に口を開いた。
「そう責め立てるな、ルィル君」
軍事的には劣勢だと言うのにバーニアンメンバーに焦りの色はない。
ルィルもチャリオスの兵装の全てを知っているわけではないから、これだけの損害を出してもなお逆転の手があるのだろうか。
通常の有事であればバスタトリア砲が切り札であるところ、それを初手で使ったのだ。切り札を初手で使うのは先手必勝かさらなる手があるかの二択。
ルィルの常識で当てはめればバスタトリア砲で日本を攻撃し、早期降伏をさせるものと思っていた。それなのにベーレットによって防がれ、逆にこちらの艦隊を落とされた。
なのに平然としていると言うことは、多数ある想定の中にこの被害があったと言うことだ。そしてその想定では特にマイナスではないと言うことになる。
「驚きこそあれ想定外と言うことではないよ。戦略に支障はない」
「……えらく強気ね。バスタトリア砲の威力を見せつけられなくて、駆逐艦も四分の一程度失って。それでも勝てる自信があると言うの?」
「ある」
迷いなき言葉。嘘とは到底思えない。
エミエストロンとペオ。それ以外にもウィスラーにも知らせていない秘密兵器があると言うのか。
「君は我々を信じて女王となる心構えを作っていればいい」
「ここまでされて私を女王として日本の人々が崇めるとは思えないけれど」
「ゼロに落ちた人間が縋るのは信仰だよ。君にはその象徴になって異星国家の市民の掌握をしてもらう。君にはそれだけの知名度があるからね。そう難しい問題ではない」
「そう簡単に行けばいいけどね。それでこれからどう挽回するわけ? 少なくとも日本は連勝で軍も市民も士気は上がってると思うわよ?」
「その士気を落とすのさ。なにも無駄にばかすかとバスタトリア砲は撃っていない。向こうがベーレットの弱点を突いて突破をするなら、同じようにこちらも向こうのベーレットを突破するまでよ」
「じゃあ日本のベーレットの場所はもう分かってると言うの?」
「あれだけ撃って波紋を観測すれば発生位置は分かるさ。ついでに向こうのもう一つのカードも潰す」
「もう一つのカード?」
ルィルの体に埋め込んでいる発信機が機能していることは先のメッセージで分かっている。ブラフである可能性は考慮せねばならないが、今後の動きが知らせられれば向こうは迎撃が出来る。
ここは少しでも情報を引き出させるべきだ。
「いずれ分かるさ」
しかしそれを見越してかはぐらかされた。
「実際のところ従来とは違う兵器を向こうは見せて来たけれど、ルィルさん、あなたはあれらを本当に知らなかったのかしら?」
女バーニアンが再度問う。
「前にも話したけれど知らなかったわ。と言っても私だって日本の軍事機密を知ることなんて出来ないから、極秘裏に開発生産していたのかもね」
こればかりはルィルも素で驚いていた。
あらゆる意味で『数が無い』日本があれだけの大量の無人機を生産して運用したのだ。
万に至るか超える無人機をプログラミングにしろ遠隔操作にしろ、人材すら不足している日本がどうやって成しえたのか、除隊する以前のルィルの知識では全く分からなかった。
だからこれに関しては真偽を混ぜずに本心を告げる。
「……けどエミエストロンを使えば日本のコンピュータも調べれられたんじゃないの?」
「いや、残念ながらエミエストロンは異星国家のネットワークには対応しきれていないのでね。異星国家のシステムの掌握は出来なかったのだよ」
これは重大な情報だ。
エミエストロンはフィリアのコンピュータにしか通じず、日本のコンピュータにはアクセスできなかった。
そうでなければ日本がブラックアウトしない理由にならなかったのだが、ようやく本人たちから言質が取れた。
こればかりはブラフでも何でもないだろう。
ブラックアウトできるなら、絶望を与えるためにベーレットの存在を知ったらすぐに妨害するべきだ。
意図的にここまで引っ張る理由はない。
「じゃあ先制攻撃で世界を黙らせても、対日本では互いに分からないで戦ってるってわけね」
「そうなるな。だからこそ君やティア君に教鞭を握ってもらっていたわけさ」
「期待に添えられずにすみませんね」
「なに、何らかの手を打ってくることくらい想定済みさ。この結果もな」
淀みなく自信にあふれた返答。であれば言葉通りなのだろう。
ただ、次なる手とバーニアンが勝利を確信していることはエルマ達に伝えられた。
よって内容こそ分からずとも警戒は厳にするはずろう。
バーニアンがどのような手を打ってこようと、無事に対処してほしい。と、ルィルは願った。
*
客観的に見れば異星国家優勢のこの戦闘。
しかしながらチャリオスから休戦等の要請はせず、逆にさらなる行動を取り始めた。
戦闘が開始されてから三日目。異星国家の物量攻撃によってチャリオスは浮遊駆逐艦十隻。浮遊戦艦一隻がベーレットを突破されて撃墜された。
地面に激突すると同時に発射されることなく格納され続けた武器弾薬が暴発し、放射状に衝撃波が複数発生した。
敵である異星国家からすれば追撃のチャンスであるが、バスタトリア砲の無差別砲撃によって数を減らしたためか、打撃力不足かによってない。
異星国家に艦隊を落とされたのは慢心の一言であるが、想定していなかったわけではない。
もし追撃があってチャリオス本島のベーレット発生機を狙おうと、レーダーで捉えていた無人機群を防ぐ手立ては用意してあった。
それがないため、異星国家が別の手を打つ前に攻勢に転じるべく動いた。
チャリオス本島にあるバスタトリア砲よりも下部にあるハッチを開き、待機していた輸出用駆逐艦と戦艦を出撃させた。
その数、五十隻。
基本的に浮遊基地に格納できる軍艦の数は、整備や保管のためある程度のスペースを確保する必要があり、直径五キロでは五十隻が理論上の最大数だ。
もっとも一隻に莫大な予算をつぎ込む軍艦を、いち基地ごとに数十隻も保管することは出来ない。
ラッサロンの四十隻以上と異例はあれど、多くが十隻前後だ。
チャリオスは元々軍事企業として製造と輸出を行っており、そのために他国では持たない六十隻以上の軍艦を常時保有していた。
それを全て出撃させたのだ。
そして戦闘開始から滞空し続けていたチャリオスも動き出す。
位置情報としてチャリオス本島はは異星国家南西都市とその南西沖に滞空する敵艦隊、その直線上を結んで千六百キロ離れている。
チャリオスはその地点から真東に移動を始めたのだ。
微動から微速と毎分で加速し、時速五十キロへと増速する。
最大速度である二百五十キロにまで加速するには距離と時間がたりないため五十キロと制限を掛け、低速ゆえの防御にはベーレットとバスタトリア砲、さらに複数の無人化した戦闘機を旋回することで対処する。
目的地は異星国家とユーストルを繋ぐ境界線だ。
異星国家もチャリオスの進路からすぐさま狙いに感づくであろう。
向こうもチャリオスに対して手を打って来るであろうが、それを防ぐ手をすでに打ってある。
これはバスタトリア砲第一射を放つ前に予測していたことだが、ラッサロン浮遊基地はエミエストロンの制御を突破して機能を回復している。
異星国家の潜在能力は六年の調査を経ても未知数だ。
エミエストロンにパーシェは絶大な信頼を寄せていても、異星国家が間に挟むことでその信頼にほころびが生まれる。
エミエストロン上ではラッサロンは制御下にあっても、それを偽装することは不可能ではない。
そのため沈黙し続けているラッサロンはブラフであり、いざと言うときの援軍として出撃するのではないかと予測を立てていた。
もちろんラッサロンや所有艦隊にもベーレットが搭載しているとされ、出力から軍艦はともかくラッサロンには直撃をしても弾くだろう。
ラッサロン艦隊も出して異星国家軍と合わせて混戦となる。
それを妨害する。
戦力を小出しにして一日一戦としていたのはこのためだ。
ペオの準備不足もあったがアレを呼び込むにはどうしても時間が足りず、出し惜しみをしながら戦い続けていた。
その時間稼ぎが果たされ、ちょうど異星国家のベーレットを迂回してラッサロンを射線に捉えるところでアレがユーストルへとやってくる。
パーシェにとってアレはどうでもいいが、ラッサロンを封じる手としては極めて有効だ。あわよくば異星国家軍も制限を掛ける可能性もある。
そうでなくてもアレの対処次第で両者の仲たがいか連携の乱れを作ることも出来る。
どう動こうとチャリオスに有利な展開に持っていけるだろう。
ペオももう少しかかるが稼働出来て、稼働すれば一気に戦況を変えられる。
あの暴露会見によって予定が繰り上がったのは想定外だが、十分対処できる時間だ。
そのためにパーシェは行動に移した。
復讐と覇権。そして繁栄を手にするために。
チャリオ本島は進む。
*
チャリオス本島から出撃した五十隻からなる艦隊に人は乗艦していない。
全てが無人化され、チャリオス本島による遠隔操作によって運用されている。
無論、諸々有人用に設計された軍艦である以上、遠隔操作のみで戦闘行為は出来ない。ダメージコントロールや弾薬の補給など、『人』がいなければ出来ないことは多々ある。
それを解消するためパーシェはメンテナンス用ロボットをネムラしか知らない中で開発していた。
自立思考を持ち、与えられた作業を自己判断で動く宙に浮く上半身が人型のロボットだ。下部はスカートの形をしてその内部にバッテリーを積んでいる。
人間的思考までは持ち合わせていないため白兵戦は出来ず殺傷能力も皆無だが、無人艦の運用には欠かせない。
基本的に軍艦を動かすオペレーターは一隻につき十人が付き、そのオペレーターの操作に対応して艦内ロボットが必要な人的作業を行う。
それによって運用される五十隻の大艦隊。
異星国家軍艦隊を落とすのに加え、本島への対応を遅らせるための陽動も兼ねている。
異星国家軍が保有している対艦の軍艦は六十隻。無人機群のように短時間で量産していなければ、その六十隻を落とせば異星国家の攻撃力は激減するだろう。
五十隻対六十隻。とはいえ敵艦六十隻の内十隻以上はチャリオス艦隊には差し向けられないことが分かっている。
数では同数。装備もほとんどが互角。
違うとすれば文明の違いと、人の有無による人間的感情だ。
いかに軍人とはいえ命の危機が間近にくれば、訓練を重ねようと一瞬の感情に左右される。
時代が有人から無人へと、星が違えど同水準の文明であれば移行するのは社会的成長に見合ってのことだ。
その点では少しばかりチャリオスが進んでいた。
さらに言えばチャリオスは五十隻を一気に投入するに対し、異星国家軍は五十隻を国家周辺に分散展開している。目下対面する敵艦隊は十二隻。実に四倍差だ。
艦隊決戦で四倍差は致命的だ。それこそ大人と子供くらいの戦力差であるが、チャリオスは楽勝とは微塵も思わない。
なぜなら敵艦隊周囲を取り囲むように、チャリオス艦隊十一隻のベーレットを突破した無人機がいるからだ。
その数は万を超え、さながら社会性昆虫のように女王を取り囲むように点在している。
つい一時間前に捉えていた無人機の七割近くを落としたはずが、気づけば数を増やしていたのだ。
おそらく現在進行形で量産し続けているのだろう。そして随時投入している。
軍事作戦で『数』の対義語として『質』が使われるも、その『質』をより圧倒的な『数』が襲えば対処しきれない。
政治的対話による早期解決が見込めない場合はとにかく数が必要となる。
異星国家はそれを理解しているから無人機の大量製造と投入を決めたのだ。
それ故に五十隻となる世界的でも最大の艦隊であっても慢心はしない。
五十隻からなるチャリオス艦隊は各五隻からなる十艦隊へと艦隊編成を行い、各艦ベーレットを展開しながら基準艦を中心に上下左右に密集する形で配置。左右の艦は四十五度艦底を基準艦に傾ける。
ベーレット展開をベーレットが阻害しないギリギリの距離で、隙間こそどうしようも出来ないが飽和攻撃でも多少は対応できる陣形だ。
もちろんそれ以外にもベーレットへの防御装備はあるが、使う前に手の内をさらす意味はない。
立体陣形を形成すると十個艦隊は半円を描くように左右に展開する。
敵艦隊を取り囲むようにする形で、敵艦隊が移動しているチャリオス本島に向かわせないする意図も込めていた。
チャリオス艦隊が一斉に対艦ミサイルを発射する。
一隻四発ずつの計二百発だ。
ベーレットと武器システムは連動しており、ミサイルや砲弾などが発射されるに合わせて展開を部分的に止め、隙間を意図的に作ってベーレットの外へと放っている。
逆を言えば発射と同時に敵弾がくれば着弾してしまうのだが、それは相手も同じだ。
放った対艦ミサイルはロックオンした敵艦隊へと向かう。しかしそれを敵無人機群が体当りをして防がれ、最寄りの軍艦でも五十キロも近づかなかった。
応戦とばかりに敵艦隊からもミサイルが放たれ、それを対空ミサイルで迎撃する。
てっきり先の戦闘と同じくあの無人機群を向かわせて来ると思ったが、一度に五十隻を相手にすることは想定していないのか防御に徹している。
膠着状態は好都合で、この時間を使ってチャリオス艦隊のオペレーターたちは交代して食事や休息を取る。
敵艦隊も適宜に食事や休憩を取るだろうが、安全なところでの交代と逃げ場のない軍艦の中での交代では、精神的疲労度は雲泥の差だ。
いずれはその疲労から判断ミスが起きてチャンスが訪れるだろう。
それを待てばいい。
日が暮れて夜が来る。
*
「チャリオス本島が動き出しました」
日本の静止軌道衛星は動き出したチャリオス本島を明確に掴んでおり、動き出した直後に首相官邸にその報が上がる。
「どこに向かっていますか?」
艦隊を落とした直後での行動だ。若井総理はその動きを重要視する。
「進路は真東。中国コクーンを迂回する形で関東方面に向かっていると思われます。同時にチャリオス本島から多数の飛行体が放たれた模様」
「……鉄甲みたいな無人機ですか?」
「いえ、大きさは駆逐艦級。数は目算で五十を超えます」
その数に情報管理センターの人々は驚きの声を上げる。
地球時代でも五十隻は先進国海軍の全主要艦だ。
海軍の全戦力はさすがに誇張でも、すべて失えば海戦能力を失う。
天空島の大きさから大よその艦数は予測していたが、その予測をそのまま出撃させたのだ。
そして本来ならチャリオス本島の護衛として追随するところ、艦隊は艦隊だけで天自艦隊と相対しようとしている。
「天自は対処しきれるか?」
「いえ、各艦のコクーン発生機は鉄甲で守れますが、第一陣の艦隊との交戦もあって打撃力不足です。一度寄港して整備と武器弾薬の補充を行いませんと」
「第2、5、8護衛隊は佐世保に寄港。代わりに第3護衛隊と第4護衛隊が出ます」
「護衛艦の数は? 全艦にコクーンは積んでいるのでしょうね?」
「コクーンは積んでいます。ですが護衛艦はヘリ搭載護衛艦が別任務で離れているため、同護衛隊の〝ひゅうが〟と〝しなの〟がはずれ計六隻です」
「たった六隻か……」
地球時代ではともかく、五十隻を相手とするとつい不謹慎な声をだしてしまう。
「そして鉄甲は一万五千機います。明日にはさらに一万は運用できるかと」
「天自幕僚長として六隻と鉄甲で食い止められますか?」
「相手がどのように動くかによります。遠距離からミサイルを放つだけなら護衛艦と鉄甲で防げますが、質量に物を言わせて突っ込んで来るなら防ぎきれないでしょう」
「F-35と滞空戦車部隊で援護は出来ませんか?」
「出来ますが間違いなく集中砲撃を受けます。鉄甲による防護をF-35と戦車にしたとしても被弾率は高く、敵艦の速射砲は一〇式戦車は耐えるでしょうが対空ミサイルには耐えられません」
先の艦隊であれば艦数がまだ少ないから出撃許可を下せた。
だが今度はその五倍だ。砲弾にしろミサイルにしろ、一度の数が文字通り桁違いだから有人である戦闘機や戦車を前線に押し出すには覚悟がいる。
もちろんコクーンを積んでいるから鉄甲を抜かれても即墜落とは行かずとも、コクーン便りにしてしまうのは思考停止だ。
無人機ならまだしも有人だ。彼らの命を雑に扱う決断だけは絶対にはしてはならず、かといって安全が確保できるまで動かないわけにもいかない。
しかし国のために命を懸ける覚悟を持って国防軍に入隊したのに、それを無理やり阻害するような侮辱も出来ない。
危険と分かっていても決断を強いる時があるのだ。
「……佐世保の護衛艦の補給が済むまでの時間稼ぎを主にしましょう。どの道イージス艦二隻と汎用四隻では打撃力不足です。攻勢に出るのではなく守勢に徹するように要請を。幕僚長、いかがです?」
「同意見です」
数的不利は否めなくても、コクーンと鉄甲があれば十倍差の違いがあっても守ることは出来る。
自衛官の命を守るためにもこれが最善策だ。
「総理、目下の脅威はチャリオス本島の移動の目的です。進路からして関東コクーンに向かっているのは明白です」
「狙いは東京か、接続地域か、ラッサロンか……」
「全部と仮定していった方がよいかと。バスタトリア砲の破壊力であればそれも可能です」
ラッサロンにもコクーンは施してる。出力的には日本を覆うコクーンの十分の一だが、計算上最低出力なら防げる計算だ。日本のコクーンは各地の発電所のエネルギーを用いて展開しているが、ラッサロンは自前の発電機関で展開しないといけない。
日本を覆うコクーンも、チャリオスのコクーン同様の弱点を持っている。そこを突かれて解除されたら関東は無防備だ。コクーンを守る術は用意していても油断は出来ない。
「…………いまアレはどこにあります?」
「アレ……特別任務のアレですか? えー……今現在接続地域から南西に五十キロの地点です」
「五十キロ? 出発は今朝方で、それしか進んでないと?」
「なにせ時速五キロですからね。それ以上出すと外殻を破損してしまいます」
「試験艦を急遽運用していることを忘れないように。切り札ではあっても相応の危険もあるんです」
つい口に漏らした性能への不満に閣僚が諫める。
切り札としてもそれは敵コクーンの存在を確認しての認定だ。それ以前は戦場に出す考えすらなかったのだから不満を漏らすのは言語道断だ。
「むしろ超低速のほうが好都合でもあります。低速であれば相手に捕捉される可能性が低いので」
「それにチャリオスの方から来てくれていることも僥倖です。これなら明日明後日には接触します」
「アレは低速だからこそ準備が整い次第出立させましたからな。アレは最初からでないと探知されてしまう」
「さすがにあの位置から動かないはずがないとは踏んでいましたが、動いてくれたことでなんとか乗員らの負担は減らせます」
「しかしチャリオス本島は護衛をするはずの艦隊を手放して単体で来てます。それはつまり天空島単独でも日本と戦えると言う自信があると言うこと。ペオの存在もあるので油断だけは相手の武装解除をするまでしないように」
過大評価と言われようと、ペオを使われれば日本を守るコクーンも、各護衛艦も全て落とされてしまうのだ。
もしバーニアンが自棄になって動いたのなら艦隊と共に特攻が筋でも、五十隻を出撃して単体で来るなら自棄は起こしていないと思われる。
関東に向かってるならやはり狙いは東京、またはここ永田町。ラッサロンや接続地域そのものと考えられる場所は多数ある。
それとも天自艦隊を五十隻と数でごり押しし、国防軍と国民の士気を奪って蹂躙が狙いか。
なんであれ現実に対して我々の策を遂行するべく行動するしかない。
何の確証もなく憶測と虚像だけで敵を評価し、それに対して命令をしたところで被害を受けるのは現場だ。
現場の邪魔をする判断だけはしてはならない。
「官房長官、全報道機関にチャリオス本島の動向の通達。同時に記者会見を開いて国民に注意喚起をしてください」
「分かりました」
「桃田さん、接続地域にいる国防軍に激励をお願いします」
「分かった」
「……それと全ての野党党首の方々と会談する段取りをお願いします。明日の午前中には行いたい」
「野党全党首と?」
「最終兵器使用に対して打診をします」
「総理、それは……!」
使ってはいけない最終兵器の言葉に部屋中の閣僚や職員は大きなざわめきをする。
「使ってはならないこと、使えばあらゆるものは吹っ飛ぶのも理解しています。それでも最悪の事態を想定した事前準備は必要です。何も準備せず、やっぱり必要だったとなっても遅いんです。使わずに済むならよくても、いざと言うときに使えるようスイッチの蓋を開けることはしなければなりません。それが私たち政治家の仕事です」
若井自身、難航必至の交渉などしたくはない。野党は特に利害の一致または世論に沿った時でなければ与党と歩調と合わせることはあまりしない。
ましてや最終兵器である核兵器の使用条件。国会の全会一致に持っていくためには必要な工程だ。
国防軍やラッサロンが破れ、コクーンや鉄甲が落とされ、日本国土に多大な被害が出たらいよいよ選択肢は一つになる。
コクーンの前に威力は通じずとも、場所によっては吹き飛ばすことが出来る。
核兵器。
幸か不幸か国土転移と共にやってきたアメリカの原子力原潜に搭載していた戦略核兵器。
最後の切り札、ではなく最後の足掻きとして使えるようにするべく、若井は事前準備をすることを決めた。
このタイミングで決断するのか速いのか遅いのか、正しかったのか過ちだったのかは分からない。
これが世間にもれれば混乱を産むだろうが、それでもしなかった後悔よりはした後悔の方が選択肢がある。
考える時間を狭め、選べる選択肢を減らしてしまい、こうしておけばよかったと思う過去は数多にあるのだ。
自ら保身から選択肢を無くすより、良くも悪くも選択肢があるほうがいい。
若井はその信条が正しいと信じて動き、動いて来たからチャリオスと戦えている。
戦争が始まってから三日目が終わろうとする。




