第148話『600億の伝言』
日本にとって八十年ぶりの戦争が勃発して、早くも一日が過ぎて朝日が東から昇る。
予想された夜戦は積極的には起こらず、バスタトリア砲による牽制砲撃が一定間隔で起こっているのみだった。
やはり五千人しかいない中で国家を相手にするには人員が足りないのだろう。情報によれば敵側の乗り物の大半が無人機化しており、目視でも厳しい夜間での戦闘はより厳しいのか、艦隊の展開こそしてもステルス戦闘機やドローンを飛ばすこともなく、にらみ合いで一夜が過ぎ去った。
逆を言えば夜間でも国防軍は気が緩められず、二交代制として人員配置をして夜を明かした。
もしコクーンが無ければ夜襲を警戒して総員配置が長引くも、攻撃を受けても守ってくれる存在によって休息と警戒の両立が成り立ったのだった。
そして夜が明けて燦燦と輝く人の都合など無視したまばゆい光がユーストルに注がれる。
オレンジ色の朝日から乳白色へと変色し、日常の生活リズムを護る人、戦況を見守って昼夜逆転した人と入り乱れながら日本は新たな活動を行う。
時刻が正午に達した時、日本の横田基地にある元米軍の格納庫のシャッターが開いた。
格納庫から出てくるのはMQ-9 リーパー。頭部が大きいシロイルカに翼を生やしたような印象を覚えるその機体は無人の攻撃機だ。
日本では配備予定だったところでレヴィアン問題でとん挫した機体だが、不幸中の幸いかそのレヴィアン問題によって日本に譲渡させた米軍の装備品の中に無人機が多数残されていた。
この無人機は国家総動員期間での改良の対象外で、レヴィロン機関やコクーンは搭載していない。これには既存の無人機ゆえに後回しにされ、その分のリソースを新規の無人機製造に注がれたからだ。
航空機と言えばジェット推進が思われがちだが、航続距離と時間を考えるとプロペラ推進のほうが利点がある。特にドッグファイトを前提としていない無人機では速度を犠牲に距離と時間を延ばす方がいいのだ。
リーパーの胴体後部にあるプロペラが回り、ゆっくりと格納庫から滑走路へと出てくる。
出てくる機体の数は三十を超える。
そして最後に出てくるのは、リーパーよりもう少し大きいRQ-4グローバルホークだ。
その機体も同じく頭部が大きく、頭部には漢数字の四が白色のペンキで書かれている。
先に滑走路に出たリーパーは、別の場所で操作をする天自自衛官の手によって速度を上げて離陸。最後にジェット推進のグローバルホークが離陸した。
自衛隊にとって最大編成での出撃である。
順次離陸したリーパーとグローバルホークは編隊を組んで神奈川県沖へと移動を始めた。
しかしこのままでは展開しているコクーンによって外に出られずに撃墜してしまう。それを防ぐため、編隊がコクーンに接触するタイミングを計って十秒間、関東・東北のコクーンの発生を停止させた。
これによって本州のコクーンは発生装置から十秒分の幕が消失し、繭の中に移動する隙間が生まれた。
コクーンの幕は常に発生装置から反対側に移動をしているため、止めたら止めた分だけ溝のように隙間が生まれるのだ。
水道の蛇口を手早く開け閉めをして水流に隙間を作るイメージである。
その生まれたコクーンの隙間は発生装置から陸地に向かって全周位で進み、合わせて無人機編隊もコクーンへと向かう。
互いの速度は緻密に計算し、タイミングも完璧にそろえていたため十秒分の隙間を抜けるようにして無人機編隊はコクーンの外へと抜けた。
十秒だけとはいえ隙間を意図的に作る危険な行為であるが、本州とチャリオスの間には中国地方、九州地方のコクーンがあるため撃たれても防いでくれてる。
この無人機編隊は昨日の初陣と同じように敵のレーダーに捕捉されにくくするため低空飛行で南西に迂回するように向かう。
無人機にはレヴィロン機関が搭載されていないため超低空は出来ず、高度五十メートルを保つ。
レヴィロン機関は座標でブレることなく移動が出来てもそれが無ければ航空力学に則っての移動だ。各機は常に気流によって揺れ動きながら移動をする。
目的地は千六百キロ離れたチャリオス本島だ。
グローバルホークを後方に置き、リーパー三十機が前方とその周囲に取り囲むようにする編成。バスタトリア砲はともかく敵戦闘機による攻撃を受けてもグローバルホークを護る構図だ。
グローバルホークは偵察機。自衛のための武装すらないが、この出撃では最も重要な機体だ。
必ずチャリオス本島に視認できる位置まで片道でもいいから近づく必要があり、そのために三十機もの護衛機を付けた。
ならばグローバルホークを複数機用意すればいいのだが、ある理由から一機でなければならなかった。
全機は速度四百キロで飛行し、到着は午後十六時の四時間後。
相手が何もしなければ、だが。
*
天自艦隊とチャリオス艦隊はにらみ合いを続けている。
日本側は未確認であるが、チャリオス側は日本がシールド発生装置を持っていることを知ってから攻撃は無意味と判断したのだ。
初戦を除いて二十時間を経ても、互いに攻撃をすることはなかった。
それでもいつ第二戦が始まるのか分からず、天自側は各員交代をしながらも警戒の糸は緩めない。
戦場に於いて制空権の確保は必須でも、フィリアでは地球にとって地上が上空の位置づけなため制空権の確保が難しい。
地球の常識に当てはめると宇宙領域になるからだ。
バーニアンレベルになると宇宙兵器があっても不思議ではなくても、過大評価をしても宇宙兵器の脅威はさほどではない。
もし宇宙空間にも気体フォロンがあればバスタトリア砲の脅威となるも、幸か不幸か宇宙空間にまで気体フォロンはなく、ミサイル搭載の衛星があったとしても天自の防空網の突破は難しい。
強いて言えばSF映画お馴染みのレーザー兵器だが、ならばチャリオス本島が来る前に攻撃を仕掛けているべきだ。
根拠はないが、状況証拠から衛星兵器はないとする判断が妥当だろう。
午後三時五十分。天自艦隊が動く。
膠着状態となっても依然と牽制として発射し続けているバスタトリア砲の衝撃波から身を護るためコクーンは常時展開を強いられていた。
しかし発射には間隔があり、多少の誤差があっても次弾発射までの確実な間隔を天自艦隊は把握して共有していた。
間違った認識を植え付けるための意図的な間隔であることも考慮しつつも、少なくとも一回だけならば安全に攻撃が可能だ。
天自艦隊はタイミングを見計らってコクーンを解除。対艦ミサイルを全艦最大弾数で発射。合わせて補給と整備を済ませたF-35が全機発艦した。
再び天自艦隊はコクーンを展開。ミサイル群と先行させつつ天自編隊は敵艦隊へとレヴィロン機関で移動する。
今回は可能なら敵艦隊の轟沈で、メインミッションは陽動だ。
正午に日本本土から発艦したリーパー、グローバルホークの無人機編隊がチャリオス本島まで百キロへと差し掛かっていた。
天自艦隊が動くまでレーダー上、そして無人機編隊のセンサーらにチャリオスからの反応はない。ステルス仕様ではない無人機艦隊はまずチャリオスには気づかれているはずで、攻撃を仕掛けないのは様子見か。
そう司令部は思っていると天自艦隊の動きに合わせてチャリオス艦隊が動いた。
輝点の反応から多数のミサイルを発射したようだ。進行方向は無人機編隊。
バスタトリア砲のインターバルを狙っての陽動の出撃であったことでタイミングが遅れ、陽動としての意味を薄れさせてしまった。
無人機編隊は片道任務ゆえに絶対に成功させねばならず、F-35はチャリオスのミサイルに対して迎撃ミサイルを発射した。
リーパーに搭載されている装備は射程僅か四キロのスティンガー対空ミサイル。F-35と比べれば遥かに防御能力が低く、そもそも戦闘機との戦闘は想定していない。
そのため向かって来る敵ミサイル群にリーパーは手出しが出来ず、迎撃はF-35に委ねるほかなく、リーパーはグローバルホークを護る形で回避行動に移った。
F-35の対空ミサイルよりも少し早く敵対空ミサイルが無人機編隊に到達。リーパーが自衛のためにスティンガーを発射するよりも前に、敵ミサイルがリーパーを捉える。
三機、七機、十三機と次々にリーパーが落とされていく。
F-35のミサイルが少し遅れて到着し、後続の敵ミサイルを迎撃する。
その内の一発が敵ミサイルではなくリーパーに命中して誤射をしてしまうが、敵味方密集してのミサイル攻撃はどうしてもその確率を高めてしまう。
しかし、最重要護衛対象であるグローバルホークは、リーパーの盾とF-35のミサイル迎撃によって守られた。
その間に天自艦隊から放たれた対艦ミサイルが敵艦隊へと迫る。
そのまま命中、と行けばいいのだが、無人仕様であっても軍艦は軍艦だ。自衛のための迎撃ミサイルが敵艦隊から放たれる。
敵艦隊の迎撃ミサイルが天自艦隊の対艦ミサイルを落とす。それでも命中率百パーセントとは行かないようで、数発の対艦ミサイルが迎撃ミサイルをすり抜けて敵艦隊へと向かう。
敵艦隊はミサイルでの迎撃は間に合わないとして主砲による攻撃に切り替えた。
もしこれが有人であれば迅速な反応を示したのだろうが、無人故に反応に遅れが生じる。
主砲による攻撃の命中精度は低く、空気抵抗から護衛艦のような近接防御機関銃のファランクスは搭載していない。
それでも近接防御用としてチャフやフレアは装備しているらしく、弾着の十秒前からそれらが上空に発射された。
天自艦隊の艦隊ミサイルはその欺瞞弾に左右されず、まっすぐ敵飛行艦に命中、しなかった。
命中する十メートル手前で対艦ミサイルが爆発したのだ。
発生した爆炎は見えない壁に沿うようにらせん状に運ばれて飛行艦の上空に向けて竜巻のように放出される。
日本が保有するコクーンと同じ防御反応だった。
保有している可能性は確信レベルで抱いていたが、都合よく持っていないことを期待した人は大勢いただろう。
量子コンピューターを凌駕するエミエストロン。空間転送装置ペオ・ランサバオンを保有し、新参国家日本が自力開発したシールドを発生装置を保有しない理由はない。
それが証明され、同時にチャリオス本島にもコクーンが搭載されていることも明らかとなった。
バスタトリア砲の攻撃が効かないと言うことは核兵器のエネルギーにも耐えられると言うことだ。放射線は通過してしまうも、日本が保有する核兵器でさえ純粋なシールド突破は困難となる。
尚、レーダー上ではシールドの有無は分からない。対艦ミサイルが飛行艦に当たる直前にミサイルとしての輝点が消えた以外に確認のしようが無く、シールドの有無を光学的に確認したのはF-35である。
元々は無人機編隊の支援するための陽動で警護が目的ではない。リーパーを援護するための迎撃ミサイルを発射してもその進路は敵艦隊へと向いており、その結果対艦ミサイルが弾着する瞬間を機体カメラが撮影。瞬時に官邸まで情報が送られたのだ。
コクーンへの対策がないわけではないが今のF-35の装備では突破できない。
その確認が出来ただけでもこの出撃には意味があり、無駄撃ちはせずに無人機編隊の位置を確認してF-35編隊は引き返した。
敵の迎撃ミサイルの被害を受けながらも通過できた無人機編隊は、敵艦隊から少し迂回する形で距離を取ってチャリオス本島に向かう。
偵察機であるグローバルホークに搭載されている望遠カメラに、件の敵本拠地であるチャリオス本島が捉えられた。
日本が衛星以外で初めて捉えた本丸だ。
この時点で有人のF-35は完全に撤退。無人機編隊は最高速度に加速して特攻を仕掛けた。
第二次世界大戦時末期に、日本軍が行った非人道的作戦の神風。これを無人機で仕掛けたのである。
この表現こそ無人機有人機問わず不謹慎であり、日本からすれば避けるべき作戦であるが無人機の真骨頂は人命を失わずに出来ることにある。
そしてこの作戦は『特攻』と言う敵側が注目することに意義があった。
生き残ったリーパーは自身の保有するミサイルの射程内に入ったところで散開しつつ全弾一斉発射した。
これは本丸へ攻撃を有効無効に関係なく行ったことをバーニアンに伝える意図と同時に、グローバルホークへの関心を少しでも減らすことも含まれている。
やはりチャリオス本島にも全島を包むコクーンが装備されているようで、島に対しては小さい爆炎が数十と少し離れた所で生まれては上空へとらせん状に流れていく。
それを漢数字の四と頭部にペイントしたグローバルホークがしっかりと確認する。
リーパーが上下左右に散開し、最後方にいたグローバルホークがチャリオス本島正面を見据え、グローバルホークもコクーンに触れないように旋回を始めた。
次の瞬間、本当の台座側面に均等に並べられたバスタトリア砲の一門が動く。
レールガンのように流動するフォロンの力場によって加速する砲門では火も煙も吹かない。
流動する力場によって気流が発生し、浮遊物が巻き込まれることで視覚的に見える程度だ。
そして砲弾の速度が秒速三百キロともなると肉眼はおろかカメラでもハイスピードカメラくらいでしか捉えられず、気づいた時には無人機編隊は一瞬で全滅した。
目にも止まらない速さでバスタトリア砲が放たれ、その衝撃波でコクーン非搭載の無人機はすべて破壊されてしまったのだ。
撃たれた砲弾の行方はコクーンを展開しながら帰還途中であるF-35編隊から数十キロ離れた場所を通過し、射線が下方向だったようで大地に激突した。
ペタジュールを超えるエネルギー量で放たれた砲弾だ。
砂場で斜めに石を投げて砂が扇状に弾け飛ぶ光景の億倍もの結果が起きる。
地盤を捲りあげ、直径数十メートルはあろう岩や土、五十メートル以上地下にあるフォロン結晶石すらも空を舞い、扇状に土砂をまき散らした。
この災害と言って差し支えない事象はF-35はしっかりと記録し、これもまた官邸へと送られて数字でしか現わせられていなかったバスタトリア砲の威力をまじまじと伝えることとなる。
昨日初めてバスタトリア砲を受けたが、その全てがコクーンによって無力化され、危険を覚えたのは近くで衝撃波を受けたF-35や天自艦隊のみだ。
純粋物理の被害を視覚的には見てはいなかった。
秒速三百キロ。ペタジュール並みのエネルギー。
言葉にするとそれだけでも、物理学に則っての事象はどうしてもイメージが出来なかった。
今回、急遽発案された作戦ではあるが、バスタトリア砲の脅威を日本政府や国防軍が強く植え付けられた。
しかし、だからと言って撤退をするわけにはいかない。
この威力が国内に降り注げば、それこそ数十万から数百万の死者。数千万の負傷者を産んでしまう。
この臨時作戦がどう功を奏すかはこれからの行動如何で変わるが、どうあっても国民の生命と財産は守らねばならない。
それでも無人機編隊を全機消失する結果となったが、可否だけで言えば現時点では不明だ。
その可否は程なくわかるだろう。
*
「状況終了。敵有人非浮遊戦闘機は撤退。特攻を掛けて来た無人機非浮遊機編隊は全て撃墜」
チャリオス本島戦闘指揮所にてネムラの兵士が状況を報告する。
「敵有人非浮遊戦闘機は回避行動を取りながらの撤退につき、バスタトリア砲での直接砲撃は困難。敵機はベーレットを展開していると思われ、衝撃波による撃墜も困難」
バスタトリア砲の衝撃波は並みの兵器よりも破壊力がある。しかしベーレットの防護能力には及ばないようだ。
口ぶりから直撃すれば日本の戦闘機の出力のベーレットでは防ぎきれないだろうが、この戦略兵器の真骨頂は直撃弾よりもそれが生み出す衝撃波だ。
砲弾の直径は五メートル。破壊力は絶大でもその直撃幅は五メートルしかない。だがその砲弾が生み出す衝撃波は千メートルにもなる。戦争に於いて脅威なのは局所ではなく範囲攻撃だ。
局所では被害は文字通り局所的でも、範囲であれば被害規模は数十倍から数百倍になる。
イルリハランはまだその被害はないが、日本が経験したので比較すると通常のミサイルと核兵器で考えれば分かりやすい。
ゆえに特務艦のバスタトリア砲も、直撃よりも至近弾による衝撃波による攻撃が主だ。
日本の無人機は無人機ゆえかベーレットを装備しておらず、バスタトリア砲の余波で全機撃墜となった。
ネムラの兵士たちは戦闘評価をし始め、朝から司令部に入り浸っているルィルも別方向で今回の攻撃の評価を行う。
現時刻は午後四時五分。エルマ達に一報方向の暗号通信を行ったのも午後四時頃。
状況から即刻の返答は出来ないとして一晩待ち、早朝から戦況を知れる司令部に入り浸ったことでエルマからの返答を知ることが出来た。
四。
ルィルに埋め込んでいた探知不能の発信はしっかりとエルマ達に伝わっており、自身だけではどうにもできないことから日本と協力し、無人機を全滅させてでも四と言う数字を伝えに来たのだ。
送信側の四は『任務停滞・特攻を掛ける』で、返信側の四の意味は『現状待機・援軍を送る』である。
バーニアンに意図を悟られぬよう、同じ数字であっても送信と返信で意味は全く異なるようにしていた。
少なくとも四が暗号と分かったとしてもその中身を知ることは不可能だ。
エミエストロンでも、そもそも暗号一覧はデジタル化していないから探りようがない。
しかし無人機を大量消費してまで手書きの数字を伝えに来るとは、日本側の消費は大きいはずだ。数百億セムはいってもおかしくない。
乗り物系は壊れるのは簡単でも作るのは時間が掛かる。
たった一文字の数字を伝えるためにこれだけの消費。それ以上の価値を出す成果を見せなけれは示しがつかない。
少なくとも無駄死に必至の特攻は止めて、何らかの方法で来る援軍と共に行動に移すのみだ。
それに日本側もそれだけのために消費をしたわけでなく、ここチャリオス本島にベーレットが装備されていることを確認している。
表向きはベーレットの確認で、その裏で数字を伝えたのだ。
そうすれば損害を出しても日本国内での説得は出来るし、バーニアン側への偽装工作となるし、何よりベーレットの確認はエルマや日本側にとって重要な確認事項だ。
確認をせずに作戦を強行して大敗をするなら、多少の損失を出しても早期に確認できればその差だけ被害を減らせる。
発信から返信まで二十四時間。距離的に作戦は数時間前には開始しなければならず、作戦要綱の作成や発令はもっと前だ。
暗号を受け取り、徹夜で二重の作戦を考え、日本政府を説得して準備し実行したのだ。
通信が活きていると分かった今、「ありがとう」と礼を伝えたい。
だが通信が活きていても盗聴されていない保証はない。
ここまで我慢して来たのに感謝の言葉が身を亡ぼすことになりかねず、数字暗号を送ってより警戒させるわけにもいかないのだ。
ルィルはエルマや日本の努力に対して礼をすることも出来ず、申し訳なさを抱きつつ敵役を演じ続ける。
昨日は日本の勝利。今日はチャリオスの勝利。
戦争に一日一戦で夜戦なしなんてルールはない。
どちらかが勝つまで互いの様々な都合で戦端を開くのだが、まだ互いに手の内を探っている感じであろう。
チャリオスは人手不足で日本は火力不足。
ひと昔みたいに兵士が突撃して一人一殺すればいい時代ではない。どれだけ低コストで相手の心を折るかが大事だ。
その互いの不足を利用してどれだけうまく突いて心を折るのか、性質上長期戦はせず短期戦だから、情報を仕入れたら一気呵成で決着がつくだろう。
援軍はその決戦前か最中に来て日本の援護射撃と言ったところか。
バーニアンがどんな決着をつけるのか詳細を教えてくれないから情報を伝えられず、現状を淡々と伝えて行くしかない。
ともかく援軍が来ることが決まった以上、ルィルは何もせず大人しく情報発信に努めるだけだ。
「ルィルさん」
チャリオスにいる人員は必要最小限なためほぼ全員が何らかの業務に就いている。
浮遊都市の機能維持や戦闘指揮や戦闘行為。
その中で『ほぼ』の枠に入るのは、解雇通知を受け取らなかったとされる未解雇者と、ルィルたち日本とバーニアンを繋ぐ女王組だ。
ティアは本人からもバーニアンからも正式な役割はまだ聞かされていない。
そもそも会う機会がないから聞けないからなのだが、元同業者であるティアが生かされているとなるとルィルと同じポジションであると推測が出来る。
または完全な協力者としてバーニアンに属しているかだが、軍にいた時と違って彼女の意図が掴みきれず敵味方中立どれもが成立してしまう。
彼女には彼女の考えがあってここにいるのだろうが、ある意味敵と認定できるバーニアン以上に不安要素だ。
そんな彼女がルィルに声をかけて来た。
「久しぶり」
「落ち着いてますね。日本の戦闘機が撃ち落とされたのに」
「あれは無人機だからね。人が乗ってたら別だけど、敵の無人機が落ちて心配なんてしてられないでしょ」
「今は敵でも少し前までは味方でしたからね。でも保守的な日本軍が特攻を仕掛けてくるのも珍しいですね」
ティアも先の日本軍の行動は見ていたようだ。
探りか、自身の単独行動か読み切れない。
「多分ベーレットがあるかどうかを調べに来たんじゃない? 日本も多分自前でベーレットを開発して装備してるほどだから、こちらが持っていても不思議ではないと考えるのは当然よ」
「だとしても三十機以上も出しますかね。あれだけで何百億って損害ですよ?」
「けどその代わりに日本はベーレットをあることを知ったわ。もしミサイルだけだったらその前に迎撃されて確認出来なかったから、損害を出しても知る価値は向こうはあると見たんじゃない?」
「……四」
鼓動が大きく跳ね上がった。
「無人機の中に別種の機体がありましたよね。しかも手書きっぽいペイントで四って日本の数字が書かれてました。あれってなにか意味があるんですかね」
やはり探りか。同じ舞台で長年共に訓練や任務をしてきたと言うのに、敵に飲み込まれるとは怒りより悲しみが増さる。
しかしその前提でチャリオスに来てから過ごしてきたのだ。動揺は顔には出さない。
「四番機と、四は死と同音で言えるからそれも兼ねてじゃない? これから私たちに死を与えるぞってメッセージを乗せてるのかもね」
「でもそれこっちの言葉で書かないと意味ないんじゃないですか?」
「んー、だとしたらひょっとしたら裏切った私たちに対してのメッセージかもね」
真実と嘘を混ぜ合わせた誤魔化しをする。
何よりルィル自身『四』がメッセージだと信じなければならないから、探りを入れる敵側が真意を把握することは不可能だ。
「だとしたら相当日本やエルマさんたちは怒ってるってことですね」
「エルマがどう思ってるかは分からないけど、日本が怒ってるのは間違いないわね」
言わされたとはいえ降伏勧告をしたのだ。日本も演技と分かっていてもそうする権利はある。
「……でもやっぱり複雑ですね。自分の意思でここにいるとしても好きな国と戦わないといけないのって」
「まあね。どっちが勝ったとしても恨まれるわ」
「ルィルさん、もし今からでも向こうに行けるってなったら行きます?」
「……行ったところで味方なんていないから精神がすり減って頭に銃口を向けるでしょうね。だったらこのまま突き進むまでよ」
「そうですか」
「なに、貴女はここから逃げ出したいの?」
「んー、どっちかと言うと勝つほうに行きたい?」
「なるほどね。貴女らしいわ」
本当に真意が読み取れず、敵なのか味方なのか中立なのか判断が付かない。
味方であれば有力な戦力となるも、敵と中立では危険な事態になりかねず決定的なことは言えなかった。
「このこと誰にも言わないで下さいよ。ほらこの前みたいに」
「さすがにそれくらいで処刑はないでしょ。邪魔してるわけじゃないんだし」
「だとしても言わないで下さいよ」
「分かった分かった」
話をすると普段のティアだが、総合してみるとどうしても本心が見えない。
やはり当初のままルィル以外ここには敵しかいない前提で動くしかないようだ。
そうでなければルィル自身精神が保てない。
皮肉なことに全員敵と認識している方が気が楽とは、環境次第で不安と言うのは変わるのがよくわかる。
ともかく伝言は受け取った以上、ルィルはチャリオスの一員として大人しくすることにした。
さて、次はどう動く。




