第143話『未解雇者』
ルィルがやることは複数ある。
一、エミエストロンの停止。
二、ペオの所在の確認。
三、チャリオスの戦闘能力の軽減、可能なら破壊。
四、バーニアンの拿捕。
五、エミエストロン、ペオのデータ入手。
一つ目から五つ目に向かって優先度が下がるが、その全てで命の危険が付きまとう。
元々はテロの証拠を掴み、国際社会に対して白日の下に晒して罪を償わせるはずだった。
それでも十分に危険が付きまとうも、何かが起きて五つの目的へと切り替わった。
何かが起きてシフトしたのは間違いないが、その何かをルィルが知ることは出来ない。
ただ、何かのきっかけを作ったのがエルマ達と信じている。
変に考えればルィルを信用できずに動いたとも取れるも、その信用を害するヘマをした覚えはないから、バーニアンが搦め手を使ってその返しが〝何か〟に繋がった。
ルィルの体内に埋め込まれた発信機が生きていればエルマ達はルィルの意図を知って動き、死んでいたら互いの腰を引っ張り合うこともありえる。
事が動き出した今となってはルィルが取る行動は限られるから、エルマ達はルィルが生きていても死んでいても構わない行動を取るだろう。
だからルィルは気にせず行動に移す。
まず最優先でするべきはエミエストロンの所在の確認だ。
ハオラとのやり取りでエミエストロンがチャリオス本島にある確率が高いのは分かった。
エミエストロンの形状はウィスラーが残してくれた証言ビデオで語っていて、数年のラグはあっても分かっている。
あとはその重要度から推察して場所を同定するのだ。
向かう場所はチャリオス本島土台の中心部。
そこにはある意味エミエストロンを上回る最重要施設の発電施設がある。
浮遊都市の寿命は発電施設と同じであるほど重要視され、それ故にもっとも強固である土台中心部に設置するのが鉄則だ。
防衛と電力の確保から見て、エミエストロンがあるとすればそこにある可能性が高い。
エミエストロンの大きさも日本の戸建て一つ分の大きさを持つらしいから、守る意味も考えて近くと信じたい。
浮遊都市土台の通路は、概ね立体的な格子状になっている。日本的に言えばジャングルジムをイメージすれば分かりやすいだろう。一定の間隔で上下前後左右に通路があり、施設の大きさによって行き止まりや通路の分断があって迂回をしたりする。
内部の通路は代り映えしないから、案内図がなければすぐさま迷子だ。
一応上に行き続ければ必ず外に出るとはいえ、そこはもう少し楽にならないかとラッサロン勤務時代から思う。
戦闘指揮所は土台中央上部にあり、ルィルは指揮所から近くにある下部までの吹き抜けを降りて中央中部までと降りてきた。
空に立つリーアンに日本のようなエレベーターは必要しない。貨物もレヴィロン機関で輸送出来るから建造物を貫く形で上下移動が出来た。
吹き抜けの壁には階層に通じる通路ごとに標識が書かれており、同時に同階の地図も備え付けられている。
下りながら各階層ごとに変わる各部屋の配置を見て、ある階層で止まった。
発電所の文字が見えたからだ。一つ上の階ではなかったから、この階層から下に向かって貫く形で発電施設があることになる。
そこからさらに下ると、発電所とともに燃料タンクなどの文字も見え始めて来た。発電施設は浮遊都市の要だから発電施設をはじめ関連の施設も十分なスペースで確保されている。
地図を見ると全ての部屋に名前が記されており、目を通しても当然エミエストロンの名前は無い。
上部の建物を除く土台の全高は一キロ。単純な体積で言えば百立方キロメートルを超える浮遊都市の土台だ。その中から日本の戸建て一つ分の大きさを探すのは容易ではない。
なぜならそれくらいの大きさの部屋は普遍的にあるからだ。
疑わしい空間を探すことすら困難なため、十日未満で探すのは絶望的といえよう。
定番な方法で言えば電力を大きく食う部屋を探せば楽なのだが、パソコンで調べるとすぐさまバレてしまう。
そもそも防犯カメラを通じて監視されているだろうから、暇つぶしの散策のような調べていそうで調べていない状態を見せる必要があるのだ。
だから仕草でも見せるとして腰辺りで手を組み、まるでウインドウショッピングをしているかのようなリラックスな態度を示しながら降りていく。
二十階分ほど降りると発電施設の文字が地図から消えた。どうやら二十階分を使って発電関連施設があるようで、同時に併設の燃料タンクらの文字も見えなくなる。
そこからさらに地下は下水処理施設やゴミ処理施設と、汚物処理設備が設置されている。
「この区画に来るのも懐かしいわね」
汚物処理区画の文字を見ながらルィルは感慨に浸った。
入隊したばかりの新兵の仕事に、汚物処理区画の清掃任務がついていたからだ。
さすがに設備そのものの業務は専門家が就くが、直接関与しない仕事に関しては新兵が務める習わしとなっていた。
ルィルも当然新兵時代には汚物処理区画で二年間清掃を行っており、心理的には避けたくとも慣れていた。
上を見上げると一キロ続く縦穴が見られ、下の床を見ると縦穴から落ちたであろう埃やら小物が落ちている。
安全上落下物の問題であるものの、くねくねと曲がった構造だと昇降に支障が出るので一直線の縦穴が主流だ。
床に近づいて汚れ具合を見ると掃除は行き届いてはおらず、具合から見て月単位で清掃していないのが分かる。
「……ここも少し前までは数百人が働いていたのよね」
今では人の気配がない。換気の音を主として下水かごみ処理施設であろう稼働音が遠くで聞こえる程度だ。かつて働いていた人たちはもうこの世にはおらず、その人たちの管理もなく施設は自動で稼働し続けている。
バーニアンが作ったものだから、無人でもある程度は稼働できるようになっているのだろう。
野心のためとはいえ、無辜の社員を邪魔な理由で四万五千人も抗えずに一網打尽にされるとやるせない。
ルィルもその片棒を担がれてしまっているが、何としても罪は償わせなければならない。
適当に進んでは思いついた部屋のドアノブに触れる。
ガチャガチャと拒む音が通路に響く。
ドアノブにはカギ穴と合わせて赤くランプが灯っている。おそらく通常の鍵に加えて電子錠でもあるのだろう。そうすれば人を減らしても出入りは出来る。
が、ルィルに権限はないから入れない。
「ま、当然よね」
こうなれば手当たり次第にとドアノブと言うドアノブに触れる。
しかし開く扉はなく、ガチャガチャと擬音だけが通路に響き渡り続けた。
日本からお守りとしてもらったスマートウォッチNichiの刻む時間が、一時間を刻む度に焦りが出る。
かと言って暴挙に出ても無駄骨で、開戦まで根気よく粘るしかないのだ。
結局何一つ成果を出せずに時刻が午後六時を迎える。
「……そろそろ戻らないと」
さすがにいつまでも最下層を移動し続けているわけにはいかない。
裏切りの特殊部隊ネムラへの教鞭で二週間を無駄にし、代わりに十日間の自由を得た。
その自由を守るためにも、最低限の節度は守る必要がある。
出来ればひたすらに探したくも、今日の探索は諦めてルィルは最寄りの縦穴に向かった。
カツン。
探索を始めてから誰一人会うことなく、施設の稼働音しかしない最下層の通路に、ルィル由来ではない音が聞こえた。
瞬間、ルィルの意識が臨戦態勢へと移行する。癖で腰に手を回すも、銃なんて携帯していないから虚空を触れる。
唐突に最下層を探索し始めたから疑われたか、またはただの施設作業員か。
何であれ誰かがいるのは確かだ。
ルィルは五秒ほど息を潜め、音がした方向とは逆の方向に向かった。
ここにいる全員が敵と言う認識である以上、非戦闘員であっても接触は避けたい。
一応ここにいる言い訳は考えてはいるが使いたくなく、会わないためにも音とは逆の方向へと向かったのだった。
等間隔で設置されている地図を見ながら最寄りの縦穴へと向かい、あと三回曲がれば到着する。
その時だ。
「っ!」
ばったりと人と会った。
空に立つリーアンだからこその接触だ。日本と違って足音となる移動音がしないから、通路の角でばったりと会うことが日常的にある。
と同時に音で誘導されたかと疑うも、まずは平静を保つ。
しかしそんなルィルの反応とは裏腹に、出会った人は逆の反応を示した。
後ろに移動しつつ体を反転して逃げようとしたのだ。その行為はある意味当然と言える。
その行動に軍人として反射的に前進と腕を伸ばすのを同時に行い、逃げようとしたその人を背後から捕らえた。
「ミュイ、待って」
捕まえたのはチャリオスに来た時に案内をしてくれたミュイであった。
服装はしばらく着替えていないのか皺くちゃで、髪も手入れをしていないのか油でべたついている。臭いも少しばかりしているからシャワーも浴びていないのだろう。顔の肌もよくない。
そんなホームレスとも取れる姿のミュイは藻掻いて逃げようとし、両手で抱えるようにして持っている物が数メートルしたの床へと落ちた。
「お願い、殺さないで」
懇願する声は怯えきり、通路に響かせないように小声だ。
ミュイを見た時点で瞬間的に色々と推察でき、その懇願でさらに方向性が定まる。
「あなた生きてたのね。大丈夫、殺さないわ」
ルィルの中ではミュイは死んでいるはずの人間なのだ。
そう、二週間前に居住島ごと爆破して死んでいるはずの側にミュイはいて、どういうわけかここで生き延びていた。
なぜ死んでいることを知っているのかと言うと、チャリオスが移動を始めた直後に集会が行われて社員の〝一斉解雇〟と目的を聞かされ、さらにその後に仲間のリストを渡されたのだ。
ルィルがここで名前を知る人は数人だ。五千人いようと探すのは苦労せず、その中にミュイの名は無かった。
だから殺されたと思ったのだが、何らかの理由で爆殺を免れて今日まで生きて来たのだ。
生きていたことに驚きつつも、四万五千人もいれば難を逃れた人もいても不思議ではない。なによりバーニアン自身が浮遊都市落下から生き続けていたのだ。
前例があれば目の前にいたとしてもそういうこととして納得できる。
「うそ、信じられない。みんな殺しておいて」
「私もそこまでするとは思ってなかったし、いくら仲間になっても考え方まで染まっては無いわ」
「裏切り者の言葉をどうやって信じればいいのよ。捕まえておいて」
背後から抱きかかえる形で拘束しておいて、敵ではないと言っても信用は無い。
ルィルはゆっくりと腕の力を抜いてミュイを解放した。
「……ミュイ、あなたずっとここで生き延びていたの?」
下に目を向けるとスナック菓子の袋が転がっている。堂々と食堂に行くことが出来ないから、入れる部屋から食料を物色しつづけてきたのだろう。
「そ、そうよ。上には行けないから、たまたま開けっ放しだった部屋に逃げたの」
「大変だったわね。信用はしないでしょうけど、貴女のことを誰かに話すつもりはないから」
下手に話をしようとすれば探りを入れてるとして警戒される。どう話そうと警戒心を解くことは出来ないから適度な距離感を保つ必要がある。
「貴女のことは見なかったことにするから、私は行くわね」
どうやって生き延びたのかとか、ルィルの手助けが必要かまたは助けになるのか話したいところだが、時間が時間なのでスルーすることにした。
「それをどうやって信用すればいいの。嘘なんて何でも言えるわ。そもそもアンタこそどうしてこんなところにいるの」
「ただの暇つぶしよ」
「悪いが暇つぶしで最下層に来る奴なんて聞いたことないぞ」
死んでいたはずのミュイが生きていたことと、話をしていたことで周囲の警戒を怠ってしまった。
突如男の声が背後からして、振り向くよりも前に両腕を背後に回され拘束されてしまった。
「な、なに?」
やはりルィルを捉えるための陽動作戦だったか。最下層の探索をしたことでスパイ行為とバーニアンが判断して捕まえに来たのだろうか。
もちろん想定していた悪い事態で、逃れられるか分からないが言い訳はある。
「見られたからには来てもらおうか。ミュイ、迂闊過ぎだぞ」
「すみません。でもこの人ならまだ好都合です」
腕に少し力を加えて拘束具合を見る。軍人であれば微動だにしないところ、握力や腕力はそこまではなさそうだ。捉えるにしても両腕を掴んで尚且つ体重を支えるほどの力を籠めるのが最低限だから、背後の男が軍事訓練を受けていないのが予測できる。
抜け出そうと思えば抜け出せるが、変に騒ぎを起こしてしまうのは後々厄介になりそうだ。
そう予感したルィルは、身の危険の前にこの機会に期待することにした。
今は命の前に少しでも情報をエルマ達に迎えるのが優先だ。
それにルィルには身を守る切り札もある。
背後の男は行けとばかりにルィルの腕越しに押し出し、それに素直に従って通路を進む。
「……一応聞くけど、質問は受け付けてる?」
「するか裏切り者」
「裏切り者。ってことは貴方もミュイと同じ〝解雇〟側だったのね」
ポロっと情報話すだけでも軍人でないことが分かる。本当の軍人なら情報を漏らさないためにも無言であるべきだ。返答してしまう当たり、民間人と推察できる。
だとすればバーニアンの差し金である確率は低い。それが本当であれば、だが。
「黙って進め」
「せめて目隠しくらいしたほうがいいんじゃない? どこに潜んでいるのか教えたらまずいんじゃないの?」
「黙れ」
「そもそも私をさらっても意味ないわよ。何を聞きたいのか何をさせたいのか知らないけど、もし命の保障の交渉とかに使おうとしても、多分あいつらは私と一緒に処分するでしょうね」
日本の女王とするのはそうすることで御しやすくするためで、ルィルと言うコマがいなくても強要することは不可能ではない。
「ねぇガジル、本当に連れてくの? もし上に戻らなかったらルィルのこと捜すんじゃない?」
「こいつはまだ話が通じるんだろ。だったら外に出すように動いてもらった方がいい」
「出たらいいじゃない。時速二百五十キロと速いけど、地表に付くまでには減速できるでしょう?」
「出来たら苦労しない。一緒に生き残ってた彼氏がそれをしようとして撃ち殺されたから」
「……逃げ出す者は容赦ないってことね」
「だから俺たちに協力しろ」
「したところで待ってるのは死だけよ。多分私もろともね」
「奴らの仲間だろ」
「表面上なだけよ。私は私の目的で奴らの仲間になったけど、向こうからしたら都合のいいコマでしょうし、邪魔になったなら容赦なく消すわね」
「ルィル、貴女死ぬの怖くないの?」
「怖いわよ。ただ果てに死ぬだけだからその間に全力を注いでるだけ」
成功の果てが生であってそれ以外が高確率の死ともなれば、成功に全力を注ぐのは当然だ。死に震えて怖気づいている暇はない。
「だから私を捕まえても貴方達にメリットはないわ。むしろお互いに見なかったほうが得だと思うけどね」
交渉と言うよりは事実をルィルは告げる。
過大評価であってもこの場面をバーニアンは見ているだろうから、ミュイ達の本心に関わらず中立を保つ他ない。
味方をすればバーニアンに付け込まれ、敵になればせっかくのキッカケを捨てることになる。ならばどっちつかずを通す。
「いいから進め」
「……ルィル、私たちを助けて」
「だから無理だって」
「いや、お前なら助けるしかないだろ」
「ならって含みがある言い方ね。そう言えばミュイもさっき好都合とか言ってたわね。私だとなにかいいわけ?」
「行けば分かる」
ミュイと遭遇したのは偶然か必然か分からなくなった。
全てが敵と前提で動いている以上、全ての事象に対して猜疑心を持たねばならない。
一瞬の隙が命に直結する状況だ。警戒心は常に持ち続ける。
これ以上は何を話しても話してはくれず、ルィルは素直に従って通路を進み続けた。
五分ほど進んで活きついたのはサービスルームと書かれた一種の休憩室だった。オープンスペースともあってか扉がない。
代わりに浮遊するタンスなどで疑似的な壁を作っていた。
ミュイはその壁にしているタンスに一定のテンポでノックをする。
するとタンスが横にズレて扉が開いた。
「入れ」
五十メートル四方のサービスルームには十数人程度の人がいて、あたかもホームレスか着の身着のまま災害から避難してきたようなタオルケットや寝袋。周囲から手に入れるだけの物資で生活しているような様相をしていた。
見たままを捉えるなら先の〝一斉解雇〟から偶然免れ、かと言って外に逃げることも出来ずにここに避難してきた者たちであろうか。
皆この二週間を少ない物資で生きて来たからか薄汚れ、お世辞にも無臭とは言えない臭いが漂っている。やつれてもいて顔の精気もない。
軍人の前に人として何とかしてあげたい衝動はあれど、ここで肩入れは出来なかった。
「予想はしていたけどこれだけ生き残りがいたのね」
居住島を爆破したのは深夜でも、別段行動制限を課していたわけではない。浮遊都市自体は常に稼働するため夜勤があり、そのために夜間で働く人は一定数いるはずなのだ。
爆破した日はその夜勤をネムラがしていたとしても、様々な事情で居住島から別の島に移動していたこともありえる。
どうやって集まったかは別として、生き残りがいることは不思議ではなかった。
生き残った〝未解雇者〟たちは、様々な感情を目線に乗せてルィルを見る。
敵側として軽蔑する目。仲間を殺されたことによる憤怒の目。殺されるのではないかと悲壮感の目と様々だ。
上にいる裏切り者と違ってこの人たちは無実の人たちだ。助けてあげたいが今は何もできない。
「で、私をここに連れてきてどうするの? さっきも言ったけど、脱出をさせてほしいといわれても出来ないし、しようとすれば全員皆殺しよ?」
「そこをなんとかしてほしいんだよ。ルィル」
聞きなれた声にして聞きたくない声がする。
同時にこの図を作った張本人であろうと直感もした。
「……結局アンタはなにがしたいのよ。父さん」
ルィルの隣について声を掛けたのは、思想が全く分からないルィルの父であるカリムであった。
軍に入隊すると決めたときに大喧嘩をして勘当。そうしたら一般企業からチャリオスに転職。ルィルの父からか能力からか知らないがバーニアンから生存側に選ばれて、今後は生存者を集めて保護的なことをしている。
娘ながらカリムの意図が全く読めない。
バーニアン側なのか民間人側なのか。ルィルと進みを合わせられるのか、はたまた別の考えを持っているのか。
「座ろうか。ガジル君、もう手を放して大丈夫だ。娘は暴れないよ」
「分かった」
ルィルの腕を拘束する力が解ける。
カリムはサービスルームの隅を指さした。そこには壁に支柱で固定されたテーブルセットがあり、ルィルは素直に従って向かい合うように座り合う。
「で、アンタはどっち側なのよ」
どしっと椅子に座って腕を組み、半ば軽蔑する目線でカリムを見ながらルィルは問う。
本心はどうあれ建て前としてはお互いにバーニアン側の人間だ。人の本心なんて読み取れない。ルィルがそうであるようにカリムもバーニアンからの別命か、それとも自分の考えから動いているのか、計り知るためにも尋ねる。
「私はただお前を助けたかっただけだ」
「……いつ、私が助けてって言ったのよ」
「親なのだから当然だろう。お前には幸せに過ごしてほしいんだ」
「少なくとも私は不幸と思ったことはないわ。今も、これまでもね」
不安や緊張が不幸とはならない。危険極まりない任務に就き、裏切り者と母国で言われようと不幸と覆ったことは一度としてなかった。なのに親と言う一方的な考えで不幸と認定されて邪魔されるほうが不幸だ。
「娘として失格なのは自覚してるし、大学卒業まで育ててくれたことは感謝してる。けど今は自分の意志で自分の人生を生きてるの。親だからって私の人生に深入りしないで」
「ルィル……」
「で、話を戻すけど父さんはチャリオス側なの? それとも民間人側? まあどっちであっても私はなにもしないけど」
「私がなぜ生かされているのかは分からない。ただ、チャリオスで五年以上働いていたとしても、命を軽く見るまで落ちぶれてはいない。だから多分いるだろう生き残りを仕事がないからこそこの二週間、下層を移動してこれだけ集めたんだ」
「じゃあここのリーダーは父さんなわけね」
「ああ、そうだ。それでお前はどうしてここに? いずれはお前にここのことを話そうと思っていて、ここに連れてこられたときは驚いたぞ」
その割には驚いているようには見えない。父であっても腹の底は分からないままだ。
なんであれ、ここで信用するのはルィルだけだ。これだけは肉親だろうと親友だろうと絶対に揺らいではならない鉄則だ。
だからルィルにとって父であろうと敵として向かい合う以外にない。
「なんでもここには世界最高のコンピューターがあるらしくてね。どんなものか興味本位で探していただけよ。でも最高機密だけあって場所とか教えてくれなかったし、暇だったから自分で探してたってだけ」
これがもしバーニアンに追及されても白を切る言い訳だ。
詭弁も甚だしいが、スパイである証拠がなければ限りなく黒であっても向こうはグレーとして見るほかない。グレー認識であれば追及はそこで止まる。
しかし、そこで探すなと言われたら出来てもう一度くらいだろう。二度三度とすれば黒認定されてしまう。
「まあ、当てもなくさまよってるだけだからてんで見つからないけどね」
「……まさかスパイとして潜入して破壊工作をしてるとかじゃないだろうな」
「裏切り者として大々的に言われていてスパイなんて出来ると思う? それにやったところでどうやって脱出するのよ」
「だな。すまない」
「だから私は上に戻った方がいいの。父さんもだけど、じゃないと上が不審に思ってネムラが下りてくるわ」
「私なんていてもいなくても上は興味ないさ。多分お前を縛り付けるための人質のようなものだろうからな」
「受けたことはないけど前々から電話をしてきたのはそのためだけでしょ。高収入の代わりにチャリオスに呼び込めって。まあチャリオスや父さんの考えとは別口からここに来たから、曲がりなりにも達成にはなったのかな?」
「お前はどうしてあの異星国家に拘る。あれは六年前まで存在すらしなかった国だろ。なのにどうしてそこまで命を懸けるんだ」
「どうしてかしらね。天命とでもいうのかしら、自然と関わりたくなるのよ。あの国にはそうさせるだけの魅力があるから」
具体的に言葉には出来ず、主観であり感覚としか言いようがない。
異星国家と言う響きや日本と言う異星人。それらが総合的に絡み合ってルィルは惹かれた。そうした説明しか出来ず自分で納得もしている。
だからこそ日本を守るため、バーニアンを捕まえるため、表裏の利害の一致からルィルはここにいるのだ。
「もう一度言うけど、私を捕まえても逆に寿命を縮めるだけだから、このままひっそりとしてることを勧めるわ。外に出ても対空射撃を受けるなら猶更ね」
「そうもいかない。あと一週間かそこらで日本と戦争だろ。その前には出してやらないと」
「チャリオスが負けるとでも思ってるの? 世界中のシステムをダウンさせて。いわば大人と赤ん坊の戦いよ?」
自分で言うのも何だが、嘘でも敵が勝るように言うのは腹が立つ。それでも立場上それだから、口に出すならチャリオス側を徹底するしかない。
「一方的に勝つんだからむしろ逃げずに残る方が安全よ」
「そうなのか? 軍事には疎いからな」
「よくそれでチャリオスに五年もいたわね」
「父さんはずっと会長の運転手をしていたんだ。軍事にはかかわってない」
「なるほどね。ともかく私は上に行くわ。長居したら本当に皆殺しにされるから」
ルィルは席を立った。これ以上は本当に不信感を与えてしまう。例え阻まれようと強行して出る気持ちで入口へと向かう。
「何度も言うけど、ここのことは本当に誰にも言わないから。そこは娘として信じて」
「……分かった」
「じゃあ行くわね」
「ルィル、お前が探してる物かは知らないが警備が厳重な場所は見たことあるぞ」
「そうなの?」
「ここから十二階上の浄水フィルター室だ。インフラに詳しいわけじゃないが、そこに四人も銃を持った警備員を置く必要はないと思う」
水を浄化するフィルター室はインフラとしては重要であるが、カリムの言う通り警備を配置するほどではない。
ともなれば闇雲に探すよりも候補の一つとして頭の片隅には置いていこう。
出来ればエルマ達にも音声が届いてくれれば、何らかの作戦を考案してくれるはずだ。
注意しなければならないのが、本当にエミエストロンの隠し場所なのか分からないのと、カリムが嘘をついていることだ。
実の親だからこそ信じたいが、理解し合えず十年以上疎遠していたのだ。親と言う肩書だけで全幅の信頼は置けない。
そのフィルター室は明日調べるとして、まずは上に戻ることが先決だ。
ルィルは避難した人々の目線を受けながら塞がれている入口へと向かう。
「ルィル……本当に喋らない?」
初めて会った時とは違って気落ちしたトーンでミュイが入り口のそばにいて聞いてきた。
彼女からすれば生死の瀬戸際だから気になるのだろう。
「喋って私に何か得がある? 食料や生活用品の援助とかはバレるから出来ないけど、少なくともここの邪魔はしないから」
「援助物資は私がなんとかする」
「だって。せいぜい見つからないことね。迂闊な行動は身を亡ぼすわよ」
「お前には言われたくない」
「あと母さんを悲しませないようにね」
「それもお前には言われたくない」
「それもそうね」
そうしてルィルは避難所を後にする。
捕まった時はヒヤリとしたが、ひとまず無事に済ますことが出来た。
真偽は不明でも探索するべき場所も知れたから一応の成果だ。
さすがに武器もなしで強行するわけにはいかないから、カリムの話の確認程度に止めて可能な限りの準備に終始する。
可能なら開戦前にエミエストロンを止め、難しければ開戦後の混乱に乗じて向かおう。
もちろん一人でだ。
出来ればティアや陽動作戦として避難民を使いたいが、味方である保証がないから敵として扱うしかない。
結局のところ映画のように孤軍奮闘で挑むのだ。
もちろんエルマ達が送られた情報を元に作戦を練っていることを期待しているが不安も残る。
ルィルの一挙手一浮動全てを監視されているから、通信が生きていることを確認するような疑われる言動は取れない。だから通じていると信じていると同時に出来ていないことを常に頭に置かねばならないのだ。
「さすがにアレは探りようもないか」
ハオラからの説明でもペオ・ランサバオンは一言も出ていない。エミエストロンは名を出したから探りようがあれど、出てもいないシステムを探るのは非常に危険だ。
あわよくばエミエストロンがあるかもしれない偽装部屋にヒントがあることを願い、ルィルは縦穴へと向かったのだった。




