第142話『バスタトリア砲』
「――以上の歴史から、日本軍は実戦経験が乏しいわ。訓練密度こそ高いとはいえ、人に対して撃つ精神的体制は軟弱と言えるわね」
ルィルはそう六年間で培った日本軍(国防軍)について教鞭を振るう。
肌着の上に着ている、移動するチャリオス本島の速度と方角が同期している慣性スーツが常に体を押し続けて気持ち悪く、それでも着ていなければ満足に動けないから我慢して考えないようにする。
眼前にいるのは、イルリハラン軍でもどれだけいるか分からないほど屈強な男女で、視線だけで射殺してしまいそうな眼光を迸しらせていた。
ネムラと呼ばれるバーニアンに忠誠を誓った、いわばリーアンの裏切り者たちだ。
その裏切り者にルィルも含まれるものの、自分は違うと内心抱きつつ敵に味方の情報を与えていた。
バーニアンが何らかのきっかけで無実の同僚四万人以上を爆殺し、チャリオス本島がユーストルに向かい始めて二週間が過ぎた。
時速二百五十キロで移動を続けるチャリオス内は基本的にすることがなく、選ばれた裏切り者たちは、ユーストル侵略のために自主鍛錬や武器の手入れをしている。
その中には六年間で蓄積したユーストルの情報を学ぶ者たちがいて、その上でユーストルに詳しいルィルに教鞭を握ってほしいと頼まれたのだ。
もちろんユーストル侵略はバーニアンにとっては野望の一つだから入念なリサーチによる情報を得ているだろう。それでもユーストルにいた当人らから聞くのは、単独で調べる以上の情報源となる。
だからこそルィルやティアは生かされているとも言えた。
ティアも別の部屋で同じように、別基地に異動するまでの知識を提供している。
女王にしようとしているルィルはともかくティアはいずれ用済みとして処理されてしまうか、体のいい人質としてルィルをコントロールするべく生かし続けているのか懸念は尽きない。
前提として味方としては見れなくても、かつては日本問題で共に前線に立ち続けた元仲間だ。
味方だったにしろ敵になってしまったにしろ死なせたくはない。
ただ、それは十日ほどで到着するユーストル争奪戦でイルリハラン側が勝ってからの話だ。
「一度も実践したこともないやつらなんざ雑魚もいいところだな」
「転移してきた時に一気に叩き潰して従属にしちまえばよかったんだ」
と日本をバカにした声がしてくる。
ルィルはそのことに何も言わないし、不満や憤りは思わない。
事実は言っていても蔑んでもらえるならこれほど好都合なことはないからだ。
確かに日本の国防軍は実戦経験はないにしても、相応の訓練を日常的に繰り返している。ルィルは訓練として国防軍と模擬戦を幾度としているから、その練度の高さは装備の面からも十分あることを知っていた。
だから舐めた対応をして返り討ちに遭えば、敢えて事実を告げることに意味はある。
埋め込んだ発信機が今なお機能しているなら、エルマ達は敵が何を知っているのか分かっているはずだ。不利にはなるまい。
「ええ。実戦回数で言えば日本軍より貴方達の方が上ね」
そう前向きなことは言っても勝てるとは言わない。
「地から離れられない上に街を避難させることもできねぇ。どうしてそんな連中に俺たちが遠慮しなきゃならねぇのか前々から変だと思ってたんだ。奴らのメリットなんざ地中掘りだけだろ」
「科学技術も超未来ってわけでもないからな。今までの情報とアンタの説明で違いなんてほとんどねーし」
さすがにバーニアンなら発言の一つ一つに裏がないかと勘繰ってしまうも、脳筋の裏切り者たちはそのままの言葉として聞き入れられる。
ある意味ではバーニアンと相対するより気が楽だ。
「そういや奴ら、バスタトリア砲並みの破壊力を持つ爆弾を持ってるって話だけど、それを使う可能性はあるか?」
「どうかしらね。私も映像でしか見たことがないし、日本はそもそも転移以前では持ってすらいない。使えば生物に被害が出る汚染もするらしいから、どのタイミングで使うか分からないわ」
「使えねーな。それでも異星国家の女王様かよ」
「そうね。日本人ですら分からないことを言えたならよかったのだけど、さすがに知らないことまで断言できないわ」
「けっ……」
安い挑発には乗らない。
とりあえず目ぼしい日本国防軍についてのことは話した。
戦闘スタイルから主な装備一式。詳細は数字はルィル自身把握していないから訓練で知っているまでのことだが、裏切り者としての仕事としては相応だろう。
「とはいえ、使わない兵器なんて無いのも同じだから、もうこれしか使えないならするんじゃない?」
こればかりはルィルにも答えようがないし、後遺症を考えればバスタトリア砲より使用決定は判断しずらいかもしれない。
そのバスタトリア砲も、試射はしても戦闘時に使ったことは一度もないのだが。
甲高い警告音が部屋に鳴り響いた。
その瞬間、ルィルを除くネムラの兵士たちは席を立つと部屋から全速力で退室して行った。
聞きなれない警告音はおそらくスクランブルのアラームだ。
ルィルは戦闘員ではなく、そうした訓練も一切していないから反応に遅れたが、ネムラたちは訓練をしているのが素早く動く。
「……国によってスクランブル方法は違うのに、反応するってことはやっぱり事前に訓練してたってことね」
緊急出動のサインは国によって異なる。しかも傭兵はスクランブル出動を基本しないから、それでも動くと言うことはチャリオスは私設軍として動けるよう訓練をしていたのだろう。
スクランブルするということは会敵か。
外界の情報をあのティアのスパイ騒動の夜から完全に遮断され、チャリオスがユーストル奪戦のため向かっていること以外ルィルは何も知らない。
世界はチャリオスの行動を知っているのかすらルィルは知らず、未だに一企業として見ているのか敵視しているのかも分からなかった。
それでもスクランブルが掛かると言うことは、少なくともチャリオスに攻撃の意思を示す何かがいるのかもしれない。
「もしかしてイルリハランか日本が動いた?」
もしそうなると色々とルィルも動かなければならない。
チャリオスの真相を知る二ヶ国が動いたのなら当然対策はしているだろうし、いざ戦闘になるなら内側から敵の弱体化に動くべきだ。
少なくともユーストル奪取に向かっている時点で、テロの証拠を掴む目的は事実上消えて、どちらが勝つか負けるかの二択となった。
その場合、チャリオスが負ければルィルも巻き添えで死んでしまうかもしれない。それでもチャリオスが勝つ結末だけは避けなければならず、ルィルは死ぬ覚悟も持って自薦したのだ。
「いくなら戦闘指揮所ね」
いっそのこと戦闘指揮所を爆破ないし、そこの兵士たちを皆殺しにしてしまえば戦闘能力の軽減に繋げられる。
やれば返り討ちの決死の行動。だが掴めるチャンスは掴むべしと、ルィルも座学に使っていた会議室を抜けて移動を始めた。
元々五万人が活動する大型浮遊都市。さらに付随する小島も爆破した居住島を除いても、たった五千人では人口密度はかなり薄く、通路に出るとインフラ音しかない静かさで、警告を知らせる警告灯が静かに光り続けていた。
戦闘指揮所の場所は移動を始めてからどこにあるのかは事前に把握している。
元々は別の施設で、秘密にしていたと言うよりは偽装していて他の社員に気づかれないようにしていたらしい。
ルィルに入れない場所は名目上ないが、下手に動いて警戒されるのが厄介だから近寄らないでいたものの、初の会敵となれば興味本位で近づいても問題ないだろう。
通路を進み、上下階に移動する吹き抜けを進み、位置的に土台区画の中央上部へと向かう。
強度的にそこがもっとも浮遊都市内では安全で、これは多くの民間の浮遊都市ではバイタルパートに使われている。ラッサロンでも多少の違いはあっても同じ区画に指揮所があるくらいだ。
だから特に迷うことなく、一応挙動不審さも見せないようにして戦闘指揮所へと向かった。
通路の大きさはその動線の重要度で異なる。人の往来が多いところは当然広く、逆に少ないところは狭く設計してその他の空間を確保する仕様だ。
バイタルパートは当然重要度が高いこともあって動線が広く確保され、広々とした通路にある両開きの扉。
さすがに重要施設ともあって警備兵が二人、小銃を抱えて浮遊していた。
移動を始めて人と会ったのはこの警備兵で十人目だ。
「何用ですかな?」
警備兵がルィルに気づくと、銃口こそ向けないがいつでも動かせる様相で尋ねて来た。
「スクランブルが掛かったみたいだから様子を見にね。中に入っても?」
「入室許可は得ていない方は入れられません」
「一応ハオラ会長から言伝だけど制限区域は無いって言われてるけど?」
これは本当だ。信用の現れとしてそう言われているが、ルィルは敢えて泳がせて破壊工作をしないか見ているとしている。
だから決死の一発勝負なのだ。
「少々お待ちを」
警護兵はそういうと無線でどこかと連絡を取る。この都市の基地局を利用する携帯電話は使えないが、中継器を経由しない無線機同士であれば問題ないのだろう。
「――どうぞ」
確認が取れたのか、警備兵は警戒を解いて少し扉から離れてルィルは中へと入った。
元々はインフラ管理施設との名目の大部屋だが、今となっては軍事中央指揮所へと変貌し、壁に取り付けられている複数のモニターには様々な情報や衛星映像が映し出され、百人ほどの兵士たちがパソコンのキーを手早く叩いている。
目についたのはチャリオス本島がいる現在位置の地図を映すモニターだ。マルターニ大陸とエルデロー小大陸の間にある海峡に光点があり、地図で言えばイルリハランよりレーゲン側に複数点灯していた。
日本は浮遊化している駆逐艦は少ない。イルリハラン軍かまたは他国軍か、その違いでルィルの行動が変わる。
「敵艦はレーゲンの旧式艦七隻。アナログ式でモスボールしていたのを引っ張り出したようだ。距離は二千キロ」
「デジタル機器を使ってなきゃエミエストロンの影響もないか」
「まるで骨とう品市場だな」
「戦闘機も第一世代とは、よくもまあ完動品を残してる。攻撃方法なんてミサイルどころか機銃のみだぞ」
「あれだけ古いと、向こうはまだ俺たちを見つけてないな」
そんな声が聞こえてくる。
「レーゲン軍……」
ある意味ホッとしたような、しないような呟きをルィルはする。
だとすると今ここで暴れるのは待つべきか。いや、情報を収集するべきだ。
チャリオスの戦闘能力を音だけとはいえエルマ達に送る絶好の機会だ。
「お、来たねルィル君」
大部屋の隅には浮遊する長テーブルがあり、そこに二十人ほどの推定五十歳以上の男女が座って茶を嗜んでいた。
バーニアンの面々だ。
軍服ではなく背広を身に着けており、面接の時に会い、チャリオスが移動を開始したときにネムラを含め裏切り者を集めて侵攻を開始したと話があった時に見かけたから間違いない。
「移動して初めてのスクランブル? だったから何かあったのか気になったんです」
「見ての通りさ。レーゲン軍が当たりを付けたのだろうな。我々の進路に待ち伏せをしていたのさ。ま、旧型艦だから向こうからはまだ見えてないだろうがね」
ルィルの問いに答えるのは、実質のトップである会長のハオラだ。指令室の空気とは打って変わって茶を嗜んでいる。
「……と言うことは、レーゲンはチャリオスを敵と見てるってこと?」
「なんだい、君は何も知らないのか?」
「あいにくと仲間を吹き飛ばしてから情報遮断されてるので、ここがユーストル奪取に向かってること以外何も教えられてないので」
さすがにチャリオスが世界に対して宣戦布告したであろうことは分かってはいても、それを肯定してくれることがなかった。よってついでに皮肉も交えて答える。
「おお、それは悪かったね。皆には伝えたと思ったのに連絡ミスか……。ならばこの二週間は不安だったのではないかな?」
「新参者だから、変に詰め寄って誤解は生みたくなかったので」
「そうだったね。君が正式に仲間入りした直後の作戦開始だったから、そうした心配もしたか」
一体ハオラの言っていることがどこまで本心なのか、ルィルの企みを見抜こうとしているのか判断できない。
目の前にテロリストのトップがいるのに、下手に手が出せない。
天才集団であるなら保険は幾重にも掛けているだろうし、目の前のハオラがトップかどうかも確証が持てない。
今ここで自爆特攻で殺したところで、バーニアンのバックアップチームが必ずいるはずだから、それらも含めて対処できる状態にしなければ無駄死になってしまう。
短絡的にみれば絶好の機会だが、余裕でルィルの前にいることがそれが無意味であることを示している。
「簡単な話さ」
ルィルの考えとは裏腹に、ハオラはやんわりとした口調で話す。
「我々の技術力はどの国よりもはるかに優れているシステムを有していてね。それを使って全世界のシステムをダウンさせたのさ。だからいま待ち構えているレーゲン軍の艦隊は、デジタル機器を使わない半世紀以上前の骨とう品と言うわけだ」
エミエストロン。
無実の社員を吹き飛ばしたあとの招集時でも言わなかったシステムを、ようやくバーニアンの口から聞かされた。
これまでルィルは敵側からエミエストロンもペオのことも聞かされていない。
スパイ騒動でやんわりと話はしたが、それもポロっとこぼすかの探りだったから頑なに知らない体を保ってきた。
けれどようやくそれもしなくて済みそうだ。
ハオラは簡潔にエミエストロンの名と性能を話した。この二週間の動きからだろうなと思ってきたことそのままで、さすがに世界中のコンピュータをクラッキングするのは性能のバケモノかと思うが、一企業が世界を騙して支配しようとするならそれくらいしなければ物量で負ける。
逆を言えば、エミエストロンを前提とした作戦行動だから、そこを潰せば計略は破たんに向かうはずだ。
ただ、そうなるとネムラの連中に日本について教鞭を握ってくれと言う依頼と矛盾する。
日本がブラックアウトしているのなら、わざわざ頼む必要はない。と言うことは、日本は無事である可能性も考えられなくはない。
が、信用できる情報がない以上、ここは楽観視せずにブラックアウトしている前提で行くしかない。
ルィルの中でテロ事件解決を上回る優先順位を内心で決定する。
ペオの現状はさすがにテロの実行方法になるから片りんすら見せないが、エミエストロンのことを話させたのは大きい。
「……エミエストロンっていうコンピュータ? が凄いのは分かったけど、凄過ぎて実感が出来ないですね。それを使わなくても高性能なウイルスを作っても出来そうだし」
「もちろん可能だがね。それだと何かと不都合があるのだよ」
「ふーん、それで、そのコンピュータってここにあるの?」
「秘密の場所さ」
当然、最重要設備だけあって教えてはくれない。
そして牽制も掛けられた。これで下手に探ればルィルの目的を肯定してしまう。
せめてここか違う場所かくらいは掴んでおきたい。
「そうよね、そんな大事な物を抱えたまま本陣が直接行くなんて不自然よね。でもそれを言うならリーダーがいるのもまた不自然だけど」
牽制の仕返しとばかりに煽る。リスキーだが取り返しのつく範囲でやり返すくらいはルィルはなじむ必要がある。
「ははは、確かにそれは言えるな」
これで出る答えは二択。バーニアンのバックアップがいるからここにいる。または緊急過ぎて本陣が乗り出すしかなかったか。
おそらく出る答えは前者であり、だからこそ後者が浮き彫りになる。
「それはね。私たちが万が一失敗しても次があるからだよ。この野心……いや、復讐心か。我々の思想は途絶えることはないんだ。例え準備が中途半端だとしてもね」
望んで生まれなかった新人類。その能力値の高さと身体的特徴からリーアンや地球人に強い恨みを持っている。レーゲンの非人道的な人体実験を思えば仕方ないとも言えて、厄介とも言える。
間違いなくここが負けても、バックアップチームがブラックアウトした社会でか別の場所でひっそりと生活しているはずだ。そして中途半端の言葉と四万人の社員をいきなり爆殺したことから、エミエストロンはここにあると七割方抱けた。
そもそもこの侵攻自体不本意で、元々は本陣は動かずにするはずだった。
軍事戦略上でも、浮遊基地は防衛の観点から原則として敵国に移動はしない。対象国から最も近い沿岸に近づくことはあっても、海を越えて侵攻することはないのだ。
なぜなら軍事基地は鈍重から回避行動がとれず、するなら対空ミサイルの迎撃をするしかない。しかし基地から打ち出せる迎撃ミサイルには限度があり、飽和攻撃を受けて被害を受けたら一気に危機的状況になる。
その観点から前線基地を設けることはあっても、既存の基地を前線基地にすることはないのだ。
なのにチャリオスはそれをするとなれば、中途半端の言葉と引っかけてエミエストロンがあると考えられる。
さすがにペオは起動条件と失敗の被害規模から別の場所であろう。
エミエストロンは可能なら鹵獲したいがしかたない。ペオも脅威だがデジタル機器を支配できるエミエストロンはもっと危険だ。
バーニアンの話が本当なら、ユーストルのラッサロンや日本もブラックアウトしているだろうし、本国の防衛システムだって落ちている。
いま対処しようとしているレーゲン艦隊みたいに、旧時代の浮遊駆逐艦を出すとなると勝ち目は致命的になくなるだろう。
もちろん向こうは向こうで対処をしていると確信してはいるが、ここは無意味な前向きな考えは捨てて最悪の事態を前提で動く。
だからチャリオス本島がユーストルに到着するまでにはエミエストロンを無力化するのだ。
「お、攻撃するようだぞ」
ハオラの呟きにルィルは指揮所の画面に目を向ける。
地図上に映し出される海峡には、北側に七つと南に六つの光点が映し出されている。北側は動かないが南は北北東の方角へと向かっており、南北の光点は二千キロ離れているが近づきつつある。
「二千キロも離れるなら攻撃は対艦弾道ミサイル?」
公表されている兵器でも届くのは二千キロ以下だ。レヴィロン機関は通信や制御の問題から搭載されておらず、射程二千キロを超える対艦弾道ミサイルは命中率が悪い。
チャリオスならそれらの問題点を克服しても不思議ではなく、軍人としての常識を前提としてルィルは問いかけた。
「いや、もっと原始的な方法だよ」
「五十四番バスタトリア砲、発射準備開始」
担当官であろう兵士の一人が口に出して報告する。
「バスタトリア砲!?」
指揮所に響く世界一有名な名を聞き、ルィルは驚きながらバーニアンを見た。
「……」
驚きを隠せないルィルとは裏腹にバーニアンは皆狡笑している。冗談でもなんでもなく、真剣に使うつもりだ。
しかも聞き流せない言葉もしっかりと聞こえてしまった。
「五十四番バスタトリア砲ってどういうこと? まさか五十四門もあるってこと?」
「いや、六十門だよ」
その狂気の言葉にルィルは本気で絶句した。
バスタトリア砲は国際法で、自力開発した国に限り一国一門と決まっている。チャリオスが製造するバスタトリア砲は、製造実績のある国々に交換用のを安く売るために許されているが、その六十倍を秘密裏に作って設置していた。
しかも六十門。と言うことは本当を時計に見立てて各分の位置に設置しているのか。
指揮所の壁のモニターの一部が切り替わった。
実際に稼働をしているのか確認をするためかドローン撮影によって、チャリオス本島の側面にある搬入用と思われたシャッターがゆっくりを開く。
上下二十メートルはあろうシャッターが開ききると、そこには五メートルほどの砲門が見えた。別の地図が映し出される画面では、チャリオス本島から点線が伸びてレーゲン艦隊と繋がる。
「射線確保。レーゲン艦隊までの距離、二〇一五キロ」
「バスタトリア砲発射シーケンス開始。砲塔内、フォロン力場発生。流動開始」
「砲弾初速、秒速三百キロに設定」
「いや、秒速千キロに設定するんだ」
バスタトリア砲の発射の準備をしている中で、ハオラが訂正を入れる。
「確認。秒速三百キロから秒速千キロに増速。よろしいですか?」
「そうだ。相手に七秒も与えたくはない」
「了解。秒速千キロに設定。発射可能まで三分」
「……本当にバスタトリア砲を撃つつもり?」
「作った兵器を使わないでどうする。作って使わないのは無いも同じだ。そうした意味では、異星国家の最強兵器も理解不能だがね」
「あれはバスタトリア砲みたいな純粋物理ではなくて色々と汚染してしまうらしいから」
「汚染やら後遺症を心配して負けては終わりだろう。後々の心配をする前の目の前の勝敗であろう。向こうの政治家は貧弱だな」
「だからこそ官民が協調して進めもするわ。政治家が突き進みすぎて国民が遅れては批判しか生まれないのでは?」
「突き進み、後続を引っ張ってこその政治家であろう。あの国は、鈍重な政治家の背を国民が押しているようなものだ」
「……さすがに政治にまでは詳しくはないからこれ以上は言えないわ」
やはりバーニアンは独裁主義だ。なまじ頭がよく、他者を下等種族と見下しているからそうした考えになる。民主主義は進みこそ遅いが、国家が総出で進むから着実な成長となる。
独裁主義、民主主義、どちらもメリットデメリットとあるが、どちらが内政的にいいかは歴史が証明する。
イルリハランが王政でありながら民主主義を取り入れているのがその証左だ。
「バスタトリア砲、発射準備完了。いつでも撃てます」
砲門を映す画面では一見大きな変化は見られないが変化があった。フォロンが生み出す力場は不可視だ。秒速千キロにまで増速するほどの流動を起こしても分かりやすい変化は起きない。
しかし、物理的干渉が可能な力場の流動によって周囲の空気に流れが起きた。力場は砲門の内側から外側へ、外側から内側へと動いて加速をする。
その加速に引っ張られて周囲の空気も動くのだ。
つまり、砲門の外側の空気が吸い込まれ、砲門の内側から排出される。あくまで引っ張られるだけなので風速は遅いが、それだけでも駆逐艦を簡単に破壊するくらいの威力はあるだろう。
なのに必要な電力は通常の駆逐艦が生み出す電力で事足りる。
「では発射だ。島内放送後に撃て」
情緒もなく、ハオラは命令を下した。
「了解」
担当官は机から直接伸びるマイクに顔を近づける。
「これよりバスタトリア砲を発射する。屋外にいる者はすぐに近くの建物に入れ」
バスタトリア砲搭載特務艦はその目的から防音防振対策が施され、内部であれば耳栓が無くても問題ない。ここでも同じ作りなのだろう。
「……撃て」
「発射」
バスタトリア砲担当官は、机に備え付けられた赤いボタンを囲うアクリルのケースを開けて押した。
瞬間、砲門を映す画面が切れた。
併せて遠くで砲撃音が聞こえるとともに地図上の点線に砲弾の現在位置であろう光点が現れ、一秒後にはチャリオスと艦隊の中間、二秒後には艦隊を通過した。
通過した砲弾は地図の外へと消えていき、艦隊があった光点も通過したところから消えていく。
秒速千キロが生み出す衝撃波にやられて落ちたと言うことか。光点だけでは状況が分からない。
「戦果が見たいな。付近を通過している衛星はないか?」
「あります。シィルヴァスのスパイ衛星が」
「エミエストロンでクラックして映せ」
他国の軍事衛星を自前のごとく使えるだけ、エミエストロンの性能は確かなようだ。
それを示すように、衝撃波でドローンが落ちて映らなくなった画面が切り替わった。移るのは黒煙を発して海に浮かぶ瓦礫となったレーゲン艦隊の成れの果て。
バスタトリア砲の最も危険な使い方は、その凄まじい速さによる運動エネルギーではなく、それが生み出す衝撃波だ。
バスタトリア砲自体チャリオスが持っている考えをしなければ、相互にミサイル攻撃を守るため艦隊の距離は近くなる。衝撃波でも破壊できるだろうが、榴弾でも広範囲に被害を与えられる。
「今のって砲弾? それとも散弾?」
「砲弾だ。たかが七隻に散弾を使うまでもないよ」
初めて実戦投入されたバスタトリア砲の砲撃。
現地で見ることがないから実感が薄いが、超長距離砲は極めて脅威だ。
ミサイルよりも安い上に速く、ミサイルの射程よりも遠方から相手によっては一方的に攻撃が出来る。
バスタトリア砲に対抗するにはバスタトリア砲しかないとも言われるほどだ。
そしてその砲門がチャリオスは六十門。浮遊都市の弱点である全周位防衛と攻撃をこれで成している。さらに大量のミサイルや兵器を抱えているはずだから、この浮遊都市は攻防を兼ね備えた世界最高峰の軍艦と言えた。
これではブラックアウトしているラッサロンや日本は何もできずすぐさま蹂躙だ。
何としてでも起点となっているエミエストロンを封じて、エルマ達や日本の援護をせねばならない。
衛星から映し出されるレーゲン艦隊は、自分たちに何が起きたのかもきっと分からないまま、海の中へと沈んでいった。
ユーストル到着まで、あと十日と九時間。




