第127話『立場と秘密の線引き』
ルィルの鎖骨付近には、三ミリほどの特殊な発信器が注射器によって埋め込まれていた。
ありとあらゆる通信を傍受できるエミエストロンにとって発信器の存在は丸裸であろうが、イルリハランのシルビーが極秘裏に開発した、金属探知機などありとあらゆるセンサーに引っかからない非金属で作られたものである。
埋め込まれた対象者の位置やバイタリティデータはもちろん、対象者の発声や極短距離の音を拾い送信することが出来た。
受信は出来ず、装置のオンオフも出来ず、ただただ情報を送り続けるだけだ。
元々は警備の厳重な場所への潜入や、犯罪者の所在や仲間の把握するために開発された。今回の潜入調査にはもってこいではあったが、エミエストロンがそれを邪魔をし、ウィスラーが作ったアンチエミエストロンが解決した。
イルリハラン側にエミエストロンがないからアンチエミエストロンの効力を知ることは出来ないため一か八かの勝負とはなるが、エルマが自分の命を使い一週間かけてテストをしたから大丈夫との判断だ。
エルマたちのいる別動隊本部の一つのパソコンには常にルィルに埋め込まれた発信器から発信される情報が表示されている。
マップ上での現在位置。ルィルとその周囲から集音された音波。体温に心拍数といったバイタルデータだ。
事実上ルィルのプライベートはエルマ達に筒抜けとなってしまうが、敵地の情報を常に記録に残す必要があるため、明らかに不要とあっても切ることは出来ず、絶えず誰かがモニターする必要があった。
これはもちろんルィルも承諾してのことだ。
だからこそモニターしていた一同は全員驚愕した。
「ティアさんがチャリオスにいる? しかも父親も?」
「おい、すぐにティアの情報を集めろ。出向とかじゃなくて転職なのかどうかだ」
「リィアさん待ってください。それは明日……いえ、明後日にしてください」
情報は何より速めに手に入れるべき考えにリィアは指示を出すも、すぐさまエルマが止めた。
「ここの端末ならアンチエミエストロンでバレないとしても、向こうのデータベースではアクセスログが残ります。ルィルさんとティアさんが会った直後でアクセスがあれば、情報をリアルタイムで得ていることを悟られます。一日空けてから調べましょう」
「了解。しかしこれ、チャリオスは俺たちの動きを予測してたってことか?」
「体の良い人質兼見張りって感じですね。不審な動きをすれば二人に手を出す。自覚無自覚関係なくルィルさんの見張りをさせて動きを抑圧する。非常にうまい牽制です」
「無自覚の見張りなほど厄介なことはないな。しかも敵側なのかこちら側なのか判別できないから、より苦しくなるな」
「カマかけ程度で判別するのも厳しいですね。共に潜入するなら信頼できても、少しでも時間差があれば取り込まれてる可能性が捨てきれません」
「ルィルもそこは分かってるだろ。あいつならティアでも何も言わないだろうな。絶縁状態の父親ならもっとだ」
「さすが上官ですね。よくご存じで」
「茶化すな。とにかくルィルを信じて見守るしかない」
「こちらはこちらで、向こうがやりそうなことへの対策をしましょう」
「アンチエミエストロンをラッサロンにばら撒ければ楽なんだがな」
「個人的な信用と物理的な信用はまた別ですからね。トロイの木馬の可能性がある以上、基地に蔓延させるわけには行きません」
万が一アンチエミエストロンこそが、情報を引き抜くウイルスであればイルリハラン軍の主力は全滅だ。だから安易に蔓延させることはせず、本当に重要な所だけに限定していた。
いま別動隊が秘密裏に行っている対策はチャリオスと戦闘状態になった際の保険だ。
それでもデジタルを抜きに全てアナログだから時間が掛かり、尚且つうまく話を付けなければ他の人が使った端末から拾われてしまう。
デジタルが当たり前になった現代で、アナログに徹底するのは苦行そのものである。
が、仲間の一人が苦行中の苦行をしているのだ。仲間が大勢いる側が嘆く訳には行かない。
エルマたちはルィルに出来ないことをする。
*
ありとあらゆることが未知であった異星国家日本への偵察をしていた時も平静さを保っていたルィルも、この状況で平常心を保つことは叶わなかった。
当時は未知であっても異星人ゆえに人外の姿に加え、侵略目的かなどありとあらゆる可能性を考慮していたから、話せばわかる平和的な国家にむしろ呆気にとられもした。
しかし、完全に可能性の片鱗にも触れていない人物が二人も現れれば思考も停止してしまう。
下方から物が叩きつけられた音がして、手に持っていたカバンがないことに数秒遅れて気付く。
一瞬カバンの中に壊れたら困る物がないか考えてすぐにやめた。
それ以上に考えなければならないことが目の前にいるからだ。
どうして二人がここにいるのかだ。
ティアは異動で三年前にラッサロンを離れ、父のカリムに至っては大学卒業直前から一度も会っていない。
そんな二人が目の前にいるのだ。理由を考えずにはいられず、返って言葉を詰まらせてしまった。
要は頭が真っ白になってしまったのだった。
「なんで……ティア、あなた異動になったんじゃ……」
呆けていた時間は何秒経っただろうか。止まった思考をなんとか低速ながら動かして未だに抱き続けるティアに尋ねた。
「……辞めちゃいました」
てへぺろされてもリアクションに困る。
「辞めたって……」
「あのー……どうやらお知り合いのようですがとにかく移動をしませんか? 面談の時間がありますので」
四人の中で一番に部外者であるミュイが助け舟を出す。
「そ、それもそうね」
ティアはともかく実の父親に何を言えばいいのか思いも浮かばず、目線も合わせられない。
何やら父カリムは言っているが最早頭に残ることもなく、ミュイの提案で近くに停めてある浮遊艇へと乗車したのだった。
もちろん床に落としたカバンを拾うのを忘れない。
運転するのはカリムで、前方助手席にミュイ。後部座席にルィルとティアが座った。
「それで、なんでティアは軍を辞めたの?」
息を整え、ルィルは改めてティアに尋ねた。
「それが異動先がいじめとパワハラのオンパレードでして、上官に具申したら有名税とかいって取り合ってくれなかったんです。元々辞めようかなって思ってたのもあったのと、チャリオスからの勧誘があったから乗っかっちゃいました。ごめんなさい」
ごめんとは六年前のことだろう。
「謝る事なんてないわよ。私だって同じようなことだし」
「そうそうですよ。ニュース記事見たとき本当に驚きましたよ。真面目が取り柄のルィルが情報を売るなんて」
「魔が差したのよ。今は後悔してるわ」
「お前は昔から変に動く時があるからな」
「……」
カリムの話には乗っからない。
「おい、十年ぶりに会ったんだぞ。口くらい聞いたらどうだ」
「……あれだけ軍人になることに反対だったくせして自分が民間軍事に入るってどういう了見よ」
「父さんは銃なんて握らんぞ。仕事は送迎だ送迎」
「なんでまたイルリハランから出てチャリオスで仕事してんの」
「前の仕事クビになってな。それでここに拾ってもらったんだ」
「クビって、大手企業の課長だったじゃない。なんでまた……」
「色々とあってな」
これは語る気のない言い回しだ。何を言っても言いはしないだろう。
「ここに転職したのって何年前?」
「日本が転移した後、お前と話をしてすぐだよ」
「そんな前から!? 母さんは?」
「母さんは国に残してる。ここに来たのは父さんだけだ」
「ここ、基本的に家族連れで入居することは出来ないんです。なので出稼ぎや単身赴任としてしかいられないんですよね」
『国』でもなければ『都市』でもない。『会社』ゆえにそうした利益や効率優先される。
「よりにもよってチャリオスなんかに……もしかして時々電話を掛けてくるのって勧誘目的だったりするわけ?」
「ああ。こっちの方が金になるし、正規軍よりは危険はないからな」
そのカリムの考えにあきれてものも言えなくなった。
傭兵が正規兵より安全など誰が吹聴したのだ。
むしろ傭兵の方が正規兵より命は軽い。
正規兵は国によってその身分が保証され、傭兵はその他との契約によって報酬は支払われる。
よりかみ砕けば、正規兵は公務員で傭兵は民間人だ。
これによって国際法による保護の有無も異なる。
正規兵であれば敵地であっても捕虜として扱われ生命の保障が約束されるが、傭兵は単なる武器を持った民間人扱いだから捕まってしまったら国際法による保護は受けられず、ただの犯罪者として処理される。
さらに正規軍であれば所属国は尽力して捕虜同士の交換や外交ルート等での救助を試みるが、傭兵では契約次第では見捨ててしまうこともざらにある。
そうした意味から民間軍事会社の方が良いとは断じて言えない。
民間企業故に報酬はいいかもしれないし、正規軍には出来ない柔軟な行動も可能だ。
断じて戦地に傭兵が不要とは言わないが、保障だけで言えば正規兵の方が良い。
正規軍で長くいたからこそカリムのその発言で軍事について碌に調べず、送迎と言う軍とは関わりのない業務に就いていると分かった。
やはり父とは考え方から相いれない。
ではなぜカリムがここにいるのかの疑問に、無自覚な人質としてだろうとアタリを付ける。
ティアも同様で、そうすることでルィルの行動に制限が掛けられる。
共に行動をした仲間だからこそティアには話してもいいのではと考えてしまうが、万が一チャリオス側に取り込まれてしまったら全てが無駄になる。
ほぼ確実に大丈夫だろうと、ティアの心をルィルが覗かない限りカマかけをしたところで安全は確立されない。
一%でも不安があればもう敵として見るしかないのだ。
父カリムはともかく、ティアが無自覚だろうと敵側にいるのは想定外だ。
ただでさえ難易度の高い潜入捜査がより難しくなった。
「ところでティアはチャリオスのどこにいるの?」
「広報部です」
「まあ、元々広報で呼ばれたからね。じゃあ私もかな」
「一緒に仕事ができますね」
潜入捜査と言う前提がなければその笑みは嬉しいものだが、今のルィルにとっては邪悪な微笑みでしかない。
「今でもチャリオスをユーストルに進出させる野心を持ってるの?」
「持ってますね。じゃなければこの前のアルタランで進出を企もうとはしませんよ」
「ティアはその時どっちの味方に付いたの?」
「裏切り者と言われるかもしれませんけど、一応お金を貰ってる身なのでチャリオス側に。もう国には帰れませんね」
「プライドより金を取ればまあ裏切り者よね」
不名誉除隊するほどの裏切りをしたルィルは二重の意味で裏切り者だ。
「まあ選んだのは自分自身なので、文句を言うのは自分自身なんですけどね」
「自分が選んだことで非難をされても、その非難に文句を言うのは筋違いだものね。ならするなって話だし」
「ルィルさんも、そうした考えで情報を売ろうとしたんですか?」
「まあ、ね」
本音ではそんな母国を裏切るようなことはしないばかりに、演技とはいえ返事にはやや躊躇してしまう。
幸か不幸か、情報を売る工程の一部を前々からしていたから乗っかったに過ぎず、演技でなければ断じてしはしなかった。
「それで、どうして情報を売ろうとしたんですか?」
助手席に座るミュイが話しに加わった。
「教えない」
下手に偽装情報を漏らして余計な波及をさせる必要はない。ここで漏らさずともバーニアン達は知られているのだから黙っておくのが吉だ。
「父さんにはあとで教えてくれよ」
「もっとヤダ」
浮遊艇は役員ビルへと向かう。
*
「ではルィルさん、あとは受付の案内で動いてください」
「それじゃルィルさん、またあとで」
浮遊艇が停まったのはチャリオス浮遊島の大体中央付近にあるビル群の一つで、執務ビルとあってどのビルよりも高い物だった。
特筆すべきは巨木をくり貫いたものではなく、継ぎ目のない巨大な石で作られた十階建てのビルであることだ。
さらに階と階の間には鉄板が貼られ、歪みのない綺麗な窓が各階に貼られている。
防弾仕様なのか、トップとして威厳を見せるためかは分からないが周囲と比べて浮いているのは確かだ。
ルィルを乗せた浮遊艇は移動して姿を消し、ルィルは役員ビルの自動ドアを通過した。
床から見て三階にある入り口を抜けてロビーフロアへと入ると受け付けがあり、まずはそこへと向かう。
「ルィル・ビ・ティレナーです。ここに案内されて来たのですが……」
「はい、お伺いしております。このパスカードであちらのセキュリティゲートを越え、七階にお向かい下さい。スタッフが部屋まで案内します」
受付嬢はそう言ってカードを手渡した。カードにはシンプルにゲストカードと書かれ、セキュリティゲート限定と書かれている。
恐らく全ての部屋でカードキーが必要とし、このカードではセキュリティゲートしか開かないのだろう。
セキュリティゲートは歯車形式のバーと、荷物を調べる金属探知機がその隣にあり、さらに人を調べる警備員が配置されていた。
会社のトップがいる場所だけあって同社の社員しかいなくても入らせない方針らしい。
幹部全員がリーアンと地球人のハーフの子孫ともなれば、守りを固くなるのは自然か。
ゲートに近づいたルィルは荷物を警備員に手渡して中を見てもらう。
空港から直接きたものだから衣服など旅行用荷物のままだが見られても問題ないものばかりだ。
「……このノートパソコン、破損が見られるようですがどうされました?」
警備員の指摘で完全に失念していたことを思い出した。
「あ、いえ、先ほど不注意で落としてしまって。中身の確認をまだしていなかったの」
「起動できるか確認しますか?」
「それは部屋に戻ってから確認します」
起動の有無、データの安否は今後の活動に大きく関わるが、それよりもまずはチャリオスに正式に入社しなければ意味がない。
社会人として時間は厳格に守らなければ、その個人の信用に直結する。
パソコンの安否は二の次として先に進む決断をした。
目視による簡易検査が終わると鞄は金属探知機に通され、ルィルにも手動の金属探知機による検査を受けてゲートを通過した。
体内に埋め込んだ探知機も無事に金探を潜り抜け、ルィル自身セキュリティを通過する。
カバンを受け取り、ビル中央部にある吹き抜けを移動して三階から七階へと移動した。
さすが執務ビルか大手企業ともあってか、吹き抜けから各階のフロアに入るのにもカードキーによって開く自動扉が設置されており、七階と書かれた扉の前に着くと警備員が一人いた。
上下見ても他の警備員はいないから、ルィルのために配置したのだろう。
警備員はルィルを見ると、壁に埋め込まれたセンサーに自分のカードを触れさせて扉を開かせた。
「左手奥の第一大会議室にお入りください」
「分かりました」
指示に従って通路を進み、第一大会議室と表札の書かれた部屋の前へと立つ。
一度深呼吸し、ノックをした。
『入りなさい』
ドアの奥から入室の許可が下り、ドア伸びを握って回した。
大会議室とあって百人は優に入りそうな大部屋の中にいた、数十人の視線がルィルへと向けられる。
そして直感的にルィルは確信した。
こいつらが諸悪の根源だと。
全員ウィスラーと違って毛髪はあり、その全てが差異はあれど発光している。歳は五十年計画と銘打ってるだけあって六十から七十代と高齢だ。数人ルィルと同年代が見られることから息子たちだろう。
証拠こそないが、場の空気と針のような鋭い視線。経営者として一人の人間を雇い入れようとしているのではなく、敵か否かを見極めようとしているのが分かる。
全員がバーニアンだ。
「此度はお声を掛けて頂いてありがとうございます。元イルリハラン王国軍小尉、ルィル・ビ・ティレナーです」
「物々しくてすまない。少々異例なため執行役員全員を招集しての面談なのだ。荷物は近くの椅子に置いてくれたまえ」
入り口側に浮遊する誰も座らない椅子があり、役員の一人の指示でその椅子に荷物を置く。
「……チャリオスでの面接では、役員全員が集まるのが習わしなのですか?」
「そんなことはない。君が名誉除隊していればここまで仰々しくするつもりはないのだが、不名誉除隊ともあって見極めたいと思ってね。我がチャリオスに君は適切かどうか」
または潜入調査で来たのではないか見極めるため、か。
下手な嘘は逆効果だろう。真実を話しながら狙いを逸らすしかない。
「君の評判は一般曹候補生として入隊した時から遡って調べさせてもらった。誰よりも模範的で任務に忠実。いかなる状況かでも臆せず行動に移し、不足ない行動を取る。六年前の活躍で異例の若さでの准尉昇格。経歴だけで見れば素晴らしいの一言だ」
「どうも」
「だからこそ聞きたいのだが、なぜ軍人として申し分ない進みをしていた君が、分からないはずもない機密情報の流出と言う不正をしようとしたのかね?」
「独自で得た情報では、その機密情報は異星国家に関することらしいですね」
エミエストロンに掛かれたその手の情報は簡単に手に入る。
潜入捜査を知られているかは分からずとも、不名誉除隊の経緯は全員知っているだろう。
嘘の目的に嘘の言い訳を重ねる意味はない。
「黙秘をしたら採用に影響は出ますか?」
それでもルィルはすぐさましゃべらず、自然体を装いながら抵抗を見せた。
「ない、とは言い切れないな。万一我が社の情報をリークされたら困るからね」
「……ええ、その通りです」
雇い主から採用の是非に関わると脅されては黙っているわけにはいかない。
「そして売主もまた異星国家。合っているかね?」
「機密情報をどうやって……カマかけではないですね?」
「独自の情報網があってね。異星国家の情報を異星国家に売るとは、中々ユニークな売買手段だな」
「お互いに損を最小限にしながらお金を貰うためよ」
ルィルが不名誉除隊にさせるために行った偽装工作は、イルリハラン軍内で保管していた日本の情報を日本に売りつけることだった。
民間人目線で見れば無意味に思われがちだが、軍事戦略上極めて重要だ。
イルリハランと日本は同盟国と差し支えないほど友好関係だが、いつ敵対するか分からない。
その時に互いに持っている国の情報は国防上重要だ。情報を知られていると言うことは、その範囲内の対策は取られているまたは想定されていることになる。
逆に知らない想定外の策を講じれば相手の防御網を突破できるのだ。
だから日本にとってイルリハランがどれほどの情報を握られているのか知りたいはずで、ルィルはそれを利用して情報を売る工作を取った。
日本には外交上濡れ衣を着せることになるが、後の後処理を考えると最良の手だった。
真実性を高めるため、買い手となる防衛省には事実を伝えていないから表向きではまごう異なり裏取引に見えているはずだ。
「しかしそれで得るのは異星国家の通貨だ。君の祖国と異星国家が友好的なのは知っているが、異星国家の通貨を得てなにを買うつもりだったんだね? 為替をしたところで不自然な高額な資金は問題を浮上させるだけだぞ?」
「日本の物件を買うため」
ルィルは元々日本の不動産を購入しようと考えていた。
さすがに戸建てとされる大地に直に建った家屋は無理だが、タワーマンションたる高層物件であれば考えていたのだ。
まだ日本領ユーストルで百メートルを超すビルは建ってはいないが、その予定はすでに大手不動産がネットで告知をしており、ルィルは偶然にも頻繁にアクセスをしていた。
それを潜入調査の予備行動として利用し、動機づけとして情報の売買を計ったのだ。
これをこの一週間足らずですれば素人でも不審がられるが、テロ以前からしていれば動機としては不自然とは言えない。
「異星人が異星人の物件を購入か。出来るのかね?」
「法律上、日本国籍でなくても物件購入は出来るらしいので。ローンは組めないので一括で払えるお金を求めました」
「……偽りはなしと」
誰かが囁くようにつぶやく。
「ならここで稼いだ金はそこに使うのですか?」
「そのつもりです」
これも本当だ。敵の本拠地とあって本当に支払われるか分からないが、されたのなら貯金と投資に回すつもりである。
よって潜入捜査と言う動機を抱いている以外でチャリオスはルィルの行動を否定できない。
「ではその物件相当の資金の目途が立つのであればチャリオスの機密情報を売ることはないと?」
「そこまで愚弄されると心外です。確かに道を間違えることをしましたが、お金のために何でも売るようなことはしません。先日のことは色々と条件が重なったのと魔が差したからです。それにチャリオスの誘いに乗ったのは少しでも日本に戻れる可能性があると見たからで、今でもユーストルへの進出を考えているのでしょう?」
「そのために君を我が社に呼んだんだ。フォロン結晶石は世論や政治と言った歪んだ思想で流通を制限してはならない。科学発展に無制限で広げるべきなのだ。それは軍用も変わらない」
「軍用から民間に転用できる技術も豊富だと言うのに、軍用を制限して発展するなど現代社会の悪癖よ」
「その結果、人類滅亡級の破壊兵器が出来て人類の寿命が縮まっても良いと?」
「異星社会でも大量破壊兵器が大出力発電施設に変貌している。破壊と平和は表裏一体だ。我々は軍事企業だが破滅を望んでいるわけではない。それを一方的な印象や概念だけで否定されては、ただの発展の妨害だ。我が社で生み出した技術がどれだけ世界経済に貢献しているのか見ようともしない」
そう綺麗ごとを並べるが、実際はユーストルの実効支配してフォロン結晶石の独占が目的であることをルィルは知っている。物流を手に入れたことで日本を政治的にも社会的にも支配し、好きに日本人を使役してフォロン結晶石を採掘させるのだ。
かつてレーゲンがそうしようとしたことを水面下でしようとしているのがチャリオスだ。
レーゲンもトップはバーニアン。チャリオスのトップもバーニアン。
なんともユーストルとバーニアンには不思議な因縁がある。
そしてチャリオスはその先としてリーアンを滅ぼしてバーニアンを繁栄させようとしている。
「勧誘を掛けたのは我々の方です。動機や自己アピールは省略して伺いますが、一つ決意を伺ってもいいですか?」
「なんでしょう」
「その異星国家に売ろうとした異星国家の情報、売りつける額の三倍を我が社が即金で支払うとしたら売りますか?」
「売りません」
「なぜ? おそらくそれであなたの人生は遊んで暮らせると思いますが」
「日本に住みたいから日本に売るのに、日本を敵に回して住めるわけないでしょう。もしそれをネタに給料を安くすると言われても断るわ。私は日本を売らない」
今のセリフだけを抜き取れば、果たしてルィルはリーアンなのか日本人なのか分からなくなる。
けれど日本に熱中している自覚はあった。
それら全てがルィルの真実であって偽りはなく、可能な限りの通信管制をしていたから真意をチャリオスが読み取るのは困難なはずだ。
それでもルィルは真意を知られている前提を外さない。
「君の異星国家への執念は評判通りだな」
「歴史の転換となる国なんだから執着しない理由こそないわ。だからチャリオスもユーストルを利用したいのでしょう? 私は日本に近寄りたくて、チャリオスもユーストルに行きたい。お互いに利害は一致してるからこの場を用意してくれたのよね」
「……最後に質問をさせてもらおう」
大会議室の奥、上座に座り面接を傍観していた男が口を開いた。
座る位置からしてあの男がチャリオスとバーニアンのトップだろう。
「あなたがチャリオスの社長さん?」
「会長のハオラ・テオ・コンロードだ」
会長となれば紛うことなきトップだ。
距離にして十五メートルと言ったところだろう。移動にして数秒で済むのに、とてつもなく遠い。
ハオラ以下役員全員と、世界各地にいるであろう役員らの逮捕とその子供らの所在の把握をして、この任務は終わる。
途方もない最上級の難易度だが、やるしかない。
「失礼しました」
「いやいい。それで君はチャリオスのために力の限りを尽くせるとこの場で誓えるかな?」
「……辞令には従います。ですが宣誓については辞退します」
軍人にとって宣誓は重要な儀式の一つだ。
民間人からすればただの発言に過ぎなくとも、軍人はその魂やプライドを縛る十分な効力を持つ。
ここで宣誓すれば、まだ有効であるイルリハラン軍への宣誓を上書きすることになる。
潜入捜査する過程で、チャリオスへの宣誓は必須だとでもこれだけは許容できなかった。
「私は宣誓したイルリハラン軍や母国を裏切った兵士ですよ? 今ここでチャリオスに宣誓したところで意味はありません。それこそ皆さんの心象の悪化になるので、私が使えるかどうかは職務内容を見て判断してください」
役員を相手にこの啖呵が有効なのかを知る術をルィルは持ち得ていない。
それでもギリギリの線引きをしたつもりだ。
ルィルらしく、そして今の立場と秘密の目的を守るギリギリの啖呵だ。
「……明日、君の携帯電話に連絡を入れる。本日は二度の超高高度移動で疲れたであろうから、幹部用の社宅で休まれなさい。ここに案内させた者を再び向かわせる」
さすがに即合否の判断はしないようだ。
「分かりました」
あとは運に任せるほかなく、退室指示が出たことでルィルは大会議室を後にし、警備員の案内で再び三階ロビーフロアへと戻った。
「ふぅ……」
執務ビルもまた抜けて太陽の差す光を全身で浴びる。
とりあえず今この瞬間、無事であることを祈るべきか。
はたまた泳がせるために真相を知りながらも何もしないか。
読心術たる便利な力がないのが悔しい。
「とにかく少しずつ、ね」
何であれ少なくとも捜査をする前に拘束されないだけよかったと思うべきだ。
気づかれてもされていなくても、動けるならばやりようはある。
ルィルは振り返って執務ビルを見上げる。大会議室があるであろう階を見ても何も見えない。
今は手が届かなくとも、必ず全員に手錠をしてみせる。
そのためにあらゆるものを敵に回して捨てて来たのだ。
ルィルは決意を胸に、ミュイが戻ってくるのを一人待った。




