安達秋 〜山田 四季〜
「お前らヤル気あるんか⁈なぁ!」
この合宿も練習はあと2回なのに、また怒られた。これでコーチの怒声は皆勤賞である。練習中のバスの中の話し声が一切しないなんてことが起きるのは、私の5回の県合宿で始めての経験だった。
「100mたかが8本じゃないか?お前らはその8本で何秒落とすんだよ?なー?秋。お前はいつもこの練習やってるだろうが!何で合宿だと間に合わない?」
いやいや、私は練習でこのサークル間に合ったことありませんって…なんて言えたらどれほどいいか…私は…なんで泳いでるんだろ?あー。早く練習終わらないかなー?
「おい!どこを見ている!話を聞け!」
今日はビート板は飛んでこなかった。こんなことでほっとしてちゃあ私はダメになるなー。
「お前らの目指すのはどこだ?JO出場か?JO優勝か?違うだろ?もっとさきにあるだろ?オリンピック優勝とかだろ?違うのか。え?」
出たよ。そこを目標にしても、一歩づつ進むでしょ。普通は。私は今年は伸びを意識した泳ぎでJOの大会新を出して、来年から100mでぶっちぎり、中学に入ってからの200mに強い泳ぎをしたいと思っていた。過去形だけど。
「ほら、もう一回。100×8を1分10秒で時計60から。」
今はというと、そんな計画など全くなく、ただ泳いでしまっている。
「よーはい!」
★☆★☆
結局8本回れた選手はこの班にはいなかった。そのせいもあって、キツイ練習を乗り越えた充実感のある顔をしている人はおらず、皆何か不完全燃焼な顔をしていた。おそらく私もそうなっている。
「秋。初日はごめんね。何も考えずに色々聞いてしまって。」
私にとって、この言葉はきつかった。私よりも少し遅いくせに、年上だからと少し威張っていてかつ、泳ぐと私に対抗意識を燃やしてくる棚さんの、檄は私にとってとても頼もしく、「この人にずっと勝ち続けよう」という気にさせてくれていた。なのに、いきなりフォロー、そして優しい言葉をくらった。しかもそれは「可哀想」…私が「可哀想」に見えるという感情からくる言葉だった。私はそんな風に棚さんには見られたくなかった。だから、私は
彼女の言葉を聞かなかったことにした。
それから合宿が終わるまで、私の班は誰一人として元気がなかった。そして、飯田コーチに対する悪口が班の節々で言われていたが、本人を前にすると、ダメダメだった。
ゴールデンウィーク県合宿が終わり、スクールに戻ってからも相変わらずだった。でも、一日だけすごく楽しい練習があった。
ゴールデンウィークが終わってすぐの木曜日だった。
「今日は合同練習をします。種目ごとに別れて。1.2.3コースがFrで私飯田、4.5がBaとFlyで甲斐田、6.7がBrで山井が見ます。はい、移動」
Brの選手は思いの外多かった。「これはやはり、北○康介の影響だろうか。」とか、思っていた。
小学生は岡島とあともう一人名前の知らない男子しかいなかった。岡島はJOに出ており面識があるが、もう一人の方は全く知らなかった。ついでに言うと、山井コーチのこともほとんど…いや、全く知らない。
「メニュー言うぞ。といっても、ドリルとフォーム修正くらいしかBrの特別な練習なんてないんだけどな。えーっと、ひとかきひとけりの動作ね。「ひとかき」では進む奴多いけど、「ひとけり」で進む選手はそれだけで強いからそこを意識して、12.5まで、いって、流して帰ってくる。を10本やろうか、サークルは適当。7は小学生で、6は中学高校生な。」
私が一本泳ぎ終わると山井コーチが注意をしてきた。
「これは速く泳ぐためにやることだが、今はもっと丁寧にやれ。最近の泳ぎ見てると少し乱暴だぞ。もっと丁寧に丁寧にな。」
確かに、最近の私は飯田コーチに対する不満でやけになっていたかもしれない。
「はい。分かりました。」
「次、四季がやるからよく見とけ。Brのフォームだったら、このスクールでこいつが1番うまい。」
誰?と、聞こうと思ったのだがそこまで言うということは中高生だろうと思い、私は6コースお見ていたのだが、誰もスタートする素振りすら見えなかった。
「やっぱり、四季が1番上手いな。我ながら誇らしいわ。今のよく見たか?安達。スッとして、スーだ。ほら、」
今、誰も行ってないじゃないですか!という反論はせずに私はしたがった。
「おい、皆一旦上がって。四季、お前のを見せてやれ。」
残っていたのは私が知らなかった小学生男子だった。
「じゃあ、やります。」
それは、芸術と呼べるほどスムーズな、かつ確実に前に進んでいた。12.5mを軽々と越えてから顔を上げた。私は何かを盗もうとした横で岡島は
「これには俺は勝てないな…」
と、思わず本音が漏れていた。しかし、恐らくこの中では私だけ四季という人の弱点を見破っていた。
「私の方が上手い。」
山井コーチや、他の選手達は皆同じ顔をしていた。やはり、皆気付いていない。彼の弱点を。でも、彼自身は見つけているようだった。
「御指摘ありがとうございます。でも、俺は分かっていますから大丈夫です。」
何も言っていないのに、彼は私の言いたいことに気付いていた。そして、他の選手の前では言われたくないような口振りだった。ただ、彼が敬語な理由は私には分からない。
「面白いじゃん。」
私は久しぶりに泳ぐことの楽しさを感じていた。彼がなぜ私に敬語なのかとか、彼の弱点は何だとか…そんなことはどうでもいい些細なことなのだと…そして、今は、この芸術的な平泳ぎを泳ぐ彼をもっと見たいと思った。
今日の練習はフォーム練習だらけだった。皆は嫌な顔をしたけど、私は楽しかった。彼の泳ぎを沢山見る機会があって良かった。
最後に飛び込んで、50mを測った。私は練習と本番でタイムが全然違うので、タイムが遅かったのを気にしなかった。それよりも、彼のタイムの方が気になったが…遅かった。かなり遅かった。遅いタイムと感じた私のタイムよりも4秒も遅かったのだ。私はそれでがっかりしていた。
練習が終わったあと、山井コーチが声をかけてくれた。
「JO優勝しても、同い年から学ぶことがあったか?」
もちろん私は
「とても勉強になりました。久しぶりに充実した練習が出来た気がします。」
笑顔でそう答えていた。それを少し離れたところから、彼が満足そうに生意気な笑顔をして見ていた。
「山田四季。俺の班の一番星だ。覚えておいて損はないと思うぞ。あいつがいるだけで練習の雰囲気が良くなる。それに、あのBrはまさしく見本だ。」
山井コーチの自分の選手の自慢を聞き流しながらわたしは彼…山田四季の名前を頭に入れていた。
事故が起こったのはその数日後の大会だった。




