安達秋 〜コーチ変更〜
2年前春
「お気持ちはどうですか?」
「ただただ嬉しいです。」
「大会レコードまで、あと0.03秒でしたね。そこは狙っていたんですか?」
「大会記録は見ていませんでした。でも、ベストを0.5秒伸ばせたので、とても嬉しかったです。」
「そうですか。おめでとうございます。インタビューありがとうございました。」
私は安達秋。これで、50mBrでJOを春夏二連覇を果たした。私は誕生日が12月なので、10歳以下の部にもう一度出られる。だから、大会記録は全く意識していなかった。来年の夏に出せばいいからだ。
「この調子だ。と、言いたいところだが、伸びがよくないぞ。テンポを上げすぎて泳ぎが少しくずれてる。秋は小学生の50Brの記録を出すために泳いでるわけじゃないだろ?100、200を意識して泳がないと、後々苦しくなるぞ。」
このコーチは甲斐田コーチJSC木田で、小中学生の速い方の班を見ている。
「分かりました。あと2ヶ月で、そこのところを直して、県選手権でその直した泳ぎを慣らした状態で泳いで、JOに繋げるんですね?」
「そうだ。分かってるならいい。ほら、ダウンいってこい。少し長めにやれよ。」
「分かりました。」
この時にはもう既に、私の水泳選手としての道が崩れ始めていることを、私は知らなかった。
その年の4月春休み開け
「今年の班編成は、飯田班は…………と安達の12人で1.2.3コース。甲斐田班は…………と岡島の10人で4.5コース。残った人は6.7コースで山井コーチの班」
こうして、私の担当は甲斐田コーチではなくなった。
「おい、秋。お前、種目変えてみないか?Br以外でも、お前なら凄いタイムが出せると思うんだが。」
「それでも、私はBrを泳ぎたいです。ここまで来たんですから、JOの大会新は出したいです。」
「わかった。なら、この夏まではBrでその後はIMにする。それでいいか?」
何故そこまでして今まで積み上げてきたコーチとの信頼感や、Brで活躍し手に入れた経験とテクニック。といった、私が今までの水泳で積み上げて来たものを、何故飯田コーチが壊そうとするのか、その時の私には分からなかった。
「わ、わかりました…」
でも、分からないとは言えない。このスクールの主任は飯田コーチであり、このスクールの方針を決めるのも飯田コーチ。
「大丈夫だ。俺は秋がうちで一番才能があると思ってる。お前が伸びるのを邪魔するために種目を変えるわけじゃない。むしろ、更に上に行くためだから。」
言葉ではそう言っているが、そうは思えなかった。飯田コーチは女子選手が男子選手よりも上にいることを好まないほどに、男女差別の激しい人だからだ。なので、選手コースのコーチに女性はもちろんいない。
直後の練習
私は初めてサークルアウトをした。JOで2連覇しているといっても、私の種目はBrの50mで苦手種目はFr。高校生の練習についていけないのは当然のことだった。
「おい、秋止まれ。一本休んでから行こう。」
「…はい。」
この日
私は初めて練習を楽しめなかった。
「おい。安達」
名前を呼ばれ振り返るとそこには岡島君が立っていた。彼はとても辛そうな顔をしていた。
「飯田班どうだった?俺は相変わらず甲斐田班だけど、俺も飯田班に行きたかったよ。やっぱり、タイトルとってると違うのかなJOの決勝に俺は残れなかったし。爪伸ばしとけは「うるさい」……なんだよ…」
岡島はなぜそんなことを言えるのだろうか。あぁ…分からないんだろうな。私が今、今日の練習が、どれだけ苦しかったのか岡島には全く分からないんだろうな…
「JO優勝者は違うな!本当羨ましいよ!」
彼は怒って帰ってしまった。
それから、ゴールデンウィークまで時間は過ぎたが、私は毎日サークルアウトをし、練習後はコーチに怒られ、全く成長している実感を感じることが出来ずにいた。
「秋じゃん。JSCは大会少ないから、会うのは4月以来?」
彼女は 赤坂 棚葉2つ年上のBrの選手で、全国に毎年出場している。私は今、県の代表合宿に来ている。もちろん岡島もいる。県の中で速い人を呼ぶのだが、この合宿のヘッドコーチがいるスクールからは、毎年、謎の選手が数人呼ばれている。私はそんな人たちを認めないが、彼女はそうではなく、実力で呼ばれている。
「久しぶり棚さん。やっとスクールの練習から逃げ出せましたよ」
JSCのコーチがいないので、思わず本音を言ってしまう。
「いつも、「甲斐田コーチの練習の方がいい」って言ってたのにどうしたのよ。もしかしてコーチ変わったん?」
「ありえないですよ。高校生と一緒に練習なんて、本当にありえないですよ。なのに、間に合えっていうし。本当にありえません。」
「いいじゃん。速くなれそうじゃない?高校生と泳ぐのなんて。私だったら大歓迎だけど?」
「それはそうなんですけど、いきなりサークルが10も上がったらついていけませんよ。なんですか100m×10本1分15秒サークルって…私の100Frは1分10秒だってーの!」
「まあ、そう怒らない怒らない。確かにサークルは鬼みたいだけど、そのコーチにも考えがあるんじゃないの?」
そう言って棚さんは私の怒りを鎮めようとしていた。
「えーっと、班分けなー。さっき、数字書いてある紙渡しただろ?それの順に並べー。」
合宿の受付の時に受付用紙と引き換えに小さな紙をもらっていた。
「はい、ここまで、コーチは私な。えーっと、ここまで、コーチは山本コーチな。でーここまでは羽柴コーチな羽柴コーチはまあ、こっち来てまだ1年たってないけど、腕は確かだから、楽しみに、そして、残った人達は、飯田コーチな。分かる?今年から県合宿コーチに加わるJSCのコーチな。」
私は絶望した。私の前で、線引きされたからだ。おそらく真っ青になっていたのだろう。
「どうしたの?秋…もしかして…飯田コーチが…そうなの?…違うよ…ね?」
私はあまりにも辛い現実に棚さんに返事をすることができなかった。




