38話 Bランク昇格試験①
気持ちが充実した状態で訓練に臨んだ2週間は、密度は濃いけれどもあっという間に過ぎてしまった。
早くも今日は、Bランク昇格試験の日だ。
慎也とルーイは宿でおいしい朝食を取っていた。
試験に万全の状態で臨めるようにと、いつものように日の出に合わせて始めることはなかった。
「今日はやれるだけのことをやろう。」
朝食を食べ終わった慎也は、一息ついた後に小さく決意をつぶやいた。
「うん。ぼくも頑張るよ!」
ルーイは、まだ食事の途中だが慎也の言葉に反応して、大して意味も分からず言う。
慎也はいつもなら、訂正するか、呆れて『そうだね。』などと話を合わせるのだが、今日は違った。
「ルーイ、今日の兄ちゃんはいつも以上に頑張るつもりだから、頑張って応援してくれ。」
慎也がルーイの目を見て言うと、
「うん!頑張って応援する。」
ルーイはニコッと笑顔を浮かべて答えた。
慎也は心身ともに充実した状態で朝の時間を過ごしていた。
模擬戦の前の雰囲気は、最初に稽古をつけに来た時と大きく違っていた。
見渡せば、周りには1か月をともに訓練し、だいぶ見慣れた兵士たち。
応援しているくれる者、大して興味のない者、心の中でどうせ無理だと見下している者…いろいろだ。
慎也自身としても、成長した実感があり、どこまで通用するか試してみたいという気持ちでいっぱいで、前よりも余裕がある。
そして気になるのは、なぜか黒い魔法の壁に覆われ、中の見えない巨大な空間があること。
その壁の前には、警備の兵が立っている。
慎也は、ちょうどそのことを話題にしている様子だった兵士たちに話かけた。
「あの壁は何なんですか?」
「ん?あぁ、世間知らずのおまえじゃ当然知らねぇか。
あれは、防御としての役割と、中からは外が見えるようになっている2つの役割がある魔法だ。
…何で、2つ目の役割がいるか想像つくか?」
ニヤニヤと意地の悪い顔で兵士は、慎也に聞いた。
「……普通に考えれば、中にいる人が偉い人だからだと思います。
安全に観戦をするなら、外から中の様子が分からないことはかなりのメリットですから。
でも、今日の模擬戦に興味を持つ偉い人なんているんですかね。」
しけた顔で兵士は、
「ちっ、何ですぐ分かるかね。かわいくないやつだな。
まぁ、中の人が誰かってのは俺らも話してたけど、よく分かんねぇんだ。
今回のは規模も小さいし、これと言って見る要素はないはずだから、俺らの結論としては貴族の暇つぶしじゃねぇかってとこ。
まぁ、その貴族様以外にも今日の早朝訓練に参加してた兵士は観戦すっから、緊張するかもしんねぇけど、気にせずに頑張れや。」
「ありがとうございます。
やれるだけのことをやるつもりです。」
慎也は、余裕の笑みで答えて、その場を去った。
後ろから、『ほんとにかわいくねぇやつだな。』という声が聞こえたが、慎也の頭にはもっと別のことでいっぱいになっていて、左から右に通り過ぎていった。
ある可能性が頭に浮かび、そのことを考えると心拍数が上がるのを感じた。
前のように稽古をしている兵もいる中で行われるのではなく、ちゃんと対戦スペースがあり、観客がいる。
アナセンが説明を始めた。
「これから、模擬戦を行います。
基本的に前と同じですが、今回は四角い闘技場のから出ると負けになりますので、気をつけて下さい。
……予想外の観客もいますが、気にせずに全力を尽くしてください。
それでは、最初は再戦といきましょう。」
慎也が闘技場に上ると、向かい合うのは前に引き分けで終わった剣士だった。
周りから観客の声が聞こえるが、慎也は惑わされることなく、集中している。
そして、慎也も剣士も開始の合図がある前に剣を手に持ち、準備を整える。
「それでは…はじめ!」
アナセンの掛け声とともに両者は動き出す。
剣士は攻め込み、慎也が受ける。
一見、前回と同じ展開のようだが、実際は違っていた。
慎也は訓練を通して、剣筋が見えるようになってきたし、剣も単なる我流よりも上手く扱えるようになった。剣士の攻撃をうまく受け流しているとも言える。
しかし、反撃する余裕はない。
このままであればいつか剣士が勝つ…と観客たちは思っていた。
「小僧、強くなったな……だが、まだオレには勝てんぞ!」
剣士は剣に風をまとわせ、猛攻をしかける。
その姿は風神のごとし。
しかし、1撃が強力になった分、微かな隙が生まれた。
「なっ!!」
剣士は、驚きを隠せなかった。
微かな隙が生まれた時に、慎也が剣を剣士に向かって放り投げたのだ。
それも、明らかに攻撃の意思はなく、友人に物を投げて渡すかのごとく。
剣士が驚いている間に、慎也は大きく距離を取った。
訓練を通して、慎也は1歩や2歩でも力強く地面を蹴って距離を稼げるようになっていた。
慎也は集中した様子で、胸の前で指先を合わせ、目を閉じた。
剣士は、慌てて剣を振りかぶり、一気に距離をつめようとする。
次の瞬間、雷が上から落ちて轟音を鳴らした。
「そこまで!」
観客が驚きから立ち直る前に、アナセンの声で試合は終了した。
しかし、倒れている剣士を見れば結果は明らかだった。
「今の試合は慎也くんの勝利です。」
アナセンは魔法で声を拡張させて言った。
同時に大きな歓声がわいた。
アナセンはさらに解説を加える。
「今回は2人とも剣を使っていましたが、誰でも武器に精通すればするほど、その武器を試合の途中で手放そうなどという考えはなくなってしまいます。
あえて剣を手放すことで隙を作り、魔法で一気に決めるという鮮やかな試合運びでした。
魔法も上級魔法に匹敵する威力でありながら、あの短時間で動く相手に命中させるのはかなり難易度も高く、非常に評価できます。
何より相手が迫りくるというプレッシャーの中で成功させたのは、多くの兵に見習ってもらいたいところです。」
アナセンの解説は、兵士に向けたものにしてはやけに丁寧な解説だった。
そして、次の試合を組もうとしてアナセンは黒い壁の方に視線を向け、悩んでいた。
「え~、そうですね。
次は……どうしましょうかね?
私としては、Bランクとして実績のある彼をあっさり倒せる時点で、これ以上は必要ないかと……。
まぁ、そうはいきませんよね。では、私が…」
いつも淡々と指示を出すアナセンが歯切れも悪く、次の試合のことを悩んでいると、それに割って入る人物が現れた。
「副団長さん、私にやらせて下さらない?
その人にはちょっと借りがあるの。」
そう言いながら闘技場に現れたのは、前に朝食の邪魔をしてきたイリスの世話係筆頭のアンナだった。