19話 魔眼
次の日の朝、慎也は目覚めた時、目の前にはステラのあどけない寝顔があった。
そして、ぷっくらと膨らむ唇に目がいってしまう。
……触ったら…柔らかいんだろうな。
慎也は、自分で自分の考えたことに、びっくりしてしまう。
そして、反射的に離れようと体を動かした時、
「痛って~!!!」
慎也の声で起きたステラと、2人で慎也の足を見てみると、ふくらはぎはパンパンに腫れ、大きな内出血まであった。
2人は驚いて、眠気が吹き飛んだ。
ステラは治癒師と呼ばれる人を呼びに行き、痛み軽減の魔法と自然治癒能力を少し活性化させる魔法をかけて貰った。
これによって、だいぶ楽になったのだが、慎也は寝たきりの生活が余儀なくされた。
慎也とステラはいろいろと情報交換をした。
ステラは本名ではあるが、名前の一部でしかないこと。
慎也が他の街と交流のない、すごく小さな村の出身であること。
ステラが、計画性もなく各地を回り、日々を何とか生活出来る程度の稼ぎしかでない商売をしてきたことなどである。
「これから…どないするん?」
ステラは、心配そうに聞く。慎也は、
「…ここにいるのは、良くないんだが…動けないのも事実だしな。
ステラには、必要最低限以外は外に出ないようにして、旅の支度を整えて貰う。
お金が勿体無いが、毎日、治癒師に治療して貰って3日後に出発する。
行き先は、首都オーフスだ。
馬車で行くから…1人分と大荷物が乗る予約を取って来てくれ。」
「1人分と大荷物って…どういうことや?」
「…1人分の金しかない。
ステラには…拡張魔法をかけた、リュックに入って貰って、荷物として馬車に乗って貰う…。」
「そんな!あんまりや!
だっ…」
「黙って…。
…そういう契約だっただろ。」
確かに、馬車に乗せていくとは言っていない。※16話参照
ん~、ん~言っているステラを尻目に、申し訳なく感じつつも、他に方法もないので、ステラを見ないようにした。
それから、ステラは時間帯や場所を気をつけ、旅の支度を整える。
一方、慎也は魔法の研究を再開出来て、意外と楽しくやっていた。
もちろん、雷や身体強化の研究は出来ないので、村長の『遠くの音を拾う』、『遠くに音を届ける』などの魔法だが。
準備も順調に進んでいたが、出発する日の朝、事件は起こる。
「ステラ…少し遅くないか…?」
慎也は、時間としては大してたっていないが、何となく嫌な予感がして、少し出ていたステラが早く帰ってくることを願っていた。
しかし、その願いは叶わず、ドアの下の隙間から手紙が放り込まれる。
足音が聞こえなかったので、驚いた慎也は警戒しながら、手紙を拾い、読んだ。
『馬車に積んであった荷物を持ってくれば、ステラと交換しよう。
逃げようとしても無駄だ。
こっちはおまえを殺すくらい容易い。
仲間を連れてきてもいいが、その時は交換の話はなくなり、戦闘に来たとみなす。
場所は下の地図を見よ。』
差出人の名前もない。
慎也は、しばらく手紙を眺めていたが、すっと立ち上がる。
そして、整えてあった荷物を全て持って、部屋を出る。
慎也の顔は、覚悟を決めた男の顔だった。
今回の慎也には、策がなかった。
おそらく敵は複数だ。
慎也は、1対複数の戦闘経験はないが、自分に出来ることから、状況は絶望的だと判断していた。
だが…行くしかない。
行かないという選択肢はないのだ。
手紙の主は、1人で人目のつかない行き止まりとなっている、約束の場所で待っていた。
横には、ステラが口に布を巻かれ、座らせている。
金髪に、青い目をした、上等な服を身に付けた青年だ。
歳は慎也と同じくらいに見え、長身、そして整った顔立ち。
文句のつけようのないルックスだ。
ただ…
「早く来ないかな…?
目の前で、女を殺したら、どんな反応をするんだろう…」
男は、狂った笑みを浮かべ、ステラは恐怖に顔を歪めた。
慎也がゆっくりと男の前に歩いてくる。
慎也は、比較的離れて止まった。
男は言う。
「もっと、近くに来なよ?
荷物を持って来たんだろ?」
慎也は少し歩を進め、慎也と男の距離は3歩分となった。
慎也は周りに目を配りながら聞く。
「…1人か?」
「…命乞いをしてくるかと期待してたのに。
まぁ、1人と言えば、1人だし、100人と言えば100人だね。」
男は少しがっかりした様子を見せた後、紳士のような笑みで言った。
男は、袋から砂のような粉上の物を地面に少しこぼすと、そこを見つめる。
そして…
「ほらこんな感じに…ね!」
男がそう言うと、砂がどろどろした液体になり、男と全く同じ背格好になる。
違うのは、手に剣を持っていることだ。
砂の男は、ステラの横に立ち、剣をステラの首に当てる。
「本当は色とか質感も全て一緒に出来るけど、今はめんどくさいからいいや。
…それより…僕は短気なんだ…。
早く荷物をくれないかな?」
そこには、狂気の笑みが浮かび始めている。
慎也は、全く表情を変えずに言った。
「その眼は…なんだ?」
男の眼は、もともと青だったのが、今は黒い輪が2つ入っている。
それは、人間の物と思えない異様さだ。
狂気の笑みを深くし、男は答えた。
「…変わったやつだなぁ。
どうせ、2人とも殺すから特別に教えてあげるよ。
これは、魔眼と呼ばれる物でね、僕が世界を支配する者である証なんだ。
まぁ、何が出来るかは今、見たようなことさ。
歴史でも大国が世界を支配しようとすることは、よくあるけど、あれは上手くいくはずがない。
他人なんていつか裏切るんだからさ。
僕は、1人でこの世界を支配する。…だから、成功するのさ。」
男は、一瞬ひどく冷めた顔をし、さらに言葉を続けた。
「…本当に無表情な男だね。
まぁ…女が殺されても、その顔でいられるかな?
殺して荷物を奪えばいいのを、このためにわざわざ手紙まで書いたんだ。
楽しませてくれよ…?」
男が、砂の分身にステラを殺させようとしたその時……砂の分身の首が飛ぶ。
分身は砂へと戻った。
「なっ!!」
男が驚いている間に、慎也は男の胸に剣を突き刺す。
「…君も、魔眼の持ち主ということか…。
次は、本体で会おう…」
普通の人間に見えた男は、刺された所から少しずつ砂になり、最終的に全て砂になった。
慎也は、剣をしまい、ステラの口に巻かれている布を外して言った。
「…行こう。馬車の時間だ。」
ステラは、動揺した様子で言う。
「ちょっと、待ってえな!
いつの間に分身の近くに移動したんかとか、途中、眼に金の輪が1つ入ってた理由とかな…
いっぱい聞きたいことあるんやけど!」
慎也は、しばらく黙りこんでから言った。
「……ここにいると、あいつに跡をつけられる可能性がある…。
首都に着いてからな。」
ステラは納得がいかない様子だったが、結局は口を閉ざした。
2人は馬車の乗り場に急いだ。