第三十一話 隠された国旗
「この国旗のことは、騎士団の上層部だけに内密に口伝で伝えられてきました」
ショウは、高鳴る鼓動をおさえ、冷静に聞こうと呼吸を整えた。
ケイトは、口調が変わったことに気づき、ほっと安堵した。
フィンリー竜騎士は、ショウの手にもつ指輪を見て続けた。
「その月と王冠こそが、本来のムン王国の紋章だと私たちも信じています。なぜなら、230年前の反乱の時の騎士団の総長もまた、突然、国王が変わり、政変が起こったことに憤りを感じていたそうです。だからこそ、全ての国旗が燃やされていく中、この国旗を密かに隠し、私たちに伝え残してきました」
フィンリー竜騎士とケイシー騎士は、ショウの前に来ると深く頭を下げた。
「騎士の忠誠は、本来の国王に誓った時のままです」
――騎士の忠誠
ショウは、胸が熱く震えた。
騎士の信頼と誇りを再び心の奥底で感じていた。
それは、ジュリアス竜騎士と感じていた信頼関係と同じ胸のぬくもりだった。
かつて、共に国を守り、戦ってきた騎士たちのことが、次々と思い出された。
彼らは、常に言葉だけでなく、行動を伴っていた。
時には命の危険がある時でさえ……。
だからこそ、強い信頼を置いていた。
――国を守り続けていくには、彼らの力は必要だ。
そのことは、前世の経験からもショウ自身が身をもって知っていた。
同時に何もできない今の自分にもどかしさもあった。
「……ここに来て騎士になろうとしたのは、最短で城の中に入れると思ったからです。城の中のことは、城の中に入らないと分からない。そのことは、私自身がよく分かっているからです」
「ショウ……あなたの話を信じたいと思っています。私たちもまた、今のこの国の状況を憂いています。この国がよくなっていくのであれば、私たちは協力を惜しみません」
「……しかし、もし騎士団を欺こうとしているのならば……」
ケイシー騎士が、用心深くショウの顔を観察した。
「ない!それはないよ!ショウはそんな人じゃない!」
ケイトは、両手を振りながら即座に否定した。
ケイトの必死な様子に、みな思わず笑みがこぼれ、
その場の空気が和らいだ。
フィンリー竜騎士は、自分に言うように呟いた。
「ルース家の子孫というのは、信じたいですね……」
「前世の記憶というのは、なんとも……どちらにしても、確証はまだ……」
ケイシー騎士は、まだ懐疑的な様子だった。
「確証が持てるならば、一つだけ……」
フィンリー竜騎士は、静かに言った。
「月の剣……」
ショウの言葉に、フィンリー竜騎士は頷いた。
「王となるものだけが抜けるという……」
「今は、星の剣にでも変られているのでしょうか」
「その通りです。私もケイシー騎士も、今の国王の戴冠式で、星の剣を抜いたのをこの目で見ました」
「……月の剣までも変えられているなんて……一体、どうやって……やはり、城の様子は早く知りたい……」
ショウは、もどかしそうに言った。
フィンリー竜騎士は、少し考え込んだ後、問いかけた。
「……明日、一緒に城へ行きますか?」
「え?!」
「戴冠式の警備の話で城に行く予定があります。戴冠式を控え、城の警備も厳しくなっているので、同行者を増やせるかどうかは分かりませんが……」
「行きます!少しでもチャンスがあるなら!」
「分かりました。では、騎士の服をお渡ししましょう。ケイシー、頼むよ」
ケイシー騎士は、黙って頷くと、扉を開けた。
ショウとケイトも後をついて出て行った。
城へ行ける――
ショウの足取りは軽やかだった。
武器庫に入るとフィンリー竜騎士は、入口すぐ横の棚から、手早く制服を取った。
(前に武器庫に入った時は、ウル騎士が案内してくれたな……)
ショウもケイトも、随分、前のように感じていた。
二人に、濃紺の制服を渡すと、慣れた手つきで剣も取り渡した。
ショウは、一瞬、剣を受け取るのをためらったが、
(騎士としてついていくなら剣を持っていないと不審に思われるかもしれない)
と、考え直し受け取った。
フィンリー竜騎士は、無言のまま、二人を部屋へと案内した。
前回と同じ部屋だった。
「今日はもう休んでください。食事は後で持って来させます」
フィンリー竜騎士は、静かに扉を閉めた。
二人は、安堵するかのようにそれぞれのベッドへドサッと倒れこんだ。
その夜は、月が明るかった。
建物横の庭で、ケイトは月を見上げていた。
首元から深紅色のルビーのペンダントを取り出すと、月明かりにかざした。
明かりを受けて、透明度が増し、輝いた。
カサッ。
後ろの音に気づき、ケイトは振り向いた。
「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの」
ツキミ姫が、立っていた。
「満月の前の日の月が好きで、見に来ただけなの」
かざしていたペンダントを下に下げていると、
「そのペンダント綺麗ね」
とツキミ姫が尋ねるように言った。
「これ、父さんの形見なんだ。こうやって、月明かりに照らすと、綺麗に光るんだ。ときどきこうして見てるんだ」
「その石……もしかして」
「あぁ、ルビーだと思うよ」
「そうかしら?見てもいい?」
「うん」
「これ……魔彩石じゃないかしら」
「まさいせき?」
「ええ。ほら、月明かりで浄化されて透明度に光るでしょう?魔彩石の特徴の一つだわ」
ツキミ姫が、角度を少しづつ変えながら、月明かりにかざしてみた。
「私の国の扶桑国でしか採れない珍しい貴重なものよ……」
ケイトにペンダントを手渡した。
「そうなの?……もしかしたら、父さんは商人だったから、貿易街で手に入れたのかも」
「……赤い魔彩石には、不老不死の力が宿るとも言われているわ」
「えっ……じゃぁ、僕、不老不死になれるの?」
「いえ、ただ持っているだけでは効果はないはず。確か、使い方や魔力が必要よ」
「そっか……」
「あまり、人には見せない方がいいと思うわ。この魔彩石を狙う人もいると思うから……」
「わ、分かった」
ケイトは、急いで首元から服の中に戻した。
「私たち、明日、貿易街に戻って、国に帰ろうと思うの。いろいろとありがとう」
「そっか……また、会えるといいね」
「えぇ、いつかまた会えるといいわね」
二人は、月を見上げると、それぞれの部屋へと戻っていった。
この後、ケイトはこの魔彩石のことをショウたちに話さなかった。
そして、そのことを後悔することになるとは思いもしていなかった。




