0. プロローグ
◇ ◇ ◇
視界が紅く滲んでいる。
貫かれた腹部に既に感覚はなく、僕はただ地面に這いつくばっていた。
僕が命を懸けてでも守りたかった銀髪の少女は、僕と同じように腹部を貫かれ、しかしまるで痛くないといわんばかりに僕に向けて微笑んでいる。
紅く染まってもなお、天使を思わせる彼女の微笑みは、むしろ僕の胸を突き刺すばかりだった。
「ごめん…守れなくて…」
「いいんです。むしろあなたを巻き込んでしまってごめんなさい…」
彼女は先程までの微笑みを消して、涙を浮かべながら僕を見ている。まるで悪いことをして怒られるのを待っている子どものような顔をしていた彼女が何だかおかしくて、僕は死ぬ間際だというのに笑いがこぼれてしまった。
「そんな顔をしないでおくれよ。怒ってなんかいないし、君が悪いとも思っていないからさ。」
「でも…」
「でもじゃないよ、僕が勝手に背負ったんだ。気にしないで?」
そう伝えても彼女の悲しそうな顔が晴れることはなく、どうやって晴らそうかと考えていると、ひとつ足音が近づいてきた。
無慈悲な足音。僕らを貫いた剣が月の光に照らされて怪しく輝いている。
そうして黒いローブを羽織った男が僕の眼前まで近づいてきた。
『話は終わったか?女神と矮小な人間。』
「終わってないって言ったら待ってくれるのかい?」
『待たぬ。女神は死ぬ運命にある。私の計画に支障が出ては叶わんからな。哀れな人間よ。この女と出会わなければ長生きできたものを。』
「変なこと言わないでおくれよ。あの時僕に彼女を見捨てる選択なんて存在していないし、後悔もしてないさ。」
「ごめんなさい…」
「だから謝らないでってば…」
繰り返し謝ろうとする彼女に治癒魔法を飛ばして怒っていないという意思を伝える。もはやお互い治癒魔法ではどうにもならないし、痛みを抑える気休めぐらいにしかならないだろうけど、それでも僕は彼女に悲しい顔をして欲しくなかった。
『潔くここで死ね。私の計画の礎となれることを誉れに思うが良い。』
そう言って黒いローブを羽織った男が剣を振り上げ、僕の心臓を貫く。不思議と痛みはなく、あるのは彼女を守れなかった後悔の念だけだった。
血が止まらず、今度こそ死に至る。
もう目が開かない。手足も動かず、自分の心臓の音も少しずつ遠くなっていく。
意識が無くなってしまう前に、遺言と言わんばかりに彼女に言葉を紡ぐ。
「いつか」
「いつか君が、君の心が泣かなくて済む世界をきっと作ってみせるよ。約束だ。」
「だからもう泣かないでおくれ。」
そう言い放って最後に目を開けば、泣くのを我慢して必死に笑顔を作る彼女が見えた。
あぁ、最後に彼女の笑顔が見れて良かった。
そう心の中で呟きながら、僕の意識は暗転していった。
―――――
無慈悲にも、私の最愛の人が目の前で息絶え、私は必死に作っていた笑顔が消えていくのを感じていた。
男は死んでしまった彼には興味も無いといった様子で、私を見ている。
『さあ、矮小な人間は死んだ。次は貴様の番だ。女神。』
「そうですね。私の命もここで終わりです。」
「ですが」
「ただ死ぬわけではありません。私はあの人に賭けると決めましたから。」
そう言って私は、密かに起動させていた女神の魔法を、もう息を止めてしまった彼に向ける。
『ほう。その魔法は…』
「ええ。あなたのお察しの通りです。」
私の行動を見ていた男が、可笑しいと言わんばかりに高笑いをし始める。
『フハハハハ!女神も落ちぶれたものよ!矮小な人間如きに賭けるだと?この人間が貴様の窮地を救い、私の計画を止めるとでも言うのか?』
「今は無理でしょうね。どれぐらい時間がかかるか分かりません。ですがいつか必ず、彼は約束を守ってくれるはずです。私はそう信じています。」
『ふむ、面白い。ならば貴様の信念も希望も、全て叩き折ってやろう。粉々にな。』
男は、口を歪ませて楽しそうに笑う。
そして、先程彼を貫いた時と同様に、私に剣を向けた。
『さらばだ。弱き女神よ。』
「えぇ、さようなら。堕ちた善神。」
私の魔法の完成と同時、私の体に深く剣が突き立てられる。不思議と痛みは無く、私の胸にはこの状況には見合わない希望に満ちていた。
次第に意識が暗転し、何も感じなくなる。
そうして深い、深い闇へと落ちていった。
◇ ◇ ◇
ねえ、もしいつか、また会えたら。
約束の果てを私に見せてくださいますか?
あなたをずっと信じています。
あなたをずっと見守っています。
だから…
だから、いつかあの日々の続きを、もう一回しましょう。




