#4
10月16日
整理整頓された部屋に座るとやはり落ち着く。静かな部屋の中で1人座っていると、全て世界で起きていることは虚構の映画を見ているようだ。ビジョンに映るビルの倒壊映像と、暗く静かな部屋とのギャップがそうさせているのだろう。総理大臣として、今や世界政府の1員として、この事態を重く受け止めなければいけない。すぐに対処しなければいけない。そんな当たり前のことはわかっている。しかし、どうしても今日は頭が重い。学生の頃から、頭痛が頻繁に襲っていた。それは、中学受験、大学受験、ドクターの論文発表、全て重要な時に起きていた。議員になってから収まっていたが、最近は毎日襲うようになっている。それだけ、日々大事な局面と体が訴えているのか。この重圧に耐えきれないと体が悲鳴をあげているのか。
「どちらでもいいか…」
結局はことを前に進めなければいけない。戸棚をゆっくり開ける私の視線の先にはーーー銀色の板が置いてある。銀色の板には緑のような青いような色のレタリック文字が浮かぶ。
「次は日本」
ビジョンには、アメリカのビルの倒壊が映画のように映されていた。
10月17日
ビルの破壊攻撃から3日経ち、消防・警察・米軍は人命救助から瓦礫撤去作業に方向転換をしていた。ニューヨークのクリンプトビルは、ニューヨークでも3番目に大きいビルで、アメリカ大統領クリンプトが所有するビルである。太いビルの20階から、2つの角のように分かれてできたビルは、バッファロービルと言われていた。今や角は1本完全に折れて、もう片方は半分の長さになっている。記者として取材をする上で、とりあえず現場を見にきたが、思ったよりも情報は得られそうにない。耳につけた「JAM EAR」で英語を聞き取っていると、警察官は死体の捜索と瓦礫撤去のために報道陣へ下がってくれとしか言っていないようだ。「JAM PHONE」に触れて電話をかけて、報告しなければいけない。と、思った瞬間にかかってくるのが滝上だ。
「おい!水口!どうだ現場は?」
やはり私は、こいつと息が合う。最悪ではあるが。
「あぁ…収穫はあまりなさそうですね。今から、とりあえずアメリカ政府の記者会見に向かいます」
「おい!早く行ってこい!クリンプトが激ギレだから、ちゃんとふっかけてこいよ!鋭い質問を敢えてして、取材対象の気持ちを…」
「逆撫でろ。相手の本性が見えてくる。了解です〜」
あぁ、やっぱり最悪だ。フリーライドのタクシーが視界に入り、電話を切ってすぐに乗り込む。一通りのニュースを読んで、逆撫でる質問を考えなければ…。ビジョンに映るのは「死傷者数1500人以上」「アメリカへ初めての攻撃」「大統領所有ビルが破壊」とありきたりなニュースばかりだ。目の前のモニターを見るとAI企業のNutsのCMが流れている。AIアーロンが笑顔で喋っている。
「あなたの業務を効率化しませんか?私と一緒に仕事をしましょう!」
基本的に人格を持たせたAIを好まない私は、到着時間に目を移すと124分とある。ニューヨークからワシントンまでは、全自動が確立した高速ハイウェイを利用するのが日常化している。AIを利用した自動運転は予測不能な人がいないハイウェイでは圧倒的な事故率の低さを誇り、時速200キロのスピードを可能にした。
時差ボケを治すために寝ようと思っていたが、大規模な破壊現場を見て興奮しているのだろうか。眠気は吹っ飛んでしまった。バックからメガネを出して、縁の部分を触れた瞬間―――目の前の視界が一気に光出す。
真っ白な光を進んでいく視界が続いていく。Nutsが開発したネットのプラットフォーム「NUTS」は、「JAM Grass」と連携して、ネット空間をVRテクノロジーと一体化した。自分自身がネット空間を生きているような感覚で楽しめるというものだ。しかしどうしても、接続する時に光の中を進むのは苦手だ。目の前が黒い部屋となる。古いJAZZがかかっている部屋の中央には丸いテーブルが置かれている。テーブルの前に立った瞬間に、目の前に現れたのは黒いハットを被り、赤いダブルのスーツを着た細身の男性が立つ。男性というのも格好を見て、推測しているだけだ。顔は黒く染められているために、誰だかはわからない。
「あらら、お久しぶりですね。ここに来られるなんて」
「そうだな」
「随分とスキンを変更なさったんですね。お似合いですよ」
そういえば、匿名の掲示板に来るときのスキンを赤いドレスで三毛猫の顔に変更したのを忘れていた。細身の人間の体に赤いドレスを纏っているが、顔だけまんまると大きな三毛猫に違和感を拭いえない。匿名のスキンは適当にランダムで選ぶようにしているがあまりにも煩雑すぎたな。
「そんなことよりも、ニューヨークの爆撃について情報はない?」
「そうですね〜アメリカですから、情報はかなり少ないですよ。あったとしても、デマや陰謀論の憶測をでていません」
「正確な情報であろうが、陰謀論であろうが、お好みの情報をと謳っているんでしょ?海外には弱いの?」
「これは手厳しい。だた、真偽がわからない情報は一つだけありますよ」
「真偽がわからない?」
「どうも新規のユーザーでして、これまでの情報の正確性で測れないということです」
「匿名のこの場所で、新規のユーザーかどうかなんてわかるの?ユーザー次第でしょ?」
「舐めないでくださいよ。ここでユーザーを変えようが、IPアドレスはもちろん、喋り方や情報の質などで個人は特定できるんです。アーロンをカスタマイズすれば簡単です」
「そう。ま、正確性は一回置いておいて、教えてもらえる?」
「もちろんですよ。いつもあなたには良い情報をいただいてますからね。こちらです」
細身の黒男は、コースターを机の上に滑らせる。いちいちアナログな情報の渡し方をするのは、黒男の美学だろう。アナログの美学に、紙媒体の新聞記者として少しばかり共感をする。表面のコースターには「黒いハット」のイラストが。コースターをひっくり返した瞬間に映像が浮かび上がる。
廊下を歩く映像。廊下の右側は全て窓ガラスになってニューヨークの景色が映る。
「これは…クリンプトビルの廊下」
廊下をまっすぐ歩いていく景色だったが、目の前に急に黒いジャージの男性が現れる。その瞬間、男性自体が爆発をする。その瞬間に映像は消える。
「これは…クリンプトビルの爆発の瞬間…」
「そうみたいですね。ただ、これがディープフェイクの可能性もある。」
「人が爆発したのが原因?」
その瞬間、体が少し揺れた感覚があった。リアルの世界で、目的地に到着したようだ。
「とりあえず貰っとくわ」
「どうも、今後ともご贔屓に」
映像が真っ暗になり、眼鏡を外すとーー目的地に到着をして車が停車していた。
「人が…爆発したのが…原因?」
車を降り、目の前に聳え立っていたのはホワイトハウスだった。




