#16
10月28日
息を上げながら、理恵と永愛を背中を追っている。学校の裏庭から塀を越えて、住宅街の裏路地を走る道は、夕方とは思えないほど暗くなってきていた。とりあえず、理恵の「逃げよう」と言う言葉に乗せられて、いや拒否した時のマイナス印象を回避したいが為に付いていった事を後悔していた。この後、学校にどうやって詰められるのだろう。下手したら停学?いや退学?そんなリスクが頭をぐるぐる巡る中、息はどんどんあがっていく。なんで小太りの永愛が、まったく息が上がっていないのか。
「ちょっと、待って…はぁはぁはぁ…これどこいくの?」
なんとか足を止めるためにギリギリの声で2人に問いかけた。見事足を止めることに成功して、2人は足を止めた。
「永愛くんの家は特定されてるし、私の家はちょっと難しいし」
理恵はうっすらと汗をかきながら、真剣な表情で考え始める。息は上がっていない。
「由紀夫殿の家に、匿ってもらえませんか?」
小太りの永愛は申し訳なさそうに、懇願するような表情を見せた。息は上がっていない。自分だけが息が上がっているようだ。
「はぁはぁ…いや、家に行くのはやばいでしょ。学校から連絡くると思うし…親いるし」
「なるほど。そうですよね」
悲しそうな表情をする永愛の横で、思考を止めていない理恵はつぶやいた。
「JAM社の人に連絡してみれば?」
「JAM社の人?」
「あの広報の女性の人。えっと…」
「下倉殿ですか?」
この騒動の根本原因であるJAM社の兵器の写真を裏で手引きした、JAM社の広報である二重人格者の下倉のことだろう。
「だって、永愛くんがあの写真を撮ったのは、下倉さんが原因でしょ?だったら、会うべきなんじゃないの?」
「…まぁでも、社内で告発したくないから永愛にリークしたんでしょ?だったら何もしてくれなさそうじゃない?」
「だったら、ちゃんとリークしてもらって、永愛くんの情報をかき消してもらおうよ」
そんなうまくことが運ぶのだろうか。永愛が焦りながら、「JAM PHONE」を操作し始めた。
「…連絡返ってきました」
「え?」
「会おうと言っています」
同日
東方ジャーナルの雑多なデスクに座ると、深いため息をついた自分に気づいた。首相官邸のふかふかのソファよりも、少し硬めのデスクチェアの方が体にフィットしているようだ。
「…」
首相に定期的に取材をするという名の、忖度プロパガンダに加担するべきなのか。総理は私が思うように記事を書いていいとまっすぐな目線で語っていた。あの目線は、どっちの意味と捉えれば良いのだろうか。と、「JAM PHONE」の通知が鳴った。
「もしもし?」
「瑞樹?今大丈夫?」
「あぁ、ママ?大丈夫だよ。どうしたの?」
「いや、どうしたのって。ちゃんとメールしたでしょ?返信しなさいよ」
「え?あぁ…」
ママとのチャット画面を開くと、長い文章が送られていた。
「ごめん。仕事忙しくて…えっと…」
長い文章に目線を通す。
「ちゃんとみてよ。あれ、いとこの昌くんが結婚するの。それに出席するかどうかあなた返信してないでしょ!出席するのかどうか聞いてって言われたのよ」
「ごめん…えっと、チャットかなんかできた?」
「家に招待状送ったみたいよ」
今の時代に紙で招待状送らないで欲しい。
「ごめん。仕事忙しくて、家あんまり帰れてないから…えっといつだっけ?」
「12月25日よ」
あぁ〜なんか痛い日付であげる結婚式だな。嫌悪感を一気に抱いたが、声に漏れないように冷静に喋り始める。
「ちょっと仕事あって行けそうにない。あとで家帰ったら、返送しておく」
「あんたちゃんと食べてるの?」
「食べてる。大丈夫」
「だって、ちゃんと家帰ってないんでしょ?」
あぁ、毎回毎回この話の落とし所はどこにあるのだろう。
「ちょっと仕事が立て込んでてさ。でも大丈夫よ」
「大丈夫って、あんた心配しるのよ?この前電話した時も帰ってないって言ってたじゃない。ちゃんと体は大丈夫なの?」
大丈夫であると安心させたと思っても、心配してくる人間に対して何を言えばいいのか正解を持ち得ていない。だから結局、
「…」
無言になってしまう。
「あんた、そうやって仕事頑張ってるのはいいことだけど、あれよ。体も大事にしないとダメよ?」
「…はいはい」
「それでどうなの?」
「どうなの?」
「そうやって無理するのをちゃんと見守ってくれる人とかいないの?」
あぁ、その話だ。どんだけ前の時代のハラスメントするのだろう。
「いないよ」
「…そうなの。でもちゃんと…」
「ちょっとごめん。仕事だから、もう切るね」
「ちょっと、瑞樹?」
「JAM PHONE」を切ると、また別の疲れが押し寄せてくる。
「はぁ…」
秩父から出てきて14年。東京との距離の割にゴリゴリの田舎を出てきた理由を改めて思い出した。凝り固まったつまらない人間にならない為に、あそこを出てきた。日本の中心である東京でジャーナリストになった今、日本のトップである総理大臣の取材をできる可能性がある。やらない選択肢はないのだ。私はジャーナリストになったんだから。
同日
下倉との待ち合わせ時間15分前。代々木公園を歩いていた。下倉に会ったとして、どうにかなるとも思わない。スマホには学校から連絡がきたと心配する母親からのチャットと着信が来ていた。チャットで「大丈夫。今日ちょっと帰り遅くなる」とだけ返しておいた。代々木公園は夜になるとポツポツと明かりがあるだけで、昼間の楽しい公共の場という印象はない。木々が立つ方が、真っ暗でただの森に見える。
「まだ先なのかな?」
暗闇になのか、今から下倉になのか不安が声にこもっていた。
「小生に来た場所でいうと、もっと奥の方みたいです」
「…」
永愛が進む先は、ベンチや街灯すらない森のゾーンへ向かっていた。下倉はやはり永愛と会っているのを誰かに見られるのを警戒しているのだろう。そんな危険なことを、ただの高校生に見せるなよ…。頭の中では、下倉へのヘイトが頭を巡っていた。
「もうちょい先みたいです」
と、その瞬間、パァンと乾いた音が鳴った。




