#15
10月28日
整理整頓された綺麗な室内には凛とした空気が張り詰めていた。いや、明らかに張り詰めている空気を発している源は、部屋のせいではなく中央に座るツーブロックの男性のせいなのだろう。
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。水口記者」
「ご配慮ありがとうございます」
総理定例記者会見で質問を投げかける時、大勢の記者たちの一部として、大勢のジャーナリズムという虎に乗ったネズミとして意気揚々と詰問できた。しかし、面と向かって対峙するとやはり1国の総理大臣なんだと心から思わされる。
第121代内閣総理大臣 草薙道鷹。年齢54歳。2039年に就任。現在、就任15年目と歴代最長の長期政権を担っている。2039年、総理大臣を務めた経験もある大物政治家、父・草薙正親を病死したことをきっかけに民自党・草薙派のトップに就任する。草薙は30歳から衆議院議員を務め、2世議員の組織力と俳優にも劣らないビジュアルを生かして圧倒的人気を国民から得た。柔らかい笑顔の「なぎスマ」は代名詞となった。草薙正親は、総理大臣として2年ほどで退任に追い込まれた。その原因は、民自党内の政敵である二川目だった。同期の正親と二川目は総理大臣の席を競い合っていたが、党内をうまくまとめた正親が先にその座を射止めた。しかし、二川目はその座から引きずる下ろす為、内部に送り込んだ二川目派の総務大臣の不祥事を表沙汰にして、総理責任を問う形でそれを実行した。その後、二川目派が総理大臣になっていく中、病死という形で彼らの戦いは終わりを告げた、と思われた。政治は、血肉を争う戦いと言われる。文字通り政敵と血が繋がっている親族なんてものは、同じ政敵に他ならない。二川目は、2039年日本経済の停滞と、中国の台湾侵攻への不穏な動きという回避不可の地獄を逆手にとって、草薙道鷹を総理に担ぎ上げて、全ての責任を押し付けようと考えた。わかりやすいイケメン2世議員の草薙に、国難を回避することは、贔屓目に見ても不可能だった。国難を回避できなかた総理大臣として泥を塗られた草薙は一生総理の座に返り咲くことはできない。二川目の草薙一族根絶やし作戦は完遂すると思われた。しかし、立場が人を作るのか、元々天賦の器があったのか、草薙は見事に奇跡の隕石によるΩの発見、宇宙人攻撃による中国の台湾侵攻の中止など全てを乗り切ったのだった。
そして現在に至るのだが、15年の歳月が風格を作り上げたのだろう。目の前の草薙総理は「なぎスマ」などという早熟な議員を爽やかさで覆い隠すようなキャッチーな言葉では表現ではできない重みのある笑顔を浮かべている。
「それでは、時間もないので、単刀直入に…。あの情報はどこから手に入れましたか?」
「…情報源は言えません。申し訳ありません」
「なるほど。では、こちらのお願いを聞いていただけますか?」
「お願い?」
「これから定期的にこちらにお越しいただけますか?」
「…首相官邸に?」
「はい」
「それは、取材許可という認識であってますでしょうか?」
「はい」
総理大臣からこのタイミングでの取材協力ということは…。
「政府の意図通りの記事を流せといことですか?私をプロパガンダに利用するということですか?」
「…プロパガンダ。少し過激な表現ですね。ですが、水口記者の思った通りの記事を書いていただいて構いません。こちらは取材をしていただきたいだけです」
「…」
なるほど…これが忖度か。
同日
なんでだ。なんで走っているんだ。街路を走る永愛と理恵の背後を走りながら、頭の「なぜ」がぐるぐる回っていた。「EVE」のやつらが学校にきて、その元凶が永愛と知られて、校内放送で呼び出されて、それでなんで今俺は学校を飛び出して走ってるんだよ。
同日10分前
「小生がもし、このまま教員室に行ったら…」
「多分、あの写真のこともバレる」
「そしたら、学校も停学…」
脂ぎった永愛の顔が汗でさらにテカテカ度を増している永愛が小刻みに震えていた。校内放送で呼び出された後、教室から職員室に戻ることなく、とりあえず誰もいない音楽準備室に入った。このまま職員室に戻ったところで、何か罰を与えられることは明確だ。
「停学で済むのかな…?」
不安そうな理恵が呟く。
「小生…退学の人生を歩むってことですか?」
どうしたって、この状況を打破することは高校生にはできない。だったら、おとなしく職員室に行くしかない。
「逃げよう」
声の方を向くと決心した理恵がこちらを見つめていた。
「逃げる?」




