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第十九話

 「竜胆、お願い~」

怜利が陽を担いで上がってきた。階段が急なのかゆっくりと段を踏む音がした。

「鬼灯、悪い」

怜利が床の間に上がった。陽に肩を貸して、怜利の隣に寝かせた。

「もうー、蹴鞠はすぐへばるんだから」

明が横になる陽と、その横に座る怜利の間に座った。

疾風が幸璃と一緒に階段を上がってきた。いつも何かしら話してる二人が何だか静かだった。


 彩は陽の脚を手当てしている。

 刀で綺麗に切られていた。骨が見えていたが、もう血が出ていない。

怜利の腕にも同じ切り傷がいくつか付いていた。怜利の方からは少しだけ血が出ている。


 悠希さんがゆっくり階段を上がってきた。うつむいていた。

「竜胆、いや。成羅、悠希さんに妖力分けてあげて」

それを聞いて一斉に怜利のほうに振り向いた。

悠希さんのお母さんも驚いて固まっていた。熟達した術者が大抵使う、名前に縛る呪いを警戒するように、と怜利が言っていたはずなのに。


 「もう、警戒する必要はないと思う。そうでしょ?悠希さん」

怜利が俯いた悠希さんに問いかけた。

「うん、皆、ごめん」

悠希さんの髪のカーテンが地面に着きそうだった。声がやけに低く、大人びた声だった。

「あのさあ、あんなけぼっこぼこにされたアンタ見てたらもう怒らないよ」

疾風が言った。視線はあちこちに動いている。その隣で幸璃が首を激しく縦に振っている。

 ぼこぼこ、と言えば確かに悠希さんの髪に土がついているし、綺麗だった服が所々切れて、血で汚れている。

悠希さんは一向に顔を上げなかった。悠希さんのお母さんは俯いて、目を薄く開けていた。


 静かだった。誰も口を開かない。乱れの無い息の音がして、風の音がして、苦しそうな声がして、私の心臓だけが鳴っていた。


 沈黙を破るように彩が呟いた。

「台所を、お借りしてもいいですかー?」

悠希さんのお母さんは、涙が溢れるくらいに口角を上げた。

「食べてみたかったの」

そう言った。


 彩がご飯の準備をしている間に怜利は花束を持って皆が組手をしている庭が見える縁側で立ち上がった。

「どこかいくの?」

怜利は茶色の目を細めながら呟いた。

「お墓参りだよ、知ってる人の」

私は立ち上がって、服の裾を引っ張った。

「血、出てる」

少しだけ微笑んで怜利は傷口に手をかざした。手が通り過ぎると怪我は消えていた。きめ細やかな肌の上に真っ赤な血が垂れているだけだった。

「なんもない」

目を細くして笑っていた。


 「成羅!組手しよーぜー」

疾風が呼んできた。どうせチビで弱いくせに仕掛けてくるんだから。

「怜利、行ってらっしゃい。」

顔を見て言った。茶色の柔らかい毛が光っていた。

「行ってくる」


 怜利が二人も鬼がいる門を出てすぐにご飯の準備が出来たらしい。

「成羅ちゃん、怜くんは?」

彩が訊いてきた。いつもの三角巾を頭に付けている。

「お墓参り行ってくるって言ってたよー」

溜息を吐いて、無限鞄を使った。陣の中に手を入れて、小さな花束を取り出した。

「これ、持って行って」

彩はそれだけ言って、私を門の外まで押していった。


 怜利の匂いを辿るのは簡単。いつもより濃い匂いだからかもしれない。まるで燻る灰のようだった。

匂いが急に薄くなった。どこかから漂う匂いはするのに、方向が無かった。


 「成羅?」

頭上から声がした。

「わ、びっくりしたぁ」

足に輪式が回っていた。風術だったみたいだ。

「彩が、この花束渡してって」

怜利が降りて来て、その蕾を握った。手を開くと花が咲いた。

「彩が持ってたのか」

怜利の指が根元の札を触った。そこには『一瀬将』と書かれていた。

「一瀬達也さんのお墓に行こうかなって。」

怜利は、前を向いてから呟いた。

「来る?」


 「お墓、小さいね」

私は思わず言ってしまった。周りが私の身長より大きいのに、達也さんと呼ばれた人のお墓だけ膝くらいしかない。

「聞かれちゃうよ?」

怜利は少しだけ笑った。大丈夫だ、いない。

「ごめんなさい、達也さん」

一応謝って、線香を手向けた。良い香りが墓地に漂った。

 怜利は静かにしゃがみ込んで手を合わせていた。何かを祈るような不思議な匂いがした。


 「さて、行こうか」

手桶と、柄杓を小さな倉庫に戻して墓地を出た。怜利の横に並んで歩く。

「ねえ、成羅」

呟いた。雀の声に負けそうなくらいに小さかった。

「どしたの?」

怜利がこんなに弱気なのはそうそうない。息を呑む音が聞こえた。

「いや、」

やけに大きな声だった。

「また大移動だ。次は富士山の方だって、早く行かないとね」

はぐらかされた。珍しい。

「うん、がんばろ」


 怜利は少しだけ早足で美味しいご飯が待つ東北屋敷に帰っていった。

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