第十七話
大鎌を振り続けて、たくさん伸びてくる腕をいなした。
鎌の内側に、腕が現れて、首目掛けて真っすぐ伸びてきた。避け切れない……。
目を閉じようとした瞬間、なぜか一斉に腕が消えた。
「思い出したよ……!」
明のその声を聞いた悠希さんがにやける。
「やっと気付いたね」
そう言う悠希さんが刀を鞘に戻して抜刀の姿勢を取った。幸璃が悠希さんを守るように陽の呪具を奪って、両腕で灰色の大きな足を押さえつける。
「これ結界だ!」
記憶から、洪水のように怜利の声が聞こえた。
『簡単、隔離結界でもなんでも、結界は剥がすんだよ。』怜利の声が蘇った。そうだ。剥がすんだった。そう、結界の核を守ってるデコイを剥がすんだ。
「どこかに核がある!」
明が叫ぶ。私は、大鎌に呪力を加えて、更に大きくした。
結界内の物すべてを一旦壊してみる。現実世界と繋がる核を隠すデコイだけは絶対に直らないから。
私は大鎌で大きく薙いだ。流石に重い。腕が、痛い。
何本も鎌で切った。妖力が切れて来て、鎌が徐々に縮みだす。足が陽に降ってきて、その横を腕が掠めていく。それがいつ私の方にくるのか分からない。
幸璃が、鎌を振り切った私に伸びる腕を掴んで、守ってくれる。
「成羅、これ!」
陽が叫んだ。振り向きながら、そこまでにある気を回りながら切った。掌が焼けるように痛い。
鎌で切ったが、何も起きない。
「ちがう!」
明が、私を横に突き飛ばした。
倒れる、そう思ったけれど、そんなのは今は良い。倒れている方向に、核があると明が踏んだのだ。信じるしかない。
腕が邪魔をしてくる。鎌を振ろうとすると、私の周りに木の根が伸びてきた。この妖力は明と陽のだ。
根っこが、腕を絡めていく。私は、陽の『抗呪術式』を纏った明の木術に触れながら、氷術を撃った。結晶が手の中で膨らんでいく。
悠希さんが、居合切りする。木の幹が切れた。他のと違って、歪まない。これだ。
私は氷術を投げて、その幹の切れ口を吹き飛ばした。
一瞬で目の前が真っ白になって、私の意識は飛んでしまった。
ゆらゆら揺れている。なぜだか落ち着く気がして、匂いを気にしてみた。いつもの匂いだ。
「起きた?」
怜利だ。私は目を開けて、黒い髪が頬に触れていたのに気付いた。近すぎる。
「うん、あれ?皆は?」
顔を離した。周りを見ても皆はいない。
「妖の捻じれた結界に入ってたでしょ?結界外の転移場所は皆、バラバラだったみたいだよ。」
怜利が答えた。私を囲う腕からは微かに血の匂いがする。この匂いは怜利じゃなくて、疾風だ。
「疾風がいないと危なかったかな……」
呟いた怜利の声は思い出している様に浅く聞こえた。嘘だ。怜利ならあのレベルの妖は一瞬だろう。
「みんなは?って訊きたい?」
怜利が訊いてきた。頷く。
「もう東北の屋敷にいる。『飛天』で飛ばしたよ」
飛天、あれかこの前怜利が帰って来た時の血の陣。
「また切ったの?」
少しだけ怜利の匂いが柔らかくなる。怜利は綺麗に包帯が巻かれた左腕を見せてきた。
「やっぱりバレちゃう、」
微笑む怜利を見た。なぜだか胸がきゅ、と鳴った。
揺れている肩越しに怜利の顔を覗く。
「なんで私だけ怜利と?」
海沿いに行くと言っていたのに、海の匂いどころか澄んだ山の匂いが鼻をくぐっている。
「やだ?」
怜利は、高い木の枝の間を跳んでいる。遠くに高い山の景色が揺れて見えた。なのに怜利の柔らかい髪がふわっふわっと靡いている。綺麗だ。
後ろを見れば、さっき通った高い木が、本当に小さな点に見える。そうこうしてる内に、もう見えない。怜利の腕が背中に引き寄せる様に動いた。
「ごめんね、危ないや」
くっついててと言いたいのだろうか。物凄い速さの中でもやっぱり息が切れない怜利。バケモノなのかもしれない。
「ごめん、」
怜利は何も返さずに、ただただ猛スピードで走り続けていた。
「成羅、――、―――――。」
風で聞き取れなかった。とりあえず頷いてみた。
怜利が突然枝を蹴り上げて、下に落ちた。怜利の背中に顎をぶつけた。痛い。目を開ければ、林の中。どうやらストップしたのだろうか。
「ご飯、なにがいい?」
怜利が訊いてくる。無限鞄の陣が地面から宙に浮き上がって、机と椅子が出てきた。ほんとに怜利はなんでこんなに器用なのかな。
「ご飯?何があるかな?」
「えーと、鱒のお茶漬けと梅茶漬けと、お茶漬けと、お茶漬けと……、お茶漬け。」
いつもの事だ。怜利が持ってるものは殆ど一種類。好きな物だけ、ほんとに一途なんだから。
「じゃあ、お茶漬け。」
もうケトルと、お椀を出している。お湯くらい術で出せるのに、ご飯にだけは術で食べようとしない。なんでだか分からないけど、見たことがない。
木々の間を小鳥が飛び回って、可愛い声を出している。怜利が、その小鳥たちを静かに目で追っていた。
「楽しそうだよね、小鳥って」
視線に気付かれて、振り向いた怜利。真正面から目が合う。私は目を逸らしてしまった。小さな滝が目に映った。
「そうかな?」
「そうだよー、自由に空を飛べて、いや厳密には自由じゃないかもだけれど、自分の思うとおりに飛べる。」
小鳥の方に目を向けた怜利の横顔を見つめた。肩まである黒い髪を縛っていた。
「そろそろかなー?たべよっか。」
ピーッとケトルが鳴った。
背負う前に怜利がジャージを渡してきた。
「ほら、暑いから。」
その黒いジャージは、温かい匂いと、怜利の屋敷のどこか古い匂いがした。




