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1. 生まれてこなければよかった

 

 エレナは牢の隅で壁に肩を預けて座っていた。

(この後、尋問されて処刑されるのね。最期が処刑なんてお似合いだわ)


 エレナはこれから処刑されるというのにどこか他人事(ひとごと)に考えていた。別に処刑されることはなんとも思わない。むしろこんな人生早く終わって欲しいとさえ思っている。ただ一つ、唯一心残りがあるとするならば、誰かに愛されたかった。私を必要として欲しかった。

 エレナは涙で頬を濡らしながら眠りについた。





 エレナ・シンクレアは侯爵家の次女として生まれた。世間一般からみれば身分も高く、羨ましがられる立場だろう。しかし、実際は家族から(うと)まれ、使用人達からは仕事を押し付けられたり暴力を振られたりとまるで奴隷のような日々を送っていた。それは誰が見ても到底侯爵令嬢とは思えない悲惨な姿だった。


 エレナの家族構成は、父、母、姉、エレナの4人家族である。

 姉はとても美人で愛想がよく、おまけに頭が良い。そのため、幼い頃から両親に愛されて育った。一方エレナは、特別美人でもないし容量が悪いため、幼い頃からよく両親に怒られていた。しかし、怒られていたのは他にも理由がある。とても理不尽な理由が……。


 父と母はエレナではなく家を継いでくれる男の子が生まれることを強く望んでいた。しかし生まれてきたのは女の子だった。エレナが生まれてきて父と母はひどくがっかりした。


 だから母はエレナを男として育てようと剣術をやらせたり男物の服を着せたりした。エレナも母の期待に応えようと必死に剣術に励んだ。剣術の先生は厳しくて怖かったので、何度も逃げ出したくなった。それでもエレナが強くなればお母様に褒められる、自分の存在を認めてもらえると自主練も欠かさず、厳しい特訓も頑張った。そのおかげで剣術の腕はそこそこ上達した。


 でも、母は褒めてくれなかった。理由はエレナが小柄で声も高いためとても男にはとても見えないからだ。だから母はエレナを男として育てることを諦めた。そしてちょうどその頃、母は病気になり子供を産めなくなってしまった。それから家族のエレナに対する扱いは日に日にひどくなっていった。



『あんたのせいで子供が産めなくなったじゃない』

『どうしてあんたは男じゃないのよ』

『あんたなんか産むんじゃなかった』

『全部あんたが悪いのよ、この疫病神!』



 母はそんな言葉でエレナを(ののし)った。時には物を投げつけられたりした。しかし、そんなエレナを父が庇うことはなかった。父にとって世継ぎでもないエレナのことは全く興味がなかった。男ではないエレナがどうなろうと、どんな扱いを受けようとどうでもいいのだ。そして姉は女である自分が非難されることを恐れたのか、エレナを積極的に必要以上にいじめた。


 ある日、家族みんなでご飯を食べているときにお姉様が言った。

「これと一緒のテーブルで食べるとご飯がまずくなるわ」

 そして私のご飯を床に置きながら、

「床で食べればいいんじゃないかしら? とってもお似合いよ」

 と言われた。母もそれに賛同した。こうなったら拒んでも無駄なだけだ。それに断ればもっとひどくなる。だからエレナはその日から大人しく床で食べることにした。


 しかしそれにも飽きたのか、一緒の空間にいたくない、視界に入れたくないと言われ、エレナのご飯が用意されなくなったので、家族が食べたのを見計らって食べるようになった。その日から用意されるご飯は3人分だけだった。だからエレナは家族の残したご飯を食べたり、冷蔵庫にある食材を使い自分でご飯を作ったりしていた。


 しかし、翌日の料理で使うつもりだった食材を使うとまた酷い目に遭ったりした。だから、バレないぐらいのほんの少しだけ食材を使うようにした。そのため量が足りず、エレナは毎日お腹をすかせていた。しかし、しばらくすると少量のご飯に慣れ、一日なら何も食べなくてもいいぐらいに食は細くなっていった。


 エレナの居場所が完全になくなるまでそう時間はかからなかった。母は溜まったストレスを使用人達にもぶつけていた。エレナのせいで八つ当たりをくらう使用人達はエレナをいじめてストレスを発散していた。みんなのストレスの()け口はエレナだった。初めはエレナより身分の低い使用人から暴力を振られることはおかしいと思い、母に告げ口したことがある。しかし、使用人が怒られることなかった。それどころか、どうやらエレナをいじめるようにけしかけたのは母のほうからだったのだ。


 この家にエレナの味方はたったの1人もいない。

エレナはこの辛い状況を1人で耐えていたものの、辛くて泣きながら母や姉に反抗したこともある。



『どうして私だけなの? お姉さまも女じゃない!』

『私が女として生まれてきたのは私のせいなの?』

『お母様が病気になったのは私のせいなの?』



 しかし、そんなことを言っても状況が変わることはなかった。むしろ反抗すれば怒りを買い、後が怖いことを学んでからは誰の命令だろうが大人しく従うことにした。そんな生活が数年続いた頃には、エレナ自身もこの状況が当たり前だと思うようになっていった。


 昔はそんな日々が辛くて夜中に1人で泣いたりもしていた。しかし、もはや涙は枯れてしまった。寂しい、辛いなんて感情は忘れてしまった。1人で食べるご飯、使用人に殴られること、お母様やお姉さまからの暴言。それがエレナの日常になっていった。


 エレナはもう全てを諦めていた。温かいご飯を食べることも、綺麗なドレスを着ることも、この家から出ることも。そして、誰かに愛され幸せになることも。一生この地獄のような日々から抜けだすことはできないと。


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