2. 新しい場所
エレナが辛い日々を送っていたある日。王宮から一通の手紙が届いた。内容は国王陛下からシンクレア家に婚約を申し込むというものだった。しかしお姉さまは断った。当然だろう。いくら陛下だからといってもあの冷酷非道の陛下だ。何をされるかわからない。そんなところにお姉様が行きたいはずがない。ということで必然的にエレナが行くことになる。そして、エレナがそれを断ることはできない。
「まさか、こいつに使い道があるとは思わなかったな」
「よかったじゃない。お幸せに」
家族からはそう冷やかされた。陛下とエレナが釣り合うわけがないと知りながら。エレナは令嬢としてのマナーを知らない。ダンスも踊れない。文字も読めない。
(こんな私はすぐに陛下に捨てられるに決まっている)
しかし、エレナには行くという選択肢しか残されてない。この家から出れるならどこでもいいと思っていたのに、まさか陛下のところとは。下手したら生きて帰れないかもしれない。
翌日、エレナは綺麗なドレスを見にまとい王宮に向かった。ようやくあの家から出ることができた。綺麗なドレスを着ることが出来た。しかし、エレナの気分は暗かった。きっと、また別の地獄が待っているだけだろうから。エレナは馬車の中で祈っていた。
(この先に待つ地獄がどうかほんの少しでもあの家よりましなものでありますように)
エレナは王宮につくとまず陛下の元に挨拶に向かった。部屋に入ると、そこには仕事中の陛下がいた。エレナは陛下に向かって挨拶をした。
「お初にお目にかかります。エレナ・シンクレアと申します」
声が震えないように気をつけながら挨拶をした。そして、エレナは国王陛下に向かって深くお辞儀をした。こういう時にどうするのが正解なのかマナーを学んでいないエレナはわからずただ深くお辞儀をした。しかし、陛下はこちらを見ないし、何も言わない。
「陛下、婚約者様がいらっしゃいました」
「そうか。アーサー、いつも通りに頼む」
「はっ」
机に置かれている書類を見ながら陛下は命令した。結局最後まで、エレナの顔を見ることはなかった。アーサーと呼ばれた人に外に出るよう促されたエレナは、陛下に向かってもう一度深くお辞儀をして部屋を出た。
エレナは部屋を出るときにちらっと陛下の顔を見た。金色の髪に赤い瞳、正面から見なくても分かる綺麗に整った顔。それがこの国、クロデリア王国で冷酷非道と恐れられている国王陛下。
『リヒト・デュンヴァルト』
国王になるために実の親や兄弟さえ躊躇うことなく己の手で殺した。そのことから冷酷非道だと『人の心を持たない』と国民から恐れられている。今までもエレナ以外に公爵家や侯爵家の令嬢が数人、陛下と婚約していたことがある。しかし、数日経たずに婚約を破棄しているらしい。中には陛下が気に入らなかったため斬られたことのある令嬢もいるという噂まである。
エレナはアーサーの後ろを着いて行きながら考え事をしていた。陛下がこんな私を愛してくれるはずがない。なら、嫌われないように気をつけながら過ごすしかない。嫌われてしまったら私の居場所はもうどこにも存在しなくなってしまう。幸い、今までの婚約は令嬢の方から婚約破棄を申し込んでいるらしい。なら、たとえ斬られようが自分からは絶対に婚約破棄してほしいと言わなければいいのだ。エレナはここで生きていく覚悟を決めた。
部屋に着くと、侍女を呼んでくると言ってアーサーはどこかに言ってしまった。
(思ったより普通の部屋だわ。陛下の婚約者の部屋だからもっと広くて豪華なものだと思っていた)
エレナが部屋を見渡しながら考え事をしていると、部屋をノックする音が聞こえ侍女が入ってきた。
「これからエレナ様のお世話をさせていただくクリスタと申します。何か御用がございましたら何なりとお申し付けください」
クリスタはエレナに向かって丁寧な口調で挨拶した。エレナにとって使用人とは自分に暴言を吐き暴力を振るう怖い存在だった。もちろん、普通はそんなことはないと頭では分かっていた。しかし、頭では分かっていてもやはりエレナにとっては恐怖対象なのだ。
「よ、よろしくお願いします」
座っていたエレナは立ち上がり侍女のクリスタに向かって敬語を使い頭を下げた。そんなエレナの態度にクリスタは驚いた。貴族は使用人に敬語なんて使わないし、ましてや身分が下のものに頭を下げるなんて信じられなかった。
「エレナ様、頭をお上げください」
クリスタは自分にビクビクしているエレナに疑問を抱いた。今までの婚約者もクリスタがお世話をしていたのだが、どの令嬢もわがままでクリスタをこき使う人ばかりだった。しかし今は考えてもしょうがないので、いつも通りの説明をエレナにした。
「エレナ様、こちらのお部屋は陛下とエレナ様のお部屋でございます」
「陛下とですか?」
「はい、私たちが今いるお部屋は陛下との共有スペースでございます。お茶を飲まれたりエレナ様のご自由に過ごして構いません。それからあちらがエレナ様の寝室、そしてその隣が陛下の寝室でございます」
広いとは言えないこの部屋が、まさか陛下と同じ部屋だとは思わず、エレナは驚いた。
「陛下はこちらにはお休みになる時以外はお戻りにならないので、顔を合わせることはほとんどないと思います」
エレナは陛下に無礼なことをしないようにと気を引き締めた。寝る時しか帰ってこないとは言っても1日に一度は顔を合わせるだろう。
「それではエレナ様、御用がございましたらお呼びください」
自分に怯えているエレナを見て、ここにいない方がいいと判断したクリスタは必要なことを説明し終えると足早に部屋をでた。




