番外編~美人の定義 第11話~
『twilight』を出ると、赤橙から濃紺のグラデーションが見事な空に、月が上り始めているところだった。
私たちはどちらともなく手を繋ぎ、大通りまでの道を歩いていく。
相変わらず健全すぎる交際を続けているから、夜遅くまで秋野さんが私を連れ回すことはない。今日も家まで送ってもらい、それでさよならなのだろう。
そこまで考えて、私は秋野さんに気づかれないようにそっと息を吐いた。
どうも秋は感傷的な気持ちを運んでくるらしい。部屋に帰り、独りの時間が訪れるのかと思ったら、その淋しさが胸に込み上げてきた。
「じゃあ、おやすみ」
アパートの私の部屋の前まで来ると繋いだ手を解き、秋野さんはほんのりと笑みを作った。
驚くほど優しくて紳士な秋野さんは、いつもこうだ。部屋に上がることもせず、お行儀よく送り届けてくれて終了する。
それが彼の良いところであり、私を大切に扱ってくれている何よりの証拠なのだが、私の心に淋しさを残していく。
もちろん、真面目で優しくて、一途な彼のことは好きだし、これだけ大切にされて嬉しくないはずがない。けれども、同時にもどかしさと孤独をもたらすのも事実だ。
でも、言えない。
今さら清純ぶっても仕方ないのだが、一緒にいてほしいと自分から誘うことに躊躇いがある。
呆れられたくない。重たい女になりたくない。
そんな負の感情が渦巻いて、口が重たくなっていく。それが常だ。
「多江?どうした?」
黙りこくって動かない私を、心配そうに見つめる秋野さん。その目に映る私は薄明かりでもはっきりと判るくらい、泣きそうな顔をしている。
表情が大きく変わらない私は、仮面をつけなくても他の人に喜怒哀楽が伝わりにくい。今だって決してあからさまに表情が変わったわけではない。でも、私にははっきりと分かる。
とくとくと心臓が血液を送り出す音と、冷えてきた空気が頬を撫でる感触が、いやに明瞭で、それ故に変な緊張感を覚えている自分がいる。
そんな、崩れそうで崩れない私の心の均衡を乱したのは他ならぬ秋野さんの指だった。
「調子悪い?大丈夫?」
そう問いながら額に触れてきた指の熱さに、私の心は簡単に揺れ、あっさりと押し込めた本音を溢れ出す方向へと傾いた。
「秋野さん…」
掠れた、自分の声。同時に私は秋野さんの首に腕を回し、ぎゅっと抱きついていた。
ぼすっという音がして、秋野さんが持っていた二人の鞄を落としたのが分かった。それほどに驚いたことが伝わってきて、私の行動が秋野さんにとっては予測不能な出来事だったと今さらながら知った。
どこか他人事のように分析する私とは異なり、秋野さんの反応がない。
「…秋野さん…?」
恐る恐る呼び掛けると、突然、背中に秋野さんの腕が回り、きつく抱き締められていた。先ほどの硬直具合が嘘みたいに、骨が軋みそうな強い力で私を囲い込み、肩口へ顔を寄せてくる。
「………そんな可愛いことされたら、帰れなくなる」
耳に直接流れ込んできた言葉は、ドラマでしか聞いたことがないフレーズで。その艶めいた響きに、私の頬は熱くなる。
過去に関係をもった人とは、大抵なだれ込むように致していたから、そもそもそんな言葉が必要なかった。初めての言葉、は私の心の中の思い出ボックスにきちんとしまい込まれる。
また一つ増えた思い出に胸をときめかせていると、秋野さんの鼻先が、私の首筋に触れた。
「いつも離れたくないのを我慢して送り届けるのに、これじゃ…離せないじゃないか」
くぐもった声が、苦悩と欲望を伝えてくる。微かに震える声が切なくて、胸が甘く締め付けられて苦しい。
苦しくて苦しくて、押し込めてきた想いが溢れ出してくる。
「私だって、秋野さんと一緒にいたい」
口を突き、するりと零れた本音に、秋野さんが息を飲んだのが分かった。
秋野さんの速い心音が伝わってきて、彼の緊張と高揚を感じる。続ける言葉を見つけられず、私は秋野さんに頬をすり寄せた。
「…っ!」
最早言葉にならない秋野さんは、もう一度私を強く抱き寄せた後、その身体を勢いよく離し、そして私の頬を両手で挟む。
向けられた焦げ茶色は暗がりでは真っ黒に見える。その目が怖いくらいに真剣で、溶けそうなくらいの熱を孕んで私を睨んでいた。
「俺は多江が欲しいって、いつも思ってるんだ。…煽ったんだから、覚悟しろよ」
直球な言葉と視線は、私の身体を火照らすのには十分過ぎるくらいで。次から次へと溢れていく言葉を捕まえられない私は何も言えず、秋野さんの手に自分の手を重ねることしかできない。
けれど、秋野さんにはきちんと伝わったようで、眉を僅かにしかめると、次の瞬間、二人の唇が重なっていた。
秋野さんとのキスは、いつも微睡みのような穏やかなものだ。でも今は噛みつくような激しいキスで、彼らしくない性急で荒々しいものだ。彼の余裕のなさと、強い想いが込められている気がして、その熱にくらくらと目眩がした。
鼻で呼吸をすれば良いと頭では理解しているのに、心臓が痛いほど鳴っていて、それがうまくいかない。
「秋野さん…っ」
唇が離れた隙に私は秋野さんの身体を押しのけ、彼の余裕の名を呼んだ。睦言めいた音ではなく、抗議が混じる非難めいた音に、秋野さんの眉間に皺が寄る。
「…それは、俺じゃダメだってこと?」
肩で息をしながら、秋野さんが睨んでくる。睨む、というよりも、拒絶されて傷ついている、という方が正しいのだと思う。頬を挟んでいた両手が力なく、肩まで滑り降りていく。
「そうじゃなくて」
仮にも彼氏なのだ、拒絶するわけないのに。大体、自分から誘っておいて嫌はない。
そんなことにも気が回らない、どこまでも不器用な秋野さんが可笑しくて、私はくすりと笑い、彼の耳たぶを軽く引っ張った。
そして驚く秋野さんの頬に軽く口づける。
「ダメなわけ、ないじゃない」
先ほどの剣幕はどこへやら、目を丸くして顔を真っ赤にさせる秋野さんは少年みたいな表情をしている。
ぽかんとしている彼の手を肩から下ろし、私は鍵を解錠してドアを開けた。
「そんなに広くないけど、どうぞ」
服の袖を引かれ、そこでやっと自分の勘違いに気がついたらしい。秋野さんはふっと肩の力を抜いて苦笑すると、床に落とした荷物を拾い上げた。
「1Kだから、入ってすぐが台所、その奥がリビング兼寝室。とりあえず奥に入ってくれる?」
秋野さんを促して玄関に入れ、次いで自分も入って鍵を閉める。お邪魔します、と革靴を脱いだ秋野さんは靴を揃えて立ち上がると、興味深そうに室内をきょろきょろと見回した。
私は部屋に物を置くことを好まないから、モデルハウスのようだ。そんな物珍しいものもないだろう。
「物が全然無いから、女の子の部屋って感じではないでしょ?」
私の言葉に、秋野さんは素直に頷く。
「そうだね。あかりなんか物だらけで足の踏み場も無いから、女の子って皆そうなのかと思ってたけど…なんだろ、ちょっと感動。俺、こういう部屋が好きだな」
「そう?机と椅子、ベッドしかないけど…」
「シンプルで良いよ、生活感がないわけじゃないし。台所は鍋や調味料とか結構置いてあるから、料理もきちんとするんじゃないの?」
確かに私は自炊している。料理は嫌いじゃないし、小さい時から外食に頼る生活をしないように躾られてきた。
思い返せば、両親は非常に厳しかった。仕事で家にいないことも多いくせに、いるときは私や姉、弟の生活にあれこれと口を出してきた。私が男に逃げたのもそれが大きい。
実家に帰るのなら、男遊びを繰り返していた過去だけではなく、両親とも向き合わなくてはならなくなる。あの閉鎖的で暗澹とした家が、こんな私を酷く責め立て、あの鳥籠の中へ放り込んでしまおうとしている気がした。
先ほどまで二人の間に漂っていた濃厚な雰囲気は消え、いつの間にか普段と同じ、穏やかな雰囲気になっていて、私は軽く息を吐き出す。別に体の関係だけが目的ではないが、こうもあっさりと引っ込められると淋しいものがある。
複雑な思いで台所に立ち、秋野さんに背を向ける。彼の視線は感じたが、正面から受け止めていない分、楽だ。
「今、カフェオレ入れるね。向こうのテーブルで座って待ってて」
鈍色のケトルに水を入れて火をかける。コーヒー豆はこの前、コーヒー豆の専門店でブレンドしてもらったものを出した。細かく曳いてあるから味は濃いが、牛乳を半分も入れるからちょうど良くなるはずだ。
フィルターをサーバーにセットし、コーヒー粉をスプーン2杯入れる。それが終わると、冷蔵庫から取り出した牛乳をミルクパンに注ぎ、弱火で加熱を始めた。
ケトルからポコポコ音が聞こえ始め、やがてピーっと音がしたところで火を消す。そして台拭きで取っ手を持ち、フィルターに少量お湯を注いだ。普段はあまりやらないが、コーヒー粉を蒸らすと美味しくなることは知っていたので、一手間かける。
その後、「の」を描くようにお湯を注ぐ。サーバーに焦げ茶色の液体が落ちていくのを見ながら注いでいると、牛乳が沸騰し始めたので火を消しておいた。
お湯を注ぎ終わると私は、来客用のコーヒーカップとソーサーを用意し、そこにサーバーのコーヒーを半分ほど注ぎ入れる。次いで濾し器を通して牛乳を加えた。茶色一色だったのがだんだんと白が混じり始め、褐色に変わる。
「へぇ、すごく本格的なんだね」
牛乳を入れ終わり、ミルクパンをコンロの上に戻した途端、後ろから声が聞こえてきた。
秋野さんがテーブルの方で座らずに、背後に立っているのは分かっていたから驚きはしないが、じっと観察されていたのだと思うと恥ずかしさが込み上げる。
「そんなに見られてると恥ずかしいよ」
お盆にカップとソーサーを乗せて振り返ると、柔らかな表情の秋野さんがいて、さっとお盆を持ってくれた。
「何で?照れるどころか自慢したっていいと思うけど」
「ただカフェオレ作っただけなのに?」
「ただ作っただけって言うけど、端から見てると感動だよ。俺はスティックタイプにお湯入れて終了だし」
そうおどけると、秋野さんはお盆を運んでいってしまう。テーブルの前に座り、流れるような自然な動作でカップとソーサーをセットすると、徐に自分の仕事鞄を開けて何かを探し始めた。
「何探してるの?」
「ちょうど今日、仕事先でもらった焼菓子がお茶うけに良さそうだなと…あった、これこれ」
取り出したのは、薄緑色の手のひらサイズの箱だ。箱には銀色の筆記体が斜めに走っていて、可愛らしさよりもシャープさが目につく。
きっとどこかの洋菓子店のものだろうが、見るからに高級そうだ。
「今さらだけど、秋野さんって…仕事は何を?」
自分の彼氏の職業を知らないというのは、何ともいただけない話である。
出会って半年以上経つのに…と、自分の気の回らなさ加減に呆れてしまう。尤も、今までと違って、秋野さんが秋野さんであるなら何でもいいと考えているから、どんな職業だろうが構わなかったというのもある。
秋野さんは幼い仕草で首を傾げると、目を何度か瞬かせた。
「俺、自分の仕事のこと、言ってなかった?」
「はい」
「ごめん。多江のことばっか考えてたから、自分の自己紹介忘れてたんだな。
俺はDTPデザイナーって仕事してるんだ。まだ立ち上げて数年の小さい広告会社なんだけど、社長が俺の親父の弟で。誘われたからそのまま就職したんだ」
「DTPデザイナー…?」
「そ。簡単にいうと、広告のレイアウトとかを考える仕事だよ。言葉とデザイン力を商売にしてる」
秋野さんの言葉を反芻している私をよそに、いただきます、とカフェオレをスプーンでくるくると回し、彼が口をつける。
「あ、美味しい。カフェオレは好きで飲むけど、こんなに美味しいの初めてかも」
「大げさなんだから。…でもそう言ってもらえると嬉しい」
言いながら恥ずかしくなってきた私は、カップに口をつけた。コーヒーの香ばしい匂いと牛乳の仄かに甘い匂いが混ざって鼻腔を擽る。次いで、カフェオレのまろやかな風味が口に広がった。
自然と口元が緩んでいく。
「やっぱり可愛い。その表情」
顔を上げれば、淡く笑みが私に向けられていた。どこか眩しそうな表情だけれど、目はとても優しい。
「どうしてかな、多江の表情ってずっと見てたくなる」
ふわりと笑い、秋野さんはカフェオレを飲んで息を吐いた。幸せそうに吐き出された吐息は、ゆらゆら立ち上る湯気を揺らす。
砂糖を入れず、ほろ苦いままで飲んで良かった。それでなければ私はその甘さに胸焼けを起こすところだった。
今まで成りを潜めていた熱が、真っ直ぐに私に向けられる。焦げ茶色の瞳は、溶けたチョコレートのように甘い。
「もう…DTPデザイナーって、口説くのも上手なのね」
「多江限定だけどな。…あ、それでさっきの話に戻るけど、今日は洋菓子専門店からポスターの作成頼まれて。それで商品をもらってきたってわけ」
秋野さんは箱を開けると、中から貝殻型の焼菓子を取り出した。茶色よりも少しオレンジがかったものと、緑がかったものが2つずつ入っていて可愛らしい。
「かぼちゃのフィナンシェとほうれん草のフィナンシェ、だってさ。米粉を使ってるらしいよ」
「ヘルシーね。米粉なら、小麦粉アレルギーの人も食べられるし良いな」
最近、米粉の商品は流行りだが、アレルギー云々だけではなく、私の味覚に合うので好んで食べている。
気になって仕方がないと顔に出ていたらしく、秋野さんはくすりと笑うと、フィナンシェの包装を取り去り、私の唇に押し付けてきた。
「多江、口開けて。はい、あーん」
思わぬ行動に驚いたが、フィナンシェへの興味には勝てず、私は素直に口を開けた。そこにフィナンシェが放り込まれる。
「美味しい…」
優しい甘味が口内に広がって、ふわりと温かい気持ちに包まれる。素朴な味だからだろうか、強張っていた肩の力がすとんと抜け、私は自然と微笑んでいた。
向かいでは秋野さんもフィナンシェを頬張り、目元を緩めている。
「うん、やっぱりここのフィナンシェは最高。…これね、『ひだまり』っていう若い女の子に人気の洋菓子店のものなんだ」
「『ひだまり』なら知ってるわ。オーガニック野菜にこだわったお菓子を置いているのよね」
最近大学でも流行っているが、お昼には完売してしまうことも多く、なかなか買えないと、瑞希が溢していたのを思い出す。
小さな店舗で、まだ若くて可愛らしい感じのパティシエが一人で切り盛りしているらしい。それもあって人気なのだとか。
「どういう伝か知らないんだけど、社長が今回のポスターの話を持ってきて。来月のハロウィンに合わせて作ってほしいって言われたんだ。それで今日、実際に訪ねて話をしてきた。これはその時の」
そこまで話して彼はカフェオレを飲む。仕事の話は今まで深く聞いたことがなかったが、生き生きとした表情を見ていると、もっと早く教えてもらえば良かったと思う。そうしたら、もっと早くこの表情を知れたのに。
「秋野さん、なんだか楽しそう」
頬杖をついて見つめると、少し照れ臭そうに彼が笑う。
「楽しいよ。なんとなく就いた仕事だけど、すごく楽しい」
「そうなんだ」
「うん。自分が感じたことを形にするのも面白いけど、作ったもので他の人の心が動くのが嬉しくて、感動する」
無垢な少年のような、キラキラとした瞳がとても綺麗で。自分の仕事に誇りを持っていると分かる言葉が眩しくて。私はその笑顔から目が離せなくなる。
私にとって秋野さんは、大好きで大切な、特別な人だ。けれどもそれだけではなく、純粋に一人の人間として尊敬し、憧れる人でもある。
そんな人に出会えた幸運を噛み締めると、想いが飽和して胸がいっぱいになる。
私、秋野さんに溺れてしまいそう。
一緒にいればいるほど、私は秋野さんに惹かれていく。そして少しずつ、いつか来る未来への予防線が曖昧になっていく。
自分が傷つかないための予防線が無くなって、いつか別れが来たら、私は立ち直れないかもしれない。それを思うと、今この感情がとても恐ろしかった。
自分の中に生まれる葛藤から逃れるために、私は温くなったカフェオレを無言で飲み干し、そして台所へと立った。頭を冷やさないと、余計な思考に足を取られてしまう。
蛇口を捻って冷水を出し、そこに手を入れると少しだけ熱が下がったのが判る。
ふ、と息を溢したその時、背中から温かい何かに包まれて、私は吐き出しかけた息を詰めた。その温もりを与えているのが誰なのか、そんなことは明確なのだが、突然のことで考えが纏まらない。ぐちゃぐちゃに気持ちが混ざり合っているから、余計に混乱した。
「…多江」
懇願を含んだ、低くて甘い声に、自分を抱き締めているのが秋野さんだとようやく認識する。
もどかしそうに私の体を掻き抱く腕が、いつもより熱い。
「ねぇ、こっち向いて」
何も答えない私に焦れたのか、彼は尚も言葉を紡ぐ。
低めの掠れた声が耳に流れ込んでくると、私の体はくにゃりと溶けてしまった。腰が砕けそうになるなどという経験は、これが初めてだ。
崩れ落ちそうな体をなんとか支え、私は彼の腕の中で向きを変えた。至近距離に細められた目があって、ゆらゆらと揺れる様がまるで湯煎したてのチョコレートを彷彿とさせる。
「秋野さん…」
思わず秋野さんの服の裾を掴むと、瞳に宿る熱が上がった気がした。
このまま溶けたらどうなるの。
まだ何もしていないのに、自分の体が火照っていくのが分かる。きっと今の私は、澄ました顔でも子供っぽい顔でもなく、秋野さんに焦がれる、ただの女の顔をしている。
とくとくと早鐘を打つ胸が痛くて、苦しい。
私をじっと見つめていた秋野さんの手が、私の頬に添えられる。
これも、いつか綺麗な思い出になるのかな。
もしもの未来が来た時、こんな風に愛されていたことを思い出せば、辛くないのだろうか。
こんな時に別れる未来を描いている私は、本当にどうしようもない。全て忘れて身を任せれば、きっと幸せな夢を見ていられるのに。
けれども夢はいつか覚めるもの。
陽炎のような幸福に浸るために、私は秋野さんの体に寄り添い、目を閉じる。
「好きだよ」
吐息混じりの告白と、すぐに重なった唇の熱で、頭がくらくらとする。
何度も何度も柔く啄まれる唇。もどかしいくらい優しく触れる指先。視界が遮断されているから、それが余計にはっきりと伝わってくる。
秋野さんの背中に腕を回すと、瞼に熱を感じた。慈しむように触れるそれは、そのまま頬を滑り右耳に移動していく。
「…っ!」
耳朶を優しく食まれ、私は思わず息を飲み、目を開けた。すると悪戯っぽい表情で、秋野さんが私を見た。
「やっぱり可愛いな」
どこか恍惚とした様子でそう呟くと、また耳朶を口に含む。歯を当てるのではなく舌で触れ、飴玉を転がすようにゆっくりと舐めている。
「もぅ…っ、」
自分の喉から洩れる声は明らかな快感を含み始め、もう止めてほしいのに、続けてほしいと懇願しているみたいに聞こえる。
けれどももう、本当に腰が砕ける寸前だ。
限界を感じて私は秋野さんの首にしがみついた。
あと3話くらいで終わるつもりです。…だんだん長くなって、当初の予定より遥かに話が広がってるのは何でだろう…。
少女から大人の女性に変わる、脆くて繊細な、そして無垢な感情がもどかしくて面倒なのに、何故だか綺麗で眩しく見える…そんな瞬間が描けているといいなと思っています。
あと少し、お付き合いください。




