Ep01. 終わりの日
けたたましい警鐘の音が鳴り響く。
忙しい足音と怒声を上げて兵士が廊下を走っていく。
逃げる足を窓に向ければ、王都のあらゆる場所から火の手が上がっていた。
黒い煙と、赤い炎。
通りを逃げ惑う市民の姿も見える。
「姫様!」
私を呼ぶ悲痛な声に後ろを向いたと同時、カンッと鋭い音が外で鳴った。矢を射かけられたのだ。
敵はすでに王城内にまで入ってきている。
くっと唇を引き結び、騎士が先導する廊下をひた走る。
終わりが近い。
いえ、終わりの始まりはとっくに見えていた。
大地が震え、毒ガスが山からあふれ、田畑が死に、川の流れが淀み始めるずっと前に。
妖精王が愛する人間、愛し子を守れなかったその時から。
「妖精王様……」
何年も祈り続けた相手の名を呼ぶ。
応えはないと分かっていても。
分厚い絨毯が敷かれた廊下から、むき出しの石だけの通路に入る。カンカンと高く響く足音がうるさい。
追いかけてくるであろう敵に、すぐに気づかれてしまう。
足を勢いよく前に出してハイヒールを脱ぎ捨てる。姫らしからぬ動作だと咎める者はいない。
右と、左。コロリと転がるそれを見もせずただまっすぐに進む。
今私ができるのはそれだけ。
「あちらです」
すぐ前を行く騎士が告げる。何の装飾もない木の扉。鍵さえかかっていない。
その扉をけ破るようにして開け、一団はその部屋へとなだれ込んだ。
猫の額のように小さな窓から、外の光が差し込む。夕暮れでもないのに赤いのは、火が迫っているからだろう。
くるりと体の向きを変えれば、ここが秘められた礼拝堂だと気づく。
精巧な石造りの精霊王像が佇み、両手を広げて招いている姿。こんな時でなければ、その足元に跪いて祈りを捧げたくなるほどに美しい。
「姫様、あちらへ」
騎士に促され、ここからさらに先に続く逃げ道へと足を向けた。
その直後、部屋の別の扉が開いた。
「いたぞ!」
怒声が響く。
前後にいた騎士が手にしていた剣を掲げ、何の躊躇もなく相手を切り伏せた。
「行ってください!」
ここに残って出口を守ると告げる声。視線で行くべき扉を示された。
いくつもの足音が聞こえてくる。自分たちが使った扉と、敵が入って来た扉、両方から。
終わりだ。
逃げてどうなるのか。
荒れ果てた国内のどこへ逃げればいいというのか。
疲弊した民が、責任を全うしなかった王族に手を差し伸べるわけがない。
絶望が心を麻痺させ、涙すら出てこない。
「逃げても無駄だ、お姫様」
カツンカツンとやたらゆっくりと響く足音に、緩慢に顔をそちらへと向ける。
戦場には不似合いな豪奢なマントを羽織った男が、勝利の笑みを浮かべて立っていた。
数年前に隣国の王太子となり、実父を国王の座から引きずり落として国王となった男。
「ああ、まさに妖精姫と呼ばれるあなたが逃げ込むにはふさわしい場所だな」
妖精王の像を見上げて男は唇を歪める。
暗闇の中、外から差し込む赤い光を受けて男の特徴的な赤毛がより一層濃くなった。
「無能な妖精王に縋ってもなんにもならないというのに。可哀そうなお姫様」
男の言葉に敵兵が同調するようにせせら笑いを浮かべる。
私を守っていた騎士たちの躯を足元に投げ捨てて。
「妖精王によって守られ、できたこの国ももう終わりだ。人の国は人の手で守ってこそ。人以外に頼り続けたこの国が愚かだったな」
「人は人だけで生きていけない。それを理解していないならば、同じく滅ぶ定めです」
「戯言だな。これから死ぬ人間がほざくに相応しい説得力の無さだ」
狭い部屋に響き渡るような声で笑う男。この男が何年もかけてこの国を蝕んでいたことを、もっと早くに気づくべきだった。
そうすれば、愛し子を守れたのに!
後悔が押し寄せ、胸が痛い。
「死ね」
強い衝撃に体が揺れる。
心の痛みとは別の激痛が全身を襲った。
胸元に深く突き刺さったのは、男が近くの兵士から奪った剣。腰に下げた繊細な金の意匠が施された剣は抜かぬままで。
傲慢な男。そんな男にこの国が奪われるのか。
悔しさに唇を歪めても、何の意味もない。すべてが遅すぎた。
ずるりと剣が抜かれていく。骨を絶ち、肉を削るその衝撃に体が激しく揺れ、最後には床に崩れ落ちた。
「さぁ、これでこの国は終わりだ」
宣言する男の声は、もう耳には届かなかった。
その日、妖精王に愛されたウィーレリア王国は隣国ゾルバーン王国によって滅ぼされた。
金曜まで毎日10時に2話更新します。




