第1話 ことの始まり
自分の人生は罪人として惨たらしく晒し者にされて殺されて終わる。公爵家の令嬢として生まれ、厳しくも大切に育てられた私に、そんな想像などできるわけもなかった。
昔は良かった。
この家の事情など何も知らず、お嬢様として生きていればそれで良かった。お父様もお母様も仲が良く見えていたし、公爵家の次期当主である兄も優しかった。
何よりも生まれた時期が同じだったということもあり、私は生まれた時からアトラス帝国皇家・第一皇子エリック様との婚約も決まっていた。そして、次期皇妃が約束された立場であるために、私への教育はかなり厳しいものでもあった。
『フレデリカ様! 何度言えばお分かりになるのですか! 食事くらいもっと綺麗に召し上がれないのですか!』
『フレデリカ様! 違います! そんな足運びをいつ誰が教えたのですか!』
『違う! どうしてこの程度のことがわからないのですか!?』
私は努力をした。誰よりも努力をした。厳しいしつけにも耐えた。未来でエリック様と結婚ができるのだと思えば、それぐらいなんてことはない。私には約束された幸せが待っているのだ。
そう思い続けてきた。しかし、私の努力は一体何だったのだろう。私の食事マナーが完全ではないと最初に怒られたのは、私がまだ三歳の頃だ。三歳という幼い子供の頃の記憶を持っている。それを異常だと思うだろうか。
それでも私はよく覚えているのだ。初めてお母様から叩かれた、あのまだ小さかった手のジンジンと痛む感覚を。その頃から、お父様が一年で数えるほどしか家に帰ってこなかったのも覚えている。
『お父様は、お仕事で大変なのです』
お母様からそう聞いてはいたが、今ならわかる。ほとんど家に帰ってこず、皇城で派閥争いと裏取引き、妾との逢瀬、お父様はそんなことに明け暮れていたのだ。
大人になるほど両親の仲が最悪に近いものだったのだと理解できてしまった。その鬱屈した気持ちもあったのだろう。しつけと名をつけた虐待にも近い。いや、それでもあれはしつけだったのだとあの頃は信じてもいた。
『なんと汚い! あなたよりもまだ動物の方が綺麗に食事ができますよ! 犬でも見て学びなさい!』
お母様の私への当たりの強さが、他のものにも影響して、随分ときつく教えられたことを覚えている。歴史や文化、ピアノのレッスン、そして皇子との関係構築。
『初めましてフレデリカと申します』
最初に皇子に紹介してもらえたのは五歳の頃。皇子は驚くほどの美少年で、私はその姿に一瞬で一目惚れした。そして、自分の運命の人がこれほどの美しい人であることが嬉しくて仕方なかった。
『お前がフレデリカか? 俺はエリックだ。“一応”お前の婚約者だ』
でも皇子は私との関係を喜んでなかった。そんなことが今になってわかる。自分で言うのもおこがましいが、私はかなり見栄えのいい女だった。公爵令嬢らしく綺麗な金色の髪にくるくる巻き毛、瞳はパッチリしていた。
鼻筋もしっかりと通っていた。唇の形もとても品が良い。それでも皇子はそもそもそんなことも求めてなかった。それも今ならばわかる。分からなかった私は、どうして皇子に振り向いてもらえないのかと随分悩んだものだ。
私の目に最初、『チェルシーという村娘』が映った時、私はわざとらしくぶつかられたことに腹が立ったこともあり、その品性のなさを蔑んだ。
『ふ、何なのあなた? そんな服を着て、歩き方も庶民そのもの。ここは貴族の学校よ。村娘の来る場所ではないわ。あなた場所を間違えているのではなくって?』
『あ、あの、私ここに来るように言われて、来ただけで。すみません、すみません』
『ああ、そういうこと、あなた魔力が高いのね。でも勘違いしないでね。あなたたちは所詮ただの庶民だわ。正直見てるだけでも穢らわしいの。すみっこで大人しくしててくれないかしら』
『は、はい』
大人しく控えめで、全然身なりを整えていないから綺麗には見えなかった。でも、この頃から美しくなる原石を持ってたのだと今なら知ってる。
『フレデリカ様大変です! エリック皇子があの村娘をお茶会に招待しました!』
『嘘……エリック様のお茶会にはまだ私も一度も呼ばれたことがないのに?』
当時の私は、それを聞いた瞬間、胸を締め付けられる思いだった。小さな頃からずっとお慕いしてきたエリック皇子が、出自もよくわからない村娘を、婚約者の私より先にお茶会に招待する。
その意味がわからない私じゃなかった。
『皇子はあんな女と結婚を考えている……』
皇子には政治的な立場がある。公爵令嬢である私との結婚を反故にはできない。だから私とは結婚はするはず。でもその愛情はチェルシーに、あの何でもない穢らわしい村娘に向けられる。
『フレデリカ。わかってますね? あなたはあのような村娘に負けてはいけませんよ。私はあなたと兄を身ごもる時だけお父様と関係を持ちました。しかしそれから、お父様は二度と私と関係を持とうとはしなかった。あなたにはそんな思いをしてほしくないのです。これはあなたのためなのですよ?』
この言葉も嘘だと分かる。本当は八つ当たりしていただけだろう。
『私はあなたに全てを教えて、男の誘惑の仕方まで叩き込んだはずです。必ずエリック皇子の愛情を自分のもとに勝ち取りなさい。でなければ私のように惨めな一生を送ることになるのですよ』
それでも一流の女にしてくれたことには感謝してる。
『分かっておりますお母様。エリック皇子もまだ初めて見る村娘を珍しがっているだけですわ。時が経てば必ず誰が最高のパートナーとしてふさわしいのか気づくはずです』
今まで私に厳しくばかりしてきた母が、この時初めて泣いていた。その涙は誰のための涙だったのか……。それ以来、私はいっそう自分磨きに熱を入れた。
ダンスの稽古は今まで以上に頑張ったし、マナーの勉強も教育係がもう教えることはないというぐらいに習得した。
『ふっ、それがダンスと呼べますの?』
あまりにみっともないダンスに私は、『猿が踊ってるのかと思いましたわ』と続けた。その瞬間だった。私の頬から急に音が鳴った。
『お前は、なんという酷いことを言うんだ! チェルシーに謝れ!』
私は、怒っているのがエリック皇子で、今頬から感じた痛みは、エリック皇子に叩かれたのだと気づいた。公爵令嬢である、いや、それ以前にあなたの婚約者である女を、他の女のために公衆の面前でぶったのだ。
あまりのショックで泣き出しそうなのをグッとこらえた。
周りからの視線が集まる。皇帝陛下はその場におられなかったが、皇妃様が一部始終を見ておられ、こちらへと近づいて来られたことで、その場はお開きとなった。
そして特に大きな問題になることもなかった。
皇子が村娘のために、自分の婚約者の頬を公衆の面前で叩いた。それでも、問題にならなかったのは、本来なら異常事態だった。だが村娘はこの時すでにその異常事態を上回る。魔法使いとしての才能を開花させ始めていた。
帝国は昔から魔国と隣接しているために、最も大きな武力となる魔法を大事にしている。そのために帝国の歴史上、存在しなかったというほど回復魔法の能力を開花させ始めていた村娘が、公爵令嬢である私よりも評価され始めていた。
きっと私が、まだ公爵令嬢としての確固たる後ろ盾を持っていたら、話は違っていただろう。でも、私の実の兄には魔法の才能がほとんどなかった。そして妾の子供には、異常なまでの魔法の才能が眠っていたのだ。
そのために正妻であるお母様の立場は弱くなり、妾の子供が公爵家の跡継ぎになることが、ほとんど決まりかけていた。
『あら、まだいたの? もう田舎に帰ったのかと思いましたわ』
当然のように村娘はアトラス帝国高等学園の最終学年まで、残っていた。十五歳で学園生活は終わりである。ここからはそれぞれの立場に見合った場所に行く。
そしてもうすぐ卒業というところで、私は何度目か、チェルシーの前に立った。
『あの、何でしょうか?』
おびえたような顔。私が散々脅して、卒業するまでの間に、田舎に帰れと何度も言っていた。あの私とぶつかった六歳の日から、何度も接触して脅してきたのだ。そのことでみんなは私が酷い女だと言う。
でも私は必死だった。内心自分も焦っていたことを認める。なぜかといえば、皇子どころか私の結婚相手に釣り合いそうな男が全て、村娘の逆ハーレムに入っていたからだ。
不思議なことに皇子がいるのに村娘は、他の高貴な身分の男にまでどんどんと手を出した。そしてその全てを手に入れた。おまけに村娘と逆ハーレムに入った五人の男たちすべてが、S級の魔法使いだった。
E級、D級、C級、B級、A級、S級の六段階評価に分かれた魔法使いの最高到達地点であるS級。帝国にはこのS級が元から三人いて、さらに村娘とその逆ハーレムが加われば、
『帝国の軍事力は三倍に跳ね上がった』
そう言われるほどS級の存在は軍事力の面において恐ろしい威力を発揮した。今なら長年戦い続けてきた魔国すら滅ぼせるとあって、『たかが公爵令嬢』の存在など、ほとんど誰も気にしなくなっていた。
村娘と私の立場は学園でも完全に逆転していた。それでも、あまりに優秀で高貴な男を独占するので、村娘は学園内で好かれてはいなかった。だから私を頼ってくる女子は多かった。
世間知らずにそれを受け入れた私は、この問題の矢面に立ち、相変わらず度々、村娘への忠告をした。
『どうして皇子だけで納得しないのですか!』
『そんな……みんなが私を好きだと言ってくれて、みんながそれで納得してくれるなら、誰も傷つかなくて一番良いのかと思っただけで……』
『どうしたチェルシー』
『あ、いえ、フレデリカ様に呼ばれて』
『またかフレデリカ。お前も懲りないな。実力で勝てないから嫌味でも言ってるのか?』
『チェルシーどうしたの?』
『うげ。お前かよ。嫉妬に狂う女ってのはマジで面倒だよな』
『そうそう。いい加減フレデリカも自分が負けたって認めたら?』
そのたびにぶつけられた侮蔑の視線を忘れはしない。
あの女がいよいよ魔力の高まりを見せ、そしてそれが人を生き返らせるほどの究極の癒しの力にまで及んできた時、いよいよ【聖女】と教会から正式に認定される話まで出た。
その段階で私の父は、私と皇子との婚約を解消した。どう考えても勝ち目がないので、早めに撤退してしまおうということだった。しかし実際のところは違う。お父様は私に『落ちぶれて欲しかった』のだ。
お父様にどんな思惑があったにせよ、貴族社会では親がそう決めたら子供は従うしかない。またお母様も、お父様がほとんど家に帰ってこないために公爵家の実権を握っていたが、度重なる領地経営の失敗にその力が弱まっていた。
結果、私は皇子のためだけに生きてきたのに、そう生きるように求め続けた親が、私を皇子から引き離した。そして次の結婚相手は皇帝陛下の一番の側近である宰相の息子だった。
しかしこの息子が村娘の逆ハーレムに入っていることは学園の誰でも知っていた。当然のように彼は、私との婚約を『絶対に断る』と受け入れなかった。そこからの私はたらい回しだ。
とにかく高位貴族なら誰でもいいとばかりに、見合い話がさらに二つ。
大公家の息子にして天才音楽家や、国で一番の軍事力を持つ将軍家の息子。
そのどちらも、村娘の逆ハーレムの一員だった。ここまで来れば、見合いの話を持ってくる人間自体が、私に恨みでもあるとしか思えなかった。そしてもっと大きな問題が起きた。
ついに正式に妾の子供が公爵家跡継ぎに決まってしまった。それと同時にお母様は、お父様から『離婚』を言い渡され、正当な血筋を持つのはお母様の方だったのに、公爵家から追い出されることになったのだ。
『フレデリカ。おかしいと思いませんか? 跡継ぎは本来なら公爵家の正統な血筋の私の子供、レオナルドのはずよね?』
『今更そんなこと何の役にも立ちません。私たちは全てに負けたのです』
最終的に私は『とある伯爵家の息子の嫁』に出されることになっていた。しかし、この家は落ちぶれていて爵位が高いだけで、良いところなど何もなかった。領地経営の能力もなく、いつ潰れてもおかしくないような家だった。
変に力のある家に嫁がせて、無駄に優秀な私が力を持てば、何かするかもしれないと思われたのだろう。お父様も、私がお父様を恨んでいると理解していたのだ。
こうして私は明日の食事にも事欠く、伯爵家の嫁に行くことになった。ここに離縁され、行く当てのないお母様とお兄様も私が連れて行くことになった。
『き、君みたいな綺麗な人と僕が……僕は嬉しいよ!』
伯爵家の息子は猿のような見た目で、猿が鳴いているような声を出していた。それでも私には引き取り手が必要だった。いつまでも誰とも結婚しないわけにはいかないのだ。妥協するしかない。
何よりもお父様を恐れて私と結婚したがる他の貴族もいなくなっていた。私は泣く泣くこの男の元に嫁ぎ、それでもせっかくお嫁に来たのだからと私はこの人に尽くした。必死にこの人を盛り立てて、領地を繁栄させようと努力した。
その甲斐あって、領地経営は徐々に回復していき、一緒についてきていたお母様とお兄様にも不自由させなくてよくなってきた。それなのに、皇帝陛下が急に、
『反乱の疑いあり』
と難癖を着けてきたのだ。それは誤解だと何度も説明したのに、全く聞き入れてもらえず、最終的に伯爵家の領地を2/3も削り取られるという屈辱的な内容を無理やり呑まされ、さらに男爵へと格下げされた。
この時、私の中で何かが切れた。
私は屈辱に耐えきれなくなったのだ。だから冷静に、私は村娘を殺してやることにした。この件は聖女と呼ばれていた村娘が、
『あの人が力を持つのは怖いです』
と皇帝陛下に呟いたことが原因だと噂が流れてきていたのだ。
『その程度の言葉を聞き入れて、私を陥れたというのか!』
もう私の怒りは治まらなかった。そしてこの怒りをぶつけるには力が必要で、私は長年帝国と敵対関係である隣国の魔国との仲介役になり、密かに聖女暗殺計画を始動させることにした。
辺境の伯爵家には、魔国の人間も何人かいたからちょうど良かった。もちろん国を転覆させるつもりなんてなかった。ただ疎ましい村娘が死ねばそれで良かった。
私はそれに母親と兄も誘った。
母親と兄と私による『聖女暗殺計画』だった。
そして今。
「この三人は、この国の人間でありながら私欲にまみれ! あろうことか聖女様を殺そうとした! これは許されざる大罪である! よってここに公開処刑を行う!」
「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」
私たち三人は断頭台にかけられていた。
ああ、本当に、あともう少しで村娘を殺せたのに、どうして失敗したのかしら。村娘もエリック様も、自分たちを恨む私の処刑などを見れば、身が穢れるから、とここに居もしない。
私はエリック様のために生まれ、あなたに嫁ぐためだけに生きてきた。それなのにどうして、私は殺されることになるの。許せないのはあの村娘だ。あの女が全ての歯車を狂わせた。
何かがおかしいと感じていた。皇子も、私の憎むべき、お父様の妾の子供も、宰相の息子も、大公家の天才児も、将軍家の暴れん坊も、五人とも全員聖女が好きで、聖女と結婚しようとしているという話だ。
村娘の周りだけが常に『異常』だった。
村娘……お前を見た瞬間から、私はお前が気に食わなかった。最初のあの時、なぜか公爵令嬢である私にわざとぶつかった気がした。どうしてお前はそんなことをした……。
お前は何か普通に生きる者たちとは違う。何か別のことをしている。そう思えてならなかった。だがそれももう今となってはどうでもいい。私は負けてこれから死ぬ。
でも、
もしも、
もう一度、あの女の前に出るチャンスがあるならば、私は今度こそ、必ずあの女を殺してみせる。そして私の幸せな未来を、村娘などに夢中になって壊してくれた全ての人間を殺してみせる。
自分の首が切れる感覚を味わいながら、私はそう心に誓った。
ご覧いただきありがとうございます。
本作は『もし悪役令嬢がやり直せたなら、どう行動するのが一番自然でリアルなのか』を突き詰めた物語です。この物語では村娘を含めた復讐対象に対する、最も確実で効率的な殺し方。
主人公のフレデリカには、それを完遂してもらおうと思っています。
これから毎日17時に投稿しますので、お気に召しましたら、ぜひ続きもお楽しみいただけますと幸いです!




