第243話:新政府の発足
内乱を経て急速に復興する江戸の町。
その中心の国会議事堂で、ついに新しい政府が発足する。
身分に関係なく全国から集まった代表者たちが、同じ議場に集い対等に議論を交わす。
長く苦しい戦いの果てに新八たちが夢見た身分を超えた政治が、今ここに実現しようとしていた。
秋晴れの空が、どこまでも高く澄み渡っていた。
大和創生戦争という未曾有の内乱を経て、焦土と化した江戸の町並みも、人々の逞しい活力によって急速に復興を遂げつつあった。通りには真新しい西洋風のレンガ造りの建物が建ち並び始め、髷を落として散切り頭にした男たちや、色鮮やかな洋装に身を包んだ女たちが、足早に行き交っている。
その江戸の中心、かつての江戸城本丸跡地に建設された白亜の豪壮な洋館――それが、今日からこの国の新たな心臓部となる「国会議事堂」であった。
俺は、真新しいフロックコートに身を包み、議事堂のバルコニーから眼下に広がる江戸の街並みを見下ろしていた。
心地よい秋風が、頬を撫でていく。
「……ついに、この日が来たな」
誰にともなく呟いた言葉は、万感の思いに満ちていた。
鳥羽・伏見の戦いから始まった、長く苦しい戦い。蝦夷地への脱出、北海道共和国の建国、そして列強の思惑が絡み合う中での本土奪還作戦。
どれほどの血が流れ、どれほどの涙が枯れただろうか。
だが、その全ての犠牲は、今日という日のためにあったのだ。
「新八、何を黄昏れている。もうすぐ開会式が始まるぞ」
背後から声をかけられ、振り返ると、そこには土方歳三が立っていた。彼もまた、見慣れた新選組のダンダラ羽織ではなく、仕立ての良い黒の軍服をパリッと着こなしている。
「ああ、分かってます。ただ、少し昔を思い出していただけですよ」
「昔、か。……俺たちも、遠いところまで来たもんだな」
土方もまた、バルコニーの手すりに寄りかかり、遠くの空を見つめた。その横顔には、かつての「鬼の副長」としての険しさは消え、どこか穏やかな光が宿っていた。
今日、この場所で、新しい政府が正式に発足する。
それは、単なる政権交代ではない。この国の根幹を根本から作り変える、歴史的な一日なのだ。
◇
議事堂の大会議場は、異様な熱気と興奮に包まれていた。
ドーム型の高い天井には豪奢なシャンデリアが吊るされ、半円形に配置された議員席には、全国から集まった代表者たちがひしめき合っている。
その顔ぶれは、実に多様だった。
かつての諸侯や上級武士たちがシルクハットを被って気取って座っているかと思えば、その隣には、豪商や地主といった平民の代表者たちが、少し緊張した面持ちで座っている。さらには、農民の代表として選ばれた者たちの、日焼けした逞しい顔もあった。
(……これだ。俺が北海道で夢見た景色が、ここにある)
俺は、閣僚席からその光景を見渡し、胸の奥が熱くなるのを感じた。
身分や生まれに関係なく、この国を良くしたいという志を持つ者が、同じ議場に集い、対等に議論を交わす。それは、俺たちが北海道共和国で試みた「身分を超えた政治」の、まさに集大成であった。
「皆の者、静粛に!」
議長席に立つ男のよく通る声が、ざわめいていた議場を一瞬にして静まらせた。
勝海舟である。
彼は、この新しい議会「国会」の初代議長に就任していた。持ち前の飄々とした態度と、誰をも丸め込む絶妙な話術は、血の気の多い各藩の代表者たちをまとめるのに、これ以上ない適任だった。
「これより、第一回大和共和国議会を開会する! まずは、我が国の元首であられる、静寛の帝よりお言葉を賜る!」
勝の言葉と共に、議場の正面にある重厚な扉が開かれた。
全員が一斉に起立し、水を打ったような静寂が訪れる。
静々と歩みを進めてきたのは、和宮――いや、今は「静寛の帝」として、新しい国の元首となったお方であった。
純白の洋装に身を包んだその姿は、かつての皇女としての儚げな印象とは打って変わり、凛とした威厳と、母のような慈愛に満ちていた。
「皆の者、よく集まってくれました」
静寛の帝の透き通るような声が、議場に響き渡る。
「長く続いた戦乱の世は、終わりました。今日より、私たちは新しい国を創り上げていかねばなりません。身分の違いや、かつての遺恨を乗り越え、皆が手を取り合い、この国を豊かで平和なものにしていきましょう。私は、皆の努力を信じ、共に歩んでいくことを誓います」
その言葉は短かったが、人々の心に深く染み入る力を持っていた。
議場からは、誰からともなく万雷の拍手が巻き起こった。それは、新しい元首への敬意と、これからの未来への希望に満ちた拍手だった。
続いて、壇上に上がったのは、徳川家茂閣下であった。
かつての江戸幕府第十四代将軍であり、北海道共和国においても初代大統領を務めた彼は、今日、この新しい国の「初代大統領」として改めて就任したのだ。
家茂閣下は、堂々とした足取りで演台の前に立ち、議場をゆっくりと見渡した。その瞳には、若き指導者としての強い決意が宿っていた。
「諸君」
家茂閣下の力強い声が、議場の空気を震わせた。
「今日、この日をもって、我々は『北海道共和国』という名を改め、正式に『大和共和国』として新たな一歩を踏み出す!」
大和共和国。
それは、日本という国が古来より大切にしてきた「大いなる和」の精神を受け継ぎ、同時に、近代的な共和制国家として生まれ変わるという決意を込めた国号であった。
「これまで我々は、薩摩だ、長州だ、幕府だと、互いにいがみ合い、血を流してきた。しかし、列強諸国が虎視眈々と我が国を狙う今、そのような内輪揉めをしている暇はないのだ!」
家茂閣下は、拳を強く握りしめ、言葉に熱を込めた。
「我々は、今日から『大和人』であり、日が昇る本・瑞穂の国に集う『日本人』である! 藩の垣根を越え、身分の壁を壊し、一つの国として団結しなければならない。我々の敵は、もはや国内にはいない。我々が立ち向かうべきは、世界という荒波なのだ!」
その演説は、圧巻であった。
かつての将軍としての威光ではなく、一人の政治家としての熱い魂の叫び。それは、議場にいる全ての者の心を打ち震わせた。
「そうだ! 大統領の言う通りだ!」
「我々は日本人だ! 大和共和国、万歳!」
議場から、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。
かつては敵味方に分かれて殺し合った者たちが、今、一つの言葉の下に団結しようとしている。俺は、その光景を見ながら、目頭が熱くなるのを抑えきれなかった。
「えー、皆の衆、熱くなるのは結構だが、議場の机を叩いて壊すのはやめてくれよ。修理代は君たちの税金から出るんだからな」
熱狂に包まれる議場を、勝海舟の飄々とした声が宥めた。
ドッと笑いが起き、張り詰めていた空気が少し和らぐ。
「喧嘩は外でやってくれ。ここは、拳ではなく、言葉で戦う場所だ。意見があるなら、堂々とこの壇上で述べるがいい。それが『議会』というものだ」
勝の巧みな議事進行により、国会はスムーズに動き始めた。
続いて、新政府の閣僚たちの紹介が行われた。
俺は「法務大臣」として、新しい国の法律を作り上げるという重責を担うことになっていた。
そして、最後に紹介された男が壇上に上がると、議場は再び大きなどよめきに包まれた。
「通商産業大臣、坂本龍馬!」
勝の呼び込みで現れたのは、あのモジャモジャ頭に、派手な洋装を着崩した男だった。
坂本龍馬。
かつては土佐の脱藩浪人であり、海援隊を率いて世界を股にかけた男。そして、大和創生戦争においては、俺たちと共に薩長の陰謀に立ち向かい、裏で多大な貢献をした男である。
「おまんら、久しぶりじゃのう!」
龍馬は、ニカッと人懐っこい笑顔を浮かべ、大きく手を振った。
お堅い議場の空気に全くそぐわないその態度に、一部の堅物な議員たちからは眉をひそめる者もいたが、龍馬は全く意に介する様子はない。
「わしが通商産業大臣になったからには、この国を、世界一の金持ち国にしてやるぜよ!」
龍馬は、演台をバンと叩き、目を輝かせた。
「これからの時代は、刀や大砲の数じゃ決まらん。金と、商売の力じゃ! わしらは、世界中のええもんを買い集め、日本のええもんを世界に売りさばく。鉄道を敷き、電信を張り巡らせ、工場をバンバン建てるんじゃ!」
龍馬の語る夢は、あまりにも途方もなく、スケールが大きかった。
だが、彼の言葉には、不思議と人を信じさせる力があった。彼が率いる「北海道商会」は、すでに世界的な総合商社へと成長しつつあり、その実績が彼の言葉を裏付けていたのだ。
「日本を、もう一度洗濯するぜよ! 今度は、血の雨じゃなく、金の雨を降らせてやるきに!」
龍馬の豪快な宣言に、議場は再び拍手喝采に包まれた。
彼の斬新な経済政策は、これからこの国を急速に近代化させ、発展させていく原動力となるだろう。
◇
開会式が終わり、議員たちが三々五々散っていく中、俺は議事堂の廊下で龍馬と顔を合わせた。
「よう、新八。法務大臣先生たぁ、偉くなったもんじゃのう」
「お前こそ、通商産業大臣とはな。相変わらず、口の減らない男だ」
俺たちは、顔を見合わせて笑い合った。
「だが、これからが本番だぞ、龍馬。金儲けもいいが、まずはこの国の『骨組み』をしっかり作らなきゃならん」
「分かっちゅうよ。法律のことは、おまんに任せるき。わしは、この国が食っぱぐれんように、世界中を飛び回って銭を稼いでくるぜよ」
龍馬は、ポンと俺の肩を叩き、風のように去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺は気を引き締めた。
大和共和国は、産声を上げたばかりだ。
和宮様を元首とし、家茂閣下を大統領に戴く新政府。
勝海舟がまとめる国会。
坂本龍馬が牽引する経済。
そして、俺が作らなければならない「法律」。
(……さあ、忙しくなるぞ)
俺は、法務省の執務室へと歩き出した。
新しい国の基本法となる「大和憲法」の起草。それが、俺に課せられた次なる、そして最大の使命であった。
窓の外では、秋の陽光に照らされた江戸の街が、未来に向かって力強く輝いていた。
静寛の帝の言葉と初代大統領徳川家茂の熱い演説により、大和共和国は新たな一歩を踏み出した。
勝海舟の進行や坂本龍馬の宣言に議場が沸く中、法務大臣に就任した新八は国の基本法となる大和憲法の起草という最大の使命に向けて歩み出す。
新しい国の未来が力強く輝き始めた。




