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第241話:戦犯裁判

復興の活気に満ちる江戸の最高裁判所で、大和創生戦争の最大の戦犯たちの裁判が開かれる。

検察官席に立つ新八の前に引き出されたのは、国を内乱に巻き込んだ首謀者の岩倉具視と大久保利通であった。

 江戸城開城から数ヶ月。

 季節は夏へと移り変わり、新しい首都となった江戸の町は、復興の槌音と新時代への活気に満ちていた。

 その江戸の中心部、かつての評定所跡地に新設された「最高裁判所」の前に、今日、尋常ではない数の群衆が詰めかけていた。


 大和創生戦争における、最大の戦犯たちの裁判が行われるのだ。


 法廷内は、異様な熱気に包まれていた。

 傍聴席には、新政府の要人たちだけでなく、新聞記者や一般の市民たちも多数詰めかけている。誰もが、この国の運命を狂わせた男たちの末路を見届けようと、固唾を呑んで見守っていた。


 俺は、検察官席に立ち、正面の被告人席を見据えた。

 そこに座っているのは、かつて朝廷を牛耳り、薩長を操ってこの国を内乱の渦に巻き込んだ首謀者たち。

 岩倉具視。

 そして、大久保利通。


 岩倉は、かつての公家としての威厳は見る影もなく、白髪交じりの髪を振り乱し、血走った目で周囲を睨みつけていた。

 一方の大久保は、背筋を伸ばし、無表情のまま静かに正面を見据えている。その姿は、敗軍の将でありながら、どこか底知れぬ凄みを感じさせた。


「静粛に! これより、国家反逆罪に問われた被告人らの公判を開廷する」


 法廷に響き渡る、理知的で威厳のある声。

 中央の裁判長席に座るのは、オランダで近代法学を学び、共和国の法整備に尽力している法学者、津田真道つだまみちであった。彼の厳格な進行により、法廷内が水を打ったように静まり返る。


 俺は、手元の資料に目を落とし、ゆっくりと口を開いた。


「被告人、岩倉具視。並びに大久保利通。両名は、己の権力欲のために不当な戦端を開き、この国を未曾有の内乱へと引きずり込んだ。そして何より重き罪は、その戦火の中で薩摩兵の暴走を招き、畏れ多くも睦仁親王殿下を死に至らしめたこと。さらには、その事実を隠蔽し、偽の帝を擁立して国を乗っ取ろうと企てたことである。これは、紛れもない国家反逆罪に他ならない」


 俺の声が、静寂の法廷に響き渡る。

 傍聴席から、大きなどよめきが起こった。睦仁親王の死が、事前の暗殺計画によるものではなく、戦場における薩摩兵の暴走という悲劇的な事故であったこと、そしてそれを首謀者たちが利用し、偽帝をでっち上げたという事実は、この公開裁判によって初めて白日の下に晒されたのだ。


「証拠となる文書を提出する。これは、被告人岩倉が、長州の桂小五郎(木戸孝允)らに宛てた密書である。ここには、親王殿下の不慮の死を隠れ蓑にし、替え玉を用意して偽りの錦の御旗を掲げる段取りが詳細に記されている」


 俺は、押収した数々の密書や、捕らえた薩長の密偵たちの供述調書を、次々と証拠として提示していった。

 それらは全て、岩倉と大久保が中心となって描いた、恐るべき陰謀の全貌を裏付けるものだった。


「ふざけるなッ!」


 突然、岩倉が立ち上がり、金切り声を上げた。


「これは勝者の論理だ! 我々は、腐りきった徳川の世を終わらせ、真の王政復古を成し遂げようとしただけだ! 親王の死は不幸な事故に過ぎん! お前たちのような賊軍に、我々を裁く権利などないッ!」


 岩倉の叫びは、法廷内に虚しく響き渡った。

 かつては、その声一つで朝廷を動かし、諸侯を震え上がらせた男の言葉も、今となってはただの負け犬の遠吠えにしか聞こえない。


「……不幸な事故、だと?」


 俺は、岩倉を冷ややかに見据えた。


「お前たちが私欲のために戦を起こさなければ、親王殿下が命を落とすことはなかった。自らの蒔いた種で起きた悲劇すら利用し、国を異人に売り渡してまで権力にしがみつこうとしたことが、お前の言う『王政復古』なのか!」


 俺の言葉に、傍聴席から「そうだ!」「国賊め!」という怒号が飛んだ。

 津田裁判長が木槌を打ち鳴らす。

「静粛に! 被告人は着席しなさい」

 岩倉は、顔を真っ赤にして何かを言い返そうとしたが、看守に無理やり席に座らされた。


「……検察官の言う通りだ」


 それまで沈黙を守っていた大久保が、静かに口を開いた。

 その声は、岩倉の金切り声とは対照的に、低く、落ち着いていた。


「我々は、手段を選ばなかった。新しい国を創るためには、古いものを全て壊さなければならないと信じていた。親王殿下の死という取り返しのつかない悲劇すら、革命のための踏み台にした。……結果として我々は敗れた。敗れた以上、どのような裁きも受ける覚悟はできている」


 大久保は、自らの罪をあっさりと認めた。

 その潔さに、俺は少しだけ驚いた。彼もまた、己の信じる「正義」のために戦った男なのだ。そのやり方が、あまりにも冷酷で、間違っていただけで。


 数日間にわたる審理の結果、ついに判決が言い渡される日が来た。

 法廷内は、初日以上の緊張感に包まれていた。

 国家反逆罪。本来であれば、死刑は免れない大罪である。


「主文。被告人、岩倉具視を、終身刑に処す。被告人、大久保利通を、流刑に処す。流刑地は、樺太とする」


 津田裁判長の言葉に、法廷内がどよめいた。

 死刑ではない。

 この判決の裏には、家茂閣下の強い意志があった。


『これ以上の流血は、もうたくさんだ。血で血を洗う連鎖は、我々の代で断ち切らなければならない』


 家茂閣下は、そう言って、首謀者たちの死刑を回避したのだ。

 それは、新しい国が「憎しみ」ではなく「寛容」の上に成り立つべきだという、大統領としての決意の表れでもあった。


「……樺太、か」


 大久保は、判決を聞き、静かに頭を下げた。

 その表情には、絶望の色はない。むしろ、どこか憑き物が落ちたような、穏やかな顔をしていた。


「ゼロからやり直すには、いい場所かもしれん」


 大久保が、誰に言うともなく呟いた言葉が、俺の耳に届いた。

 樺太。北海道のさらに北に位置する、極寒の未開の地。そこを開拓することは、死ぬよりも過酷な罰になるかもしれない。

 だが、大久保の目には、まだ死んでいない「国造り」への執念のようなものが宿っているように見えた。


(……西郷の言葉を、思い出したか)


 俺は、大久保の横顔を見ながら、心の中で呟いた。

 かつて、大久保の無二の親友であり、そして俺たちと死闘を繰り広げた西郷隆盛。彼は今、江戸城の地下牢に幽閉されている。

 大久保は、西郷が生きていることを知っているのだろうか。


 裁判が終わり、被告人たちが退廷していく。

 岩倉は、最後まで何かを喚き散らしていたが、大久保は一度だけ振り返り、俺の方を見た。

 その目は、何も語っていなかった。だが、俺には彼が「後は頼むぞ」と言っているように思えた。


 法廷を出ると、夏の眩しい日差しが降り注いでいた。

 これで、一つの時代が完全に終わったのだ。

 だが、俺たちの仕事は終わらない。

 西郷の処遇、新しい政府の立ち上げ、そして憲法の制定。

 共和国という新しい国を、本当の意味で機能させるための戦いが、これから始まるのだ。


 俺は、大きく深呼吸をし、最高裁判所の階段を降りていった。


親王の死の真相を暴き、新八は首謀者を追い詰めた。

だが裁判長は憎しみの連鎖を断ち切るため死刑を回避し終身刑と流刑を言い渡す。

樺太へ流される大久保の目に宿る執念を見届け、新八は一つの時代の終わりを実感する。

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― 新着の感想 ―
処分軽過ぎて草 というか処分根拠は新政府成立前の法だろうし死刑しか選択肢はないのでは? あとこれだけやっても死刑にならないとか国家反逆罪に親王殺し以上の罪な どまずないので以降実質死刑が使用不能になり…
残存勢力の武装解除・掃討がまだ残っているわけだが、地理的関係で薩長寄りにならざるをえなかった土佐や佐賀あたりは無血開城に傾くとしても、木戸とか高杉とかがいる長州は……
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