15 暇なご令嬢と騎士達のお茶会
王城へ戻ったら、案の定大騒ぎだった。
何の前触れもなく転移魔法の指輪の石が消えて、その効力を失ったのである。それも一斉にだ。指輪を身に着けていた王族からすると、何が起きたのかと心配になるだろう。
そして転移魔法は人喰い遺跡内にある王族の避難部屋へと繋がっている。で、あれば、遺跡で何かあったと考えるのが普通だろう。
(……たぶん)
なんてイルゼは心の中で濁した。
指輪が消えたのは遺跡で何かあったから、なんて考えて集まった時点で、指輪が何で出来ているか知っている可能性がちょっと出て来るからだ。
その辺りの真実なんてイルゼは知りたくないし、関わりたくない。王族に深く関わって婚約者なんてものに収まったら嫌だからである。
さて、しかし。そうしてイルゼ達が遺跡の入り口に戻って来た時には、そこには国王と騎士がずらりと並んでいた。
……いなかったら良かったなぁ、なんてイルゼは思った。
まぁ、いてしまったものは仕方がない。知らないフリ、気付いていないフリである。
諸々の説明はアロイスとルグランに任せて、イルゼとフェルトは後ろに並んで様子を見守る。
こう言う場では、呼ばれない限り下手に口を開かない方が良いのだ。
(ああ、それにしても疲れましたねぇ……)
人喰い遺跡に入ってから数時間経過している。
ポミエ領でダンジョン探索等に行く時は数日掛かる事もあるので、それと比べたらだいぶ短い。
けれども初めて組む仲間との探索だ。ほどよく緊張感があって、その分疲労も蓄積する。
もっともフェルトとルグランは、イルゼにとっては組みやすい仲間だったので、良い意味での緊張感だったが。
(お風呂に入ってのんびりしたいなぁ。婚約者候補の良いところは、美味しいご飯と良い香りのするお風呂に入れる事ですよねぇ)
イルゼにやる気が何一つなくても、表向きは婚約者候補である。とても良い環境で過ごさせてもらっていた。
婚約者候補でいる間は暇だけれども、フェルトと知り合えたし、ゆったり生活させてもらっている。
そう言う部分は楽しかったし良かったな……なんて思いながらぼんやりしていると、
「――という事がありました。簡単な説明になってしまいますが、今日のところはこのくらいで良いでしょうか? 私を救助に来てくれた彼らに休息を与えたいのです」
ざっと説明を終えたアロイスが、そう言って話を切った。
どうやらそろそろ解散許可が出そうだ。おっ、と思ってイルゼは顔を引き締める。
「ああ、そうだな。皆、よくやってくれた。今日のところはゆっくり休んでくれ」
「はっ! ありがとうございます!」
国王の言葉にルグランが敬礼をする。フェルトが直ぐに続き、僅かに遅れてイルゼも真似をした。そう言えばカーテシーは何度も経験しているけれど敬礼ってやった事がなかったな、なんて思いながら。
三人が手を下ろすと国王は微笑んで、
「私の息子を助けてくれた事、感謝する。ありがとう」
と感謝されてしまった。その表情がアロイスと似ていて「ああ、親子なんだなぁ」とイルゼはしみじみ思った。
最悪の事態こそ考えたが、何とか全員無事に帰還する事が出来て良かったと、イルゼの顔が自然と微笑む。
「イルゼ嬢、今日は本当に助かった。ありがとう」
「いえいえ。私も良い経験が出来ましたのでね」
ルグランに労われイルゼはそう返す。
疲れたし大変だったが、これは本当だ。特に人喰いダンジョンについて、新しい知見が得られた事は、今後のポミエ領の為にもなる。ポミエ領にも同様のダンジョンが存在するため、戻ったら家族と相談して、もう一度念入りに調査に入ろう。
そんな事をイルゼが考えていると、アロイスが小さく微笑んだ。
「イルゼを見ていると元気になるな」
「元気過ぎて一緒にいると疲れる、と言われた事はありますよ」
「そうか。ふふ。フェルト、部屋まで彼女のエスコートをよろしく頼むよ」
「はーい! おまかせを!」
最初に会った時や、遺跡の中で見つけた時よりも、アロイスの態度がずいぶん柔らかくなったものだ。
怯えて悲鳴を上げられないだけ良かったな、なんて思いながらイルゼはフェルトと共にその場を後にする。
「…………」
……何故か背中に国王の視線を感じながら。
☆
「いや、何で私、まだ婚約者候補で残っているんですかね?」
人喰い遺跡の件から数日後。
ヴァーゲの王国の王城にある庭園で、イルゼはフェルトと相変わらずお茶会をしていた。
遺跡での一件でイルゼの性分やら何やらはアロイスにしっかりバレたはずなのに、何故かイルゼはまだ婚約者候補として王城に留まってしまっているからだ。
逆にアロイスの婚約者候補ツートップだったメリル・スコットと、ミレイナ・クルーガーが家に帰されている。
イルゼの他にまだ数人候補は残っているものの、お役御免のはずの自分がまだここにいる事がイルゼからすると不可解だった。
「ああ、それたぶんあれですよ」
「あれ?」
「ほら、陛下の前でアロイス殿下が普通にイルゼ様とお話していたでしょう?」
「してくれていましたね?」
「女性に恐怖心を抱いているアロイス殿下が、女性と普通に話しているって喜んでいたらしいですよ。騎士仲間情報です。ついでに賭けの対象が増えていました」
「ぐえ」
フェルトの口から放たれたとんでもない情報に、イルゼはカエルが潰れたような声を出した。
おかしい。何故そんな事になっている。イルゼは愕然とした。
「フェルト様、これは早急に対策を取る必要があります。具体的に言うとアロイス殿下と仲が悪くなりたいです!」
「イルゼ様、極端ですよね。たぶん無理ですよ。アロイス殿下、イルゼ様にだいぶ感謝していましたもん」
「えええ……。それを言うならフェルト様やルグラン団長だって該当するじゃないですか」
「該当しても世継ぎが生まれないですからねぇ」
「確かに……。よし、こうなったら逃げようかしら」
イルゼは真顔でそう言い放った。するとフェルトが楽しそうにクスクス笑う。
「じゃあ、僕も一緒に行きますよ。イルゼ様の護衛役ですからね」
「おや、そんな事をして大丈夫なんですか?」
「ダメだと思いますけど、クビになったらポミエ領で雇ってください。そちらの方が楽しそうです」
「それはとても良いアイデアですね!」
イルゼはパッと笑顔になって手を差し出す。フェルトもにこっと笑って握手をしてくれた。
そうと決まれば直ぐに行動に移さなければ。
もし失敗したとしても、問題行動を起こした人間は即座に、王太子の婚約者候補から除外されるだろう。
よし、とイルゼは気合を入れて紅茶を一気に飲み干し、立ち上がる。
「いざ行かん、問題児の道!」
「おー!」
「おー、じゃないのよ、お二人さん」
イルゼとフェルトが拳を突き挙げていると、いつの間にかやって来ていたルグランが呆れた様子でそう言った。
まずい。見つかった。イルゼは、ギギギ、と錆びたドアのようにゆっくりとそちらの方へ顔を向ける。そこにはルグランと、楽しそうな表情のアロイスがいた。
「ア、アロイス殿下までいらっしゃいましたか……」
「はい、いましたよ。心配しなくても、婚約者の件は私から陛下に断っておくから安心していいよ」
「えっ、本当ですか?」
アロイスの言葉にイルゼは目を丸くする。
するとアロイスが「本当に正直だなぁ」なんてクスクス笑う。
特に気分を害した様子がなさそうなので、イルゼはホッとしながら椅子にストンと座り直した。
「私達もお邪魔して良いかな?」
「あ、はい。どうぞ」
「二人はいつもここでお茶会を?」
「そうですね。暇だったので、フェルト様にお茶会に付き合っていただいてます」
「イルゼ嬢は暇というか、自ら進んで暇を選んだというかだけどなぁ」
そんなやり取りをしながら、四人は同じテーブルに着く。
イルゼは予備のティーカップを手に取って、紅茶を注いで二人に出した。ふわりと良い香りが辺りに広がる。
「ああ、良い香りだ。味も美味しい」
「イルゼ嬢は紅茶を淹れるのが本当にお上手ですね」
「好きですからねぇ。紅茶を淹れると褒めてもらえるので、自己肯定感がぐんぐん上がりますし」
「フェルトみたいな事を言う」
「似た者同士ですねぇ」
ルグランの言葉にフェルトは笑ってそう言った。
気が合うと言うか、考え方が似ていると言うか。イルゼとフェルトは確かにそんな感じだ。
イルゼにとってフェルトは、一緒に過ごしていても肩がこらなくて良い相手である。
婚約者候補としてここへ来て、フェルトを護衛につけてくれたルグランには感謝しかない。
たぶん他の騎士だったら、イルゼの”本性”がうっかり出た時にドン引きされていただろう。
「イルゼに残ってもらっているのは、今、あなたをポミエ領に帰せば悪い噂が立つからだ」
「悪い噂ですか?」
「メリル・スコットやミレイナ・クルーガーと同じ事をして、婚約者候補を下ろされたと言われかねない」
「あー、なるほど」
あの二人は悪気こそなかっただろうけれど、アロイスがパニックを起こす原因となってしまった。だからアロイスの婚約者候補から外され、家へと帰される事となったのだ。
その理由を包み隠さず公表すると、アロイスが押しの強い女性が苦手で遺跡に逃げ込んだ辺りまで話さないといけなくなるので、理由の方は適当にぼかされているが。
けれどもアロイスの婚約者最有力候補と言われていた二人が、同時にそれから外されたとなれば、何かしらトラブルがあったと考えるのが普通である。
そのタイミングでイルゼを家に帰せば、いくら本人の希望だからと言っても、メリル達と同じように何かをしでかしたのではないかと思われ評判が悪くなる。アロイスはそれを考慮してくれたらしい。
「まぁ、今まさに問題行動を起こそうとしていたみたいだけど」
「ギリギリセーフでしたね、イルゼ様」
「そうですね、フェルト様。ラッキーでした」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ、お二人さん……」
良かったね、とお互いに言っているイルゼとフェルトに、ルグランが頭を抱える。
守ろうとした対象が自ら進んで問題児になろうとするなんて、ルグランやアロイスも思いつかなかっただろう。
「ポミエ家の苦労が伺える……」
ルグランの呟きには、最初に同じセリフを聞いた時よりも力が込められていた。
「まぁ、だからね。すまないが婚約者が決まるまで、もう少しゆっくりしていて欲しい」
「そう言うことでしたら喜んで」
「うん。……あと、たまに私もお茶会に混ぜてくれると嬉しい。あなた達とお茶会をしていれば、突撃されたりしないから……」
「……もしかして第二、第三のメリル様・ミレイナ様がいらっしゃる?」
「ははは……はぁ」
アロイスは深くため息を吐いた。どうやらメリル達がいなくなった事で、ならば今度は自分がと他の婚約者候補達がやる気を出したようだ。
疲れた様子のアロイスを見て、大変だなぁなんて他人事な感想をイルゼは抱く。
「私達はたぶん毎日ここでお茶会をしておりますので、いつでもどうぞ」
「何か疲れが取れるような面白い話題を仕入れておきますね」
「ふふ。楽しみにしているよ」
イルゼとフェルトの言葉にアロイスはホッと表情を緩ませる。
彼にとっては一難去ってまた一難、という感じなのだろう。
イルゼはアロイスの婚約者にはなりたくないが、一緒に遺跡の中で共闘した仲だ。彼が心穏やかに婚約者を決められるよう協力するくらいはしよう。
そう思いながらイルゼは紅茶を飲む。
「……イルゼ嬢が婚約者だったら、丸く収まりそうなんだがなぁ」
そんなルグランの呟きを、右から左へ聞き流しながら。
END
お読みいただき、ありがとうございました!