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後編

 

 翌日、ふとした時、ヨシザワコトミが自分の思考を奪う。なぜ、こんなにも気になるのだろうか? 熊田さんに関係がある人物なら、自分には関係ないし、そもそも、幼少期に見た女の子がヨシザワコトミなら、熊田さんの家の子じゃないことになる。


――おかしくないか?


 じゃあ、なぜ、あの子は熊田さんの家の玄関先に毎回居たのだろう? 花壇を眺めながら、溜息を吐く理由は? どれだけ考えても、まったく分からなかった。


――いや、分からないのはヨシザワコトミだ。


 まさかな? とパソコンの検索にその名前を入れて見る。が、当たり前のように出て来るSNS系の大量のヨシザワコトミを見て、ですよねぇ。と溜息を吐いた。

 そんなに簡単に解決策は出て来ないか……、とそこまで考えて、そもそも、なぜ俺が解決しなくてはいけない使命感に囚われているのかと、馬鹿々々しくなり、検索を閉じた――。


 その日の仕事終わり、同僚と飲んで帰ることにした。

 安上がりの大衆居酒屋へと足を運び、合言葉のように「ビール」を注文をした。

 有休を取って実家に帰った話の流れで、ヨシザワコトミの話をしたが、同僚の岩井(いわい)は「で、その子供の頃に見た子が、コトミ?」と聞いて来る。


「いや、違うと思う、その女の子は熊田さんだと思う」

「見えない話だな……」

「いや、だって、他人の家に苗字の違う子がいるのは変だろ? だから、子供の頃に会った子は熊田さんだよ」

「親戚の子とか?」


 なるほど、それは一理ある。

 ハァ……、と小さく溜息を吐き、知らない人物の名前にどうしてここまで翻弄されなくちゃいけないんだよ、と正直な気持ちが溢れ出る。

 たぶん、あの日、俺が熊田さんに声を掛けたのがいけなかったんだ。それさえなければ、奇妙な名前に振り回されることも無かったのに、と不貞腐れ気味にビールを口に運び、けれど……、と思う。


「意味も無く、フルネームを他人に教えたりしないよなぁ?」

「そりゃ、そうだろ」


 岩井は「元凶に直接聞けば?」と言うが、わざわざ片道三時間もかけて、実家に行くのも面倒だと思うし、このまま放置しても問題ない案件だ。


「わざわざ、そのためだけに実家に帰るのもな……」

「あー、分かる、利の無いことには心も体も動かないよな」


 一瞬話が途切れ、ニヤっと目の前の男が口の端を上げる。


「ところで、その熊田さんっていうのは美人か?」

「……まあ、陰のある感じだったけど、華奢な綺麗系だったよ」

「え、じゃあ利があるじゃん」


 いやいや、利じゃなく害しかないだろ、と思う。

 強制的な遠距離恋愛なんてしたいとは思わないし、好みという物が俺にもあるし、だいたい、謎過ぎる人物に恋心なんて抱けるかよ、と思う。

 結局その日は終始、ヨシザワコトミの名前に振り回された。



 数十日後、事態は一変した。

 早朝、と言うほどでもないが、休日の午前中に掛かって来る電話は、早朝扱いでいいと思う、と俺は目を擦りながら携帯の画面を見つめた。

 母親の名前が画面に浮かび上がっているのを見て、どうせまた何か面倒なことだろうな、と思いながら電話に出た。


「大変!」


 第一声がそれだった。もちろん、その言葉に返す科白(せりふ)は決まっている。「何が?」だった。


「熊田さんの家、昨日夜、火事で燃えちゃったのよ」

「えぇ?」

「しかも、あの家に住んでいた人、亡くなった見たい」

「そう……」


 自分にヨシザワコトミの伝言をした彼女も亡くなってしまったのかと聞けば、そうだと言う。

 けれど、問題はそれだけでは無いと母は言う。


「男の人には刺された痕跡があったらしいのよ」

「え、それって……、殺人じゃん」

「そうなのよ、殺人事件だから、そっちでも報道されるんじゃないかしら?」


 殺人事件なら報道はされると思うが、問題は犯人は誰なのだろうと言うことだった。


「犯人は捕まってないの?」

「……それがね、娘さん? あの子には刺し傷が無かったって報道されているから、もしかしたら、彼女が犯人なのかも……」


 その言葉に絶句した。

 謎の伝言と彼女が犯人だと言うこと、そして家族の死が何かに結びついている気がして、妙に落ち着かない気分になる。


「あのさ、ヨシザワコトミって、母さん分かる?」

「私に、分かるわけないでしょ……、けど、思い出したことがあるのよね」


 母は、あの家に引っ越した当時、近所への挨拶周りで小耳にしたと言う話をし始めた。


「私達があの家に越してくる少し前まで、確か吉沢さんと言う名の家だったらしいのよ。家族4人暮らしだったと言ってたわ、いつの間にか表札が無くなってたって誰かが言ってたのよね」

「そうなんだ……」


 俺は電話を切った後、ヨシザワコトミについて考えた。

 けれど前回同様に、誰? としか浮かばないし、起きてしまった事件をアレやコレや考察したところで、どうしようも無い。

 以前暮らしていた人物が吉沢という名だとしても、自分と接点のない人物なのは間違いなかった。

 その日の夕方、都内のニュースでも火事で焼死体が発見されたと報道され、しかも血縁関係は無く赤の他人だとの話だった。

 赤の他人と家族のように暮らしていたのか? とまた一つ謎が追加された。

 いったい、彼女は何者だったのだろう。ヨシザワコトミだったのか、それとも、違う名前だったのか、今となっては分からない。ただ俺に謎を残して死んでしまったのだけは確かだった――――。



 それから数ヶ月後、早朝、母親の名前が画面に浮かび上がっているのを見て、いやいや、と思う。流石にもう事件は無いだろう、と携帯に出る。


「大変!」


――……でじゃぶ。


 軽い眩暈に襲われながら、母に前回と同じ科白(せりふ)を吐いた。「何が?」と……。


「熊田さんの家の土地から、白骨遺体が出て来たのよ」

「え……」

「しかも三体もよ」


 三人分の白骨遺体が出て来たと母は興奮気味に言う。

 身元は直ぐに検出されたが、数十年は経過しているとの話に、脳裏に浮かび上がったのは、ヨシザワコトミだった。


「それって、吉沢さん?」

「そうなのよ! 男女の大人の白骨と、子供の白骨も出て来たんだって」

「……そっか、殺されて埋められた……」


 そこまで言葉を出し、ザーっと血の気が引いて行く。

 あの子、幼少の頃に見た子は、熊田さんじゃなかった……? いや、そんなわけない……、と否定の言葉を頭に思い浮かべながら、脳内のシワや溝がぞわぞわする感覚に襲われる。


「あのさ、埋められていた場所って……、玄関ポーチじゃないよね?」

「あら、どうして分かったの……?」


 ガツンと何か重い物が頭に降って来た衝撃と同時に、ドクドクと胸に血が集まり始める。


――あの子は知ってたんだ……。あの場所に遺体があることを……。


 指を刺したのは、花壇の花を見ろでは無く、ここに遺体があるよと言うメッセージだったと知った。

 その事実に気が付いたが、俺にはそれを母に言う勇気は無かった。

 結局、その後、ヨシザワコトミは埋められていた子供の名前だと判明し、焼死体で発見された女性の本名は吉沢初音と言う名だったと母から教えられた。

 

 結局、俺はどうすることが正解だったのだろうか? 彼女が妹の名を俺に告げた理由は分からない。もしかすると、彼女は妹は生きていると思っていたのかも知れない、俺に探して欲しかったのだろうか?

 今となってはどうしようも出来ないが、もし、俺が真剣にヨシザワコトミについて調べたりしてたら、吉沢初音は死ななくても済んだのかも知れない。

 以前書いたメモを眺め、それをシュレッダーにかけると、生温くなったコーヒーを体内へ流し込んだ。



END.

 

最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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