27実力テスト
バンドーラに暑い季節がやってきた。真上から太陽の光が燦燦と降り注ぐ。街はカラッとした暑さに包まれる。スズラン亭のマスターが「冷やしたビヤがよく売れる」と笑っていた。
フラニーは半袖の涼し気なシャツに、ストローハットというスタイルで今日も元気に素材部へと出勤する。ドアを開けると、ムッとした空気に迎えられる。カバンを置くと、直ぐに全ての窓を開けた。
「よしよし。傷んでないね」
業務用のアイスケースを覗き、保存している植物等の材料が腐っていないかを確認していると、「おはようございます」とネージュが現れる。
フラニーは「おはよう!」と笑顔を向けた。
ネージュはあれからグッと纏う雰囲気が丸くなった。口数が少ないのは相変わらずだが、フラニーはもうやたらと無理して話しかけることはしない。沈黙も気にすることはない。
「フラニーさん」
「はーい?」
ネージュは鞄から何かを取り出した。それは先日フラニーが貸した『鉱物の歴史』という本だった。
「もう読んだの? どうだった?」
「面白かったです。すごく」
フラニーは「良かった!」と喜んだ。
「図書館で借りて、自分で持ちたくなって買っちゃったんだよね」
「住んでるところと同じ建物の中にあるんだから、同じようなものなんだけどね」と笑うと、ネージュは何も言わずに微笑んだ。
「石も奥が深いよね。今はコランダムとか人工のものが主流だけど、昔の天然の宝石って凄く神秘的だよね」
フラニーは渡された本を抱きしめた。何度開いたか分からないお気に入りの一冊だ。ところどころ掠れた表紙に愛着がある。
「ふふ、今日も頑張ろう」
「……はい」
二人は微笑みあい、注文票に沿って本日の業務分担に取り掛かった。お互いの人柄に、そこで生まれる空気に慣れ、心地よさを見出していた。
「撥水クリームと、トリルガムでーす」
「三キロと百枚でいい?」
「はい」
「順調順調。お疲れ様。やっぱり二人体制だといいわね~」
ご機嫌なチーリがフラニーの納品を受け付けながらしみじみと言う。フラニーは深く深く頷いた。
「日々勉強させてもらっています」
恥を忍んでネージュに尋ね、技術を習う。フラニーはそのおかげで出来ること、作れるものの幅が広がっていくのが楽しかった。
「仕事終わりに図書館に入り浸ってるしね~」
「……どうして知ってるんですか」
チーリは得意げに笑いながら「さーね?」と帳簿にサインをする。誰か図書館に知り合いでもいるのだろうか、それともどこかで自分を見かけたのだろうか。フラニーはこっそり調べものや勉強をしていたのだが、知られていると分かれば少々気恥ずかしさを覚える。
(私だってネージュ君に聞かれることがあるんだから、知識はいくらあっても足りないし)
フラニーは廊下を歩きながら考えた。楽しいだけではない。張り合いのある職場。ネージュとは仲良くはあるが、やはり同じ錬金術師としては完全に「負けた」とは思いたくないところ。
結晶化、煆焼、蒸留。錬金術では色々な作業を求められる。どれにも精通していたい、と願うのは決して綺麗ごとや高い理想ではない。やればできる、とフラニーは己を奮い立たせていた。
「んー。勉強会とかしたいけど、付き合ってくれるかなあネージュ君。施設長も来てくれると本当はとっても嬉しいけど、忙しいかなあ」
フラニーがぶつぶつと独り言ちながら歩いていると、「ああー!」と叫ぶ声が遠くに聞こえた。
(はて。今の叫びは)
声の方は廊下の先。ずずいと廊下を進めば施設長室に辿り着く。
「……ボス?」
フラニーは立ち止まって首を傾げた。何かあったのだろうか。
(書類にコーヒーを零したとか。本棚の角に足の指をぶつけたとか)
「ああー!」の理由を考え、様子を見に行こうかと迷っていると、廊下の先から今度は足音が聞こえてきた。その場で音が近づいて来るのを聞いていると、ド派手な上着が廊下の角の影より現れる。見間違えることは無い、エグゼルである。
「施設長? どうされたんですか?」
「フラニー!」
エグゼルはフラニーを見つけると、更に速度を上げた。フラニーはギョッとして目を開く。
「ど、どうかし——」
フラニーは途中で言葉を切る。エグゼルの手に何らかの書類があるのに気が付いてしまった。
(ま、まさか報告書に重大な過失が!?)
フラニーの肝がサッと冷えた。ちゃんと提出前には見直しているのに、と心の中で泣く。叫んで走って来る位だ。きっとトンデモナイことをやらかしたに違いない。
そうこうしているうちに、エグゼルはフラニーの目の前でキュッと止まった。そして件の書類をゆらりと掲げた。
「すみません!」
フラニーは反射的に頭を下げた。結った髪がバサリと前にかかる。
震えながらフラニーはエグゼルのお叱りを待ち構えた。しかし、フラニーに降ってきたのは「は?」という一声のみ。
(あら……?)
恐る恐る顔を上げると、エグゼルは「何してんの」という表情をしていた。どうやら勘違いだったらしい。フラニーは「いえ」と何事も無かったことにして、居ずまいを整える。
「怒られるかと思っただけです。何でしょう」
「ああ、そう。悪かったな。とりあえずこれを見ろ」
「……?」
フラニーはエグゼルから一枚の紙を受け取った。そこには。
『錬金術ギルド「セル」バンドーラ支部監査のお知らせ』
「ほう……?」
「ということだ」
「成程……?」
言葉の割には全くピンと来ていないフラニーに、エグゼルは「だよなあ」とため息を吐く。
「初めてだな?」
「はい。あ、私は、ですが」
「うん。いいや。するともう少なくとも三、四年は入ってない、と」
「ゴドーさん達ならご存じなのでは」
フラニーは来た道を戻り、エグゼルと共に販売部へ向かった。ゴドーは先の書類を目にすると難しい顔で額を押さえた。
「最後にあったのは、七、八年前でしょうか」
「そうか」
何やら深刻そうな雰囲気を醸す二人を前に、フラニーはただ事ではないと察し始めた。
「や、フラニーどうしたの」
突っ立っているフラニーを見つけ、ブランドンが声をかける。フラニーは事情を説明した。すると、ブランドンも上司たちと同じように苦いものを口にしたかのような表情を浮かべた。
「これは……大変なやつですね?」
「大変なやつだね」
「いったいどんな」とフラニーが訊こうとしたところで、エグゼルから「フラニー」と声をかけられた。
「はい」
「これから俺の部屋で会議。ブランドン、ゴドーさん連れていくぞ」
フラニーは目を瞬いた。隣でブランドンが「分かりました」と答える。ぱちりとゴドーと目が合った。
「……」
ゴドーの鋭い目が、フラニーの背筋を伸ばす。
(ゴドーさんも出る会議に、私も……?)
二人の背中を見ながら廊下を続く。途中で調達部の部屋に寄り、ギヨームまで招集された。フラニーはいよいよ自分が場違いのような気がしてならなくなった。施設長室に到着する頃には、すっかり小さくなっていた。
「机の上、適当にどかして」
エグゼルは専ら書類置き場になっている来客用の机を指して言った。フラニーは慌てて我先にと手近な書類の束を片付けた。
一応綺麗になった机を囲み、四人は座る。どうしてかフラニーはエグゼルの向かいというハイポジションに座らされ、非常に居心地が悪かった。しかも隣には迫力満点のゴドー。そんなつもりは毛頭ないが、「もう逃げられない」と思った。
「じゃ。改めて、監査がくることになった。錬金ギルドの登録所の監査だ。ギルドである以上、避けられないイベントだ」
ゴドーとギヨームが無言で頷く。フラニーも倣って神妙にした。
「初めてなのはフラニーだけか」
三人の目が集まり、また小さくなる。
「いいか」
「はい」
「えらいことになる」
「えらいこと」
「特に、素材部は」
瞬間、フラニーの目がグワッと開かれる。そして、全身の毛が逆立つような感覚がフラニーを襲ったのだった。
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