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26ようこそ素材部へ

「すごい……平均年齢がグッと下がるわ」


 スズラン亭に一同が到着し、店員のマルシアが全員に飲み物を配りながら冗談めかして語気強めに放った一言は、周りの客や、バンドーラ支部一行を沸かせた。


「あっはっは! 今日は若えのがたくさんいるじゃねえか! よお兄ちゃん! 久し振りだな!」


 既に出来上がっている常連がエグゼルに手を挙げる。エグゼルも軽く掌を見せて応えた。


「若いのの歓迎会だから大人しくしてて」

「いつも俺らはお上品だろうが!」


 「あっはっは!」と笑う屈強な山男たち。フラニーはその光景を見て、ネージュが引いているのではないかと密かに案じた。ここはご飯は美味しいが、夜に来るとこうなる。


「ネージュ君、大丈夫だからね!」


 そっとネージュが5センチ程フラニーに寄った。心配した通り、心許ないようだ。フラニーは可愛い後輩を守らなくてはと心に誓う。


「バンドーラ支部は集まれー。よし、皆飲み物はあるな」


 エグゼルが常連に捕まっていたカリムやチーリを呼び寄せ、ぐるりと仲間を見渡す。揃ったことを確認すると、「じゃあ」と言ってネージュへ視線を向けた。


 フラニーやブランドンたちも皆でネージュに微笑む。


(あ、ふふ。緊張してる)


 ネージュの固い表情を見て、フラニーはほくそ笑んだ。


「よく来てくれた。ようこそバンドーラ支部へ」


 エグゼルは短く言い切ると、手にしたグラスを掲げる。ネージュの目が、きらきらと光を灯した。夜空に星が輝いたかのような煌めきだと、フラニーは思った。



 それからは代わる代わる、皆でネージュに話しかけた。ネージュはやはり慣れない様子ではあったものの、見え隠れする照れくさそうな雰囲気がフラニーにはとても可愛らしく感じる。


(ふふ。いい子だいい子だ)

「何をにやにやしてるんだ」

「ボ……施設長」


 店が混んできたため、マスターに直接注文をするためにカウンターへ来たフラニーが、離れたところからブランドンとカリムに挟まれている大事な後輩を眺めていると、横にエグゼルが現れた。同じく何かを注文しに来たらしい。


「ぎくしゃくしてたんだって?」

「……意思疎通にしくじりまして。どなたから?」

「チーリとカリム。最初に教えてくれたのはブランドン。皆心配してた」


 フラニーは泣きたくなった。三人を見つめ、「好き……」と心の中で呟く。


「とりあえず近い奴らで、と思って歓迎会のタイミングを探ってたんだけど、チーリが『今日がいい』って。急遽決まった」

(うう……そうなんだ。ボスも……好き……)


 両手で顔を覆い、感激で震える。「仲良くします」と小さく宣言すると、エグゼルから笑みを含んだ息の漏れる音が聞こえた。


「……飛び級したせいで、周りからやっかみを受けてきてる。シュレーゼンの工房はきつかったらしい。良くしてやって」

「そうなんですか。やっかみ……成程……気の毒に」


 ネージュが人と話すのを苦手と言うのは、本人だけのせいではないのかもしれない。周りがネージュとまともに付き合うことをしなかったために、ネージュの中に「うまく話せない」経験が重なったのだろう。そう思えば、フラニーは腹が立ったし、ネージュの居心地の良いようにしなくてはという気持ちも強くなった。


「うちの大事な子に、よくも……!」


 拳を握って震えるフラニーに、エグゼルは「はは」と笑いかけた。


「寮生の学校だったはずだから一人暮らしには慣れてるだろうけど、地元じゃないから皆で気にしてやって」

「あ、シュレーゼンが地元なんですか」

「そういう話もしてないの」


 痛いところを突かれ、フラニーは苦しそうに「う」と呟いた。


「こ、これから、します……」


 エグゼルは「うん」と軽く頷くと、丁度手の空いたマスターにいくつか料理を頼んだ。その様子を眺めながら、フラニーはふと、エグゼルともそういう話をしたことがないことに気がついた。


「あの、施設長は。どちらのご出身ですか」

「ん? 俺はフォーヴル」

「え、セルの本部じゃないですか! と、都会っ子!」


 フォーヴルといえば、人や物の集まる大都会。フラニーは「いいないいな」と続け、エグゼルをじろじろ見た。しかし決して意外ではない。エグゼルの容姿の華やかさはここらでは目立つが、どう見ても都会仕様なのだ。


「……」


 エグゼルはフラニーの額を掌で軽く押し、熱い視線を退けた。フラニーは「む」と言って頭をのけぞらせる。


「ここが地元だっけ」


 パッと手を離し、エグゼルはフラニーと目を合わせないまま尋ねた。フラニーは口を尖らせて答える。


「いいえ。私はナーナンです。学校に入るためにこちらに来ました」


 エグゼルは初めて知ったかのように、目をパチパチと瞬かせる。そして今度はフラニーが見つめられる番だった。真っ直ぐに澄んだ瞳が向けられ、落ち着かない。


「へええ。俺はてっきりずっとこっちかと」

「や、その。はい。そうなんです違うんです」


 視線を彷徨わせながらもにょもにょと答える。フラニーは段々耳が熱くなっていくのを感じた。


「でもそうするとお前も早くから一人か」

「両親はよく家を空けていたのでそんなに変わりませんが」

「……」


 一瞬エグゼルが言葉を探すように黙り、フラニーは慌てて付け加えた。


「け、研究者なんです。鉱物学者。よくあっちこっち行ってしまうので。二人とも。でも帰ってきたら可愛がってくれました。今も手紙のやり取りはしてますので、ご安心を」


 何が「ご安心を」なのだろうか。フラニーは喋りながら自分で自分にツッコんだ。見つめられているせいか、どんどんと自分の言動が妙になってゆく。誤魔化すように「フォーヴルは」と口にしたところで突然フラニーの真横にドン! と大きな音を立ててジョッキが置かれた。


「フラニ~。久し振りだなあ。聞いたぞ~。アイツと別れたんだってな~」

(げ!)


 見ればフラニーと顔なじみのここの常連。スズラン亭夜の部の営業のスターティングメンバー。既に赤い顔をしている。良くも悪くもスズラン亭で起こったこと、話された会話を熟知している。フラニーは過去にアランとここを訪れたことを後悔した。


「あ、あはは。ソウナンデス」

「詳しく聞いてやるよぉ」

「またにしてやって」


 間に入ったのはエグゼルだった。フラニーが呆けて「え」という顔をすると、エグゼルに「行け」と合図される。


(ボス……!)


 フラニーはエグゼルの機転に乗っかり、カウンターに置かれていたナッツのスパイスケーキを回収すると、ササっとその場を逃げてバンドーラ隊の中に潜り込む。


「やだ美味しそ~。ネージュ君、ケーキだよ。ケーキ好き?」

「……」

「困ってるだろ。ネージュ、ほらこれ旨いぞ」

「フラニー、施設長は?」


 フラニーはケーキをチーリに渡し、急いで振り返った。ブランドンは不思議そうに同じ方を見た。


「ははあ。捕まったんだ」

「私の身代わりに」


 フラニーとブランドンが揃ってカウンターの方を向いているので、他の三人も「どうしたのだろう」と顔を見合わせ、様子を窺った。


「絡んでんのあの人か~。捕まると長いんだよな~」


 へらりとカリムが笑いながらグラスを傾ける。まるで酒の肴扱いだった。そんなカリムをチーリが肘で小突く。


「ちょっと。助けてきなさいよ」

「いや待って」


 カリムが「え~?」と言いながらも赴こうとしかけたところにブランドンの制止が入った。直後フラニーが「あ」と声を上げる。


「だから! この間も会っただろう。『どこかで会わなかったか?』じゃないんだよ。それに男だ! 俺は! 前も言った!」

「そんなあお嬢さん」

「ちょっと! マスター! どうなってんの」


 エグゼルが苛立った様子で先の常連を躱す。マスターではなく、駆け付けたマルシアが笑いを堪えながら上手に強引に二人を引き離した。


「……煩いぞ」


 テーブルに戻ってきたエグゼルは待っていた部下たちに向かってムスっとして言った。


「何も言ってないじゃないですか」


 部下たちがさっきの一部始終を面白がっているのは明らかだった。


「だ、だって、嘘でしょ。ナンパされてたの? ふ、ふは」


 カリムは遂に耐え切れずにゲラゲラと笑い出した。それを皮切りにチーリも勢いよく息を吹き出しながら顔を伏せ、ブランドンもそっぽを向いた。


「ぶふ!」

「お前だけは笑うなよ!」

「す、すみませ……くっ」


 助けてもらった身であるフラニーは言われなくても笑ってはいけないことは重々承知なのだが、そう思えば思う程、堪えられない何かが込み上げてくる。喉の奥から「ぐ、ぐふ」と変な音が漏れた。


「何なのこいつら」


 撃沈した四人の不敬な部下たちにエグゼルはげんなりした。ふと目を上げると、唯一笑っていないネージュが大人しくジッと全員を見ている。


「……どうした」

「……」


 しばしネージュは黙り、エグゼルは待った。そして。


「僕、来てよかったです」


 はにかみながら目を伏せるネージュに、エグゼルは「そうか」と微笑んだ。喧噪の中、柔らかい空気が二人を包む。


 その傍ら、胸を打たれたフラニーは顔を伏せたまま動けなくなっていた。胸も熱ければ、耳も頬も、目頭も熱かった。


 ——来てよかった。


 その言葉が、欲しかったのだ。


お読みいただき、ありがとうございました!

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よかった…!よかったねえええ。
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