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プロローグ


 季節は夏、太陽光は日増しに強くなり、照りつける日差しは殺人光線とでも呼ぶのがふさわしいほどに強烈だ。

 温度も日々上昇しており、軽く動くだけでじっとりと汗がにじんでくる。


 ただ湿度がさほど高くないせいで、掻いた汗はすぐにからりと乾く。

 そのためヘルベルトは、さほど暑さが苦にならない質であった。


「ヘルベルト様、どうぞ」


「ありがとう、ケビン」


 今はヘルベルトが大切にしている、ティータイムの時間だ。

 タイミングを見計らって執事であるケビンが出すのは、ヘルベルトの好きな味の少し薄めの紅茶である。


 いつものカップではなくガラス製のコップに出されたそれを口につければ、冷たい口当たりに思わず頬がゆるむ。

 ウンルー家では水魔法の使える使用人を使うことで、夏場であっても冷たい水を飲むことが可能だ。


 その幸せをかみしめながら、ヘルベルトはアイスティーをはしたなくならないギリギリの早さで飲み干していく。


 テーブルに固定されている日傘があるおかげで、彼の白い肌が焼けることはない。

 着ている服は半袖に薄手の長ズボン。

 リンドナー王国では肌を見せるのははしたないという価値観から婦女子は夏場でも長袖を着用することが多いが、ヘルベルトは男なので普通にラフな格好をして過ごしている。


 キラリと光る汗が、地面に落ちていく。

 動かずにじっとしているだけでも汗を掻くほどに、今年の夏は暑い。

 例年よりもひどい猛暑になるだろうという見立てが、既に各所でささやかれるほどだ。


「暑いのも悪いことではないのだがな。暑ければ暑いだけ、アイスティーは美味くなる」


「ヘルベルト様のご慧眼には、感服することしきりでございます」


 ケビンと軽く話をしながら、鍛錬を終えた後のティーブレイクの時間を楽しむ。

 このわずかな時間は、ヘルベルトにとって何よりも大切なものだ。


 何事にも本気で挑むことは大切だし、公開しないように全力を尽くすのは素晴らしいことだ。

 ただ人間というのは何事にも本気で突っ走っても体力が保つほどに強靱な存在ではない。


 現在では色々としがらみも増え、ヘルベルトにはやらなければならないことや守らなければいけないものも多くなっている。

 だからこそこうして何も考えずゆっくり過ごせる時間が、彼には必要だった。


(まあ全て、嬉しい悲鳴ではあるのだけどな)


 かつては豚貴族のあだ名で呼ばれ、怠惰で全てから逃げ続けてきたヘルベルト。

 彼は二十年後の未来からの手紙を受け取ったことで心を改め、今の今まで突っ走り続けてきた。


 両親や弟妹達との不仲を解消し、婚約破棄寸前だったネルとも仲直りをしてプロポーズも成功させ、ケビンの病気もしっかりと治してみせ、グラハムの死の運命も変えていせた。


 今の自分が守るものが増えているということは、自分がそれだけ逃げずに、本気で取り組んできたことの証明だ。

 だから面倒と思うことはない。

 むしろそのしがらみを、ヘルベルトは誇らしいものと思っていた。


 『アガレスク教団』による襲撃からあっという間に月日は流れ、今は既に夏に入っている。

 リンドナー王立魔法学院二年生としての夏に、ヘルベルトがやらなければならないことはあまりにも多い。

 一年の頃はしっかりと課題に取り組んだり、友人やネルとの時間も取ることができていたが、恐らく今年はスケジュールを確保するのもかなり厳しいに違いない。


 ヘルベルトは今や、王侯貴族にとって時の人。

 何せ彼は――現状の人間勢力で唯一、『邪心の欠片』を再封印できる人物なのだから。


 既に予定もほぼ全てが埋まっている状態であり、夏休みに入ればすぐに隣国である帝国行きが決定している。

 恐らくそこで、アリスとのお見合いをすることにもなるだろう。


(考えると今から胃が痛いな……ネルもわかってくれてはいるんだが……)


 帝国の皇帝を始めとして、重鎮達との会合も予定されている。

 いくつかのパーティーにも出席する必要があるし、向こうの系統外魔法の使い手達ともコンタクトを取る予定だ。


 帰ってきてからも大樹海に行ったり、他領へ赴き魔人達の企みを阻止したりと、やらなければならないことは多い。

 だがそれら全てに応えてみせよう。


(何せ俺は――ヘルベルト・フォン・ウンルーなのだから)


 激動の夏休みが始まろうとしている。

 夏休みにやらなければいけないことは一旦全てを脇に置いておき、今この時間だけは、ゆっくりとした時間を楽しもう。

 ヘルベルトはおかわりを頼みティータイムを楽しんでから家に戻るのであった――。

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