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エピローグ


 アリスが去る日であっても、授業は通常通りに進行していく。

 けれど気を利かせてくれた担任の粋な計らいにより、六限目はクラス全員で行うアリスの送別会になった。


 ヘルベルトも一言を添えた色紙と花束が手渡され、そのまま最後にゲームをする。

 教室の中をはしたなくならない程度に駆けながら、アリスは終始楽しそうにしていた。


 最後に一言と言われ、アリスが壇上に立つ。

 ほのかに汗ばんでいる彼女の姿は優雅なヴァリスヘイム家の公爵令嬢としてではなく、闊達なアリスという少女のことを浮き彫りにしているようだった。


「私はこれまで、王国という国のことをほとんど知りませんでした。それに……正直なことを言ってしまえば、抱いている印象もそれほどいいものではありませんでした。けれど皆様とお話をして、王都をしっかりと回って、王国のことをたくさん知ることができた気がします」

「帝国ではほとんどできなかった友人もできました。留学はとっても楽しかったです! できれば王国と帝国との間の融和が進んでいけばと、そう思わずにはいられないほど」

「皆様、今まで本当に……ありがとうございました!」


 そして終わり際、花束を抱えた彼女が綺麗に九十度腰を曲げてみせる。

 そのあまりの美しさに、クラスメイトのほとんどが言葉を失っていた。


 彼女のことを見慣れているヘルベルトでさえ、見入ってしまうほどだ。

 今の彼女はやってきた当初よりもずっと、魅力的な女の子になっていた。




 そのままホームルームが終わり、帰路につく。

 マーロン達と合流して準備をしてから外へ出ると、既に馬車の周りには人だかりができていた。

 その中心部では、クラスメイト達やいつの間にかできていた非公式のファンクラブのメンバー達に囲まれながらアリスが笑っている。

 その笑顔が少しだけ悲しそうに見えるのは、ヘルベルトの錯覚だろうか。


「まあ、ヘルベルト様! それにネル達も!」


 人の波をかき分けて、アリスがやってくる。

 どうやらアリスはこのまま王都を抜け、隣町で一夜を明かすらしい。


 楽しそうに笑っているアリスの前に、ヘルベルトは後ろ手に隠していた包みを差し出した。

「アリス、これを……」

「俺も」

「私も」

「私も用意してきたぞ」


 ヘルベルト、マーロン、ネル、イザベラ。

 この四人は事前に話をして、彼女への餞別を用意してきていたのだ。


「開けても?」

「もちろんだ」


 まず最初に開いたのはマーロンのプレゼント。

 そこから出てきたのは、災害時に使える緊急用の道具の詰まったキットだった。

 今後帝国も色々ときな臭くなるだろうからという、実利一辺倒のプレゼントだ。


 続いてイザベラのプレゼントは、いかにも高そうな黒の宝石のあしらわれたペンダントだった。

 なんでも王国でも有数の細工師が作ったものらしく、アリスも嬉しそうにしていた。


「はい、私はこれを」

「ネル……」


 見つめ合う二人。

 後で話で聞いたのだが、どうやらネルとアリスはあの王城襲撃の一件の際に共闘してからというもの、三日間ほとんど一緒に過ごしていたらしい。

 戦いが仲を深めるというのは、男女共に変わらいらしい。


 ネルが渡したのは、魔法発動の補助をするための指輪だった。

 アリスは近接戦闘もかなりの練度でこなすことができる。

 杖では邪魔になるだろうからという彼女なりの気遣いなのだろう。


「私、ネルに出会えて良かったと思ってますっ」

「私も……アリスに会えて良かったわ」


 二人はひし、と強く抱き合っている。

 見れば二人とも、肩を小さな肩を大きく震えていた。


 やってきたアリスの目が少し赤いのには、見ないフリをするのが優しさだろう。

 ヘルベルトは一歩前に出た。

 彼を見るアリスの顔には、以前になかった母のような優しさのようなものが宿っている。


「俺からは、これを……」


 ヘルベルトが差し出したのは、革張りの木箱だった。

 中を開いてみると、そこから出てきたのは銀の髪留めだった。軽くエメラルドがちりばめられており、ツインテールを留められるよう、二つでワンセットになっている。


 あまりプレゼントには詳しくないヘルベルトが、宝飾店に行き、自分なりに考えて選んできた一品だ。

 あまり目利きには自信のないヘルベルトだったが、アリスの顔がぱあっと明るくなるのを見るに、どうやらチョイスは間違っていなかったらしい。


「どう……ですか? 似合ってますでしょうか?」

「ああ、似合っているぞ」


 小さめのサイズなので、彼女の元のつややかな髪とも喧嘩はしてない。

 ツインテールの中に、ヘルベルトやネルと同じ銀の輝きがキラリと光っていた。


「それなら、良かったです」


 不器用にはにかんでいるアリスを見てから、ヘルベルトは左右に視線をさまよわせる。

 そしてスッと手を差し出して、


「それじゃあ……またな」

「ええ、次は帝都でお会いしましょう。帝都の案内なら任せてください」


 次に会えることがわかっているからか、ヘルベルトと話している時のアリスは悲壮にくれているような様子もなく、いつものように快活なままだった。


 ――実は王城襲撃は、王国内に動揺が走っただけではなく、その波紋は他国にまで波及していた。

 今回の一件でわかったのだが、どうやら王国と同様、帝国を始めとする各国の中には『邪神の欠片』を守護している国がいくつかあるらしい。

 そして王国とは違い、他国では『邪神の欠片』の封印が一度解かれてしまえば、それを再び封印する術はない。

 時空魔法を使えるヘルベルトと光魔法を使えるマーロン、そして界面魔法を使えるグラハムという三人もの封印と相性のいい系統外魔法の使い手が揃っているのは、現状王国だけなのだ。


 各国は再封印を可能としたヘルベルト達との関係を深めておこうという話になっているらしく、そのおかげで王国の立場はずいぶんと向上しているらしい。


 ――そのせいで、実はヘルベルトは今年の夏休みには帝都へ行くことが決まっている。

 そしてそのタイミングで改めてアリスとヘルベルトの見合いを行うことまで、本人のあずかり知らぬところで勝手に決められていた。


 付け加えるなら恐らくそう遠くないうちに、遠く離れた異国の地にも向かうことになるだろう。


「帝都か……なんでも流行の中心地だとか」

「ええ、歌劇でもお芝居でも、一流どころが揃っておりますわ」

「なるほど、それは楽しみだな……」


 ヘルベルト自身、オペラや芝居を見るのは決して嫌いではない。

 放蕩していた頃も、暇さえ在れば劇場に通っていたくらいには好きだ。


「私……ネルには負けませんから」

「お、おお、そうか……」


 アリスの押せ押せどんどんな強気ムーブを前にすると、さしものヘルベルトも普段の勢いがなくなってしまう。


 ちなみにだが何度言っても、最後までアリスがヘルベルトのことを諦める様子はなかった。 というかここ最近はネルとアリスが仲良くなりすぎたせいか、ネルの方もアリスとの見合いにそこまで否定的ではなくなっているような気がしている。


 冷静に考えて、ネルとアリスの両方を娶ることはできないと思うのだが……果たしてネルは、何を考えているのだろうかと、一度気持ちを聞いてみたいと思うヘルベルトである。


 ちなみにアリスはグラハムのことを帝国には黙ってくれているようで、その点に関してはかなり助かっている。


 もっともそのせいで再封印をしたのはヘルベルトとマーロンの二人ということになってしまっており……ヘルベルトは帝国行きの正式な日取りが決まる前に、なんとしてでも亜空間を自身と切り離し完全な別空間として保持するグラハムの技術を身に付けなければならなくなってしまったのだが……そこは気合いでなんとかするしかない。


「それでは皆様、お元気で!」


 階段に上ってから手を振り、アリスは馬車の中へと入っていく。


 彼女が馬車に揺られて去っていくのを見つめてから、ヘルベルトは帝都行きまでに習得しなければならないグラハムの技術を身に付けるため、急ぎ彼が待つ練兵場へと向かうのだった。


 魔人の騒ぎが終わったと思えば、次は帝都行きのための修行の日々。

 ヘルベルトがゆったりとした日々を送れるのは、どうやらまだまだ先の話のようだ――。


読んでくださりありがとうございます。

これにて第三部は終了となります。



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