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変化


 正直なところヘルベルトは一年生時点で、あまり学院生活に重きを置いていなかった。

 学院の勉強は自学自習でまかなえる範囲だし、正直なところ卒業扱いにしてもらって一分一秒でも長く魔法や戦闘の鍛錬に使いたいとすら思っていたのだ。

 けれどそれを申し出たところ、マキシムに却下されてしまっている。


「ヘルベルト、お前は少し生き急ぎすぎている。間違いなくお前は今後、目も回るような忙しい日々を送ることになるだろう。で、あれば。恐らく最後のモラトリアムである学院生活をもっとしっかりと楽しんでおくべきだと、私は思うぞ」


 それに嫡男として中途退学など許さんぞと言われてしまえば、ヘルベルトとしても何も言えなくなってしまった。


 だがたしかに直近でやらなければ今後に関わってくるような喫緊の話は、グラハムを救出したところで一段落している。


 あと手紙に記されている中で重要なものは未だ習得に至っていない時空魔法と、箇条書きの形で記されている今後起こるイベントくらいなものだ。


 兆候を読み取ることができれば対応はできるだろうし、そのために人間側にも魔人側にも諜報網を強いているため、たしかにまったく余裕がないというわけではないのだ。


 それなら父上の言う通り、もう少し学院生活に力を入れてみるか……。

 そんな風に考えていた時に、イザベラからとある提案をされたのである。


「ヘルベルト、もし良ければ生徒会に入らないか?」


 二年生に上がってからすぐのこと、ヘルベルトはリンドナー王国が王女イザベラから生徒会加入のスカウトを受けたのである。


 ちなみに生徒会は会長選と副会長選を除くと、選挙制ではなくスカウト制を取っている。


 イザベラは王女という肩書きと皆から人好きのされる闊達な性格も相まって、一年生の頃にスカウトを受け、そのまま生徒会に入会していた。


「生徒会か……」


 リンドナー王立魔法学院には、生徒会が存在している。

 そして生徒会役員であることが学院内で一種のステータスというか権威になるほどに、その影響力は絶大だ。

 生徒会のOBが学院に多額の寄付をしているということもあり、わりと好き勝手が許されている。


 噂では学院の予算にまで介入することができるという話も、まことしやかにささやかれていたりもする。


 イベント実行委員会の中には必ずと言っていいほどに生徒会が介入するし、突発的に行われる催し事も、大抵の場合生徒会の発案であることが多い。

 ヘルベルトの決闘の時も、場を取り仕切っていたのは生徒会役員だった。


(たしかに学院生活を楽しもうとは思っていたが……正直生徒会には、あまりいいイメージがない)


 ヘルベルトは決闘騒ぎの一件のせいで、生徒会にあまりいい印象を抱いていない。

 なので本来学院生であれば喜ぶようなスカウトの提案にも、すぐに飛びつくほどではなかった。


 断るべきか悩んでいた彼の最後の一押しになったのは、イザベラのとある一言だった。

 

「ちなみにネルは、既に入会が内定しているぞ」


「それなら俺も入ろう」


 食い気味に答えるヘルベルトであった。


 ネルが入るというのならば、ヘルベルトとしては入らない選択肢はない。


 どうやらイザベラは一年時に目星をつけていた生徒達に積極的に声をかけたようで、結果としてマーロンや彼の幼なじみであるヘレネや三年生に進級したティナなどまで生徒会に入ることになった。


 結果として生徒会のメンバーの中にヘルベルトのよく知っている者達が増えたことで、以前の一件で感じていたわだかまりも払拭され、ヘルベルトは心置きなく生徒会役員として活動をするようになっていくのだった――。



 リンドナー王立魔法学院の生徒会は、よその学校で言うところの風紀委員の役割も兼ねている。

 たとえば学校内では魔法の使用は禁止されているが、貴族として育ち自分こそがルールだと思っている人間の中には、ついカッとなってそのルールを破ってしまうような者も少なくない。


 そう言った際に私闘を止めたり、またある時は事前に抑止を行ったり。

 いざという時には実力行使をすることも選択肢に入れなければならないため、生徒会役員の実働部隊には最低限の戦闘能力は必須とされている(ちなみにネルやイザベラなどは部活動の予算決めや各種備品の用意などといった裏方仕事を行っているため、ここにはカウントされない)。


 他の者達と比べて圧倒的なアドバンテージのある系統外魔法を使うことができ、更に実戦経験もあるヘルベルトやマーロンがスカウトされたのは、ある種当然のことであった。


 ちなみにティナは二年時にスカウトをされても辞退をしたらしいが、三年になってから生徒会に入った。

 恐らく心境の変化があってのことなのだろうが、そこら辺には自身の身から出たさびも多いに関係していそうなので、ヘルベルトとしてもあまり迂闊に聞くことができていなかったりする。



「といっても、そんなに頻繁に出動するような自体にはならないんだがな」


「毎度そこら中で決闘騒ぎなんか起こってたら、流石に世紀末すぎるし」


 魔法学院に通うのはマーロンとヘレネ、そして今年入ってきた平民の特待生を除けば、貴族家の人間がほとんどだ。


 傲慢な人間もいないではないが、そこは貴族同士ということもあり、そこまで大きな問題というのはめったなことでは起こらない。


 事実ヘルベルト達が生徒会役員入りをしてから既に一ヶ月以上が経過しているが、未だに事件らしい事件は片手で数えられる程度にしか起こっていない。


 なのでヘルベルト達としても、ガンガン仲裁をするというより何か事件が起こらないかと未然にパトロールをすることの場合の方が圧倒的に多い。


 まだ授業が始まるまでには十分以上時間があったので、校舎を見回り始める。

 上級生からは学院のルールを知っている二、三年生よりも色々と慣れないことも多い一年生のところを重点的に回るように言われている。


 そのためヘルベルト達は一年生が過ごしている校舎の三階へと向かう。


「ねぇ、あれが噂の……」


「ヘルベルト先輩、かっこいい!」


 ヘルベルトは気取った様子で髪をかき上げ、そのまま手を上げる。

 するとその様子を見た一年生の女子から、先ほど黄色いよりも声援が上がる。

 それを見たマーロンは、処置なしという感じで肩を竦めた。


「ヘルベルト、お前……婚約者持ちのくせに軽すぎるぞ」


「お前が堅物過ぎるだけさ。賞賛や羨望の声に応えてこそのヘルベルト・フォン・ウンルーだからな。それにこういうものは何度浴びても、飽きるということもない」


 二人が話しているのを見た女性徒達がまた騒ぎ出し始める様子を見て、マーロンは露骨に眉間にしわを寄せた。

 それを見ていい加減慣れろよと、ヘルベルトが苦笑する。


 ヘルベルトもマーロンも、良くも悪くも有名人だ。

 おまけにそれは学院内に留まらず、ここ最近では市井の人々の間でも二人のことが話題に上ることも増えてきていると聞く。


 ヘルベルトは社交界デビューも既に済ませ人の視線にさらされることに慣れているが、元が辺境の騎士見習いのマーロンにはそれがどうにも落ち着かないらしい。


 ここ最近は敢えて目立たないようにしている節すらあり、実は生徒会入りに一番難色を示したのは、去年スカウトを断ったティナではなくマーロンだったりする。


 彼は『光の救世主』と同じ光魔法の力をその身に宿す未来の勇者なのだが、わりと陰のある人物でもある。

 そんな気質のせいで自分の女性人気が更に上がっているのだが……肝心のマーロンがそれに気付いている節はなく。

 マーロンの今後が気にかかる、ヘルベルトだった。


「もっとも、そのせいで面倒が増えたのもたしかだがな」


「勘弁してほしいよ、ホントにさ……」


 系統外魔法を使えると言うことの意味は、それほどまでに重いのだ。

 二人がその真の意味を理解できるようになったのは、『覇究祭』で全力を出してからすぐのことだった。


 まずヘルベルトはネルと婚約をしているにもかかわらず、隣国である帝国の大貴族の娘との見合いを組まれてしまった。


 両国の微妙な関係上断るわけにもいかず、結果としてヘルベルトとしても受けざるを得ず、むくれたネルの機嫌を直すためには実に二週間以上の月日を必要とした。


 恐らく自分の頭越しに親同士で話が決まった段階で、なんらかの動きがあることだろう。

 できればうやむやにして破談にしたいところではあるのだが……それも難しいだろうとは思うので、ヘルベルトとしては話が空中分解してしまうことを願ってやまなかった。


 そしてマーロンの方はというと、そろそろ断り切れぬ量の上級貴族からの身請けや見合い話が舞い込むようになり、捌くことが不可能になった。


 そしてどうしようもなくなりかけていたマーロンがヘルベルトに相談し、それをヘルベルトがマキシムに通し……紆余曲折の末現在マーロンはウンルー公爵家預かりという形に落ち着いている。


 ヘルベルトはマーロンを将来の配下にすることで二人のの関係性が壊れてしまうことを危惧していたのだが、その話をしてもマキシムの態度は何一つ変わらなかった。


「貴族社会では、人が同じ関係性のまま続いていくことなどあり得ない。お互いの立場が変わろうが、それでも付き合い続けることができるのが真の友達というものだ。現に私は今でも陛下と付き合いをさせてもらっている。二人の関係性は変わったが、学院時代の悪友だった頃と、本質は何も変わっていない」


 そう言われてしまえば、ヘルベルトとしてはぐぅの音も出ない。


 だがたしかに考えてみればティナは今もヘルベルトの競争相手であり、良き友人だ。

 マーロンが自家預かりの身になったところで、何かが大きく変わるわけでもないだろう。

 それにマーロンは将来、勇者として貴族位を授かるはずだ。

 その時になればまた対等に話をすることができるだろう、とは思うのだが……。


「人の視線が多いな……」


 マーロンがヘルベルトの背中に隠れながら、女史達からの視線を遮る。

 ここ最近色々な方面から熱視線を浴び続けていたせいか、ここ最近マーロンは誰かの注目を浴びることを嫌がるようになっていた。

 特に女性に対してはそれが顕著で、若干女性不信気味な様子まで見られるようになった。


 『光の救世主』と同じ光魔法を手に入れたにもかかわらずどうにも影の道を進んでいるようにしか見えないマーロンを見て、ヘルベルトは本当に大丈夫なんだろうかと不安になりながらも見回りを終えるのだった……。


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