視線
学年が上がるにあたり、当然のようにクラス替えが行われる運びとなった。
教師陣が公平なと称しているはずのクラス分けでは、驚くべきことに、マーロン・ヘルベルト・イザベラ・ネルの四人が同じ2ーAに配属されることになった。
明らかに学校の作為が入っているだろうとは思うのだが、ネルと同じクラスになることができて、ヘルベルトとしては嬉しくないはずがない。
その圧倒的な事実の前では全てがかすむため、特に文句はつけずにいた。
そして他の生徒達もマーロンとヘルベルトが今後王国において重要な役割を担うであろうことを肌感で理解しているため、二人のために行われた調整に文句をつけるような者はいない。
A組におけるヘルベルトの席は全体が五列になっている席の三列目、真ん中の位置にあたる。
そしてネルの席は、一番前だった。
なので位置取り的には、ヘルベルトはネルの姿を見つめる形になる。
ノートを取り終えたり問題演習を終えたりしてから顔を上げれば、そこにはネルの後ろ姿がある。
たったそれだけの事実が、既に自学で済ませており復習にしかならない授業を、バラ色な彩りのあるものへと染めあげる。
キーンコーンカーンコーン……。
六限目の授業の終了を伝えるチャイムの音が鳴る。
学科の先生が去り担任のホームルームが終われば、そのまま授業も終わりだ。
ネルがきっちりと教師に礼をしてから、鞄の中に荷物を詰めていく。
そして背中に針金でも入れてるんじゃないかというくらいに真っ直ぐな姿勢のまま立ち上がり、くるりとヘルベルトの方を向いた。
「行きましょう、ヘルベルト」
「ああ」
既に全ての用意を終えていたヘルベルトが立ち上がる。
ちなみに彼の片付けは全てケビンがやっているため、ヘルベルトの机の中やロッカーは誰よりも綺麗に整頓されている。
ネルの隣に立って歩くが、手をつないだりするようなことはない。
由緒正しき学院の中では不埒だと至極まっとうな理由で、学院内であまりベタベタはしないようにしているのだ。
ヘルベルトとしては手をつないだり腕を組んだりするくらいはいいのではと思うのだが、ネルがかなりの恥ずかしがり屋なこともあり、ヘルベルトの提案が学院の中で成功したことは一度もない。
けれど学院内ではというだけで、外ではそこそこの確率で成功したりはしている。
喧嘩をしたりすることも多いが、なんやかんやで仲のいい二人であった。
ここ最近はお互いの両親との仲も良好であり、定期的に一緒に晩餐の機会を取るようにしていたりもする。
「そうだ、一旦校庭に出てもいいか?」
「校庭、ですか?」
「ああ、ローゼアが入部体験をしてるらしくてな」
「ローゼア君が……なるほど、わかりました」
ヘルベルトが二歩近付いたら、ネルが一歩半離れて。
それを見たヘルベルトが三歩遠のいたら、ネルの方から一歩半近付いて。
傍から見るとやきもきするように近付いたり遠ざかったりしながら、二人は歩いて校舎を後にするのだった――。
学院には一応、部活動が存在している。
一応というのは毎日授業後に夕方まで練習をして土日も朝から集まるというガチガチのものではなく、参加したい人達が参加すればいいという自由参加のスポーツクラブに近い形が取られているからだ。
貴族の子弟のために放課後に予定のあるものも多いため出席義務なんかもないし、幽霊部員も許容される。
男女が一緒に運動をしたりすることも多く、一生懸命運動をするというよりは比較的緩く、ある種社交のような形でスポーツを楽しむといった方が近いかもしれない。
ネルを引き連れてヘルベルトが校舎の中を歩いていく。
当然ながら二人の腕には生徒会役員と書かれている腕章がつけられている。
最初は恥ずかしかったが何度もしているうちに慣れたため、二人とも今ではなんとも思っていない。
けれどそれは本人達ばかりで、生徒会役員の腕章を見た生徒達は遠巻きにヘルベルト達のことを見つめている。
「うおぉ、ネル先輩かわいい……」
「かわいいというより綺麗系だろ、あれは」
「美男美女……悔しいがお似合いだぜ……」
魔物の足音を聞き分けることができるほどの聴力を持つヘルベルトは、遠くから自分達の方を見つめている男達の言葉を聞いて鼻高々である。
自分の婚約者のことを褒める言葉は、何度聞いてもいいものだった。
「どうしたんですか、ヘルベルト?」
「いや、自慢の婚約者だなと改めて思っただけだ」
「――なっ、何をっ!?」
ネルは勢いよくバッと顔を逸らした。
よく見れば彼女の耳の先は、その先にある顔の色を暗示しているかのように赤く染まっていた。
それを見たヘルベルトは何も言わず、一歩距離を詰めた。
すると今度はネルも離れようとはせず、その場を動かない。
一歩分距離を近づけた二人は、男子の羨ましそうな視線と女子からの好奇の視線を仲良く並んで浴びながら、校庭へと足を踏み入れるのだった――。
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