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後編



―――冒険者ギルド西部辺境クォーツ本部。


ここ、エストレラ王国西部のクォーツ州は私の実家があった東部からは遠く離れた地である。自分を磨くため、私は敢えて今まで行ったことのない、この西部の地の足を踏んだ。


そして、西部辺境で一番大きな冒険者ギルドがここ、西部辺境クォーツ本部である。


私は早速、依頼の達成確認書を持っていつもの受付カウンターへと向かった。


「あぁ、ヒルダさん、お帰りなさい。今回の依頼はどうでしたか?」

平凡ながら、爽やかな雰囲気を持つ男性職員が優しく迎えてくれる。


「ばっちりですよ、デイルさん」


「さすがはヒルダさんですね。エストレラ王国中からあなたの名前が流れてきましたよ」


「いえ。私は単にお掃除しているだけですから」

長い桃色の髪をバッサリと切り、肩につかないほどの長さに切った私は、今日も母にもらった魔法の箒を両手で大切に握りながら微笑む。


「屋敷のお掃除、除草作業、お祭りの後片付け、雪かき雪下ろし。それにゴロツキの掃除、増殖したモンスターのお掃除、もうすっかりベテランさんですね」


「いえ、そんな」


「この間のランク昇格試験も、見事でしたよ」

私はそんな努力の結果が実り、見事Bランクまで昇格したのだ。


「いえ、デイルさんのご指導のお陰ですよ。それに、他地方のギルド職員の方も紹介していただいて何から何まですみません」


「いいえ、それがギルド職員の義務ですから」

本当に、いい職員さんに出会えた。単に他の窓口よりもいていたから、早くていいかなぁって思ったのだけど。このデイルさんには冒険者になりたてで右も左もわからない頃からお世話になっているのだ。


「次のクエストは、受けて行かれますか?」


「あぁ、それなのですが。またいつもの定例のお掃除で東部に戻らなくてはならないんです」


「そうでしたか。いつも大変ですね」


「いえ、これも私が招いたごうですから。後始末のお掃除は私の義務なんです」


「そうですか。では、応援していますね」


「はい、ありがとうございます!」


「お気をつけて。また、お待ちしておりますね」


「はい!行ってきます!」

デイルさんに手を振って、早速東部に向かおうとしていたら、担当職員がデイルさん仲間のパーティーとすれ違った。女子3人のパーティー・ストロベリーベリーズのみんなだ。


「あれ、ヒルダじゃない!これからクエスト?」

金髪をツインテールにしている人族のテッサだ。


「えぇ、東部に行ってくる!」


「あなたも律儀ねぇ。昔の男なんて、捨てても腐らないわよ?」

と、苦笑して言ってくれるのが黒髪のしとやかそうな魔人族の女の子がサラッサ。因みに魔人族は長く黒い歪んだ角を2本持っている種族だ。


「そう言うわけにはいかないの。ダメな男ほど、磨きたくなるのよね」


「でたわ。あんたのお掃除狂」

そして、赤みがかった茶色の毛並みの茶狼族さろうぞくの少女・スィーサが告げる。ついでに茶狼族とは、茶色系の毛並みを持つ狼耳しっぽの獣人族の一種である。


「誉め言葉として受け取っておくわ!」


「帰ってきたら、またいももち食べに行こうよ」

と、人懐っこいテッサがそう誘ってくれる。


「えぇ、是非!」


「そんじゃ、またね!」

サラッサたちが手を振ってくれる。


「えぇ、また!」

私は3人に手を振って別れ、早速乗合馬車を探して東部を目指した。


―――



ここは東部にある、とある高地。東部に分類されるものの、少し南寄りにあるグリューン州だ。


最初は草一本生えない荒廃した土地だったらしいのだが、近年は外国から、養分の少ない土地でも良く育つイモが輸入され、今ではたくさんのひとが収穫作業を続けている。


その中のひとりを見つけて私は手を振った。


「お~い、セルジオス~!」

そう、私のかつての婚約者。


「げっ!?ヒルダ!?」

げ、とは何だ。元婚約者に対して。


「あんた、ちゃんと働いてるの?」


「あ、当たり前だろ!お前に散々掃除だのなんだの言われて追い回されて!逃げようとしても、俺、こんな山岳地帯ひとりじゃ下りられないし」

今ではすっかりお貴族言葉もどこかへ行ってしまった。最早麦わら帽子をかぶってタオルを首に巻いているただの農夫だ。


髪だけは鮮やかな金髪だったのだが、ここ数年で茶色っぽく変色している。洗っても洗っても元には戻らなかったから、外での農作業で日焼けしたのだろう。あの時はお掃除魂に火がついてやり過ぎた。本当に申し訳ないと思っている。


「―――もう、帰る場所もないしさ。廃嫡になって、家から縁を切られて。単身こんななんもないところに放り込まれて」


「いいじゃない。何たって、最近はダンジョン経営で儲かっているでしょ?冒険者もいっぱい来るし。そのおかげでこのイモだって売れるでしょ?」


「―――まぁ、な。そうだ。その、もうすぐここ、終わるから食堂にちょっと寄ってくか?」


「そうね。でも、せっかくだから雑草むしり手伝うわ」


「―――相変わらずだな、お前」


「だって最近のセルジオス、すっかりキレイになっちゃったから」


「土だらけだろうが」


「そう言うことじゃないのよ」


「?」


ここは農夫たちが共同で使っている食堂。セルジオスと私が入ると周りの年上の農夫たちがヒューヒュー言っていて、彼が困ったように“やめろって”と顔を赤らめている。


以前の生活だったら彼のこんな顔、見られなかったわね。―――いえ、見ようともしなかった。


ここの伝統料理はトウガラシをふんだんに使った料理だが、私はまだ慣れないのでじゃがいものチーズ煮込みをもらう。彼は毎日のことで慣れたのか、今ではトウガラシのチーズ煮込みだ。


そして、最近ここでも流行り始めたという彼が耕している畑のイモでつくったいももち。味付けはトウガラシとお砂糖を使った甘辛だれだが、辛い物が苦手な私にも食べやすい。


「あのね、私が普段冒険者やっている西部辺境には、甘じょっぱいたれのいももちがあるのよ」


「あぁ。確かに、たまにここでもでるよ。西部辺境発祥のおやつだろう?」


「そうそう。でも、こっちもおいしいから来るたびに楽しみにしてるの」


「そうか」


「うん」


「なぁ、ヒルダ」


「なぁに?」


「―――お前は、結婚とかする気、あんのか?」


「―――さぁねぇ。私、ひとつところにとどまっていられないから」

何と言うか、最近そういう性分だと気が付いた。一番よく行くギルドは西部辺境クォーツ本部だが、そこを中心に西部辺境各地を渡り歩いている。依頼が来れば他の地域に行くこともある。


「でも、待ってるから」


「え?」


「俺はさ、ここで、ずっと、ヒルダを待ってる。またお前の好きないももち、食わせてやるから。ちゃんと、帰って来いよ」


「うん。また帰って来るよ。セルジオス」

何となく彼がそう言ってくれるのが嬉しくて微笑むと、年上の農夫たちがセルジオスの頭をわしゃわしゃしだし、セルジオスが“やめろーっ”と叫んでいた。ふふふ、何だか微笑ましい。こういうのも私、なんだか好きだなぁ。


―――


「それにしてもこれ、よくできた魔道具ねぇ」

と、桃色の髪のシスターが手をかざすとハートマークがでる魔道具をしげしげと眺める。


「それ、事前に登録しておいた映像を映し出す魔道具なの」

と、語るのは修道院の黒髪の院長だ。


「あら、それって詐欺じゃない?」


「いいえ~。嘘も方便よ~。これは私のジョブ・軍師による、スキル・采配の力で導き出した最善の道よ?迷える子羊ちゃんたちを導くのも院長である私の役目だもの~」


「あらあら。ウチの子もあんな別人のように変わっちゃって。あなただけはあなどれれないわね」


「それはあなたもでしょう?サングリア」

院長の女性は、シスターの名前を呼ぶ。


「だって、修道院に送られるのは元来ヒルダだけのはずだった。けど何故かあなたもシュリー家から追放という形でここに来た。しかも、シスターとして就職しちゃったし」


「そうねぇ。でも、何故か誰も疑問に思わなかったのが幸いね。元夫は復縁を迫ってきたけど。でも、そんなのもういらないわ。私、ずっと別れたかったの。親が作った家の借金返済を盾に、顔だけで娶られたのよ?失礼しちゃうわ。でも、修道院送りになったおかげで家を追放され、籍は自動的に抜けたから、離縁も完了した。ヒルダももうあの家の子じゃないし、システィーナも家を勘当されて別の家にお嫁に行って幸せに暮らしているわ?私たちは見事にあの男との縁をバッサリ切って、そしてシュリー家の没落とあの男の哀れな()()を送り出して自由になれたわ。だから大満足」


「あんた、本当に策士ねぇ」


「では、是非軍師の右腕にしてちょうだいな。アマリリス」

サングリアは院長のアマリリスに微笑みかける。


「そうね、婚約破棄ブームで追放された一種の被害者である子羊ちゃんを、また導いてあげなきゃならないものね」

そう言って、ふたりは今日も新たな子羊ちゃんの救済に向かうのであった。


デイルさん、ストロベリーベリーズの3人、いももちは『クロ殿下と剣聖ヴェイセル』にも登場します(〃´∪`〃)ゞ


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