第16話-3
夜が明けた。
空が点灯するのを、俺はハツカの木の幹にもたれて迎えた。ハルに徹夜をさせて自分だけぐっすり眠ってしまった分、今回は長めに夜の番を引き受けて、ハルとユーシスにはしっかり休んでもらうことができた。
俺も、体の調子は悪くない。昨日の鍋はモンスターの肉質こそとても食用とは言えないものだったが、ハルの調理で臭みが消え、十分すぎるほど美味しかったし、鍋に使うためにユーシスと水場を探して、その時に顔や髪も洗えてさっぱりした。
ユーシスは当初こそ「そんな得体の知れないものなど食えるか」と言っていたくせに、しっかり完食していた。
昨日俺が倒した熊は、ハルによると《ライカンスロープ》という名のモンスターで、その名の由来は"狼男"。頭部は特徴的には熊の方が近いと思うが、確かに細身の下半身と肥大した上半身のバランスは、獣というより獣人だ。全身を黒い毛で覆われていて顔は見えづらいし、離れた場所からの目撃情報から名前が付けられたとしたら、確かに妥当なネーミングかもしれない。
危険度は四級上位。今まで相対した中でダントツに凶悪なモンスターだ。俺はそれを一撃で倒してしまった。
あの瞬間、過信ではなく、確信した。ちゃんとした剣を持てば、俺はもうウォーカーを名乗ってもいいレベルに強くなっていると。例のグレントロールだって、次に会ったときはあの長い両腕を斬り落としてから、首を刎ねてやれる。
疼く闘志を抑えてユーシスとハルを起こし、俺たちは丸くなって朝の会議を始めた。議題は、これからの行動について。
「安全地帯を見つけられたのは大きい。ここを拠点に歩き回って出口の手がかりを探すぞ」
「そうだね。この場所は地図に加えておいたから、迷わず帰ってこれると思うよ。ただ、手がかりを探すって言っても……また昨日みたいに歩き回るしかないよね」
難しい顔を突き合わせるユーシスとハルに、俺は含み笑いで提案した。
「俺に考えがある」
怪訝な顔を同時にこちらへ向けた二人に勝気に笑いかけ、俺はハツカ林の中心に向かって歩いた。この安全地帯は八方を背の高いハツカの木に覆われているが、中心はぽっかり開けて、茜色の空が丸く切り取られている。
「シオン、何する気?」
「跳ぶ」
「は?」
素っ頓狂な声を上げる二人に構わず、俺はその場でぐっと屈み込むと、両脚にあらん限りの力を蓄えた。
アカネの重力は地球の70パーセント。そして煉素という奇跡の物質は、耐性のない地球人の肉体には取り分け強烈に干渉する。それが、地球人がこの世界で超人的な身体能力を発揮できる理由だ。
地球では、血の滲むほどの鍛錬の果てに得られる、ほんの僅かな上澄み程度の成長を、ひたすら日々積み重ねていくほかなかった。それがアカネでは、鍛錬が100パーセント、その日のうちに血肉に変わる。
このフィールドに落ちてから、俺はそれを特に顕著に痛感している。死線を一つ超えるたび、肉体はより強靭に、判断はより早く、反応もより捷く、まるで自分の身体が丸ごと生まれ変わったようになる。ライカンスロープを一閃撃破して、俺はまた更に一回り強くなった。
長く居ればいるだけ。鍛えれば鍛えるだけ。戦えば戦うだけ強くなる。それがアカネの戦士。本気でジャンプすることなんて、思えばこの十ヶ月一度もなかった。今の俺なら--
「ふっ!」
脚力を爆発させ地面をめいっぱい蹴り飛ばした瞬間、俺の体はロケットの如く上方へ弾き飛んだ。
景色が高速で真下に流れ、体感したことのない飛翔感が脇腹をひゅっと寒くした。それでも俺の体は驚くほど的確に反応して、ほとんど体勢を崩さなかった。
辺りを取り囲むハツカの林を飛び越えて、俺の体が茜空に投げ出された。上昇が終わり、胃の腑が浮き上がるような浮遊感。一気に開けた視界には、一面を覆い尽くす赤い密林と、俺たちが落ちてきた険峻な崖が映る。
絶景だった。俺が彷徨っていたフィールドは、こんなところだったのだ。俺はほんの刹那、その光景に目も心も奪われた。
俺は最高点でぐるりと体を捻り、全方位の景色をしっかり目に焼き付けた。やがて重力に足を掴まれる。
十メートルもの高度から、両手両足で四つん這いになるようにして着地。素早く肩からローリングし、衝撃をいなす。泡を食って駆けつけたハルとユーシスに片手で無事を伝えると、俺は興奮を抑えつけながら言った。
「見えたぞ……この密林の、出口」




