第十八話 ハクとクロ-1
約三年の月日が流れ、ハクは、穏やかな環境に恵まれた、ルミエールという快晴の国に辿り着いた。こじんまりとした、居心地のいい国だった。力も使いこなせるようになっていた。ハクはそこで冒険者となり、力を使って危険な任務をことごとく達成することで、国からの信頼を得た。
白皇と呼ばれるようになったハクは、歓迎祭の日に九歳の女の子を助けた。カンナという名前だった。彼女に懐かれ、せがまれるままに剣を教えるのは、白皇にとっていつぶりかの、心安らぐ時間だった。
白皇の胸には、強く根づいた目標があった。居場所を見つけること。守りたい人たちをつくること。クロの口癖だった、「世界最強の男」になること。
そして、次にクロのような存在が現れたら、世界中のどこにいようと、必ずこの手で殺すこと。
白皇はルミエールにカンナを残し、旅に出た。世界を見て回り、クロを襲ったあの現象について情報を集めた。アカネウォーカー――それは、歴史上繰り返し起きている最悪の悲劇だと、白皇は突き止めた。
道中出会った世界樹から譲り受けた、彼の丸太のような枝を土産に持ち帰り、白皇は帰還した。その後も何度か、長い旅に出た。アカネウォーカーは見つからなかったが、世界の美しさは、白皇の心を洗った。
白皇が持ち帰るものも役立って、ルミエールは短期間で目覚ましい発展を遂げた。また二年近くぶりに帰国したとき、国のすぐ前で泣いていた金髪の少年に声をかけたのは、昔の自分によく似ていたからかもしれない。
その日、アカネウォーカーは目覚めた。
新たに世界に見初められたのがどんな人間なのかと、いざ見て、白皇は愕然とした。まだ小さな少年である。クロより更に若い。
少年、シオンは、調べれば調べるほどクロに似ていた。無鉄砲で、横暴で、誰より力を求めるくせに、優しくて甘い。髪も、無邪気な笑顔さえそっくりだった。同じ世界に愛されたのだから、似ているのも必然だった。
彼も、多くの人間に慕われていた。その中には、カンナも、白皇が助けた金髪の少年もいた。なんという地獄だろう。あんまりだ。彼はいつか、何かの拍子に、愛する者たちを皆殺しにする。
絶対に、もう、繰り返させない。
「しばらくは国に留まる」と伝えたときの、カンナの弾けるような笑顔をよく覚えている。シオンのことは、それからずっと監視していた。任務中も私生活でも、特に暴走の兆候はなかった。一度、カンナの紹介で顔を合わせたが、明らかに嫌われてしまった。その方がいい、と思った。
いつでも殺せた。だが暗殺では、シオンの友人たちが、誰にやられたとも分からず急に大切な人を失うことになってしまう。
白皇は、好機に新人大会の日を選んだ。あの日なら、大勢の目が集まる。シオンを慕う人たちが一同に集う。あの場で暴走させる。アカネウォーカーの暴走には、強い負の感情が関わっていると読んでいたから、それを煽る幻術をかけた。もし考え得る全ての絶望の幻に耐えきったら、暴走の可能性は低いと判断し、もうしばらく生かしてやれるだろうとも考えていたが、結果的には、彼は暴走してしまった。
シオンは、壁の外からきたモンスターということにして殺すつもりだった。それが最も、シオンの死に対する人々の悲しみを、和らげる方法だ。「モンスター」がどれだけ忌避され憎まれているか、身をもって知っていたから。
だから、モンスターと分かってもなおシオンを助けようとする人間の多さに、正直驚いた。モンスターは愛されるはずのない存在、石を投げられ、槍で突かれて、「死んでくれ」と懇願される存在のはずなのに。
あなたの方が、よっぽどバケモノじゃないですか!?――あの少女の言葉は効いた。言う通りだ。自分は、アカネウォーカーと渡り合えるモンスター。人間にとっては、どちらも関わってほしくないに決まっている。自分が国の英雄と呼ばれているのは、ひとえに、正体を隠しているから。
なぜ自分は、いつの間に、アカネウォーカーは殺して、自分は人間の隣で生きていこうだなんて、考えていたのだろう。ただ、あの日の悪夢を繰り返したくないだけだったはずなのに。
シオンは、暴走に打ち勝って見せた。白皇は、世界の意志と戦う彼にトドメを刺せなかった。今しかない、手遅れになる前に殺せ、他ならぬ彼を救うためだ。白皇の逡巡を上書きするように、頑張れ、頑張れと、たくさんの人間が彼のために祈っていた。
ふと白皇は、あの日あの場所の記憶に立ち返った。自宅の窓から、震えて見ることしかできなかった自分に意識が乗り移った。
――あのとき、僕も、アンナと一緒に、君に頑張れって言ってやれば。君を抱き締めて、負けるなって言ってやれば。クロ、そうしたら、君は……
あの時するべきだったのは、クロの頼みを聞いて彼を殺すことではなかった。あの日を繰り返させないと、真に願うなら、今やるべきはシオンにトドメを刺すことではない。
「――……頑張れ、ナツメ君」
記憶の中で、ハクは無我夢中で家を飛び出し、苦しむクロの背中を抱き締めた。




