第十五話 レン・フローレス-2
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真っ赤な海に溺れながら、無我夢中で叫んでいた記憶がある。
息ができない。足がつかない。頭のなかに、何千、何万、何億という"声"が流れこんできて、脳がイカれる。
白皇を殺そうとした。アイツはハルを殺したからだ。その瞬間、俺の体に、無限にも思える力が漲った。世界を手中にしたかのような全能感。音を置き去りにして飛び回り、重力から解放されたように、好き放題刀を振るう、その度に、脳が溶けるほど気持ちよくなった。
ヤバい薬でもやってるような感覚。どんどん墜ちていく。どんどん溺れていく。どんどん、自分の体が、知らないやつに支配されていく。それすら気持ちよくて、何もかもどうでもよくなった。このまま全部、ぶっ壊してやればどんなに楽しいだろうって考えた。
俺が命を懸けて守ってきた国民たちは、俺が死のうが、どうでもいいらしいし。誰からも必要とされていない。むしろ、俺に力を貸しているこの、世界だけが、俺を必要としてくれているのではないかと思った。気がつけば、泣きながら溺れていた。
そんなときに――誰かが、俺のことを、必要だと言ってくれたような気がする。だから俺は、戻ってこれた。俺の頭に入ってくる、気が狂うほど気持ちいい物質を全部追い出して、もがいて、水面を目指した。
「…………お」
白い天井。俺は病室で目を覚ました。病室は、途端に騒がしくなった。なにやら、たくさん人がいた。
「シオン! 僕が分かるか!?」
「……ハル? お前、生きてたのか……」
「こっちの台詞だよバカ!」
「フン、人の気も知らないで呑気なものだな」
「良かった……いつものシオン君だ」
「心配させやがってぇ」
「気分は悪くありませんか?」
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!! シオン!!! よかっだ……よがっだぁぁぁぁぁぁ!!!」
ハルに、ユーシスに、カンナに、ロイドに、コトハに……バルサか、なんだこいつうるせえな。
それから、俺のベッドのすぐ傍らには、真っ赤に泣き腫らした顔で、今なおみるみる目に涙を溜めるレンが座っていた。
「よう、レン……どうしたんだよ、そんな顔し、てっ!?」
ガバッと抱きつかれ、体が硬直する。レンは「よかった……よかった」としゃくりあげ、これではまるで俺が死にかけていたみたいである。
ロイドの後ろからひょっこりマリアが顔を出した。いたのか、小さすぎて見えなかった。
「あんたって本当人騒がせよね」
「俺……白皇と戦って、それで……もしかしてボコボコにされた感じ?」
「なんにも覚えてないのね」
呆れたように言われた。ずっと溺れていたような記憶しかなくて、殺されたはずのハルも目の前にいるし、全く状況が分からない。もはや、新人大会の開会式あたりから、長い夢だったのではないかという気さえする。
「突然暴れだしたのよ」
「グレントロール討伐の日と同じだ。一度話しただろう」
ユーシスに言われて、少し思い出した。そうか、俺はやっぱり白皇と闘ったのだ。どんな闘いだったかは覚えていないが。グレントロールを倒したときの記憶は、時間が経つにつれぼんやりと思い出せるようになったから、きっと今日のこともじきに思い出せるはずだ。
「まぁでも、レンちゃん的には、覚えてない方が助かるんじゃない?」
「うっ……!」
カンナの言葉に、レンが顔を真っ赤にして俺から離れた。
「し、シオンさん、本当になにも覚えていないんですよね? ね!?」
「……そう言えば、レンが、なにか言ってたような」
ひぃぃぃっ、と悲鳴を上げて赤面するレンに、ハルやロイドたちから笑いが起こる。そうだ……あれは、確かにレンの声だった。
「よく覚えてないけど……たぶんお前のおかげで、俺、帰ってこれた。ありがとな」
にっと笑って見せると、レンは恥ずかしそうに、少し嬉しそうに、こくりと頷いた。
「失礼します」
扉を開けて入ってきた人物に、病室の空気が、一気に変わった。
「白皇!」
ユーシスやマリアが殺気立つのを、ロイドが手で制する。
「体の具合はどうだい、ナツメ君」
「あぁ……だんだん思い出してきたよ。お前、俺に変な術かけて、胸糞悪い幻見せてくれたよな」
「その節はすまなかった」
「幻術食らうのは二度目だぜ、俺。いい加減にしてほしいよ。おかげで二度と効かねえ自信があるけど」
俺はどうやら、白皇の術で意図的に暴走させられたようだ。あぁ、思い出してきた。俺は、暴れたのだ。我を忘れて、暴走した。
「なぁ……俺って、なんなんだよ」
「うん。それを伝えるために、僕はここにきたんだよ」
「やっと俺と会話する気になったんだな、嬉しいぜ」
白皇は何やらしおらしかった。俺の嫌味にも乗ってこず、一つ咳払いした。「君たちにも、聞いて欲しい。ここで聞いたことは誰に伝えてくれても構わない。近いうち、国民全員に話そうと思うことだ」とハルたちに告げると、皆、さまざまな表情で沈黙を選んだ。
「世界の代行者。アカネウォーカーと、古来からそう呼ばれている」
「……そういや、あの時も俺をそう呼んでたな。なんなんだよ、アカネウォーカーって」
「ただの【餌】として喚ばれながら、この世界に、愛されてしまった人間のことだ」
窓から見える茜色の空が、俺を見つめるように、不気味に輝いた。
「愛されるって……なんの比喩だ? 分かるように言えよ」
「比喩ではない」と、白皇は小さく首を振った。彼は次に口を開くのを、ほんの一瞬躊躇したように見えた。この世の禁忌に触れたとき、人は寒気を覚えるものらしい。ワントーン低くなった白皇の言葉が鼓膜を震わせた瞬間、深淵の底から、もしくは茜色の天蓋を開けて、天から、じっと大きな目玉に覗き込まれたような錯覚で、寒気が止まらなかった。
「この世界は、一体の、巨大なモンスターだから」




